【完結】Ωの王子はαのドS執事と絶倫騎士に啼かされる~生意気な王子でごめんなさい~

翡翠蓮

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第二十五話「魔術の練習」

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◇◇◇

 約束の四日後、魔術を教わることになった。
 俺は魔術を思う存分練習できるよう、動きやすい服装に着替える。

 カルヴェはどんなことを教えてくれるんだろうと期待しながら部屋から出ると、護衛をしていたグランとばったり会った。

「殿下、お出かけですか?」
「ああ、カルヴェとちょっとな」
「ちょっと?」

 グランが怪訝そうに眉をぴくりと動かす。
 いや、そんな怪しまれても……カルヴェと魔法の練習をするだけなんだけど。

 事情を説明すると、グランは「なるほど」とうんうん頷いた。

「カルヴェは魔術を得意としていますからね。教わるのはとても良いことだと思いますよ」
「そうだよな! それで、その……グランにも、頼みがあるんだが」
「……なんでしょう?」

 グランはカルヴェより背が高い。

 カルヴェのときも見上げていたが、グランのときは多少背伸びして上目遣いをしなければ視線を合わせられない。

 頼みを聞いてほしいからずいっとグランに近寄って見上げたら、グランは驚いているのか王子に近づかれて緊張しているのか、瞳が揺れていた。

「グランに、剣術を教わりたいんだ。Ωだけど、俺は次期国王の身分だから、Ωの国王としてふさわしいように強くなっておきたい。あと……自分の身を守るためにも」
「……」

 グランは目を見開いて少し黙ったあと、ぼそりと呟いた。

「殿下は、努力家なんですね……」
「え?」

 よく聞こえなくてもう一歩グランに近づいたら、ぐいっと腕を引っ張られて顎を持ち上げられた。

 至近距離でグランと視線が絡む。
 え……? なんで俺、グランに顎クイされてるの……?

「殿下は美しい顔をなさっている。心もこんなに美しいとは。俺は人に剣術を教えることはこの頃断っていましたが……殿下の頼みとあれば仕方ありません。今は殿下の護衛以外にも王都の見回りを担当しているんです。担当が外れる一か月後まで、待てますか?」
「ああ! 待てる! ありがとう!」

 俺は満面の笑みでグランに礼を言った。
 グランは頬をぽりぽりと掻いてそっぽを向く。

「ふーん……カルヴェが抱くのも、頷けるな」
「ん? 何か言った?」
「……いえ、一か月後が楽しみだなぁと言っただけですよ」

 グランがこっちを見てにっこり笑う。
 うっ……イケメンだな。
 イケメンというより、なんだか色気がハンパないぞ、この人。

 エシエルの言っていたことが本当なら、絶倫なんだっけ。
 いろんな人の身体を抱いていたら、こんなに色気が溢れるものなのかな……。

 にしても、俺も一か月後が楽しみだ。
 風邪を引かないように、体調管理に気をつけよう。

 俺は護衛のグランを連れて、カルヴェが待っている庭へと向かった。
 王宮の庭はいつ見ても綺麗だ。

 花が咲き乱れ、風が風見鶏を回し、白いベンチがところどころに置かれている。
 奥にはガゼボがあって、高等部にいたときのことを思い起こさせる。

 踏みしめる芝生の音も心を癒やしてくれるし、時々飛んでくる蝶々が花の蜜を吸うのを見るのも心が落ち着く。

 イングリッシュガーデンみたいで俺は結構好きだ。
 花の香りが鼻先を擽り、深呼吸して堪能する。

 カルヴェは庭の奥のほうにいるらしい。
 奥は小池があって、魚が泳いでいる。

 時々庭師が餌をあげているのを見るが……赤と白の小さな金魚みたいな魚だった。

 入学式が四つの月上旬だったから、もう中旬に入ってスイートピーの蕾が膨らみ、太陽のようなマリーゴールドが咲き誇っている。

 石畳をコツコツと歩いていくと、カルヴェが池畔で待っていた。
 横流しにしている黒髪が、風でさらりと靡いている。

「では、始めましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」

 頭を下げて丁重に挨拶をし、魔法練習を開始する。
 グランは庭の入り口付近で護衛してくれていた。

 この小池周りは、俺とカルヴェの二人きりだ。
 カルヴェと二人きりなのはこないだのこともあって少しだけ緊張してしまう。

「まず、私は属性魔法をいくつか習得しておりますので……水魔法のお手本をお見せしますね」
「はい」
「確か、的に当てられないのでしたよね。じゃあ……あそこに当ててみましょうか」

 カルヴェが指さしたところは、少し遠くにあるラティスタイプの茶色いフェンスだ。

「あそこの立水栓の蛇口めがけて水を打ちますね。恐らくあれくらいの小ささが殿下が授業で行った的の赤い部分でしょうから」

 蛇口!? てっきり水栓柱を的にするのかと思ったら、その蛇口を的にするとは。

 確かに俺が授業で一度も当てられなかった(というか飛距離から無理だった)的の赤い部分くらいかもしれないが、もっと小さい気もする。

 本当に当たるのか? あんなところに。

「……ふっ」

 カルヴェが小さく声を出し、手をかざして掌から水を作り出して、勢いよく放った。
 バシャ! とかかったところは……蛇口だ。蛇口がずぶ濡れだからわかる。

 しかも蛇口がキィっと音を立てたのも聞こえ、動いたこともわかった。
 カルヴェの水魔法はそれほどの威力があるということだ。

「す、すご……」

 本当に当ててしまうとは。
 しかも、水の勢いが凄まじかった。

 あの蛇口に届くまで一秒、いや、零点五秒もかかっていないんじゃないか?

