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第四十四話「避けてて……ごめん」
しおりを挟む次の日、試験の学年順位が掲示板に貼られた。
人混みをかきわけて、自分の順位を見に行く。
俺は……。
「え、うそ」
なんと、魔術部門が一位、剣術部門が三位、他の国史などの試験はほとんど一位だった。
え、これドッキリ? 俺が喜んだあと落とし穴にハマるとかじゃないよね?
「殿下! 殿下、すごい!」
エシエルが行儀悪く廊下を走ってきて、俺の両手を取った。
「すごい成績じゃないですか! 僕、すごく嬉しいです……っ」
瞳を潤ませ半ば興奮気味に言葉にするエシエルは、自分の順位よりも喜んでいる。
こういう友人を持って、本当に良かったと思う。
もう一度順位が書かれいている掲示板を見た。
うん、幻覚じゃなかった。
間違いなく魔術部門は一位と書かれているし、他の成績もすごく良い。
きっと、この成績なら国家試験にだって受かるはずだ。
授業が終わったらグランとカルヴェに報告しようと思ったが……正直二人に会うのが気まずい。
昨日エシエルと二人のことを話したことで、二人が俺で遊んでいるのかもしれないと思うと、どうしても避けてしまうのだ。
――殿下? 何かあったのですか?
店で待っていてくれたカルヴェにそう聞かれたけど、俺は何も答えられなかった。
俺で遊んでるんだろう? なんて、素直に言えるわけがない。
「殿下、お疲れ様です」
「……ああ」
授業が終わった後グランが迎えにきてくれたが、目を逸らしてしまうし、試験の成績も自分から言えなかった。
蹄の音を静かにたてて馬車が走る。
窓の外を見ると、カーネーションや秋桜などが道を色づけていて美しい。
虫の鳴き声も夏に比べると減った。
窓を開けると涼しい風が頬を掠めて、微かにこの国の秋の香りがする。
「殿下、試験の結果はどうでした?」
「あ……」
不意に聞かれて俺はぴたりと身体が止まった。
結果を楽しみにしてくれた嬉しさと同時に、俺のことは遊びなのにどうしてそんなことも気にするんだろうと疑念が募る。
上手く目を合わせられない。
俺は自分の膝元を見て手を弄りはじめた。
「剣術試験が三位で……他が、ほとんど一位だった」
「えっ! すごいじゃないですか、殿下!」
「……っ」
弄っていた手を握りしめられて、びくっと身体が強張ってしまう。
……グランはいろんな男の人と遊んできた絶倫の男だ。
俺と遊ぶことくらい、こうやって気軽に手を握ることくらい、造作もないのだろうと……今まで思っていなかったけど、エシエルに言われてからそう感じ取ってしまう。
俺はカルヴェからもグランからも告白されていない。
それでセックスをして、今日まで告白もないまま過ごしてきたってことは……考えてしまう、俺は都合の良いように扱われているんじゃないかって。
……他の人ともセックスをしているんじゃないかって。
「……殿下?」
「あ、ああ……うん、こういった成績を取れて良かったと思う。これで安心して国家試験に挑める」
俺は無理やり笑顔を作って言った。
この言葉は本音だ。試験の順位が嘘なのかと疑うくらいに嬉しくて、良かったと思った。
俺とグランは気まずい雰囲気を出しながら、王宮へと帰宅した。
「殿下、おかえりなさいませ。試験はどうでしたか?」
「あ……えっと……」
俺は目を逸らしながら、試験の結果が良かったことをカルヴェに伝えた。
「すごいですね殿下! 良かった、これからもたくさん私と一緒に学びましょうね」
「あ、ああ……」
カルヴェが俺の手を両手で握りしめて喜ぶ。
俺も嬉しい事実ではあったが、グランと同じように手を握りしめられたら、誰にでもやっているのだろうかと胸にドロドロとしたものが湧きあがってしまう。
二人とも手を握るのも、セックスも、俺だけにしてほしい。
そんなよくわからない独占欲が俺の内側から滲み出てきていた。
カルヴェが何かを察したのか、俺から手を離す。
「……お風呂に致しますか? お湯が沸いておりますよ」
「あ、じゃあ入ろうかな」
「では準備致しますね」
「あ……いや、今日は俺が一人で入る。カルヴェは来なくていいから」
