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第三十九話「好きな人以外とデートなんてしません!」
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それから数週間。
エリオットは騎士の仕事に励んでいるため、休みの私はいつも通りお弁当を作って家事をこなしていた。
「すごい細くなったね。大丈夫? ちゃんと食事は摂ってる? 働き先で、何か悩んでることはない?」
「ふふ、心配しすぎ。特にないわ」
シャツにカーディガンを羽織りながらエリオットが聞いてくる。
私はエリオットと出会ってから数ヶ月の間に、とても痩せた。
仕事が忙しかったのもあるし、エリオットとの食事を普通の人が食べるのと同じ量にしていて、屋敷にいたころの大量のご飯がなくなったからか、すっかり一般の女性くらいの体重に減っていた。
鏡で見ても昔の自分とは見違えるくらいに痩せていて、恐らく両親が今の私の姿を見ても気づかないんじゃないかと思う。
顔の肉はかなり落ち、鼻も小さくなったし頬のたるみもなくなって二重顎になることがなくなった。
お腹だってほとんど出ていない。
見た感じ普通の女性になれたことが、とても嬉しい。
「エリオットは嫌だった? 私が痩せて」
「前の君も綺麗だし、今の君も綺麗だ。どちらも俺は嫌だなんて思ったことないよ」
エリオットが端正な笑みを浮かべる。
ストレートな褒め言葉が嬉しくて、思わず私も笑ってしまった。
「それじゃあ、行ってくるね。アイリス」
「ええ。行ってらっしゃい」
私のお弁当を持ってエリオットは仕事へと急ぐ。
ドアがガチャンと閉まって、部屋に静寂が訪れる。
瞬間今まで香っていたエリオットの匂いがなくなって、寂しくなってしまう。
「……気晴らしに、外にでも出ようかな」
家にいたら一日中エリオットのことを考えて、まだかまだかと帰りを待ってしまうだろう。
私は部屋着からこないだエリオットと購入した外出用の服に着替えて、外に出た。
柔らかい日差しが草花を照らし、店の窓を輝かせている。
吹く風も冷たくなく、裸だった木々も今では緑色の葉を纏わせている。
「すっかり春だわ」
この国でも四季を感じられることが嬉しい。
レビィで私が提案したメニューを、数日前実行した。
売れ行きは過去最高で、アフタヌーンティーは一か月も予約が埋まった状態だ。
なんとそのおかげで私はルウィーナさんからボーナスをもらってしまった。
——アイリスちゃんのおかげで、お店は最高の黒字だよ! ありがとう!
あんなに歯を見せて笑っていたルウィーナさんを見るのは初めてで、本当に嬉しいんだなということが伝わってきた。
もちろん私も力になれて嬉しい。
その代わりお客さんが毎日大量で少ししか休憩できない日もあったけれど、お客さんから「美味しかった」と言われるだけで、とてもやりがいがあった。
「あれ? アイリス?」
久しぶりに聞いた声が耳に届いて振り返ると、私服姿のフレッドがいた。
片手を控えめに振ってこちらへ走ってくる。
「どうしたの? 今日は仕事休み?」
「ええ。エリオットは仕事だから、久々に一人でカフェ巡りをしようかと思ってたの」
「いいね。どこ行く予定なの?」
「うーん……」
外に出たはいいけれど、肝心のどこのカフェに行くかは決めていなかった。
ボーナスも入ったし、高いところに行っても良さそう。
うーん、でも素朴なカフェも良いしなぁ……。
「迷ってるなら、俺のオススメのカフェに一緒に行かない? ベスティエ街とリティア街の境付近に美味しいカフェがあるんだ」
リティア街というのは、ベスティエ街の北にあるところだ。
確か獣人はそこまで住んでいなくて、一面に広がるラベンダー畑が有名だと聞いたことがある。
「じゃあ、行きたいわ。案内してくれる?」
「ああ、もちろん」
フレッドが辻馬車を呼んで、リティア街の境目まで一緒に乗った。
王都と街の境目には関所があるが、街同士では基本ない。誰でも自由に出入りできる。
けれど、地方の村にまでいくと街や王都から来た人間は良い意味でも悪い意味でも一気に注目を浴びる。
リティア街は比較的王都に近いところのため、境目にいたとしても何か言われることはない。
「カフェは境目ではあるけど、ギリギリリティア街の範囲に入ってるんだ。スイーツを三つ選ぶカフェなんだよ。今週はイチゴだと思う」
フレッドが選んだカフェはいわゆる日本で流行っていた無機質カフェというところで、コンクリートで打ちっぱなしの新感覚のものだった。
椅子も鉄でできていて、テーブルはアイボリーではなく完全な白。
目立った装飾もなく、黒、白、グレーといった無彩色で構成されたカフェだ。
「ベスティエ街にはこういうカフェあんまりないだろ? リティア街はこれが主流なんだ。あんまり好みじゃなかった?」
