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第四話 どうして
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な、なんだ……?
悪魔契約者だから、こんなすごそうな人に近づいちゃいけなかったのだろうか。
罰でも食らうのか? 起こしてしまったし、殴られたりするのだろうか。
身構えていると、青年は俺の髪を一房掴んだ。
「見事な黒髪をしているな」
「え……? あ……その」
「お前は何をしているのだ?」
至近距離で問われる。
まさかこの髪を褒められるとは思っていなかったから、上手く言葉が出せなくて固まってしまった。
大体こういう貴族の人は、黒髪を珍しがるくらいで「見事」なんて言ったりしない。
返事に困ってしばらく口を閉じていると、青年がゆっくり首を傾げた。白銀の髪が右に傾く。
「口が利けないのか?」
「あ、ち、違います! 少し、驚いただけで……。口が利けないとか、そういうわけじゃないんです」
「そうか。ならば、何をしている?」
「えーっと……」
何をしているかって言われても、何もしていないんだけどな……。
「仕事終わりにここに来て、癒やされてるんです」
「癒やし?」
「はい。仕事が結構大変だから。ここの湖に行くと、気持ちが落ち着くんですよ。自然もいっぱいだし」
「大変な仕事を何故している? 嫌ならやめればいいだろう」
「え……」
青年はさも不思議そうに眼を丸くしていた。
セーレが彼をものすごく睨んでいるのがわかる。
セーレ、お願いだからそこまで睨めつけるのはやめて! この人が精霊契約者だったら俺、睨んだ罪とかで捕まっちゃうよ! そんな罪があるのかはわからないけど、脅迫罪とでも言われたら身分的に太刀打ちできなくなる。守ろうとしてくれるのは、ありがたいけど……。
あれ? でも、この人の周りに精霊や妖精がいないな。木の上から俺たちを見下ろしているのだろうか。
俺はセーレの強い眼差しが青年に見えないように、一歩前に出た。
「えっと、シュロピア村で悪魔契約者が働ける場所は、そこしかないんですよ。仕事は大変ですけど、嫌ってわけじゃありません。お金ももらえますしね」
へへ、と笑って俺が答える。
青年は僅かに眉を顰めて、また俺の髪を摘まんでくるくる弄び始めた。
初対面なのに、なんかやたらと俺のこと触ってきてないか、この人。
「しかし、仕事が大変なら、辛いこともあるだろう」
「うーん、確かにそうですね。休憩もほとんどないし……」
「何時間働いているのだ?」
「大体七~九時間くらいですね。たまに仕事が終わらなくて残ったりしますけど」
「それで休憩がないのか?」
「ある日と、ない日がありますよ。上官は気まぐれなので……はは……」
自分で言って悲しくなってくる。
こんな働きづめの仕事、もし妖精契約者や精霊契約者だったら絶対にしていないだろう。
セーレを責めているわけじゃない。ただ、上の人には悪魔契約者も同じ人間なんです、ということをもう少しわかってほしい。
「そんな仕事をしていては、病気になってしまうのではないか」
青年が、顔を歪めてそう言った。
もしかして、心配してくれてる……? この俺を……?
「あはは。でも、仕事ってそんなものだと思ってますよ。お金がもらえるものだからって割り切ってやってます。それにこの子がいるから、元気を貰って病気にはならないと思います」
俺は後ろを振り向いて、セーレと目を合わせた。
セーレは困ったように眉尻を下げて、視線を逸らす。照れているのだろうか。
「その男は、お前の守護者か?」
「そうですよ。いつも守ってくれて、助かってます。仕事もいろいろアドバイスくれるんですよ。今日は仕事終わりに水をくれて、生き返りました」
俺と目を合わせないセーレの頬が少しだけ赤くなる。
「水を飲むことも許されないのか?」
「基本休むことが許されないので。飲んでいる人はいませんよ」
「……その仕事とやらで、こんなに汚れているのか?」
青年が俺の髪を弄んでいた指を離して、指先を見せてきた。
そこには髪についていたのか、薄茶色の泥がついている。
……そうだ、仕事はいつも錆や泥とかで汚れてしまうから、終わったらアギオ湖で落としているのに。今日はまだ落としていなかった。
「す、すみません、急いで落としてきます!」
すぐ傍の湖に足を落とし、汚れを取っていく。
ぱしゃぱしゃと腕や足にかけたが、今日は結構汚れていて、完全に取れたわけじゃなかった。
これは家に帰って風呂で念入りに洗う必要があるだろう。
湖から上がると、青年は木に寄りかかって待ってくれていた。
特に急いでいる様子もなく、ただのんびりセーレと一緒に俺を待っている。セーレと会話はしてなさそうだけど……。
本当に仕事が面倒で逃げてきたのだろうか。だとしたら仕事もサボって白い服も土に塗れ、俺の髪も触って手まで汚しているんだから、この人上の人に怒られるんじゃないか……?
