35 / 51
第三十五話「一番の好敵手」
しおりを挟む次の日の朝、俺は衣裳部屋でタキシードの試着をしたあと、学院が休みだったためカルヴェと魔術の練習をした。
腰の調子は大分よくなっていて、かなり動けるようになったからカルヴェと朝から練習だ。
せっかくの休日だし、グランも午前中は休みみたいで剣術を教えてもらおうとも思ったが、あんなことも起きたし、腰もそこまで治っていないのでやめておくことにする。
グランも発情期に付き合わされただけだったんだろうし、また何発も犯されたら今度こそ一週間くらい立てなくなりそうだから、不用意に近づくのはやめておこう……。
「殿下! 成長しましたね!」
カルヴェが俺の魔術を見て拍手をしてくれた。
魔術の猛練習をした結果、水は任意の場所にあてることができるようになったし、水で花くらいの形は作れるようになった。
カルヴェは俺の成長速度が他の者たちとは大違いと喜んでいて、俺も素直に嬉しい。
「殿下、次は水でミニドラゴンでも作る練習をしますか? それとも、他属性を習得できるよう国家試験に挑んで試験対策しますか?」
「うーん、どうしようかな……」
以前フィリベルト先生や学園の授業で教えてもらったことだが、今自分が持っている属性魔法をある程度使えるようになったら、他属性も習得することが可能になる。
他属性を習得するためには属性魔法習得国家試験に合格しなければいけない。
そこで自分の属性魔法がどれほど使えるかを披露し、見事合格すれば他属性を習得する許可証がもらえる。
その後王宮魔術師に自分が習得したい属性魔法を述べ、その属性が自分で自由自在に扱えるように能力魔法をかけてもらうのだ。
つくづく王宮魔術師はすごいなと思う。
普通の魔術師は能力魔法など使えない。
今でも使える人は王宮魔術師の中でも二、三人ほどしかいないという。
その中の一人はエリクだ。
だから試験も難関だし、それから属性魔法を習得するにはただでさえ発情抑制剤を作るなどで大忙しな王宮魔術師の時間を割かないといけないから、時間がかかるのだとか……。
王宮魔術師は、膨大な魔力量と知識を携えているのだろう。
そして……αなのだろうな。
「俺は他の属性魔法も習得したい。だから、試験で合格するためにドラゴンを水で作れるようになりたい」
「……わかりました。では、練習しましょう」
Ωで属性魔法習得国家試験に合格した人は、ここ数十年で誰もいない。
俺が合格すれば……世間がΩを見る目は変わるはずだ。
俺はカルヴェに従って何度もドラゴンを生み出す練習をした。
花は生み出せても、ドラゴンほどの大きいものを生み出すのは難しい。
たくさんの魔力が必要になる。
その日は大きな水の塊を生み出すだけで終わってしまった。
「はぁ……っ、疲れた……」
「殿下、大丈夫ですか?」
魔力を使いすぎて、正直へとへとだ。
相変わらずカルヴェは上出来なときは褒めてくれるけど、他は厳しい。
もう一回、もう一回と指示されるがままにやっていたら、立ち上がれないくらいになってしまった。
「すみません、手加減したつもりだったのですが……」
あれで手加減してたの!?
