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第十五話「憂鬱な踊り」

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「ごめん、だけど、俺は……」
「行きましょう、殿下。会場はあちらでございます」

 エミリア令嬢が無理やり俺の手を引いて会場へと誘う。

 ラベンダー色のドレスは身体のラインがわかるもので、谷間が見えているし童貞の俺には正直目のやり場に困る。

 だけど、この女性は俺の好みなのにあまり興奮しない。
 どうしてだろう。
 今までの俺なら、興奮していたのに。

 彼女は、もしかしてβなのだろうか? だから、興奮できない……?
 第二の性でこういうことが起きるのか?

 夜会の会場に着くと、さっき挨拶をしてきた貴族のほとんどが集まって談笑していた。
 自分の子どもの話や、領地の自慢話で持ちきりだ。

 奥には楽団が奏でる場所があり、その曲に沿って踊ることになっている。

 エミリア令嬢は俺にずっとくっついていた。

 夜会が始まるまでまだ時間がある。
 だけど、俺は発情期がこないか不安で仕方なかった。

 もし発情期が来てこの貴族たち全員に第一王子がΩだということがバレてしまったらどうしよう。

 カルヴェが出世は難しいと言っていた。
 もしかしたら、国王の継承権を剥奪されるかもしれない。

 不安で汗がにじみ出る。
 カルヴェはどこにいるんだろう。

 辺りを見回すと、すぐ後ろに姿勢を正して俺を見つめていた。
 今すぐ助けを求めたい。

 でも俺がΩだと言ったら、カルヴェは俺を軽蔑するかもしれない。
 カルヴェやグランに軽蔑されることが……他の貴族たちに蔑まれるより、何より怖い。

 結局カルヴェに何も言えないまま、夜会を迎えることになった。

 楽団の人々がチューニングをしてから、曲を奏でる。

 楽器はヴァイオリンやヴィオラなどの弦楽器から打楽器、金管楽器などがあり、どれも魔法がかかっているのかキラキラ光っている。

 そして、曲が開始された。

「殿下、どうぞ」

 俺にシャンパンが渡される。
 一口飲むとお酒の味がふわりと広がる。

 性別診断のときに飲まされたお酒とは度数が少なめなのだろう、すっきりした味わいで美味しい。

 前世じゃ飲み会で上司に飲まされてばかりだったからな……こうして好きな量でかつ少なめの度数を飲めるのは助かる。

「殿下、踊りましょう?」
「あ、ああ……」

 エミリア令嬢が俺の手を取って、一緒に踊り始める。
 ステップを踏んで、彼女を支える。

 踊りは家庭教師に教わった。
 恐らく、間違っていないはずだ。

 エミリア令嬢は桃色に塗られている艶やかな唇を上品に微笑ませ、俺をじっと見つめてきている。

 その濡れた瞳は、熱烈で恋慕の色が滲んでいるように見えて、思わず鼓動が速く鳴った。

 こうして女性と踊るのも楽しい……ああ、そういえばカルヴェが一緒に踊りたい、みたいなこと言ってなかったっけ。
 確かグランもだ。

 エミリア令嬢と踊る俺を、羨ましそうに見つめている貴族がたくさんいる。

「殿下……」

 曲に合わせてふっと距離が縮まったとき、エミリア令嬢が吐息混じりに俺の耳元で囁く。

「奥の部屋に、行きませんか?」

 奥の部屋?
 エミリア令嬢から視線を逸らすと、確かに奥に扉が見える。

 扉を開けたら部屋があるのだろうか。
 どういうことかを尋ねようとしたら、急に身体ががくん、と重くなった。

◇◇◇

 先ほどの殿下の様子がおかしかった。

 ――カルヴェ。俺、今日早めに休むよ。

 殿下が主役のパーティーなのに、どうしたのだろう。

 むしろ、殿下なら俺のパーティーだ! と言わんばかりに元気に夜会も令嬢たちと踊ると思ったのだが……。

 なんだか殿下の様子がおかしい。
 王宮魔術師に連れていかれてから、覇気がなくなったのだ。

 視線を下に向け、あからさまに気を落としている。
 今だってエミリア令嬢と音楽に合わせて踊っているが、あまり乗り気ではなさそうだ。

 殿下を連れいてった王宮魔術師は……確かエリク様だ。
 性別診断をしてもらったのだと思うが……。

 その性別診断で、何かあったのだろうか。
 そのとき、会場にすごく甘い匂いが漂ってきた。

 私を誘っているような、甘美で美味しそうな匂い。
 これは、まさか……。
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