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第二十六話「魔力の回復方法」

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 始めてから、数時間後。

「あ! あともう少しだな!」

 ようやく蛇口の側に水は当たるようになってきた。

 だがそれも不安定で、蛇口の側に当たることもあれば水栓柱の手前で水が弾けることもあるし、水栓柱の隣のフェンスに当たることもある。

 自然を感じることと一点の的に集中することの両立が難しい。
 だが、学院の授業ではαのみんなは当たり前のように赤い的に当てていた。

 しかもそこはホール内で、自然を感じ取れる場所ではない。
 αのみんなは無意識にホールの窓から自然を感じ取り、赤い的に当てることを考えているのだ。

 αにとってはすごく簡単なことなのだろうが、Ωにとっては死ぬほど難しいことなのだろう。

 こんなにも苦戦する自分に悔しさが滲む。
 他のみんなはあんなにできているのに。

 元々ある運動神経のようなものなのだろうか。
 悔しくて何度も水魔法を生み出していたら、息が切れてきて水栓柱にも当たらなくなってきた。

「殿下、今日はもう終わりにしましょう。昼食の時間も過ぎていますし、王宮に戻りませんか?」
「でも……まだ、蛇口に当たってない」
「一日でどうにかできるものではありませんよ。それに、魔力を消耗しすぎて集中力が切れています。とりあえず、休憩にしませんか?」
「……わかった」

 確かに魔力を消耗しすぎたのか、頭がクラクラする。
 ぼうっとしていて、蛇口に水を当てるとか、そういう思考が回らない。

 今日の練習は終わりにして、俺とカルヴェは王宮に戻って昼食を摂ることにした。

「殿下、練習はどうでしたか?」

 庭から王宮に戻るとき、護衛をしていたグランが話しかけてきた。

「楽しかったよ。今度グランに教わるのも、楽しみだなぁ」
「殿下、グラン団長に何か教わるのですか?」
「ああ。剣術を教えてもらうんだ。強くなりたいからな」
「そうですか……」

 何やらカルヴェが不満そうに口を尖らせている。

 剣術に秀でているグランと自分を比べているのだろうか。
 カルヴェは王宮魔術師にスカウトされるくらいすごい魔力を持っているのに……。

 カルヴェはグランを睨みつけ、ふっと笑みを零す。

「まぁ、最初に殿下を強くさせたのは私ですから。グラン団長も頑張ってくださいね」
「ああ。俺くらいに強くしてみせる。カルヴェを吹っ飛ばせるくらいにな」

 な、なんだか二人ともバチバチしてるぞ……。

 そのまま二人と会話をしながらリビングに戻った俺は、料理長が用意した昼食を食べた。


 それから休日以外にも毎日、学院の授業が終わったらカルヴェと魔法の練習をした。
 授業が終わった後、学院に行く前、午前授業の日などに何度も練習をする。

 学院の授業も進んでおり、俺はなんとか追いつけるようになるくらいには成長できた。
 朝から昼まで学院の勉強をして、夕方から夜までカルヴェと魔法の練習。

 カルヴェは魔術の歴史まで教えてくれた。

 それは家庭教師のフィリベルト先生や学園で習った歴史だったが、その裏話も教えてくれたし、カルヴェの話し方だとすごく面白く聞こえた。

「……殿下、今日はここまでにしておきましょう。魔力をたくさん消耗してしまいましたよ」
「そう、だな……今日は終わりにしよう」

 問題は、その消耗した魔力がなかなか元に戻らないことだ。
 魔法の練習をして魔力を消耗したあと、俺はへなへなになって何もできなくなってしまう。

 カルヴェから魔力回復薬をいつも貰うのだが、魔力を回復する薬は結構貴重だ。

 体力を回復するポーションは地方でも王都でもいろんなところに売っているのだが、魔力回復薬を売っている店は王都の中でも数軒しか存在しない。

 しかもポーションより値段が高い。

 魔力回復薬を作るには、薬師と王宮魔術師の魔力を大幅に使うため、少ないらしいが……最近大量摂取している俺にとっては、こんなに使うのが申し訳なかった。

「何か、魔力を回復する良い方法はないのかな……」
「今度エリク様に聞いてみましょうか? 回復薬なしで魔力を回復する方法は、何故か王宮魔術師が知っているだけで、貴族や平民に伝えられていませんから」
「ああ、頼む。こんなに薬を使ってしまうのも、あまり身体に良くない気がするし」

