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最終話 婚姻式

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◇◇◇ 

 婚姻式の日が、やってきた。 
 俺とセーレは友人として特別に婚姻式に参加でき、他にはアベリア陛下やアイビー女王陛下といった四大精霊契約者、他には殿下の親族とマリー令嬢の親族が並んでいる。 

「ほ、本当に呼ばれて良かったのかな」 
「大丈夫ですよ。ほら、背筋を伸ばして」 

 セーレにぽんぽんと背中を叩かれる。 
 殿下の親族は、俺たちのことをひそひそ言う者はいなかったけど、マリー令嬢の親族からは冷たい視線を向けられていた。 

 そして、タキシード姿の殿下と豪奢なウエディングドレスを着たマリー令嬢が登場する。 
 この国の婚姻式は、お互いに愛する誓いを立てたあと、指輪を交換し、誓約書に署名するというほぼ日本と同じシステムだ。 
 日本と違ったところは、誓いは神父と共にするわけではなく、自らの言葉を述べて誓うというもの。他にも新郎新婦が同時に登場するところなど、少し違う部分がいくつかある。 

 マリー令嬢は満足気に笑って俺たちに手を振っていた。 
 そして聖書台の前に立ち、こちらを振り返る。 

「私、マリー・ファゴットは、アイヴァン・フェン・シルフ王太子殿下を生涯愛し、いかなるときも、真心を尽くすことを誓います」 

 にこりと笑って誓いの言葉を紡ぐ。 
 続いて、殿下の番だ。 
 しかし、殿下はいつまで経っても誓いの言葉を立てなかった。 
 会場が異変に気付いた時、ようやく殿下が口を開いた。 

「俺は、マリー令嬢とは婚姻を結ぶつもりはありません」 

 マリー令嬢の親族、陛下たち、殿下の親族が驚きざわつき始めた。 
 マリー令嬢も呆然として殿下を見つめている。 

「何故なら、マリー令嬢は俺以外の複数の男性と関係を持っているからです」 
「……っ!?」 
「なんだって!?」 
「マリー令嬢が!?」 

 会場が一気にマリー令嬢に非難の視線を向ける。 

「ち、違いますわ! 私はそんな真似はしておりません!」 
「証人がいます。こちらにいる悪魔契約者と悪魔の方です。貴方たちはマリー令嬢が他の男性といるところを見た、と俺に伝えてくれました。そうですね?」 
「え……っ、あ、はい……確かにあれはマリー令嬢で間違いなかったと思います」 
「仲睦まじく腕を組んで舞踏会のドレスを選んでいましたね。ラブラブでしたよ」 
「俺自身もマリー令嬢が他の男と夜に外出しているのを見たことがあります。舞踏会にも行って、奥の部屋に行ったことも見ています。そんな女が本当に俺のことを生涯愛し、真心を尽くすでしょうか」 

 親族たちが一気にマリー令嬢へ批判を浴びせた。 
 マリー令嬢は熱があるのかというほどに顔を真っ赤に染め、羞恥に耐えている。 

「悪魔の言いがかりですわ……! 私は殿下を愛していますのに!」 
「だが、俺も見たぞ。マリー令嬢が他の男と百貨店にいるところを」 

 次に発言したのは、エリオット王子だった。 
 腕を組み、さらりと浮気現場の話をしてしまい、マリー令嬢は唇を噛みしめる。 

 エリオット王子の言葉が発端となって、親族から次々と「そういえばマリー令嬢は銀髪の男性ではなく、赤髪の男性といたな……」「俺は金髪だったぞ」「私は殿下より背の低い男性といるのを見ましたわ」という風に話が盛り上がっていく。 
 マリー令嬢は、キッと殿下を睨みつけるだけで、もう何も反論できないようだった。 

「俺は、愛している者がいます」 

 殿下は声を上げて言い、聖書台を下りて俺の肩をそっと寄せた。 

「俺は、このカトレアと婚姻を結びたいのです」 

 再び会場内がざわめき始める。
 悪魔契約者の俺を睨むものや、驚いて固まるもの、きゃーっと黄色い声を上げる女子など様々だ。 

「……父上」 

 今まで何も発言しなかったセルヴ陛下の方に向き直った。 
 セルヴ陛下はなんともいえない複雑な表情をして、殿下に視線を向けている。 

「俺は、同性愛が何故良くないことなのかわかりません。愛し合っている者同士なら、良いことだとは思いませんか」 
「……」 
「さらに、カトレアは国に大きな発展を施すほどの知恵を持っています。ただ悪魔契約者であっただけ。悪魔契約者だけど知識が豊富な者や、これからの国に大きな影響を及ぼす才能を持っている者など、ごまんといるのではありませんか。その者たちを蔑む対象にするのはおかしいのではないですか」 

