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第三十七話「初めての夜会」

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 グランとも無事剣術を教えてもらう約束をして、カルヴェと魔術をたくさん練習する日々が続いた。

 そして、夜会の日。

「お似合いですよ、殿下」

 俺は第一王子用の純白のタキシードを着て、馬車で会場に向かうところだった。
 俺には何人もの護衛がつき、グランとカルヴェも含まれている。

 俺が学院に行っている間にも何度か夜会が開催されていたが、α限定だったり、番を探す者限定だったりしていたようだ。

 今日みたいなα、β、Ωの貴族みんなが参加するパーティーは俺が成人してから初めてらしい。

 俺は性別を大っぴらに明かしていないから、α限定の夜会の招待状などを貰っていたらしいが……俺の知らないうちにカルヴェが全て断っていたそうだ。

「カルヴェ、ありがとう。そろそろ行ったほうがいいかな?」
「そうですね……王子が遅刻してはなりませんから。護衛を連れて、馬車で向かいましょう」

 時刻は夜の六時。
 会場は六時半に開かれる。

 普段は七時頃から行うのだが、今回の夜会は人数が多いため多くの人と交流できるように六時半かららしい。

 グランとカルヴェ、他の護衛を連れて馬車が繋がれているところへと向かう。
 グランもカルヴェも夜会の正装であるタキシードを着ている。

 ……交流するための夜会とは言われているが、正直カルヴェとグラン以外の人間と関わりたくなかった。

 抑制剤は飲んできている。
 だけど、αに何か勘づかれたら困るし、αはレヴィルのような差別主義者が多い。
 カルヴェやグランのようにΩの俺を大事にするほうが珍しいのだ。

 貴族でαの奴らなんて、貴族のΩの者たちを劣等種として見ないわけがないだろう。

「殿下、お手を」

 カルヴェに手を差し出されて馬車に乗っている間も、俺は夜会に行くのが不安で仕方なかった。

「うわ、すご……」

 会場に着くと、受付の人に名前を聞かれる。
 俺は王子だから顔パスだったが、カルヴェとグランは名簿にサインをしていた。

 会場内は既に多くの人がいて、ボーイが配っているシャンパンを揺らして飲んでいる。

 女性はレースがふんだんに使われた華やかなドレスを着ていて、一人一人違う刺繍が施されていた。

 今までならこういう綺麗な女性を見て誰と婚約しようかな~なんて考えていたけど、もうそんな思考はなくなってしまった。

 Ωの王子と結婚したいだなんて思うはずがない。

「殿下! こんばんは! ミラード伯爵家の長男の、リールドル・ミラードです。学院でお世話になっております。この度は夜会に来ていただけて歓迎です」
「あ、ああ……こんばんは」

 会場内に一歩入っただけで話しかけてきた。
 ミラード伯爵家の長男……確か同じ講義を受けていた気がする。

「私、殿下と一度話したかったんですよ。学院ではあまり話しかけられなくて……。良ければ一曲踊りませんか?」
「え、いや、俺は……」

 戸惑って辺りを見回す。
 学院でも会話をしていないし、いきなり踊るというのもちょっと気が引けるというか……。

 一番はカルヴェかグランと踊りたかったからな……。
 俺の思いに反して、リールドルはキラキラと瞳を輝かせている。

 迷っていると、「殿下」とまた名前を呼ばれた。
 振り向くと、そこには……。

 一番会いたくないやつが唇に弧を描いて立っていた。

「またお会いしましたね。レヴィルですよ、学院ではお世話になりました」

 思わず俺は鋭くレヴィルを睨みつけた。
 食堂でも距離を置いたのに、どうして近づいてくるんだ、こいつは。

 レヴィルはにやにやと口角を上げていて、俺のことを舐めるようにつま先から頭まで眺める。

「……ふーん、よく見れば綺麗な身体をしているじゃないか」

 ちょうど曲が奏でられ、レヴィルの呟きが聞こえなかったが、彼はリールドルを肩でどかして俺の前に立ってきた。

「一曲踊りませんか? 殿下」

 俺に手を差し伸べてくる。
 もちろんその手を取ることはない。

「殿下、無視はよくないですよ? 俺と一緒に踊りましょうよ。それとも殿下は、踊りたい意中の相手が?」
「それは……っ」

 声が耳に吹きかけられてくすぐったい。
 思わず身を捩ったら、抵抗されないように二の腕を掴まれた。

 どうしよう、今すぐ逃げたい。
 なのに、力が強くて抵抗できない。
 こいつ、なんでいつも俺につっかかってくるんだよ……!

「いいでしょう、殿下。俺と踊りましょうよ。そのあと奥の部屋にでも――」
「殿下、何をなさっているのですか? 一曲目は私と踊る予定だったでしょう」
「……! カルヴェ!」

 焦燥に駆られていたとき、カルヴェが俺の目の前に現れた。
 一気に安堵して、力が抜けてくる。
 カルヴェはレヴィルを睨みつけ、俺の二の腕を掴んでいた手を思いきりはがした。

「……強引に踊りに誘うのは、よくありませんよ」
「……」

 レヴィルは大きく舌打ちをして去っていく。
 リールドルも、いつの間にかいなくなっていた。

 辺りは男女や同性同士で曲に合わせて踊っていて、俺とカルヴェだけが取り残されている。

「カルヴェ、ありがとう」
「いえ、このくらい大したことありませんよ。それより、あの男はなんなんですか? いきなり強引に殿下の腕を掴んだりなんてして。失礼すぎます」
「彼はレヴィル・クワラード。オーレリアン宰相の息子なんだ。だから、仕方ないと思う……」
「でも、殿下は嫌だったでしょう」
「え……」
「嫌なら嫌と言っていいんですよ」

 カルヴェが柔らかく微笑む。
 その優しさに、俺は涙腺が僅かに緩んでしまった。
 慌てて目尻を擦って、カルヴェと目を合わせる。

 嫌なら嫌と言っていい。それは、前世でもできなかったことで、今まで誰からも言われなかったことだった。

 安心するような温かい言葉を聞いて、俺はすごく嬉しい。
 カルヴェは少しだけ屈んで俺と目線を同じくらいにし、手を差し伸べてきた。

「一曲踊っていただけませんか? 殿下」
「あ……ああ、お前となら、踊りたい」

 俺が笑って言うと、カルヴェは「……こほん」と咳払いをして俺の手を握った。
 そのままステップを踏んで踊り始める。

 カルヴェは俺が踊りやすいようにリードしてくれて、気づけばいろんな貴族がこちらをちらちらと見ていた。

 カルヴェとなら、安心して踊ることができる。
 温かい手。香ってくる爽やかな匂い。大きな胸板。全てが俺の緊張を解いてくれる。

 ふと視線を合わせると、シャンデリアに照らされた瞳がすっと細められた。
 ……少しだけときめいてしまったのは、カルヴェには内緒だ。
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