俺が傍まで来ると、青年がぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「……まだついているじゃないか」
「え? ……え、あっ」
青年はスラックスのポケットから薄緑のハンカチを取り出して、俺の顔を拭き始めた。
絹の柔らかい布が頬に触れる。
強引に拭くのではなく、あくまで汚れだけを拭きとるような優しい動きでハンカチを動かしている。
薄く目を開けると、彼の切れ長の眸がすぐそこにあった。
視線は俺の頬の方に向いていて、伏せられた睫毛が瞬きをするたびに動いている。
長い銀の髪は風が吹くたび俺の額や首に触れる。
「……とれたぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
確かに顔周りがすっきりした気がした。
でも、その人のハンカチはすっかり泥で茶色くなってしまっている。
間違いなくあの感触は絹だったから、こんなに汚していいはずがない。
ましてやこんな身分が高そうな人のハンカチを、悪魔契約者が汚すなんて。
この人、気持ちよく寝ている自分を起こしたから、こういうことをして俺に罪を着せようといるんじゃないだろうか。
じゃなかったら、悪魔契約者にこんな優しいことをするはずがない。絶対にない。
こんなに優しくしてくれる人なんて、今までセーレしかいなかったはずだ。
「あの――」
悪魔契約者だから、こんなすごそうな人に近づいちゃいけなかったのだろうか。
罰でも食らうのか? 起こしてしまったし、殴られたりするのだろうか。
身構えていると、青年は俺の髪を一房掴んだ。
「見事な黒髪をしているな」
「え……? あ……その」
「お前は何をしているのだ?」
至近距離で問われる。
まさかこの髪を褒められるとは思っていなかったから、上手く言葉が出せなくて固まってしまった。
大体こういう貴族の人は、黒髪を珍しがるくらいで「見事」なんて言ったりしない。
返事に困ってしばらく口を閉じていると、青年がゆっくり首を傾げた。白銀の髪が右に傾く。
「口が利けないのか?」
「あ、ち、違います! 少し、驚いただけで……。口が利けないとか、そういうわけじゃないんです」
「そうか。ならば、何をしている?」
「えーっと……」
何をしているかって言われても、何もしていないんだけどな……。
「仕事終わりにここに来て、癒やされてるんです」
「癒やし?」
「はい。仕事が結構大変だから。ここの湖に行くと、気持ちが落ち着くんですよ。自然もいっぱいだし」
「大変な仕事を何故している? 嫌ならやめればいいだろう」
「え……」
青年はさも不思議そうに眼を丸くしていた。
セーレが彼をものすごく睨んでいるのがわかる。
セーレ、お願いだからそこまで睨めつけるのはやめて! この人が精霊契約者だったら俺、睨んだ罪とかで捕まっちゃうよ! そんな罪があるのかはわからないけど、脅迫罪とでも言われたら身分的に太刀打ちできなくなる。守ろうとしてくれるのは、ありがたいけど……。
あれ? でも、この人の周りに精霊や妖精がいないな。木の上から俺たちを見下ろしているのだろうか。
俺はセーレの強い眼差しが青年に見えないように、一歩前に出た。
「えっと、シュロピア村で悪魔契約者が働ける場所は、そこしかないんですよ。仕事は大変ですけど、嫌ってわけじゃありません。お金ももらえますしね」
へへ、と笑って俺が答える。
青年は僅かに眉を顰めて、また俺の髪を摘まんでくるくる弄び始めた。
初対面なのに、なんかやたらと俺のこと触ってきてないか、この人。
「しかし、仕事が大変なら、辛いこともあるだろう」
「うーん、確かにそうですね。休憩もほとんどないし……」
「何時間働いているのだ?」
「大体七~九時間くらいですね。たまに仕事が終わらなくて残ったりしますけど」
「それで休憩がないのか?」
「ある日と、ない日がありますよ。上官は気まぐれなので……はは……」
自分で言って悲しくなってくる。
こんな働きづめの仕事、もし妖精契約者や精霊契約者だったら絶対にしていないだろう。
セーレを責めているわけじゃない。ただ、上の人には悪魔契約者も同じ人間なんです、ということをもう少しわかってほしい。
「そんな仕事をしていては、病気になってしまうのではないか」
青年が、顔を歪めてそう言った。
もしかして、心配してくれてる……? この俺を……?
