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第四十二話「初めて魔物に出会ってしまいました」
しおりを挟む「ありがとう。実家に行こうって言ってくれて」
二人でお母様の部屋でまったりしたあと、お腹も空いてきたから帰ることになった。
手紙はこの部屋に置いておくという。
避暑地として来たときに、もう一度見返すそうだ。
そのときは一緒に私もこの家に行く、という約束をした。
エリオットが昔住んでいた家だからか、今の家ほどではないけれど、ここに行くと安心する。
だから夏が楽しみだった。
「いえ。エリオットがどんな暮らしをしていたのか見てみたかったし、私も行けて良かったから。お礼はいいのよ」
「……」
エリオットがいつもの私を安堵させる笑みを浮かべる。
埃っぽい部屋を換気するために窓を開けていたから、そこから冷えた風が吹いた。
さらりとエリオットの銀髪が揺れて、昼時の太陽が彼の髪を一本一本宝石のように煌めかせる。
広大な海を思わせる蒼の瞳が、こちらを見据える。
「……」
「……」
どれくらい見つめ合っていただろう。
エリオットの瞬きを合図に、お互いの顔が近づいた。
吐息が重なる。
エリオットの睫毛が鮮明に見える。
あと少しで、お互いの鼻先がぶつかる。
そう思って、私が目を閉じた――そのとき。
「グワァッ!」
「きゃあっ! 魔物よ!」
「誰か! 誰か騎士団を呼べ!」
「……っ!?」
近くで魔物の大きな鳴き声が聞こえ、誰かの悲鳴が聞こえた。
「えっ、なに……? 魔物?」
「アイリスは隠れてて。窓も閉めていて」
エリオットは早口でそう言うと、私の傍から離れてしまった。
言われたとおり窓を閉める。
そこには、骸骨が意思を持ったように動いている。
弓矢を装備していて、骸骨の瞳の部分だけ黒く光っていた。
……これは、学園の授業のときに教科書で見たことがある。
恐らく、スケルトンだ。
スケルトンが弓を引いてそこら中に放っている。
人々が悲鳴を上げて逃げていき、私は息を潜めて窓の下で体育座りしていた。
初めて、魔物というものを見た。
あんなに異形な形をしていて、人を襲ってくるのを目の当たりにすると身体が震えてくる。
私はちょっとした風を吹かせるような魔法しか使えない。
魔物にとっては絶好の餌だ。
――ガシャン!
「……ぁっ」
私がいる部屋――エリオットのお母様の部屋だ――の窓に、弓矢が刺さった。
幸い毒性のあるものではなく、矢先から液体が垂れてくることもない。
窓に罅が入って、今すぐ割れそうな気配がした。
立ち上がって、階上に非難しなければ。
震える足に鞭打って無理やり立ち上がる。
と、立ち上がって目に映ったものは――。
「ひっ……!」
スケルトンが、窓からこちらを見つめていたのだ。
頭蓋骨にある真っ黒のビー玉みたいな瞳が、こちらを見つめている。
そして、窓を壊そうと骨の拳を振り上げた。
逃げなきゃ。
逃げるのよアイリス。
でないと、死ぬわよ、ここで。
でも足がガクガクで動かない。
さっきの立ち上がった動作で精一杯だったみたいだ。
ガラスが目に入らないように、顔を両腕で庇う。
そのくらいのことしかできなかった。
そして骸骨の拳がガラス窓を叩こうとするのが腕の隙間からわかった、そのとき。
「アイリス!」
窓を閉めていても聞こえる大きなエリオットの声が、耳に響いた。
「グ……グガアアアアッ!」
腕の隙間から見たスケルトンは……氷に包まれ、パキッと粉々になった。
パラパラと氷の雨が降り注ぎ、スケルトンの姿形は一切なくなる。
窓に近づいてスケルトンが倒されたところを見ると、魔物を倒した際にドロップする宝石が落ちていた。
その宝石を拾い上げたエリオットが、コンコンと窓を叩く。
開けてくれ、と言っている。
窓ガラスに刺さっていた弓矢も跡形もなく消え去っていて、私は安堵の息を吐いて窓を開けた。
途端に、エリオットがジャンプして窓から部屋に入ってくる。
息を切らしながら、焦った顔で私の肩を掴んだ。
「どこか怪我は!? 何かされてない!?」
「大丈夫。エリオットが窓を閉めてって言ってくれたおかげで、魔物の弓矢は私に刺さらなかったから。安心して」
「……本当? 本当にどこも怪我してない?」
「ええ。本当よ。この通り」
私は袖を捲って両腕を見せた。
くるりと回って服越しに背中も見せる。
暴漢に連れて行かれそうになったときもそうだったけれど、エリオットは心配性だ。
本当に怪我がないことを確認したエリオットは、「はあぁ~~」と長くため息を漏らした。
「良かった……無事で。本当に良かった……」
息を整えているエリオットの腰には、剣が携えられている。
先程お父様の部屋にあった剣だ。
魔物が出たとき、急いでお父様の部屋に行きソードベルトを巻いて剣を差したのだろう。
絶体絶命のピンチだったとき、エリオットが剣を振るう瞬間が一瞬だけ瞳に映った。
それは、前に見た怒りを全身から滲ませていたときと同じで、殺意をこめて魔物を倒していた。
魔物を一瞬で倒すその強さに、素直にかっこいいと思った。
大きな剣を振るう凛々しさと、殺意のこもった眼差しが今でも脳裏に焼きついている。
あんなに強くて魔物を絶対に殺すという強い意志で戦っていたのに、今は優しく微笑んで私の頭を撫でている。
これが、いわゆるギャップ萌えってやつ?
顔が熱くなったとき、ふいに魔物に襲われる前のことを思い出してしまった。
あのとき……キス、しそうな雰囲気だったよね?
ボフッと音が出そうなくらい首から頭にかけて上気して、エリオットが剣を戻しにお父様の部屋に行っている間に両手で顔を覆う。
「は、恥ずかしすぎ……」
エリオットのことが好きだってわかってから、なんでも意識してしまうし、なんでも照れてしまう。
そりゃ、キスなんて誰でも照れると思いますけどね!? でも……でもさ……。
「エリオットも、その気だった……?」
いやいやいや、自惚れすぎだって。
いい加減にしなさい、アイリス。
必死に深呼吸して真っ赤な顔を普通の体温に戻そうとする。
そんなことを繰り返していたらぎゅるる、と空気も読まずにお腹が鳴って、とりあえずベスティエ街に戻って昼食を食べようと帰宅することを決意した。
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