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第三十二話 新聞の影響力

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◇◇◇ 


 それから数週間が経った。 
 その間俺はいくつかリーラさんに原稿を届け、新聞はますます売り上げが増した。 
 今日もいつも通り仕事をこなしていると、料理室に行くまでの廊下でストック陛下とノーム地区の紋章を首から下げた――アベリア陛下に会った。 

「おはようございます、ストック陛下、ノーム陛下」 
「おお! 君がカトレアか!」 

 アベリア陛下と会うのは初めてだったけど、陛下は俺のことを知っているようで握手を求めてきた。 
 ノーム地区は手先が器用で知性が高い者が多く、優れた細工品を作る地区で有名だ。 
 ドレスに刺繍を施したり、ガラスに模様を入れたりする工芸で主に栄えていて、確かマリー令嬢のドレスもノーム地区の刺繍が描かれていたと思う。

 金髪に緑の眸で、恐らく年配の方だ。 
 深緑の帽子を被り、クルミ色の豪奢な服を着ている。 
 ストック陛下とアベリア陛下の二人が来たことで、上を飛び回っている四大精霊の二人が楽しく喋っていた。 
 アベリア陛下の握手に恐れ多く思いながらも応えると、陛下は満面の笑みを浮かべた。 

「君の新聞の内容が、こちらの地区まで噂が立っているのだ。このコンライド街にね、かき氷を作っている大人気の店がある。知っているか?」 
「確か、聞いたことがあります」 

 そういえばリーラさんから嬉々とした表情で「かき氷を作る店ができましたよ!」って言われたっけ。 
 でも大人気だとは知らなかった。 

「もともと普通のケーキを売るカフェだったのだが、かき氷を始めた途端ものすごい勢いで売れているんだ。今月は寒いけど、それでも売り上げが去年の数倍に上がってね。それから他にもかき氷を売り始める店が増えて、こっちの地区でもサラマンダー地区でも噂になっているんだよ」 
「今日は会合に来たから、俺たちの地区でも噂になっていることをセルヴに報告しに来たんだ。それと、その新聞をこちらでも配ってほしいとも言うつもりだよ」 
「コンライド街の悪魔契約者たちが車の開発に勤しんでいるとも聞いた。それがもし開発されれば、国は大きく発展する。うちの方でも新聞を配ってほしいと僕も言う予定だ」 

 アベリア陛下とストック陛下は二人で俺の新聞の内容に話を咲かせた。 
 かき氷を作るならこの街だ、とか、いや、寿司も作りたい、とか、車が開発できたら自分も乗りたいとか。 
 俺、もしかしてすごいことしちゃった……のかな。 
 陛下たちの話にとんでもないことしちゃったな、と苦笑いしていると、会合の時間になってしまい、別れることになった。 

「ぜひ俺たちのところにも新聞を配ってくれよ!」 
「よろしく頼む」 
「は、はい、わかりました……」 

 俺に頼まれても、結局セルヴ陛下に許可を貰わなくてはならないんだけど……。 
 二人の陛下は軽い足取りで階段を上がっていってしまった。 

 ちらりとセーレを見ると、そうだ、カトレアはすごいんだぞ、と言わんばかりにどや顔を浮かべていた。 



 日が暮れ、今日も仕事を終える。 
 殿下は帰ってきているだろうか。帰ってきているなら、今日もキスがしたいな。 
 殿下と口づけることばかり想像していると、冷めた視線を感じた。 

「カトレア、えっちな妄想ばかりしてはいけませんよ」 
「え……!? べ、べつにしてないよ!」 

 セーレは呆れたようにため息を吐く。 
 そして、俺が瞬きをした頃にはセーレは微笑んでいた。 

「良かったですね。殿下と想いが通じ合えて」 
「え……!? き、聞いてたの!?」 
「聞いてた? 何をですか?」 
「いや、俺と殿下の、その、こないだの、夜の……」 
「夜の話は知りませんけど、告白していたじゃないですか。堂々と。キスもいちゃいちゃも僕の前では普通にしていますし」 

 またセーレに呆れた顔をされてしまった。 
 確かに、想いが通じ合って以降セーレの前でも普通にキスしてしまっている……気がする。 
 これからは、少し控えるようにしよう、と心に誓った。 

「でも、さ。その……セーレは、複雑じゃないの」
「複雑?」 
「ほら、前に……」 

 告白してきたときのこと。 
 セーレは「ああ……」と察して、首を横に振った。 

「全然気にしていませんよ。僕は貴方に家族として愛されているんですから。その時点では殿下より上ですよ」 

 ふふん、とセーレは満足気な顔をする。 
 気にしていないのなら、と、俺も笑って一緒に王宮の中に入った。 


 帰宅すると、殿下がまた俺の新聞を読んでくれていた。 
 俺の原稿が載った新聞を読むのは殿下の日課らしい。よく「そのにほんでは他にどんな文化があるのだ?」と聞いてきてくれる。そのたびに、夜遅くまで俺は殿下に文化を伝えた。 

「殿下、ただいま帰りました」 
「ああ、おかえり」 
 帰ってくるなり、殿下は俺の額にキスをしてくれる。セーレの冷めた視線が背中に突き刺さった。 

 その日は殿下と一緒にゆっくり眠った。 
 俺が眠るまで殿下は優しく髪を梳いてくれた。 
 殿下の手が優しくて心地よくて、次の日寝坊してしまったのは、殿下には秘密だ。 

 
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