「あはは。でも、仕事ってそんなものだと思ってますよ。お金がもらえるものだからって割り切ってやってます。それにこの子がいるから、元気を貰って病気にはならないと思います」
俺は後ろを振り向いて、セーレと目を合わせた。
セーレは困ったように眉尻を下げて、視線を逸らす。照れているのだろうか。
「その男は、お前の守護者か?」
「そうですよ。いつも守ってくれて、助かってます。仕事もいろいろアドバイスくれるんですよ。今日は仕事終わりに水をくれて、生き返りました」
俺と目を合わせないセーレの頬が少しだけ赤くなる。
「水を飲むことも許されないのか?」
「基本休むことが許されないので。飲んでいる人はいませんよ」
「……その仕事とやらで、こんなに汚れているのか?」
青年が俺の髪を弄んでいた指を離して、指先を見せてきた。
そこには髪についていたのか、薄茶色の泥がついている。
……そうだ、仕事はいつも錆や泥とかで汚れてしまうから、終わったらアギオ湖で落としているのに。今日はまだ落としていなかった。
「す、すみません、急いで落としてきます!」
すぐ傍の湖に足を落とし、汚れを取っていく。
ぱしゃぱしゃと腕や足にかけたが、今日は結構汚れていて、完全に取れたわけじゃなかった。
これは家に帰って風呂で念入りに洗う必要があるだろう。
湖から上がると、青年は木に寄りかかって待ってくれていた。
特に急いでいる様子もなく、ただのんびりセーレと一緒に俺を待っている。セーレと会話はしてなさそうだけど……。
本当に仕事が面倒で逃げてきたのだろうか。だとしたら仕事もサボって白い服も土に塗れ、俺の髪も触って手まで汚しているんだから、この人上の人に怒られるんじゃないか……?
俺が傍まで来ると、青年がぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「……まだついているじゃないか」
「え? ……え、あっ」
青年はスラックスのポケットから薄緑のハンカチを取り出して、俺の顔を拭き始めた。
絹の柔らかい布が頬に触れる。
強引に拭くのではなく、あくまで汚れだけを拭きとるような優しい動きでハンカチを動かしている。
薄く目を開けると、彼の切れ長の眸がすぐそこにあった。
視線は俺の頬の方に向いていて、伏せられた睫毛が瞬きをするたびに動いている。
長い銀の髪は風が吹くたび俺の額や首に触れる。
「……とれたぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
確かに顔周りがすっきりした気がした。
でも、その人のハンカチはすっかり泥で茶色くなってしまっている。
間違いなくあの感触は絹だったから、こんなに汚していいはずがない。
ましてやこんな身分が高そうな人のハンカチを、悪魔契約者が汚すなんて。
この人、気持ちよく寝ている自分を起こしたから、こういうことをして俺に罪を着せようといるんじゃないだろうか。
じゃなかったら、悪魔契約者にこんな優しいことをするはずがない。絶対にない。
こんなに優しくしてくれる人なんて、今までセーレしかいなかったはずだ。
「あの――」
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