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第十六話 百貨店

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 数日働いていると、あっという間に休日がやってきた。 
 シュロピア村にいた頃からの癖で早起きしてしまった俺は、セーレと共にコンライド街を周ることにした。 
 少し前に家で着ていた俺の私服を侍女が届けてくれて、それを着ることにする。 
 白いシャツに茶色いベスト。村で働いていたときの汚れはちょっとあるけど、悪魔契約者の俺なら、この格好で十分だろう。 
 セーレと一緒にコンライド街を周ろうと思っていた、のだが……。 

「俺も行く」 

 と、殿下が言って聞かなかったので、殿下とも一緒に行くことにした。 
 部屋から出、王宮の正面玄関まで三人と護衛の数人で向かう。 
 廊下はふかふかの深紅の絨毯に、等間隔に置かれた彫刻と、値段もつかないであろう絵画が飾られている。 
 シルフ地区で身分の高い人たちが集う宮殿なのだ。当然といったら当然の景色だけど、その廊下を俺が歩いていることにあまり現実味を感じなかった。 

 コンライド街はシュロピア村より遥かに都会で、みな宝石や刺繍が散りばめられた豪華な服を着て店に入っていく。 
 殿下は自分が歩いていると声をかけられ傅かれるから嫌だと言っていたので、馬車で百貨店まで向かうことにした。 
 馬車のお金は俺が出したかったけど、給与がまだ出ていなかったのと、殿下が「俺が払う」と言って聞かなかったので殿下が払ってしまった。 
 百貨店なら店員もあまり差別しない人が多いと言っていたから、あまり緊張せずに入ることができた。 

「どこが見たい」 
「え、どこって言われましても……」 

 地下の食料品売り場にしか行ったことがないから、どこに何があるかさえもわからない。 
 周りを見渡すと、店員たちが殿下が来たから背中をぴしっと伸ばしてかしこまっている。 
 客たちの視線もこちらに向いていて、俺には目もくれず、殿下を熱烈に見つめている。 

 ……やっぱり殿下って、すごく顔立ち整ってるし、スタイルも抜群だから女性に人気があるんだろうな。 

「とりあえずこの階を周るか」 

 殿下が熱い視線を送っている女性客に一瞥もくれずにさくさく進んでいく。 
 この階は俺が全然知らない名前の鞄屋の店や、舞踏会で着ていくためのドレス、タキシードなどが売っている店、奥の方に煌びやかなジュエリー店が並んでいた。 
 ……鞄の値段を見ても、タキシードの値段を見ても、俺には絶対に買えない値段だ。 
 百貨店って、こんな高いものが売ってるの……!? 

 きっと俺がいつも運んでいる食料品も、きっと村で買ってた野菜や果物じゃ比べものにならないくらいの値段なんだろうな……。 

 しばらく歩いていると、ひそひそと周りにいるおばさんたちの話し声が耳に届いた。 

「まぁ、なんてみすぼらしい服なのかしらね」 
「どうしてこんな子が殿下とここに来るのかしら」 
「見て。耳にも指にも、宝石一つついてやしないわ」 
「……」

 母さんからもらった指輪でも、つけておけば良かったかな。まぁ、村に置いてきちゃったから今は持ってないんだけど……。 
 俺の陰口を言われるのはいいが、このままでは殿下の評判も下がってしまいそうだ。 
 上手く前を向けず、大理石の床ばかり見てしまう。 
 俺は殿下から一歩離れて歩くことにし、殿下の後ろに下がった。 
 こうでもしないと、殿下まで悪いことを言われてしまう。それはさすがに申し訳ないし、そんなことを言った人を許せなくなる。 

「……」 

 殿下と一瞬目が合った。 
 すると、俺は殿下から下がって歩いていたのにいきなり距離を詰められ、ぐいっと腕を引っ張られる。 

「来い」 
「ちょ……! 殿下!」 

 俺の腕を引っ張ってぐいぐい歩き、階段を上っていく。 
 周りの客たちが驚いた表情でこちらを見ていて、死ぬほど恥ずかしくなった。 
 肩に乗せているセーレを落とさないように支えながら歩いていくと、二階に上がったすぐ先にある洋服店に着いた。 

 一階で見た舞踏会用の服ではなく、シャツやジャケットなどの私服を売っているようだ。 
 店員がこちらを見遣って、すぐに頭を下げる。 

「アイヴァン殿下。いつもご利用いただきありがとうございます」 
「ああ」 
「本日はどういったご用件でしょうか?」 

 殿下は常連客なのだろうか。 
 一階は女性用の服やジュエリーが多かったし、さっさと二階に上がって洋服を買いに来たかったとか。 
 ぼうっとそんなことを思っていると、殿下がとんでもないことを言い出した。 

「この男に似合う服を、全て頼む」 
「……え?」 

 素っ頓狂な声が出てしまった。 
 店員もびっくりした顔を一瞬していたが、すぐにぱっと明るい笑顔になった。 

「かしこまりました。ではお客様、試着室へどうぞ」 
「ええええ!? どうして!? 殿下!!」 

 意味がわからないと殿下を睨んだが、彼はこちらを見向きもせず服を物色し始めていた。 
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