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第十九話 殿下への想い

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 帰宅して夕食をとり、風呂を浴びても俺の心は晴れなかった。 
 キスをされて嬉しかったのに、心は灰色の雲に覆われている。 
 マリー令嬢という婚約者。悪魔契約者と殿下という身分違い。禁忌とされている同性愛。 
 どうあがいたって、俺たちが結ばれることはない。 

 結ばれなくていいと思っていた。 
 だけど、それとは裏腹に殿下といれば胸は高鳴り、耳飾りをつけてくれたときのように触れてほしくなってしまう。 
 触られて殿下の体温を感じ、髪の甘い香りを感じたい。もっとたくさん殿下のことを知りたい。話したい。……もっと、キスがしたい。
 
 どうして人間はこんなに欲張りなんだろう。 
 許されないことなら、欲張りになりたくないのに。たくさん求めたって辛いだけなのに。 

 夜は殿下に気づかれないように窓の方を向いて、一滴だけ涙を零した。 
 殿下の寝息が聞こえるのを確認したあと、窓の外を見張っているセーレに声をかける。 

「どうしました? ……カトレア? 泣いているんですか?」 
「うん……」 

 きっと頬に流れた涙の跡が、月明かりに照らされたのだろう。 
 セーレはぽんと大きいサイズになってベッドの傍でしゃがみ、俺と視線を合わせた。 

「何かありましたか?」 
「ん……えっと……」 
「殿下のことを気にしてるんですか?」 

 思えば、セーレに殿下のことを好きだと直接言ったことはなかった。 
 でも今は話を聞いてほしくて、自然と口から言葉が紡がれてしまう。 

「俺と殿下は、きっと結ばれることはできないよね」 

 自分の声は思っていたより掠れていた。 
 それが恥ずかしくて一回咳をして声の調子を整える。セーレは動揺した様子は見せなかった。 

「辛いんだ。想いが通じ合うことなんて今後もないのに、結ばれたいと思ってる自分が。情けないし、思い上がりもいいところなんだ」 
「……カトレア」 
「婚約者だっているのに。なのに好きになるなんて、俺はなんてひどい奴だろうって。殿下は純粋な思いからこの王宮で働かせてくださったのに、俺は殿下の傍にいれるならって不純な考えで働いて。なんでこんなに最低なんだろうって。結ばれたいと思ってる自分が嫌で仕方ない」 
「カトレア、大丈夫ですよ」 

 セーレが俺の手を両手で包み込んだ。 
 温かい。悪魔でも、こんなに温かくなるのだろうか。 

「人を好きになることに間違いはありません。惹かれてしまったのでしょう、殿下に。なら結ばれたいと思うのは当然のことですよ。そんなに自分を責めなくていいんです」 

 セーレがぎゅっと包み込んでいる両手に力をこめる。 

「その想いを大切にしましょう。もしかしたら、数年後に革命が起きて差別がなくなっているかもしれませんよ。何が起きるかわかりません。諦めたり、自分を嫌いになることが一番良くないですから」 

 にこっと俺に微笑んでくれた。だけど、その微笑みに苦さが混じっているのは気のせいだろうか。 
 セーレの言葉で俺の心の空に淡い光が差していく。 
 温かい言葉がどんどん染み込んでいって、徐々に身体が軽くなり、また零しそうだった涙は止まった。 
 セーレの大きな赤い瞳に俺が映っている。月明かりが窓から入り込んで、宝石のように金髪が輝く。 

 セーレが守護者で良かったと思った。 
 他の守護者だったら、こんな風に相談できずに一人で考え込んで諦めていたと思う。 
 前向きに接してくれることが、後ろ向きの俺の心の助けになってくれている。 

「今日はカトレアが眠るまで、傍にいますよ」 
「ありがとう、セーレ……」 

 それからしばらく、セーレと共にいろんな話をした。 
 コンライド街はすごく都会でシュロピア村と比べものにならないね、とか。収穫祭で食べたマカロンが美味しかったから、またマカロン食べたいね、とか。王宮は迷子になりそうだねなんていう他愛ない話。 
 そんな話をしていたらセーレが「殿下のどこを好きなんですか?」ととんでもない質問もしてきたから、殿下の話にも花を咲かせた。 

 次第に睡魔がやってきて、セーレの声が遠くなっていく。 
 ぽつぽつと殿下の話をしながら、俺はゆっくり瞼を閉じて眠りに落ちていった。 
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