「え……」
驚き目を瞠るカルヴェをよそに、俺は一人で着替えを持ってバスルームへと向かった。
遊びで付き合ってるなら、カルヴェだってその……裸を見たら襲うかもしれないわけだ。
今まではそんなこともなかったし、襲ってきても俺は別にいいけど……でも俺のことがどうでもいい存在なのにセックスするのは少し嫌だ。
セックスって、両想いのやつがするものなんじゃないのか。
その疑問に胸の内がモヤモヤしてくる。
ん? じゃあもしかして俺って、カルヴェとグランのこと……。
「や、やめやめ! 早く入浴剤入れて浸かろ!」
ずっとモヤモヤしている感情の答えがわかりそうだったけど、それがわかるのが怖くて俺は薔薇の香りがする入浴剤を入れてお湯に浸かった。
お湯は長時間でものぼせないくらいのちょうどいい温度で、香油をたっぷり使って髪も洗い、独りの風呂時間を満喫した。
ただ、香油を使って髪を洗うのが難しかった。油でぬるぬるしてしまって、壁に手をつこうとすると滑ってしまうのだ。
こういうのもカルヴェはちゃんとやってくれていたんだなと思うと、一緒にお風呂に入るのを断ってしまったことに罪悪感が湧いてしまった。
それから一週間、俺はカルヴェとグランのことを避けて過ごした。
遊んでると思ったら目を合わせるのも難しくなってしまったし、返事も「ああ」とかばかりで済ませた。
さすがに二人は俺の態度が前と違うことに気づいたのか、「殿下、私(俺)、何かしましたか?」と聞いてきたが俺は特に言えずじまいだった。
「殿下、行ってらっしゃいませ」
「ああ」
今日はカルヴェに見送られて、学院へと足を運んだ。
カルヴェは寂しそうな顔をしていて、それを見ていると俺もこういう態度をすることに申し訳なくなってしまう。
俺はなるべくカルヴェの顔を見ないようにしながら学院の中へ入った。
◇◇◇
「殿下、最近様子がおかしくないですか?」
「そうだな、完全におかしいな」
私は馬車で王宮に戻ったあと、王宮を護衛しているグラン団長に会って最近の悩みを相談した。
私と話しても目を合わせてくれないし、素っ気ない返事しか返さない。
それどころか、風呂に一人で入ってしまうし、着替えも一人で済ませてしまうのだ。
「執事としての私は、いらなくなってしまったんでしょうか……」
「俺も、剣術の練習のとき殿下の腰とか触ろうとすると、あからさまに避けられる」
私も魔術の練習は一緒にしているが……私が傍に来るとびくっと肩を揺らして距離を置かれてしまう。
殿下の心になんの変化が起きたのだろう。
聞けばグラン団長も避けられているらしいし……。
正直殿下に避けられるのは胸が裂けるほどに寂しい。
辛くて涙が出そうなくらいだ。
「あ」
「どうしました?」
「もしかして、俺たちの好意を知ってしまって避けてるんじゃないか?」
「え……」
「俺たちが殿下のことを好きなのがバレてて、殿下は振ってるつもりとか」
「そんな……」
私はがっくりと壁に頭を擦りつけて項垂れる。
そんな、殿下が私たちのことを振っただなんて。
悲しすぎる事実に、私は涙腺が緩んで鼻の奥が痛くなってくる。
「い、いや、まだ決まったわけではないし……」
「じゃあ、何故避けているんですか」
「それは……わからないけどなぁ」
でも、私たちの好意に気づいて避けているという可能性は高い。
殿下は私たちのことが好みではなかったのかもしれない。顔とか性格とか、その他諸々。
私は多少強引な性格をしているし……殿下はもっと上品な人間が好きだったのかもしれない。
だけど、それでも私は……。
「諦めたくない」
「そうだな。俺も諦めたくねーよ」
殿下と番になりたい。
その想いを譲ることはできない。
ずっと殿下をお守りしてきて、初めて好きになった人なんだから……。
だけど、殿下と番になるためには……。
「グラン団長が、邪魔なんですよね……もう社会的に抹消するしか」
「おい、やめてくれよ! それなんだけどさ、一つ案があって……」
グラン団長は私に耳打ちをして、ある提案をしてきた。
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