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第十八話「カップル席って、そんなのあるのですか!?」

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◇◇◇

 わざわざ王都に出ず、ベスティエ街で買い物をすることにした。

 ベスティエ街も王都に近いため、同じような物が売っているのでいろいろと揃えることができるとエリオットが言っていたからだ。

「ベッドの寝心地はどうだった? 腰が痛くなったりするようなら買い替えよう」
「ううん、大丈夫よ。よく眠れたから」

 獣人だらけの街をゆっくり歩いて、家具屋に辿り着く。

 家具屋では、私の部屋に置くローテーブルとドレッサー、ドレッサー用の椅子を購入した。

 真っ白なローテーブルと、三面鏡のドレッサーだ。
 屋敷にいた頃よりシンプルなもので、使いやすそう。

 それから食器屋に行き、コップやフォークなどのカトラリーを用意した。
 私が使っていたのは来客用のもので、もしエリオットの家にお客さんが来たら食器が足りなくなってしまう。
 そのための補充だった。

 それらのものはエリオットが買ってくれて、「私が買うわ」と言っても「俺の家だから」と聞いてくれなかった。
 申し訳ない。今度お礼を送らないと。

 最後に化粧品店でスキンケアとコスメ、それから洋服店で冬服を購入する。
 屋敷を出るときバタバタしていてリップくらいしかコスメを持てなかった。

 コスメもスキンケアも洋服も見ているだけで楽しくて、最低限必要なものだけカゴに入れ、さすがにそれらは私が払った。

 エリオットは私がコスメで悩んでいる間も、にこにこしながら待ってくれていた。
 エリオット曰く、「アイリスが楽しそうにしていると俺も楽しい」だそう。

 コスメを見ているとき、「彼氏さんから見て、彼女さんはどれが似合うと思いますか?」なんて美容部員が言ってきて、エリオットも普通に「うーん、十番が似合うと思います」だなんて会話していて、恥ずかしくてたまらなかった。

 買い物を終えた頃、王都のほうで正午を告げる鐘の音が聞こえた。

「お昼ご飯食べようか。立ちっぱなしで疲れただろう。俺のオススメのカフェに案内するよ」
「本当!? ありがとう」

 買い物をしている間、エリオットは私に「疲れてない?」と何度も聞いてくれた。
 今まで異性にされたことがなかったその気遣いが、なんだかくすぐったい。

 エリオットおすすめのカフェは木造の一軒家のような店で、ドアを開けると綺麗な鈴の音が鳴った。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい」
「カップル席がまだ空いておりますが、案内しましょうか?」
「お願いします」
「!?」

 カ、カフェにカップル席!?
 しかも、エリオットってば普通に承諾したよね!?

 ぎこちない歩き方で店員とエリオットについていくと、外の景色が見えるソファ席に連れて行かれた。
 ローテーブルで、ダブルソファ一つしかない。

 え、二人で一列に座るってこと!?

「ごゆっくりお過ごしください。ご注文が決まりましたらお声がけください」

 そう言って店員はさっさと別の人のオーダーを受けにいってしまい、二人が残される。
 エリオットが「おいで」とソファをぽんぽんと叩いているけれど、緊張してしまってなかなか行けない。

「し、失礼しまーす……」

 そっとエリオットの隣に腰を下ろすと……なんと、エリオットの尻尾がフワフワと私の背中にあたるではないか!

 エリオットは気づいてない! どうしようこっそりモフモフしたい!

 でもこんなに密着していると、辻馬車に乗ったときみたいに『運命の番』特有の良い匂いがしてきてしまって……ソワソワする。

 至近距離でメニューを選んでいるエリオットを横目で見ると……うわ、睫毛長っ! 鼻高っ!

「ここ、チーズが美味しいんだ。チーズの盛り合わせ頼んでもいい?」
「へっ!? ひゃい! 大丈夫です!」

 急にこっちを振り向くものだから、ものすごい近くにエリオットの顔があって変な声を出してしまった。
 私の焦った顔が瞳に映っているのが見えるくらい、近い距離で言われる。

「緊張してる?」

 目の前に顔があって、声が余計に耳朶に響く。

「き、緊張……するわ。わ、私たちって……カップル、なの?」
「違うの? 『運命の番』同士が一緒にいるのに。俺と恋人同士は嫌?」
「え、えっと……」

 目を細めて微笑んでいるエリオットがかっこよくて、ドキドキしてしまう。

 お、落ち着きなさいアイリス。
 顔が良いから貴方はドキドキしているだけなのよ。
 落ち着きなさい。

 殿下と初めて会ったときとは全然違う。
 あのときには既に殿下の婚約者だったのに。
 エリオットから直接恋人同士になりたい、というような発言をされてしまうと、すごく緊張してしまう。

 でも、エリオットのことを好きかと言われると、私は自信を持って頷くことはできなかった。

「私、まだエリオットのこと、好きかとか、わからないし……」

 ……『まだ』ってなによ。
 私、これからエリオットのこと好きになっていくみたいじゃない!

「……そうだよね。焦って決めなくていいから。ゆっくり時間をかけて、俺と一緒に過ごしていこう」

 自分の発言に恥ずかしくなっていたら、エリオットが優しく私に言葉をかけてくれた。

 エリオットが店員さんを呼ぶ。
 チーズの盛り合わせとオススメのピザを選んでくれて、運ばれるまでぎこちなく会話をした。

 程なくして運ばれて来たチーズの盛り合わせは最高に美味しかった。
 チーズはモッツァレラ、リコッタ、ブッラータの三種類で、どれもそれぞれ違う食感だ。

 とろけるような食感のリコッタや、モチモチのモッツァレラ、そして中からじゅわっと生クリームとチーズが飛び出し、クリーミーでコクのあるブッラータ……どれもお酒を飲みたくなるほどの美味しさであった。

「ん~~! おいひい」

 次に運ばれて来たマルゲリータをもきゅもきゅ頬張っていると、エリオットからの視線を感じた。

「君は、いつも美味しそうに食べるね」
「そう? 美味しそうっていうか、他人から見たら食べすぎに見えると思うわ。ブッフェのときとか、そうだったでしょう?」

 確か、ブッフェのときはエリオットのことを気にせずガツガツイチゴスイーツを食べていたはずだ。

「食べすぎだなんて思ってないよ。ライオンの獣人なんてアイリスの五倍は食べてるよ? ……それに、たくさん食べる女性は可愛いだろう」

 たくさん食べる女性は、可愛い……?

 初めて聞いた。
 そんな言葉。

 その言葉は、私が今までたくさん食べてきたことを肯定してくれたような気がして、涙が出そうになるほど嬉しいものだった。

「そ、そう、かな」

 精一杯返事をしたけれど、思ったより小さな声になってしまった。
 学園で散々いろんな令嬢、殿下から体型で罵られたのに、エリオットはそんな蔑みの言葉は一切投げない。

 それだけで嬉しくて、安心して、泣きそうになってしまう。

「そうだよ。アイリスは可愛いし、綺麗だ」
「……」

 今度は何も言えなかった。

 可愛いだとか、綺麗だとかエリオット以外の人から言われたことなんて一度もなくて、返答に困ってしまう。
 それから私は気恥ずかしさからエリオットと目を合わせられないまま、マルゲリータをぺろりと平らげたのだった。

 ……エリオットが気づいていないときに尻尾を少しだけモフモフしたのは内緒だ。
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