上 下
62 / 64

番外編1「疲れたときこそ」

しおりを挟む

 カナメが王都にやってきた。
 またあの花のような笑顔を見たいと思って、王宮から出ようとするのだけど……。

「リュザ。魔力が一定に注ぎ込まれてないじゃないか。実験失敗するぞ」
「氷魔法の分析結果はどうした? リュザが担当だったよな」
「リュザの書類誤字だらけでわからん、直せ」

 むさくるしい男たちが一気に詰め寄ってくる。
 ローブを羽織ってても肩幅の広さからわかる筋肉を見て、俺は深くため息を吐いた。

「一気に言わないでよ。分析結果はもう少しで完成する。書類は直すからそこ置いといて」

 リースライの横をトントンと指で示す。
 書類が置かれた後、気が散ってしまったので魔力が一定に注ぎこめなかったリースライを廃棄箱にぽいっと入れた。

 そのまま廃棄箱がむしゃむしゃとリースライを噛み砕き、跡形もなくなる。

「ねぇ、リースライってまだある?」
「もうねえよ。リュザが使ってたのが最後の一つだよ」
「えー。じゃあまた鉱石屋に買いに行かなきゃいけないの?」
「そうだよ。その実験結果をまとめた書類の提出期限は、三日後だろ? 今からでも買いに行けよ」

 ちらりと時計を見た。
 午後の三時。まぁ、そのくらいなら行ってもいいだろう。
 俺は立ち上がって王宮を出た。

 歩きながら今日のこれからの予定を考える。

 帰ってきたら実験して、その後氷魔法の分析結果の書類まとめて、別の書類の誤字直して、実験結果の書類まとめて……。

「はぁ……」

 こんな生活してたら、いつか倒れそう。
 実験だって分析だって、相当魔力消費するし。

 しかもむさくるしい男ばかりで、華がない。研究部屋にいてもつまらない。

 だから、仕事がひと段落したらカナメの店に行って癒されようと思っているのに……。
 ひと段落したら、またひと段落したらと考えているうちに、結局『カナメ喫茶』が王都に移転してから一回も行けていない。

「チョコレートフレンチトースト……」

 半ば無意識に呟く。
 あの甘くて、でも後味がしつこくない、カナメが作ったふわふわのチョコレートフレンチトーストが食べたい。

 食べたい、一刻も早く食べたい……!

 『カナメ喫茶』は王都に移転しても大人気で、王宮から出て様子を垣間見るときはいつも大繁盛している。

 俺もそっちに行けたらなぁ。

 鉱石屋に着き、リースライを購入する。
 リースライというのは、この国の東地方でさかんに採れる鉄鉱石だ。
 主に武器を作るのに必要とされている。

 今回はそのリースライに属性魔法を注いだら、武器を作った際にその属性魔法が引き継がれるかの実験だった。

 武器に属性魔法を注いでもすぐに魔力が分散され、武器を使う相手の属性魔法しか使えなくなることは実験済だ。

 ならその武器を作る元となるリースライに魔力を注いだらどうなるのか、の実験を王政府から依頼された。


 これがもし成功すれば、属性魔法が一つしかない人でも様々な属性魔法が使えることができる。

「俺にそんな重大な仕事押し付けるなよなぁ」

 他にも手が空いてる人はいっぱいいるのに。
 またこの実験をしている間にも仕事は入ってくるだろう。

 やだやだほんとやだ。早くやめたい。ずっとチョコレート食べてたい。

 上を向いて空を仰いでいると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「いらっしゃいませー! 何名様ですか? 三名様ですね! あ、もしかして昨日来てくれた人? 嬉しいです、ありがとうございます!」

 その高い声と甘い匂いに思わず振り向く。
 『カナメ喫茶』でカナメがエプロンをつけて接客していた。

 ……やばい。めちゃめちゃ美味しそうな匂いがする。

 でも今食べれば、今日徹夜になるのは免れない。
 店の窓からカナメがチョコレートフレンチトーストを運んで客に提供しているのが見える。

 ふるんとフレンチトーストが揺れる。

「……」

 別に、今日くらいいいよね。
 リースライをローブの内ポケットに閉まって、『カナメ喫茶』の方に歩いて行った。

「カナメー!」

 声を張って手を振る。
 気づいたカナメはぱっと瞳を輝かせて店の中から手を振ってくれた。

 口元が久しぶり、と動いている。

「……徹夜なんて、どうってことないな」

 その笑顔を見て、俺は呟いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

『完結』人見知りするけど 異世界で 何 しようかな?

カヨワイさつき
恋愛
51歳の 桜 こころ。人見知りが 激しい為 、独身。 ボランティアの清掃中、車にひかれそうな女の子を 助けようとして、事故死。 その女の子は、神様だったらしく、お詫びに異世界を選べるとの事だけど、どーしよう。 魔法の世界で、色々と不器用な方達のお話。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

処理中です...