カルヴェの鬼畜さに俺はついていくのが精いっぱいだよ……。
「ごめん、もう立ち上がれそうにない……薬を……あ」
「……」
魔力回復薬を持ってきてほしいと頼もうとしたが、それよりももっと簡単に魔力が回復できる方法があった。
「……回復、しますか?」
「あ、ああ……お願い。ん……」
αの人間の体液を摂取することだ。
俺が立っているカルヴェに頼むと、カルヴェは庭にしゃがんで俺の首に手を添えて口づける。
休憩中にパンを食べたからだろうか。
カルヴェの唇が美味しい。
「ん……もっと……」
唇が離れて至近距離で見つめ合ったときに強請ると、カルヴェは困ったような顔をして再びキスをした。
唇が重なるたびに、カルヴェの熱い吐息が漏れる。
カルヴェの片手が俺の肩に触れていて、そこから温かさが伝わってくる。
カルヴェはいつも優しく口づけてくる。
グランのキスとはまた違う……柔和で労わるようなキスだ。
「んぅ……」
カルヴェが舌を絡めてくるたびに、徐々に俺に力が戻っていく。
もう立ち上がれる。そう思って俺はカルヴェの背中をトントンと叩き、もうキスはいいよと知らせた。
「……殿下、もうよろしいのですか?」
「ああ、ありがとう。おかげで元気になれた。一緒に戻ろう」
俺が手を差し出すと、カルヴェは少し躊躇ったあと手を繋いで一緒に部屋へ帰宅した。
握っているカルヴェの手が熱いのが手袋越しに伝わってくる。
カルヴェを横目に見ると、気のせいだろうか、頬が上気しているような……。
「カルヴェ、熱でもあるのか?」
「……ありませんよ」
カルヴェは何故か呆れたようにため息を吐いて、部屋まで帰宅すると「私は掃除をしますので」とピシャリと言い放って俺の部屋には入らなかった。
何か不快にさせることでも言ってしまっただろうか。
◇◇◇
「はぁ……」
廊下の水拭きをしているとき、私はふと殿下のことを考える。
いつも私の頭の中は殿下のことばかりだ。最近はそれがもっと強くなった気がする。
魔力を供給するために、私は殿下とキスをした。
殿下はもっと、と強請るくせに、自分の魔力が回復したらその唇を離してしまう。
「私がもっとキスをしたいことが、わからないんでしょうかね……」
さらに口づけたら私の理性がぷつりと切れてしまうことはわかっているのだが、あんな風に言われて魔力の回復をするためだけにキスをされていると思うと悲しい。
殿下を愛したいし殿下に愛されたいという想いは日に日に強くなっている気がした。
「それに、なんですか、熱でもあるのかって……殿下は、鈍感すぎでしょう」
私が顔を赤くさせたことに対する感想がそんな言葉だった。
普通あんな私の好みの顔、身体、性格の男とキスをしたら赤くなるに決まっている。
それすらもわからない殿下は、鈍感すぎて普通に誰とでもキスしてしまいそうだ。
「グラン団長ともキスをしたんですかね……」
「したよ」
私の小さな呟きを聞き取ったのか、後ろからやってきたグランが真っ先に反応した。
「……はぁ」
「悪いけどな、俺は殿下の番になるって決めた。お前とは若い頃からの付き合いだったが……これに関しては、負けたくない」
「……はぁ~~~」
私は二度ため息を吐いて、頭を抱えた。
昔から、私とグラン団長は殿下をどちらが大切にできているか、守れているか競い合っていた。
お互いにこの男には負けたくない、と思っていたのだ。
夕食をどちらが殿下に早く運べるか競ったり、殿下の髪をどちらが綺麗に洗えるか競ったり、殿下に似合う服や気に入られる服を二人で選んだりと、何かと勝負していた。
グランは近衛騎士の仕事も忙しくなり、髪を洗ったり夕食を運んだりすることは私の仕事になってしまったが……。
そのときから、殿下は自分のなかで一番大切な存在であり、守りたい存在だった。
いつの間にか、恋愛感情という歪んだものを抱くようになってしまったけれど……。
「私のほうが、殿下を愛しています」
「俺のほうが殿下のこと、愛してるよ」
「……。ふ……っ」
「なんだよ、笑うなよ」
殿下が小さい頃だって、そうやっていつも殿下の何かについて競い合っていたから、思い出して笑ってしまった。
私にとって殿下は一番大切な存在で、グラン団長は一番の好敵手なのだろう。
「貴方も私も、昔から変わりませんね」
「……まぁ、そうだな」
グランはくすりと笑いながら頷いて、私の前を通りすぎた。
私も殿下のことを思い浮かべながら、掃除を再開するのだった。
5
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファのお嫁さん
藍沢真啓/庚あき
BL
大学卒業後Y商事で働く香月桔梗(こうづき ききょう)が出勤すると、不穏な空気と共に社長から突然の解雇を言い渡される。
「貴様は昨夜、わしの息子をオメガのフェロモンで誘惑しただろう!」と。
呆然とするまま会社を出た途端、突然の発情《ヒート》に襲われる。パニックになった桔梗は徒歩での帰宅を決めたものの、途中でゲリラ豪雨に見舞われてしまう。
そこで偶然見つけたカフェ&バー『la maison』のオーナー寒川玲司(さむかわ れいじ)に助けられたが彼はアルファで、桔梗の発情《ヒート》の影響を受け発情《ラット》してしまう。
そして、合意のないまま桔梗に番の契約をしてしまい──
孤独に生きてきたアルファとオメガの幸せになる為の物語。
壮絶な過去を持つ腹黒アルファ×孤独に生きてきた薄幸オメガ
※オメガバースの設定をお借りしています。また、独自設定もありますので、苦手な方はご注意を。 また、Rシーンの回には*を表示します。
また他サイトでも公開中です。
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
お世話したいαしか勝たん!
沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。
悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…?
優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?!
※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる