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番外編1「アイリス様のご両親へ、さようなら」

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「私、一人暮らしをしようと思います」

 アイリス様の両親が談話室で雑談をしている最中、私はぽつりと言い放った。

「は……?」

 リナージア様が飲みかけの紅茶を落としそうになる。
 ルージェ様も目を瞠ったまま私を見ていて、信じられないというような顔をしていた。

「何を言っているの? ルルア。お前は侍女として、ここで仕事をするんでしょう」
「いいえ? ここでの生活はもう嫌ですので。家も決めております。あとは貴方がたの許可を貰うだけですので」
「……っ、ふざけるな!」

 ルージェ様がダン! と机を叩く。
 そのすぐに頭の血が上る冷静さが一切ない行動に、私は呆れてため息を吐いた。

「私は家を出て行ってはいけないのに、娘のアイリス様は家から追い出すんですね。優先順位が違うのではないですか?」
「それは……っ、だって、アイリスは殿下との婚約を破棄されたのよ!? せっかく私たちが家庭教師を呼んで指導させていたのに」
「そうだ。私たちはアイリスを立派な王太子妃にするために教育させていたじゃないか。なのに婚約破棄される娘など……爵位を剥奪するのも当然だろう」
「全く貴方がたは悪くない。そう仰っているのですね?」

 二人は顔を見合わせて頷く。
 私は深くため息を吐いて、アイリス様のことを一から説明するようにした。

「貴方がたはアイリス様を一度も外に出すことがありませんでしたね。アイリス様は学園へ入学する際、言っていましたよ。外の危険や楽しさを知ってこそ、貴族としての意味があると。一度も外の世界を見せないだなんて、虐待と同じです」
「……っ!」
「それに、殿下が学園でどう過ごしていたか、ご存知ですか?」
「……いいえ」
「知らないな」
「殿下は学園でアイリス様という婚約者がいるのにも関わらず、他の女性を「綺麗だ」と褒め、食事をし、楽しんでおられました。アイリス様を放置してね」
「そ、そんなことをしていたのか、殿下は!?」
「ええ。していましたよ。普通そんなことをされたらこちらから婚約破棄するのに、アイリス様はいつも自分が殿下に尽くせていないと、自分を責めていました。そんな娘を家から追い出して、良かったんですか?」

 二人の顔が青くなっていく。
 表情が焦りに変わっていくのが面白くて、私は笑みを堪えた。

 私は荷物をまとめたカバンをぎゅっと握って、さらに追い打ちをかける。

「それに、大丈夫なんですかね。ヴィーレイナ公爵家の跡継ぎが従兄のディズ様だなんて」
「……」
「もう大丈夫でないことは重々承知の上ですよね? ディズ様は学園を一年留年しておられますし、二十六歳にして経済学や国政もほとんど平民並みの知識しか持っておらず、実際既にヴィーレイナ公爵家は傾きかけています。降爵か褫爵は時間の問題じゃないでしょうか」
「し、しかし、アイリスが殿下に婚約破棄されなければこのような事態にはなっていなかったのだ。落ち目があったのは、アイリスのほうじゃないのか?」
「……アイリス様が何故婚約破棄されたかご存知ですか?」

 二人が首を横に振る。
 さっきからアイリス様のことを何も知らないし、アイリス様に何も聞いていないことがわかって苛立ってくる。

 アイリス様から本音や真実も聞こうとせずに家を追い出してしまうだなんて、本当に頭の悪い。

「アイリス様が少しふくよかなお姿になってしまったからです。殿下は「豚のような女と婚約するつもりはない」と仰っていたそうですよ。誰でしたっけ? 普通の貴族と比べて大量の料理を残さず食べろとアイリス様に言っていた人は」
「……っ!」
「……!」

 私は優雅にお辞儀をして、自分の物が入った大きなカバンを肩に掛けた。

「それでは、今までお世話になりました。もう二度と会いたくありませんので、私のことは探さないでください。さようなら」

 呆然としたままの二人を放って、私は屋敷を飛び出した。
 今日の家事はほとんど済ませたし、他の侍女にも私が屋敷を出て行くことは言ってある。特に問題はないだろう。

 昼時の柔らかい日差しが髪にあたる。
 眩しくて、これから第二の人生が始まるのだと思うと、感慨深い。

「……一人暮らしが落ち着いたら、アイリス様に会いに行こう」

 アイリス様は、今頃『運命の番』と一緒にいるのだろうか。
 手紙を読むに良い雰囲気っぽかったけれど……結ばれているといいな。

 私は鼻歌を歌いながら、屋敷の外に一歩踏み出した。
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