 あれが顔面に直撃したら死ぬほど痛そうだ。
 なるほど、カルヴェくらいの水魔法が出せれば自分の身も守れそうだな。

 だが、それまでに相応の努力は必要だろう。
 俺も頑張らないとここまでなることはできない。
 俺は自分を鼓舞するためにも深呼吸をして拳を握りしめた。

「殿下、まずはあの水栓柱に水が届くようにしましょう。一度やってみてもらえますか?」
「わ、わかった」

 俺は手をかざし、魔法を一点に集中する想像をして、水を作り放った。
 だが、それは水栓柱まで飛ぶことなく数メートル先でぽちゃりと落ちる。

「なるほど、飛距離と勢いが足りていないのですね。もう少し、自然を感じるようになりましょう」
「それ、先生にも言われたけど、自然を感じるようになるって……どういうことなんだ?」
「そうですね……殿下、大きく息を吸って吐いてみてください」

 言われたとおり深呼吸をした。
 したぞ、というようにカルヴェを見つめる。

「どうですか? 花の香りや、水の匂いがしてきませんでしたか?」
「言われてみれば、してきたかも……」
「もう一度意識してみてやってみましょう。息を大きく吸ってください」

 再び息を大きく吸って、吐く。

 吸ったときに、確かに花の良い香りや、草の匂い、小池の匂いなどが混ざって鼻腔を柔らかく刺激してきた。

 なんだか心が落ち着いてきたような気がする。

「次は、よく耳を澄ませてください。小鳥の囀りや、木々のさざめきなどが聞こえてきませんか?」

 意識を集中させて、耳を澄ませる。

 確かに遠くで小鳥の鳴き声や、風で木が揺れる音、池で魚が跳ねる音が聞こえた。
 この音全て、ASMRみたいで心地良い。

「それから、目です。貴方の周りには色とりどりの花や様々な雑草、澄んだ池を泳ぐ魚が見えませんか?」
「見える、な……」
「これが自然を感じるということです。では自然の匂いを感じ、耳を傾け、目で自然を見てもう一度水栓柱にあてようとしてみてください」
「わかった」

 カルヴェに言われたように、自然を感じ取るよう集中する。
 聞こえてくる。小鳥の囀り以外にも、花々が風に揺れる音や、動物の鳴き声も。

 匂いも様々な自然の香りが入ってくる。
 俺はそれらを感じながら手をかざして……水を水栓柱めがけて打った。

 バシャン! と水の大きな音が鳴る。
 それは水栓柱の下のほうをびっしょり濡らしていた。

「と……届いた!」
「すごいです、殿下! まさか一回でこれほど成長するなんて」

 カルヴェも嬉しそうに俺を見つめている。

 そのキラキラした瞳はいつもの冷静な表情ではなくて、普段見たことのない顔で少しドキリとしてしまった。

「うーん、でも蛇口には当てられなかったな。蛇口に当てるようにするには、どうしたらいいんだ?」
「それは蛇口一点を見つめ、そこに当てると集中することです。難しいと思います。蛇口に当てると頭の中で思いながら、自然を感じなくてはなりませんから。ある程度の練習は必要ですよ」
「そうなのか……」

 俺は蛇口に集中しながら、自然を感じ取るつもりで水を打った。
 だが、蛇口に命中せず、飛距離も落ちて水栓柱の手前で水たまりを作ってしまった。

 うーん、難しい。
 これは、結構大変かもしれない。

「殿下、蛇口は自分より下のほうにありますから、もう少し腰を下げて……」
「んぁっ!?」

 俺が手をかざして水を出すことに集中していたら、カルヴェが俺の腰をぐいっと掴んできた。

 突然のことだったからすごい変な声が漏れてしまった。
 沈黙が流れ、気まずい雰囲気になる。

「……誘っているんですか?」
「誘ってない!」

 俺は断じてそんなつもりはない!
 顔が赤くなるのを感じながらカルヴェに反抗すると、カルヴェは呆れたようにため息を吐いた。

「そんな声、私以外の人にも出してるんですか?」
「出してないよ……」

 カルヴェの冷めた視線が痛い。
 気を取り直して俺は魔法の練習を始めた。

 何度も何度も水栓柱に当てる練習をカルヴェと共にしていく。

 カルヴェに腰を掴まれたり「手の位置をもう少し下げて」と言われて腕を触られたりで、俺はどうしようもなく心臓が速くなってしまう。

 カルヴェ、わざとやっているんじゃないか? というくらいだ。
 そんなふうに俺はカルヴェに身体を触られながらも、練習を続けた。
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