 セルヴ陛下は黙って殿下の話を聞いていた。 

「俺はカトレアと婚姻を結びたいです。お互い愛し合っています。どうか、同性愛や契約者の差別をなくしていただけませんか」 
「……」 

 会場内に沈黙が訪れた。 
 俺も緊張で心臓の音ばかり聞こえてしまう。 
 一歩間違えれば、このまま俺は流刑になる。 
 数分、数十分とも思える沈黙の中で、ようやくセルヴ陛下が口を開けた。 

「…………はぁ…………」 

 ものすごく深いため息だった。 
 陛下は額を片手で抑え、ゆっくり首を横に振った。 

「人が用意した婚姻式をめちゃくちゃにして、何を言うかと思えば……」 

 陛下が再びため息を吐く。 

「お前は次期国王となるものだ。今後仕事に熱心に励み、国のために尽力し、交渉も遅刻をせず眠りもしないのなら、同性愛、契約者同士の差別に関してはお前に任せよう」 
「……! それでは……」 
「しかし、相手は悪魔契約者だ。お前の母のように亡くなることがないよう、しっかり見ていろ。絶対に死なせるなよ」 
「……はい」 
「いいか。わかってるな? 今後仕事に熱心に励み、国のために尽力し、交渉も遅刻しないのならば、だからな? 一度でも遅刻をすればお前は次期国王から降ろして流刑にするからな」 
「……わかってますよ」 

 陛下が三度目のため息を吐いて、 

「お前たちの婚姻式はもっと豪華なものにしよう。もう終わりだ、今日の婚姻式は。はい、解散」 

 ばっと両手を振ってみんな帰れという振りをすると、親族や陛下たちは帰っていった。 
 マリー令嬢は、全員から冷めた視線を送られたまま、静かに退場した。 

 後から聞いた話だが、セルヴ陛下に俺たちの仲を知らせたのはマリー令嬢だったらしい。 
 なんでも、ジェラートを食べている二人を見かけ、しばらく観察していたらキスをしたから、二人の関係がわかってしまったのだとか。
 
 マリー令嬢はどうしても殿下と婚姻を結びたくて、自分と婚姻しないならカトレアを流刑にしてください! と何度も陛下に頼んだんだそう。 
 そして陛下は渋々殿下にそれを告げたら殿下がひどく機嫌を悪くして、二人の仲が最悪になってしまったらしい。 

 教会から王宮に帰宅する。 
 少し失礼かもしれないが、婚姻式を行った場所より王宮の方が全然豪華な感じがした。 
 セルヴ陛下も殿下の要望をあっさり受け入れてくれたから、もしかしたら陛下もマリー令嬢の浮気癖には気づいていたのかもしれない。 

 長い廊下を渡って、殿下の部屋に辿りつく。 
 そしてドアを開けた途端、殿下ががばっと俺を抱きしめてきた。 

「で、殿下!?」 
「良かった。これで、お前とずっと共にいられる」 

 ぎゅううっと俺の骨が折れそうなほどに抱きしめてくる。 
 ……ああ、殿下も、この作戦が上手くいくか不安だったのだろう。 
 俺も殿下を強く強く抱きしめた。 

「……カトレア」 
「どうしました?……ん」 

 顔を上げると、殿下の唇が重なった。 
 ちゅ、と一瞬のキスで、殿下の顔がすぐ近くにある。 
 殿下は柔らかく微笑んで、言った。 

「愛している」 
「……!」 

 その眸が今までで一番優しくて、温かくて。 
 俺は嬉しくて自分から殿下にキスをした。 

「俺も、愛しています!」 

 ……これから先、殿下は国王陛下になる。 
 そして、この国が変わっていくのだろう。 
 もっとみんなが住みやすい国へ。 
 なんの差別もない国へ。 
 殿下と出会えてよかった。 
 これからも殿下に支えられ、殿下を支えていく、生涯のパートナーになることを誓おう。 
 ……殿下、一生愛させてください。 
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