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第二十話 前世の自分
しおりを挟む夢の中で、俺はどこかの家にいた。
なんとなく俺だとわかっているけど、見た目が違うし、俺は三人称視点で観察している。またこないだの夢と同じような感覚だった。
この家はシュロピア村の家でもないし、殿下の部屋でもない。あまりこの国で見かけないような部屋で、ローテーブルとソファ、紺のラグが敷いてあり、たった一部屋の家。
俺はローテーブルの前に置かれている長方形の機械に映されている人々を虚ろな瞳で見ている。
酒を飲んで、『ポテチ』と書かれた見たことのない菓子をつまんでいる。
時々テーブルの端に置かれた機械のボタンを押して、目の前の長方形の機械に映っているものを切り替えていた。
俺はぼうっとそれを見つめていて、時折ため息を吐く。吐いては、酒を飲む。
「……つまんね」
俺はそう言ってテーブルに置いてあった何かを取って弄り始めた。これも、多分機械だ。
弄っていると不意にその機械が大きな音で音楽を鳴らし始めた。
俺はあからさまに嫌な顔をして、舌打ちをしたあと機械を耳に当てる。
「はい、お世話になっております。……はい、はい、申し訳ありません。すぐに直しますので……はい、本当にすみません……」
その弱った声で、俺は、やっと気づいた。
……そうだ。
俺が耳に当てている機械は、『スマホ』だ。
俺が見ている機械は、『テレビ』だ。
思い出した。確か俺は、『トラック』に轢かれて……。
「――カトレア」
「……っ!?」
「朝ですよ。もうすぐ朝食の時間です」
カーテンが開く音がして、眩しい朝日が視界に入る。
窓から見える景色と角が生えたセーレを見て、ここは『日本』じゃないんだ、とぼんやり思った。
前から見ていた夢は、前世の自分だったのだとようやく思い出せた。
黒髪で、目の下に真っ黒なクマのやつれた顔の自分。前世の自分は確か大学を卒業後、ブラック会社に勤めていた。
通勤ラッシュに耐えて、会社に行っても上司に怒られてばかりで、深夜まで帰れない日々。休みたくても手が足りてなくて休めない。辞めたくても代わりがいない。毎日ストレスが溜まって、どんどん鬱々とした気持ちになっていった。
そして寝不足のまま横断歩道を渡ったら、大型トラックに轢かれたんだ。
真面目だったのは夢で見たときになんとなくわかったけど、あのときの自分の詳細な性格は思い出せない。名前も覚えていない。ただ前世の自分は『ブラック会社に勤めていて、大型トラックに轢かれた』ということしかわからなかった。
日本のことを思い出すと、この国はあまり文化が進んでいないことがわかる。
遠いところへ行くときには電車や車ではなく馬車を使うし、殿下みたいな王子様もいる。日本というよりは、昔のヨーロッパみたいな感覚だ。
「今日も休日ですが、どこかへ行きますか?」
「あ、どうしようかな。うーん……」
二日連続で休日があると、二日目に何をすればいいかわからなくなる。休日を設けてくれるのはありがたいけど。
「あれ、そういえば殿下は?」
ベッドから起き上がってリビングに行っても、殿下の姿が見えない。
書類が散らかった――また散らかってるのか――机の奥にある椅子にも座っていないし、ソファにも座っていない。
見渡しても殿下はどこにもいなかった。
「また、村の交渉とか? でも今日休日だよね? しかも朝早いし……」
「あ、いえ、アイヴァン殿下は……」
そのときバン、とバスルームのドアが開く音がした。
つい振り向いてバスルームの方を見ると……。
「で、でで、殿下!!」
タオルを下半身に巻いただけの殿下が出てきた。
思わず両手で顔を覆って見ないようにする。振り向いた瞬間に少しだけ見えたのは、割れた腹筋と広い胸。
こ、こんなに殿下ってかっこいい身体してるの!? と口から零れないように両手で顔を隠しながらも必死に目を瞑った。
「あの、服を、服を……」
「……? 服がどうした」
「服を着てください!」
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