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第三十九話「大切にしてくれる二人を、俺は……」

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「殿下、お怪我はありませんか?」
「ああ……ない。大丈夫だ」
「本当ですか? 腕を掴まれて痣とかできたりは……」
「できてないよ」

 俺はエステル令嬢に掴まれていた腕をグランに見せる。
 グランは安心したのか、ほっと溜め息を吐いていた。

 グランからは本当に心配している感情が伝わってくる。
 グランはすごく優しい人だ。
 じっと見上げていると、にこりと微笑まれた。

「グラン、ありがとう」
「いえ、護衛として当然なことをしたまでですよ」

 俺が笑って礼を言うと、グランもはにかむ。
 グランは空腹だったらしく、ワゴンの傍に一緒に歩いて食べ物を大量にとっていた。

 騎士団団長だから精をつけたいのか、肉料理ばかり皿に盛るグランを見て、くすりと笑ってしまう。

「何を笑っているんですか? 殿下」
「いや、別に」
「殿下!」

 俺も食事が途中だったから皿を取ろうとしたら、カルヴェがやってきた。
 すごい焦った表情で俺とグランを見ている。

「大丈夫でしたか、エステル令嬢に連れ去られたと聞いて……」
「大丈夫、グランが助けてくれたよ」
「あの公爵令嬢はすぐに婚約を迫る不届き者だと噂が広まっていて……って、グラン団長が!?」

 俺がグランのほうを向いてもう一度お礼を言っていると、ぐぬぬ……とカルヴェが悔しそうな顔をする。

「殿下をお守りするのは私の役目なのに……一曲踊ろうとせがんできた女、許せない……」
「カルヴェだって、さっき助けてくれたじゃないか」
「そうですけど……って、殿下、グラン団長と奥の部屋で変なことされませんでしたか!?」
「されてないされてない」

 カルヴェが心底心配そうな顔で聞いてくるものだから、俺は笑ってしまった。

 グランは絶倫とは噂されているが、なんでもすぐにセックスを求めるわけじゃない。
 ちゃんと相手のことを考えてくれる気遣いのできる人だ。それをこないだわかることができた。

 それは、カルヴェも同じだ。
 二人はこうして俺のことを守ってくれている。

 俺は、この二人がいなかったら今頃どうなっていただろう。
 レヴィルと踊っていたかもしれないし、エステル令嬢に襲われていたかもしれない。

 二人の存在のありがたさに気づかれる。

「……二人とも、ありがとう」

 礼を言うと、二人は気まずそうに視線を逸らしていた。
 結局夜会は、グランとカルヴェとしか踊らなかった。

 他の者たちからも踊りの誘いが来たが……エステル令嬢やレヴィルとのやり取りがトラウマで、全員断ってしまった。

 結局落ち着くのはカルヴェとグランと一緒にいるときなのだ。
 俺たちは踊って食事をしたあと、早々に帰宅した。

「……殿下、もう夜会に出るのはやめませんか」
「え……」

 部屋に戻ってから、カルヴェがぽつりとそんなことを漏らした。
 グランは部屋の外で護衛をしている。今はカルヴェと二人きりだ。

「もう、心配なんです。初めての夜会で、あんな風に皆から誘われては……殿下が、無理やり番にされてしまうんじゃないかって」
「……」

 カルヴェが不安なのもわかる。

 今日は抑制剤を飲んでいたからバレなかったが……万が一Ωだとバレたときにはαの貴族が盛ってくるだろう。

 俺はαより力が弱い。
 首輪も立場上できないし、首を噛まれたら終わりだ。
 だけど……。

「大丈夫だ、カルヴェ」
「そうでしょうか。私には全く大丈夫に思えません」
「次の夜会に参加できるときには、きっと魔力も強くなっていて身を守れるはずだ。それに……カルヴェとグランが守ってくれるだろう?」
「……!」
「だから、大丈夫」
「殿下!」

 安心してほしくて言ったら、カルヴェにガバッと抱きしめられた。
 力強く抱きしめられて、正直背骨が折れそうだ。
 痛い、痛いよカルヴェ……!

「信頼してくれているんですね、私たちを」
「そりゃあ……ずっと、俺の傍にいてくれたし……」

「嬉しいです。これからも、貴方のことをお守りしますから」
 抱擁が離され、カルヴェと鼻先がくっつく。
 今にもキスしてしまいそうな距離で、心臓が脈打ってしまった。

 おかしいな、エステル令嬢にこのくらいの距離で迫られたときには、普通の脈だったんだけどな……。

 俺の脈はうるさく騒ぐばかりで、俺はどうしてこんなにドクドクとうるさいのかわからなかった。

「殿下、失礼します」

 夕食を食べ終わり、風呂も入り終えた夜、カルヴェが俺の部屋にやってきた。
 カルヴェはトレーを手にしていて、そこにはマグカップとマカロンが置かれている。

「どうしたんだ、カルヴェ。夜食なんて持ってきて」
「殿下に、安心していただきたくて……」

 コト、とローテーブルにトレーを置く。
 カルヴェが夜食を持ってくるのは珍しいから、俺はその気遣いが嬉しかった。
 マグカップに入っているのはホットミルクだ。

 飲んでみると、蜂蜜が入っているのがわかる。
 優しい甘さで美味しい。

「うん、落ち着く……」
「良かったです」

 カルヴェはにこっと微笑んだ。

 ホットミルクもローズ味のマカロンも、俺の心に温かく沁みわたって今日のことを忘れさせてくれる。

 その安堵から、俺は今日の出来事が怖かったんだとようやく気づくことができた。

「カルヴェとグランは、さ」
「なんでしょう?」
「俺を差別しようとは、思わないのか?」

 単純な質問を聞くと、カルヴェは目を見開いてしばし固まった。
 俺がマカロンを食べ終わったころ、カルヴェは俺に向かって柔らかく微笑む。

「そんなの、殿下が大切だからに決まっていますよ」
「え……」
「だって、ずっと傍にいるんですから。ずっとお仕えしていた主がΩだとわかったからって、それが私たちに影響を及ぼすわけがありません。きっと、グラン団長もそう思ってますよ」
「カルヴェ……」
「それに、陛下のご意向が差別をなくすということなんですし、時代的にもΩを差別しないというのが当たり前なんです。私としては、差別はしないのが普通というように、もっと広まってほしいですよ。貴族の方々は、古い価値観を大事にするタイプですからね」

 カルヴェから本音を零されて、俺は胸がとくんと高鳴るのを感じた。
 だから、このとくんって、なんだよ!

 俺のことを大切に思ってくれていて嬉しい。
 ……本当に嬉しい。
 Ωだとしても差別しない二人のことを、俺だって大切に思っている。
 だけど、その言葉は何故だか恥ずかしくて言えなかった。

「さ、殿下。飲み終わったらちゃんと歯を磨いて寝てくださいね」
「あ、ああ」

 カルヴェが部屋から出ていく。
 しんと静まり返った部屋でホットミルクを飲んでも、鼓動の高鳴りが止むことはなかった。
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