ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮

文字の大きさ
上 下
45 / 49

第四十五話「永遠に貴方と婚約するつもりはありません」

しおりを挟む

 毎日毎日、自分の部屋で朝夜祈りを捧げて一週間が経った。
 エリオットは帰ってこない。

 それどころか、他の団員が帰ってきた様子さえ見えない。
 本当に大丈夫だろうか。エリオットは本当に生きているのだろうかと、独りでいると不安になってくる。

 このままじゃ明日の仕事にも支障が出てしまうだろう。
 気持ちを切り替えてカフェにでも行こうかと支度をしようとした、そのとき。

 ――コンコン。

 扉をノックする音が聞こえた。

「エリオットだ!」

 帰ってきたんだわ!
 部屋着で迎えるのも申し訳ないと思いつつ、リビングを勢いよく走ってドアを開けた。

 エリオット、待ってたわ。
 そう伝えようとした、けれど……。

「え……」

 そこには、会いたくもない金髪の青年が、笑みを湛えて立っていた。

「殿下……」

 後ろには何人もの護衛を抱え、お忍びで来たのか王族専用の馬車ではなく、普通の馬車が停まっている。
 扉を開けたことを後悔した。

 いつもの私だったら警戒して開けなかったはずだ。
 だって、エリオットはこの家の鍵を持っているから、わざわざノックしたりなんてしない。

 ――傍にいるようにするけど、アイリスが一人のとき、絶対に男の人に近寄ったらいけないよ。家にいるときに誰かが来たからってドアを開けたりするのもダメ。

 ああ、エリオットが以前そう言っていたのに。
 エリオットが帰ってきたのだと、不安に押しつぶされそうだった私は錯覚してしまったのだ。

 扉を閉めようとする前に、殿下は何の躊躇いもなく家の中へと入ってきた。

「久しぶりだな、アイリス」
「……殿下、何の用でしょう」
「悪いが、従者にお前がどこに住んでいるのか探ってもらった。……お前、本当にアイリスだよな?」
「え……?」
「見るからに普通の女性じゃないか。俺にもう一度惚れてもらうために、運動していたのか?」

 なわけないでしょう、と口から出かかってしまった。
 どうやったらその思考に辿り着くのか不思議で仕方ない。

 それに、私への用も察しがついていた。

「それで、何の用ですか?」
「ああ、お前は単刀直入に言わないと気が済まないタイプだったよな。……俺ともう一度婚約してほしい」

 やっぱり。

 そこから殿下は、ミリアが自分の婚約者として振舞ってくれない、品がない、金使いが荒い、仕事ができないなどと、ミリアの愚痴をたらたらと連ねている。

 私は殿下に聞こえないくらいの小さなため息を吐いて、これでは愚痴だけで小一時間はかかりそうだなと思い、口を挟んだ。

「それでは、ミリアと婚約を解消し、私と再度婚約するのですか?」
「いや、ミリアとは婚約したままだ。番だからな。お前は第二夫人として、俺の仕事をしてくれるだけでいい。あとは茶会や夜会に出て、俺の婚約者相応の振舞いをしてくれればいい」

 ……何それ。
 怒りで血が出そうなほど拳を握りしめる。

 それって、私が殿下の面倒事を引き受けるだけの道具扱いってことよね……?

「ミリアが番だったのは本当に残念だ。お前が番だったら愛していたのにな」

 畳みかけるようなその言葉は、ミリアが聞いていたら泣き叫んだことだろう。
 殿下は……『番だから』人を愛せると思っているんだ。

 ――俺は、アイリスが番だから優しくしてるんじゃない。アイリスが、俺のことを支えてくれているから、俺のことを大事にしてくれているから優しくしてるんだ。

 エリオットの優しさとは大違いな偽りの優しさを、殿下はミリアに向けてるんだわ。

「……無責任にも程があります。貴方はミリア様を『運命の番として』愛しているのでしょう。なら私が殿下の婚約者になる理由はありません。どうぞ、お帰りください」
「……なんだと。俺の命令が聞けないのか。俺はローズウェリー王国の王太子だぞ」
「ええ、王太子であろうともこんな最低な命令は聞けませんわ。ミリア様に王太子の婚約者としての立ち居振る舞いや勉学を教えるくらい、貴方なら家庭教師を派遣するなりどうとでもできるでしょう。それでもミリア様が学ぶ姿勢を取らないのならそれまでです。殿下はミリア様と婚約した責任を果たして下さい。私からは以上です。どうぞ、お帰りになって」
「ごちゃごちゃうるさいことを俺に言うな!」
「きゃっ!?」

 ――バシンッ!
 殿下が怒鳴り散らかし、私が避ける前に頬を叩いてきた。

 衝撃で、頭が揺れる。
 叩かれたところの痛みから、頬を押さえた。

 足がよろけて、殿下に抱えていた感情が怒りから恐怖に変わる。
 こいつ、王太子である自分の言うこと聞かないからって、暴力まで振るうわけ!?

