【完結】Ωの王子はαのドS執事と絶倫騎士に啼かされる~生意気な王子でごめんなさい~

翡翠蓮

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第三十一話「天然鬼畜、恐るべし」

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 近衛騎士団の練習棟も寮も王宮内にある。
 だが人数が多いため王宮に住めるのは騎士団の中でも強い者のみだそうだ。

 馬車に乗って練習棟へと向かう。

「練習棟、俺が行っても大丈夫なところなのか?」
「大丈夫ですよ。安心してください、殿下」

 そう言って俺の頭を優しく撫でてくる。

 グランの手、大きくて温かい。
 節くれだっていて、カルヴェのすらりとした指とは少し違う。

 微笑むグランは男のなかの男! って感じでかっこいい。
 剣は国で一番強いし筋肉ももりもりだし、グランは俺の憧れの男の人だなぁ……。

 俺は高等部にいたころ何か月か筋トレを試みたが、結局筋肉はほとんどつかなかった。
 俺もグランみたいにムキムキになりたい……。

「……殿下、どうしました?」
「あ、ああ! いや、なんでも……」

 俺がグランのことを見すぎて、グランに怪訝そうな声音で呼ばれてしまった。
 そうだよな、身体をじろじろ見るやつなんか普通嫌だよな……。

 慌てて視線を逸らすと、グランは「……ああ、なるほど」と言って騎士服の裾を捲りあげた。

「……!? グラン、何をして……」
「腕を熱心に凝視していたから、俺の筋肉を見つめていたのではないのですか? それなら腹筋のほうがいいと思って……」

 グランの腹筋は綺麗に六つに分かれている。
 すごい。こんな腹筋初めて見た。

 俺は無意識に唾をごくりと鳴らしてしまい、グランがくすくすと笑う。

「俺の筋肉すごいでしょう? 触ってもいいですよ?」
「ほ、本当か! いいのか……?」
「ええ、もちろん」

 俺は恐る恐るグランの腹筋に手を伸ばす。
 触ってみると……

「え、硬っ!」

 俺の腹とは段違いの硬さで思わず声に出してしまった。
 これ、子どもが抱きつきにきたら跳ね返されるんじゃないか? というか痛いと思う。

 前世でもこんなに筋肉がある人がなかなかいなかったから、触らせてもらえるのが嬉しい。
 ああ、俺もこんなにかっこいい筋肉ができたらな……。

「すごい、腰も硬い! 鳩尾も硬いぞ! 横っ腹も硬い!」

 筋肉の硬さに俺は興味津々で、グランの身体のいろんなところを触る。
 すごい、どこも硬い。騎士団団長の身体ってすごい!

「殿下、その……そろそろやめましょうか」
「何故だ! もっといろんなところの筋肉に触りたい……最高……もっと筋肉を感じたい……」
「ダメですよ、殿下。そろそろ俺がやばいので、ダメです」

 グランが言い聞かせるように俺と目を合わせる。

「何がダメなんだ? 触っていいと言ったのはグランだろう」
「こんなに触っていいとは言っていません。ほら、着きましたよ」

 グランは自分の身体から俺を無理矢理引きはがし、服を整えると止まった馬車から下りた。
 もっと筋肉を堪能したかったのが本音だが、グランがそこまでダメと言うなら仕方ない。

