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第三十話 エリオット王子の想い
しおりを挟む翌日、仕事前に活版印刷の職人に新聞の原稿を渡した。
職人はリーラという髭の生えた男性で、俺を見ても冷たい目を向けることはなく、優しく原稿を受け取ってくれた。
リーラさんは原稿を読んで、うんうんと頷く。
「いい原稿ですね。今週の休日くらいに配りましょう」
「ありがとうございます……!」
リーラさんは原稿をカバンにしまって、俺の方をじっと見つめる。
「そういえば、カトレアさんは殿下の部屋に住まれてるんですよね?」
「え……!? はい、そうですけど……」
急にその話をされて、一気に緊張が増した。
もしかして、あの夜のことがバレている……?
リーラさんはこの王宮に住み込みで働いている。殿下の部屋がある廊下を通ったときに、聞こえてきたとか……?そんな、どうしよう。
心臓がばくばくと音を立て、冷や汗が一瞬で吹き出る。
リーラさんは顎髭を弄りながらうーんと唸った。
「気のせいかもしれないんですけど……」
「は、はい……」
「最近殿下とセルヴ陛下の仲が悪いんですよねぇ」
「え?」
「なんかバチバチしてるんですよ。殿下から、何か聞いていませんか?」
「いや、特には……」
全然違う話をされ、俺の勘違いだったことがわかって気づかないようにそっとため息を吐いた。
な、なんだ……突然俺と殿下の話をするからびっくりしたじゃないか……。
でも確かに殿下はこないだからイライラしている気がする。それこそ、俺がクッキーを買ってきたあの日から。
それと何か関係があるのだろうか。
「知らないならいいんです。なんか前より二人ともすごいイライラしてるんですよね。何かあったら聞かせてください。話し合いの場でも設けようかなと思ってるので」
「わかりました。何かあったらお伝えしますね」
「ありがとうございます。では、失礼します」
リーラさんは丁寧にお辞儀をして、俺の原稿が入ったカバンを大事そうに抱えながらこの場から去っていった。
俺の原稿が、新聞になるんだ。
新聞全面ではなく一部分だけだけど、それでも楽しみで仕方がなかった。
「あ、危ないですよ、カトレア」
「あ……っ、ごめん、ありがとう」
「いえ」
仕事中に躓きそうになったところを、セーレが支えてくれた。
今日は笑顔で俺と話してくれている。
朝も起こしに来てくれたし、朝食のときも他愛ない会話をしてくれた。
いつも通りの笑みを向け、つっかえていたものがなくなったように晴れた表情を浮かべてくれている。
セーレと俺の非日常から日常に戻ることができて、すごく安心した。
やっぱり俺とセーレは、こうでなくちゃな。
セーレと協力しながら仕事を続け、午後になったので昼食を食べようと休憩を取ったとき。
コツコツと静かな足音が後ろから聞こえてきた。
「……カトレア」
聞こえたのは低い声。
振り向くと、エリオット王子がすぐそこにいた。
銀髪をかきあげ、俺たちを睨みつけている。
「俺に何か用でしょうか、エリオット王子」
「お前に話がある」
エリオット王子は左右を見渡し、周りに人がいないか確かめてから俺たちだけに聞こえるように小声で話した。
「先日陛下と殿下が話していたことがある」
「……? 何を話されていたんですか?」
「陛下が仰っていた。殿下がマリー令嬢と婚姻を結ばないと、カトレアを流刑にすると」
「え……っ!」
心のガラスが割れた音がした。
なんだって……?
ちゃんと脳内で理解できるように、エリオット王子の言葉を反芻する。
殿下がマリー令嬢と婚姻を結ばないと、俺を……流刑にする?
すでに、俺の想いは陛下に伝わっていたということか……?
誰かが伝えたんだ。俺が陛下を慕っていることを。
俺は陛下と会っていない。収穫祭で見たのが最後だ。
誰かが陛下に伝えたとしか考えられない。
ああ……もう、結ばれることはできないんだ。
結ばれたら、その時点で終わるんだ。
思わず涙が出そうになったとき、エリオット王子が一歩俺の前に踏み出した。
「お前はどうする」
「え……?」
「このままでいいのか?」
エリオット王子の言っていることがわからず、首を傾げた。
エリオット王子は軽く舌打ちをし、再び話を続ける。
「……俺は、このシルフ地区を引っ張っていきたかったんだ」
「……?」
「俺はこの国の情勢や他地区とのやり取り、隣国との外交に向いている。お前も同じ部屋に住んでいるからわかると思うが、アイヴァンは書類の整理が下手だ。すぐに大事な書類をなくすし、散らかす。俺がやれば、もっと早くできるのにと思っていた。……でも、俺はただのお飾り王子だったんだ」
エリオット王子の話によると、陛下は殿下に全て仕事を委ね、自分にはろくに指示もくれなかったらしい。
でも殿下は大事な交渉の日に寝坊はするし会合の途中で眠るしで、結局エリオット王子がいろいろとするはめになっていた。
最近は殿下もしっかり仕事をこなすようになったが、それでも王子よりは仕事の質は劣っているように見えた。
なのに王太子殿下を任されているのが、悔しかったそうだ。
「そんなアイヴァンを好いてくれる人間などいないと思っていた。マリー令嬢だって他の男と遊んでいるしな。でも、お前がいたんだ。お前がアイヴァンを好いていた」
でも王子は同性愛など本当に存在しないと思っていた。
愛すれば自分は流刑に遭うのに、何故好きになるのか。
自分の中でファンタジーのような存在だったらしい。
「だから、遊びでやっていると思ったんだ。それこそ、アイヴァンに罪を被せてお前の身分を高くするような作戦でも取っているのかと思った」
「え……」
「だが、仕事もしっかりこなすし、アイヴァンを暗殺するような動きも見せていない。しかも、アイヴァンといるときなんか嬉しそうに笑っている。……今日のお前の顔でわかった。お前は本当にアイヴァンが好きなんだな」
王子は軽くため息を吐いて、目を細めた。
「アイヴァンを好きになる者はいない。だからお前はアイヴァンを暗殺しようと企んでいる人間、もしくは重い罪を被せようとしている人間だと勝手に思っていた。……すまなかった」
そう言って、エリオット王子は頭を下げた。
前に会ったとき、王子は俺たちのことを差別していて、正直苦手に思っていたけど、その裏にはこんな考えがあったんだ。
そういえば殿下も前に言っていたな。暗殺を企み、このシルフ地区を掌握しようとする者など大量にいると。
エリオット王子には、俺がそういう存在に見えていたんだな。
「頭を上げてください、エリオット王子」
「だが……」
「俺を嫌っていたのはそういう理由があったってわかって、ほっとしました。話してくださって、ありがとうございます」
俺が少し笑うと、王子は渋々頭を上げた。
「本当にアイヴァンを愛しているなら、世間に負けないように頑張ってくれ。俺もアイヴァンとマリー令嬢を婚姻させたくないんだ」
王子はふっと笑みを零して言った。
あ……笑った顔、殿下に似てる。
「王子もマリー令嬢と殿下を婚姻させたくないんですか?」
「そりゃそうだ。どうせなら愛し合っている者同士で婚姻を結ばせたいだろう」
「……ふふ、王子は殿下のことが大事なんですね」
「……っ!? まぁ、そりゃあ、アイヴァンは自分の兄だからな」
エリオット王子は少しだけ目尻を赤くする。
そうだよな。婚姻は、愛し合っている者同士でするのが一番だ。
……愛し合っている者同士?
その意味をエリオット王子に聞きたかったが、王子は既に庭の方に行ってしまっていた。
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