「……最っ低」

 殿下に聞こえないように小さな声で呟く。
 じんじんと痛む頬を押さえ、私は殿下と距離を取る。

 殿下は眉間に皺を寄せ、鬼のような形相で私を見つめていた。

「もう一度言う。俺の婚約者になれ」

 私はごくりと唾を飲みこむ。
 何度言ったって、同じだ。

「私は貴方と婚約を結ぶつもりはありません。この先も永遠に、殿下と婚約する予定はございませんわ」
「……っ!」

 殿下がもう一度叩こうと襲いかかってくる。
 何度叩かれたって私の意思は変わらない。

 殿下とは絶対に婚約しないし、殿下の仕事なんて一切手伝う気はないし、もう貴族の茶会や夜会に参加する気など全くない。

 殿下が拳を振り上げる。
 どんなに痛くたって我慢しようと目を瞑った。

「……?」

 だけど、いつまで経っても痛みはやってこない。
 恐る恐る目を開けると、そこには……一か月と数日ぶりに見た、彼がいた。

 艶やかな銀髪に、陽に反射して煌めく海のような瞳。
 背が高くて肌が白く、俳優にように整った顔立ち。

 ……エリオットが、殿下の振り上げた腕を力強く掴んでいた。

「お、お前は……獣人騎士団のッ!」
「ローズウェリー王国の王太子ともあろう方が、女性に暴力を振るおうとなさるとは。この国も堕ちたものですね」

 エリオットは殿下の腕を後ろに回し、ダンッと床に押しつける。
 殿下は痛みに顔を歪め、それでも尚エリオットを睨んでいた。

「いきなり何をする! 俺は王太子だぞ!」
「貴方こそ、人の家に勝手に入って何をしに来られたんですか? ……アイリス、頬が赤くなってる。叩かれたんだね?」
「……一回だけ叩かれたわ」
「では、殿下を暴行罪と住居侵入罪で軍に引き渡します。よろしいですね?」
「……! なんなんだ、お前は! いきなり俺たちの間に入ってきて! 俺はもう一度アイリスに婚約者になってほしいと頼んでるだけだぞ!」
「……婚約者、ね。どうしていきなり殿下とアイリスの間に入ってきたんだと思います?」

 エリオットは殿下ににこりと微笑む。
 だけど、瞳は全く笑っていなくて、激しい怒りを灯していた。

 殿下はしばらく黙ったあと、ハッと目を見開く。

「お前、まさか、アイリスの……」
「ええ、アイリスの『運命の番』です。ですからアイリスが殿下の婚約者になることはありません。諦めてください」
「……」

 腕を拘束されて床に突っ伏したままの殿下は、私とエリオットを交互に見つめて「そういうことだったのか……」と憤りの言葉を漏らす。

 これで諦めてくれるかと思いきや、殿下がハッと嘲笑い始めた。

「なるほどな。『番だから』お前たちは仲睦まじくやっているわけだ。俺もミリアとは仲良くしているぞ? 番だからな。――がっ!?」

 殿下の発言に我慢ならなかったのか、エリオットが殿下の顔面を床に叩きつけた。

 痛みと床に押しつけられたことで殿下は口が回らず、これ以上何も発さない。
 拘束されてないほうの手と足を無様にバタバタさせているだけだ。

「番でなくても、俺はアイリスを愛しています。貴方はアイリスを愛す資格もない!」

 エリオットが玄関のほうを一瞥して何かの合図をする。
 振り替えって玄関を見ると、そこには何十人もの獣人騎士団がいて、殿下の護衛全員を拘束していた。

 さらに殿下の何倍もガタイの良い数人の団員が、殿下を起き上がらせ手錠をかけていた。

 殿下は床に叩きつけられた時間が長かったのかいつの間にか気絶していて、団員たちに担ぎ上げられ、馬車へと連行されていった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。 同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。 16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。 そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。 カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。 死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。 エブリスタにも掲載しています。

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

きっと幸せな異世界生活

スノウ
ファンタジー
   神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。  そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。  時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。  異世界レメイアの女神メティスアメルの導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?  毎日12時頃に投稿します。   ─────────────────  いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

処理中です...