 やってきたところは、一階建ての学校のようなアーチ型の棟だった。
 騎士の人たちだろうか、気合を入れている声が棟からここまで聞こえてくる。

「俺たちも行きましょう」

 俺とグランは棟の中に入り、廊下を歩く。
 全て個室となっていて、扉の間隔は少し狭い。

 グランが空いている個室を探してくれて、その中に入った。
 中は真っ白い壁と天井だけの殺風景な部屋で、グランは集中して練習できると言う。

「では、殿下に防具を身に着けていただきますね」

 グランがとんとん、と二回奥の壁を叩くと、そこから防具が出現した。
 魔法すごい。こんなこともできるのか。

 防具の他にも模造剣があり、グランは両方とも掴んで取り出す。

「こちらは魔法を無効化する属性魔法が付与された防具です。俺が攻撃しても怪我できないようになっていますよ。模擬戦では必ず使用します。身につけましょう」

 グランが甲冑のような装備を渡してくる。

 けど、こんなごついものを身に着けるのは初めてだ。
 剣の授業のときに見に着けていた防具はもっとシンプルなものだった。どうやって着たらいいかわからない。

 グランは慣れた手つきで自分に防具を装備し、模造剣を手にした。
 俺が戸惑っていると、グランはくすりと笑いを零す。

「今着せますね。殿下、万歳してください」
「こうか?」
「そうです。綺麗な万歳ですよ」

 小学生でもできることを褒められても困るんだけど……。

 グランはせっせと俺に防具を装備させてくれて、「よし、できましたよ」と最後は俺を見て目を細めた。

 ……が、正直この鎧……重すぎる。
 歩くのも精一杯という感じだ。動ける気がしない。

 こんな重い装備を身に着けて騎士たちは戦っているのか? 筋肉化け物では……。

「さぁ、先程買った剣をお持ちください」
「え、でも……」
「どうしました?」
「あれ、真剣だよな?」

 間違いなく魔物も斬れるし人間も大きく振るえば斬れてしまうものだ。
 それでグランと戦うのは気が引けてしまう。

 もし俺が誤ってグランを傷つけたりしたら、謝っても謝り切れない。
 俺が剣を構えずにいると、グランは笑って俺のほうに一歩近づいてきた。

「殿下、俺は近衛騎士団長ですよ。ドラゴンでもない限り、攻撃は躱せます。それに防具もつけていますから」
「そ、それもそうか……」
「ええ。ご安心を」

 グランはカルヴェみたいに左手を胸にあててお辞儀する。
 確かに素人の俺の攻撃が近衛騎士団団長のグランに当たるはずがない。

 自分の実力を見誤っていたように感じて少し恥ずかしかった。

「では、最初は剣から水を出すところから初めてみましょうか。殿下、剣に意識を集中させて、水を与えることだけ考えてください」
「水を与えることだけ、だな。わかった……」

 俺は目を眇めて剣だけを見つめ、頭の中で水をイメージする。
 その水を剣に注ぐように想像して、柄を強く握る。

 五分くらい経ったとき、自分の魔力が剣に吸い取られていくような身体の軽さを感じ、そのときには剣の周りに水が張っているのが見えた。

「そうです! そしてそのまま振り上げてみましょう」
「わかった。……うっ、重い……」

 剣を持ち上げようとすると、さっきとは全然違う剣の重さに身体がついていかなかった。

 授業で扱った模造剣よりも遥かに重い。
 商人の言う通りだ。水魔法を付与すると、重量が増して動きづらくなる。

 それに着ている鎧も重くて剣が持ち上がらない。
 くそ、こんなんじゃダメだ。こんな非力じゃ俺は自分の身を守れない……。

 落ち込んで俯くと、グランが俺の後ろに回ってきた。

「殿下、気を落とさないでください。剣は騎士と冒険者、軍くらいしか持たないのですよ? 殿下が持てなくて当たり前です。俺と一緒に持ち上げてみましょうか」

 グランが俺の手に自分の手を添える。
 俺の両手がグランの両手に包まれると、いとも簡単に剣を持ち上げられてしまった。

 グランの筋力はどうなっているんだ!?

 ……いや、騎士や冒険者なら誰でも剣の一本や二本持ち上げられる。俺の筋肉がなさすぎるんだ……。

「殿下は筋肉を鍛えるのを優先しましょうか。じゃあ、俺も剣を持つので、素振りを五十回やってみましょうか」
「ご、五十回!?」
「大丈夫ですよ。すぐ終わります。俺はどんどん力を弱めていくので、自分で持ち上げられるようになりましょう」

 五十回一緒に素振りをするのはわかったが、背後から抱きしめられているような形になっているので羞恥がこみあげてきて上手く剣を振れるかわからない。

 さっきからグランが喋るたびにグランの吐息が耳にかかる。
 くすぐったくて仕方ない。
 グランの声、男の人にしては低いほうで耳朶に響くのだ。

「じゃあいきますよ。声も一緒に出してくださいね。……一!」
「一!」

 こうして俺の素振り特訓が始まった。

 もしかしたら俺が筋肉がつかないのは、Ωのせいなのかもしれない……と思いながら剣を振るう。

 だって、高等部の頃同じような筋トレをしていたαの同級生はみんな綺麗に筋肉がついていた。

 Ωは子どもを産む役目を担っている。
 元々筋肉がつきにくい身体なのかもしれない……。

 ……αが羨ましい。

 騎士団に入れるくらい強くもなれるし、出世だって誰にも文句を言われずになれるし、学校でも良い意味で注目を浴びる。

 羨ましいと思ったけれど、嫉妬のような感情は持ち合わせていなかった。

 カルヴェとグランのようなαがいるからだ。
 二人とも第一王子でありながらΩの俺を拒まないし、馬鹿にしないし、蔑まない。

 それには忠誠心も含まれているのかもしれないが……差別をしないのが当然だという二人の態度がすごく好きだ。

 αとΩなんて天と地ほどの差があるのに、魔術も教えてくれるし、こうして剣術の特訓にも二人は付き合ってくれる。

 自分の身を守りたいという俺の気持ちに寄り添ってくれるのが素直に嬉しい。

 二人とも優しくて良い人だ。俺の面倒が見終わったら、すぐに彼女とかできて、婚約するんだろうな……。

 ……あれ。
 どうして俺、今モヤっとしたんだ?

「五十! ……お疲れ様です殿下。休憩したら、次は腕立て伏せを百回しましょう」
「百回!?」

 ちょっと待ってくれ。
 グランという男、カルヴェと同じくらい鬼畜じゃない……?

 グランのほうをちらりと見ると、屈託のない笑みを浮かべている。

 カルヴェは結構黒い笑みを浮かべて鬼畜な教育を俺に施してきたけど……グランは多分天然だ。

 天然鬼畜も困るよーーー!!
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