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第四十四話「エリオット……どうか、無事でいて」
しおりを挟むエリオットが魔物と戦いに行ってから一か月。
私はレビィでいつも通り働いていた。
「馬鹿だわ、私……」
手が空いているときに静かに呟く。
どうしてあのとき止めなかったのだろう、と後悔と自分に対しての怒りが押し寄せてくる。
危険な仕事だったはずなのに、「行ってらっしゃい」だなんていつも通り見送ってしまった私は本当に馬鹿だ。
行かないでって素直に言うべきだったんだ。
エリオットが行ってしまってから今日まで、彼のことを考えないことがなかった。
こんなに心配で、不安で、離れているだけで心をかきみだされていくのは……エリオットのことが好きだからに決まっている。
「アイリスさん、危ない!」
「え……あっ」
重いため息を吐いてルトさんから料理を受け取ったら、そのまま落としてしまった。
床にパスタと炒められた野菜がちらばる。
「アイリスちゃん! もう休憩しな」
「で、でも……」
「みんなで片付けておくから。お前がこんなにミスするなんて珍しい。何かあったんだろう、休んでくるといいよ」
「ありがとう、ございます」
「……」
ミルさんからの視線を感じたけれど、私は彼女と目を合わすこともしないまま裏で休むことにした。
まかないの昼食も食べる気にならず、俯いて何回吐いたかわからないため息を漏らす。
今日、四度目のミスだ。
ルトさんとルザックさんがお客さんに心をこめて作った料理なのに……後で二人に謝ろう。
結局休憩は椅子に座って俯いたまま何もせずに過ごしてしまった。
「アイリスさん、この後用事はありますか?」
休憩から仕事を数時間行って閉店後、裏で着替えて一人で帰ろうとしたら、ミルさんに呼び止められた。
休憩後に料理を落としてしまったことをキッチンの二人に謝ったら、「気にするな! 次、気をつけてくれればいいから!」と笑って肩をぽんぽん叩いてくれて、本当に良い人だと感じた。
この一か月間、仕事に行くたび毎回ミスをしている。
申し訳ないと思っているのに、どうしてもエリオットのことを考えてしまってミスしない日がない。
「これからミルと一緒にお酒を飲みがてら、夕食を食べようと思ってたのよ。良かったらアイリスさんもどう?」
「私は……」
気遣ってくれているのがわかった。
ミルさんもナジェリさんも、私に何かあったことを察しているのだろう。
相談しようか迷って口ごもっていると、ミルさんが私の肩に腕を回してきた。
「行きましょうよ、アイリスさん! アイリスさん十八歳過ぎてますよね? お酒一緒に飲んでストレス発散しましょ!」
荷物の支度をしていた私は、半ば強引に一緒に店の外へと出される。
そのままミルさんに腕を組まれ、夜の街を三人で歩いた。
「はーっ、もうすぐ夏ですねぇ。こないだまであんなに寒かったのに」
「……ええ、そうですね」
こんな適当な返事しかできない自分が嫌になる。
ミルさんとナジェリさんは私のことを心配してくれているはずだ。
なのに、上手く返答できない。
今すぐ泣きだしてしまいそうなくらいに、胸が痛い。
ありきたりな返事をしながら三人で歩いていると、不意に立ち止まった。
目の前には、ノンアルコール含め二百種類以上のお酒を用意しています! と可愛らしい字で立て看板に書かれている、良い匂いが漂ってくるビストロ。
「入りますよ! アイリスさん!」
ミルさんが勢いよくドアを開けると、カランカランとベルが鳴って、店員が出迎えた。
三名入ることを告げると、端の席に案内される。
私たちが座った席以外満席で、人気であることが窺えた。
「ここ、お酒の種類が豊富で有名なのよ。しかも料理も抜群に美味しい。今日は私が奢るから、コースにしましょう」
「えっ! ナジェリさんの奢りですか! ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
コース料理は一つしかなく、前菜とお肉料理、この店の名物であるラザニア、デザートの焼き菓子とスイーツ三種盛りを頼んだ。
運ばれてきた前菜はローストビーフと春野菜のシーザーサラダで、野菜がシャキシャキで美味しい。
そういえば、聖夜祭の日にエリオットが作ってくれたサラダもシーザーサラダだったなと思い出す。
それだけで泣きそうになって、涙を流さないようにシーザーサラダを口に押しこむ。
「……アイリスさん」
「はい、なんでしょう……?」
「何かありましたか?」
シーザーサラダが食べ終わって、鴨肉のソテーが運ばれてきたころにミルさんが切り出す。
「この一か月間、アイリスさんお仕事も上の空って感じじゃないですか? 何かあったでしょう。私たちに話せることがあれば、話してくれませんか?」
「ミルと話していたのよ。アイリスさんが何か危険な目に遭ってるんじゃないかって。お願い、私たちに話してみない? 絶対に誰にも言わないわ。私たちを信じて」
ミルさんとナジェリさんから、真剣な瞳で告げられる。
ああ、私は本当に素敵な仕事仲間を持ったんだなと、それだけで涙腺が緩んだ。
相談するか迷っていた自分が馬鹿馬鹿しい。
この気持ちを吐き出すだけでも、私は楽になれるはずだ。
「その……危険な目に遭っているのは、私じゃないんです」
「じゃあ……エリオット様が?」
「はい。一か月前に、地方の村の大きな魔物を倒しに行く、と言ったきり帰ってこなくて……」
本当のことを話した瞬間、わっと滝のように涙が溢れた。
ナジェリさんがハンカチを差し出してくれて、礼を言いながら溢れ出す涙を一つ一つ拭う。
「わ、私、さっさと止めれば良かったんです……っ。なのに、行ってらっしゃいって、きっと帰ってくるだろうなって思って、止めなかったから……」
しゃくり上げながら、一つ一つ言葉を零す。
視界が滲んで見えなくて、料理の皿にぽつぽつ涙が落ちた。
ミルさんが、「アイリスさん」と呼びかける。
顔を上げてよく見えていない視界から、ミルさんが私を安心させるように笑いかけているのがなんとなくわかった。
「アイリスさんのせいじゃありません。だから、どうか泣かないで」
「ええ。それに、まだ、亡くなったと決まったわけじゃないわ」
二人の冷静な言葉に、涙が徐々に止まってくる。
「エリオット様って、アイリスさんが番なことは騎士団のみなさんに伝えているのですよね?」
「……は、はい」
「それならもしエリオット様が亡くなってしまったら、騎士団のほうから連絡が来るはずよ。番が亡くなってしまったことを話さない人はいないわ」
「大丈夫です。きっと、今戦っている最中なんですよ。だからエリオット様の無事を祈って、アイリスさんはいつも通り過ごしてください。エリオット様だって、アイリスさんを悲しませたいだなんて思っていないはずですよ。笑っていてほしいはずです」
「そう……ですね。そうですよね……っ」
二人の励ましに、私は再び涙を一筋だけ落とした。
そうだ。エリオットは、私がいつまでも悲しんでいることを望んでいたりしない。
エリオットがいなくても、しっかり仕事をこなして笑っているほうが、きっと彼が帰ってきたときに安心するはずだ。
それ以降の料理が運ばれてきても、私は泣くことなくミルさんたちと他愛のない話をした。
今月の季節限定メニューも私が考えたものが採用されたことに喜んでくれたり、料理が美味しいと談笑したり。
二人に話したことによって大分心が楽になり、エリオットが無事に帰ってくることを毎日祈ろうと決意した。
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