 俺はリビングに行き、夕食ができあがっていたのでカボチャのクリームニョッキなどをいただいた。

 カルヴェは毎回練習に付き合ってくれて、仕事で忙しいときは「遅れます」と一言言ってくれるけど、必ず毎日一緒に練習してくれる。

 俺を支えようという心遣いが素直に嬉しい。
 俺はカルヴェの気持ちを無下にしないよう、少しずつ魔法を上達させていこうと決意した。


 カルヴェと魔法の練習を始めてから一か月。
 学院に通ってはカルヴェと魔法の練習をし、学院でも担任から褒められるようになった。

 カルヴェと勉強をしているうちに、カルヴェのいろんなところがわかってきた。

 カルヴェは甘いものが苦手で、休日の午後に練習をして休憩になったとき、パンをよく食べていた。

 どうやらパンが好きらしい。
 ベーコンエピなどを食べていて、咀嚼する姿はなんだか幼い。

 他にもクロワッサンが好きで、よく食べていた。

 美味しそうに食べるものだから、「俺にも一口ちょうだい」と言ったら半分こしてくれたり、まるごとくれたりした。

 練習のときはかなり疲れていても「もう一度やりましょう」と限界まで挑戦させて、厳しいときもあるけど……パンを食べているときのカルヴェは可愛く感じる。

 可愛い? 男に可愛いってなんだ。
 いや、イケメンが一生懸命パンを頬張る姿は可愛く感じるじゃないか。

◇◇◇

 殿下が学園に行っている間、私は王城の王宮魔術師が働いているところへ向かった。

 私は王宮魔術師への誘いを受けているため、働いているホールへ行っても特に追い出されたりはしない。

 エリク様は王宮魔術師のトップだが、彼に私は「王宮魔術師にならないか」と誘われたことがある。

 そのため普通の一般人より仲は良く、時々忙しくないときに二人で紅茶を飲んだりしている。

「おはようございます。殿下の執事を勤めておりますカルヴェと申します。エリク様はいらっしゃいますでしょうか?」
「殿下の執事を勤めているカルヴェ様でございますね。少々お待ちください」

 受付係の人が私の名前を紙にメモして、席を離れる。

 ホールの中は天井に明るいシャンデリアがあって王宮魔術師たちを照らし、彼らは居心地の良さそうな椅子に座って発情抑制剤や抗フェロモン剤を作成している。

 他にも事務員がいて、今月の抑制剤などの売り上げを計算しているようだった。

 王宮魔術師は、選ばれた人しかなれない。

 このメヴィーサ王国の魔力を保持している者、それも上位五パーセントほどしかなれず、近年王宮魔術師になるための試験は難関を極めている。

 このホールにいる者たちは皆、学院でも優秀な成績を収め、属性魔法を習得する国家試験に合格するのは当たり前で、倍率八百倍ともいわれる王宮魔術師の試験にも合格している。

 倍率が高い理由は、この職業に就任すれば一生食っていけるとまで言われているからだ。

 その代わり発情抑制剤や抗フェロモン剤を発明して作成するなどオメガバースに貢献するのはもちろん、他にもこういう薬を作って欲しいと薬師と交渉したり、国家試験の審査員を務めたり、魔法を研究して新たな発見や発明をしたりと仕事は多岐に渡る。

 仕事で朝から夜まで忙しいが、これほど憧れられる職業もないのだった。
 だが、エリク様から王宮魔術師の勧誘を受けても、私は断った。

 ……殿下の傍に、いつまでもいたいからだ。

「カルヴェ! 久しぶりだ、どうしたんだ?」
「エリク様。お忙しい中時間を頂戴してしまって申し訳ありません」

 受付係が姿を消してから数分後、私がいるホールの入り口にエリク様がやってきた。
 王宮魔術師が仕事をするときに纏う、金色の薔薇の紋章がついた黒いローブを羽織っている。

 それほど忙しくはなかったのか、腕時計を何度も見たりはしていない。
 エリク様は、多忙なときは腕時計に数度視線を落とすのだ。

「全然忙しくないよ。むしろ時間があって休憩をしようと思っていたところなんだ。どうだ? テラスで紅茶でも飲まないか?」
「いいんですか?」
「ああ、カルヴェならいいさ」

 エリク様に促されて、私はテラスへとやってくる。
 もうすぐ夏がやってくるから少し暖かい風が吹いていて、私の頬をゆっくりと掠めた。

 テラスには白く塗装された椅子と机が並んでいて、その一角に私とエリク様は座る。

「紅茶の種類は何がいい?」
「じゃあ……レモンティーで」
「わかった。……すみません」

 エリク様がメイドを呼び止めた。
 王宮魔術師が仕事をしているホールの傍のテラスには、メイドが常駐している。

 仕事に疲れた彼らを癒やすために、料理や茶をもてなしてくれるのだ。
 程なくして運ばれてきた紅茶は、レモンティーの良い香りが漂っていた。

 気温を考慮してか、アイスティーだったため喉が渇いていた私には助かる。
 エリク様はミルクティーを頼んでいて、上品な仕草で一口飲んでいた。

「それで、今日はどうしたんだ? 何も用がないというわけではないだろう」
「それは……」

 私は殿下に頼まれたことをかい摘まんで話した。
 エリク様は殿下の性別判断を直にした人だ。

 殿下がΩということは知っているはずだから、私は殿下が自分の身を守るために魔法を練習しているということを教える。

 だが、練習後いつも魔力がなくなってふらふらになってしまう。
 魔力回復薬は貴重なものだから、それ以外で回復できる方法はないのかそれとなく聞いてみた。

「うーん、できれば俺としては魔力回復薬を使ってほしいんだが……」
「殿下は本当に魔力がない者に使ってほしいのだと思います。殿下のお優しい心から、貴重な魔力回復薬を毎日使うのは気が引けてしまうのかと」
「そうだと思うんだけど……」

 エリク様はうーんうーんと唸って視線を下に落とす。
 ミルクティーの氷がカランと鳴ったのを合図に、黙っていたエリク様が口を開いた。

「魔力回復薬以外で回復する方法はあるが、正直おすすめできない。殿下はΩだしな」
「……? どういう意味ですか?」

 エリク様は言うべきか言わないべきか悩んだあと、私と真っすぐ視線を合わせて言い放った。

「……は?」

 さすがの私も目を瞠って驚き、レモンティーのストローを落としそうになってしまった。
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