「いえ……勉強になるわ」
日本でたまに通っていたカフェを思い出してしまって、辺りをきょろきょろ見回してしまう。
魔石が中に入っているランプは装飾が一切ない裸ランプで、テーブルにも造花などメニュー以外何も置かれていない。
でもメニューを開くと可愛いスイーツが並んでいて、そのギャップに私は驚いた。
「どれにしようか迷っちゃう……」
「はは、好きに選んで。待ってるから」
迷いに迷った結果、私はイチゴのタルト、イチゴの正方形ショートケーキ、イチゴのミニパフェを頼んだ。
どれも小さいサイズで、それが一つのプレートで運ばれてくる仕組みらしい。
フレッドは、イチゴのタルトとイチゴのマリトッツォ、イチゴのマドレーヌ、飲み物にブラックコーヒーを頼んでいた。
運ばれてきた三つのスイーツは、小さくて可愛らしい。
「それじゃあ……食物の神よ、ありがたく頂戴します」
「食物の神よ、ありがたく頂戴します」
二人で神に祈り、私はイチゴのタルトをフォークで切って口に運ぶ。
「ん~~~~! 美味しい! 最高!」
イチゴの下にある生クリームはふわふわで全く重たくない。
タルトはサクサクのほろほろで、昔の私だったら一口で食べられただろう。
夢中で食べていると、向かい側からくすりと笑い声が聞こえた。
「アイリス、エリオットに美味しそうに食べるね、とか言われない?」
「言われたことはあるわ。だって、美味しいんだもの」
「ははっ、素直でよろしい」
フレッドもタルトを少しずつ頬張っている。
次に食べたショートケーキも絶品で、イチゴの酸っぱさと生クリームの甘さの相性が抜群だった。
「そういえば、エリオットからお弁当のおかずをたまにもらってるよ。アイリスの料理はなんでも美味い。エリオットは幸せ者だ」
「……ありがとう」
自分が作った料理を褒められると、私も素直に嬉しい。
エリオットに「フレッドやルギルにもあげてね」と言ってお弁当を渡したとき、あからさまに不機嫌な顔をして尻尾を垂れさせていたけれど、ちゃんと他の人にもあげていると知って安心した。
イチゴのミニパフェも食べ進めていると、フレッドから視線を感じ、私は顔を上げる。
「……どうしたの?」
「最近エリオットとはどう?」
「どうって……」
それ、ミルさんにも聞かれたんだけど!
「もうキスはした?」
「な……っ!」
にこにこ笑いながら聞いてきたとてつもない質問に、ぼふっと顔が真っ赤になってしまった。
わ、私が、エリオットと、キ、キス!?
「そ、そんな、キスなんて……」
「赤くなってる。その様子じゃまだしてないんだ」
まだ!?
フレッドからの数々の爆弾発言に頭が羞恥で爆発してしまいそうだ。
前世でも恋人いない歴年齢だったのだから、いきなりそんな話を振られると何も対応ができないんですよ!
許して下さい!
狼狽えていると、フレッドが軽くため息を吐いた。
「はぁ、エリオットも奥手だなぁ。……まぁ、今日は俺がアイリスを独り占めしてるからね」
「独り占め……?」
「そう。男女で二人きりでカフェ。どう考えたって、デートでしょ? これ」
「……!」
フレッドの言葉に耐えきれず、ガタッと音を立てて立ち上がった。
一瞬だけカフェにいるお客さんたちから視線が刺さる。
だがそれも束の間、みんな友人と話を続けたりして私への注目はなくなった。
「……帰る」
「……え」
私はカバンから財布を出し、帰り支度をする。
それに焦ったのか、フレッドが前のめりになって私の袖を掴んだ。
「ちょっと待ってよ! 別に良くない? 俺とデートくらいしたって……」
「私、そんな気で来たんじゃないわ。フレッドがデートだと思ってるなら、私は帰る。だって私、フレッドじゃなくてエリオットのことが……」
そこで言葉に詰まった。
次の言葉が言えなくて、代わりに紅潮していくばかりだ。
「エリオットのことが?」
フレッドが笑みを浮かべながら言う。
その笑みはいつもの顔じゃなくて、何故か寂しそうに感じるのは気のせいだろうか。
「す、好き、ですから……」
消えいるような声で呟いたあと、私は財布からお金を出して、「これ、今日の食事代です。ありがとうございました!」と逃げるようにその場から去った。
走っていた辻馬車を捕まえて、中に飛びこんでカーテンを閉める。
「……はぁ」
ため息を吐かないと、心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
自分の口で、エリオットへの想いを言ってしまった。
もう戻れない。
戻れるはずもないのだ。
「そうよ。私はきっと、ずっと前から……」
エリオットに、惹かれていたのだろう。
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