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エピローグ「蒼馬の部屋」

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 卒業式も終え、寮の荷物を整えて帰る支度をし終わったから、蒼馬の部屋に向かった。
 寮を出る前に、蒼馬の部屋を見たかったのだ。
 アポ無しで行けば蒼馬もドアを開けざるを得ないだろうと、蒼馬の部屋のインターホンを押す。

『……はい』

 インターホン越しの蒼馬の声は、ちょっと低い。
 寮を出る時間までまだあるから、俺は菓子を少し持ってきていた。

「俺だよ。開けてくれる? 菓子持ってきたから、一緒に蒼馬の部屋で食べない?」
『えっ!? えーっと……湊の部屋で食べようよ』

 俺がアポ無しで来てもなお、蒼馬は自分の部屋を開ける気がないようだ。
 一体蒼馬の部屋は何があるんだ。
 こうも拒否されると気になってしまう。

「最後まで蒼馬の部屋が見れないのは、寂しい。部屋くらい見せてくれよ」
『えぇ……でも……』
「見せられないものがあるの?」
『み、見せられないものっていうか……』

 歯切れの悪い蒼馬に、そうまでして見せたくないのかとイライラして最終手段を取った。

「ああ、浮気してるんだな。浮気相手からもらったものとか置いてるんだろ。だから見せたくなかったんだな」
『ち、違うよ! そんなんじゃない』
「じゃあ入らせてよ。寮の蒼馬の部屋知らないで実家帰るの嫌だ」
『うぅ……』

 降参したというような呻き声が聞こえたあと、ガチャリと鍵が開く音がした。
 ドアが開き、隙間から蒼馬の顔が覗く。

「ひ、引かないって約束できるなら、いいよ……」
「別に引かないよ。お邪魔します」

 そう言って一歩足を踏み入れた蒼馬の部屋は――。
 寮に出る準備をするため雑然としていたけど、その中心にあるものは、俺が弾いた曲が収録されているCDや雑誌だった。
 棚に飾られていて、何故かCDも雑誌も三つずつ置かれている。
 俺が表紙の雑誌には、『かっこいい!』『美人!』『大好き!』と付箋が貼られていた。
 ……うん、まあ。
 引かなかったということにしておこう。

「……蒼馬って、本当に俺のこと好きなんだな」
「俺の初恋だから。湊が出てる雑誌もCDも全部集めてたんだ」
「俺のグッズとか出たらどうするの?」
「いっぱい買うよ」

 音楽家のグッズが出たりするのは滅多にないと思うけど、蒼馬は目を輝かせて即答した。
 蒼馬は俺のCDや雑誌をまとめる作業をしていて、それが終わったら菓子を食べようということになった。
 手暇になったから、勉強机の椅子に座る。

 机には大学の教科書が並べられているなか、あるノートが目に入った。
 大学で使うノートだろうかと、裏返しにされているノートをひっくり返す。
 そこには蒼馬の字で『臼庭ノート』と書かれていた。

 ……そういえば『臼庭ノート』なんて作って、俺のことを知ろうとしていたな。
 とんだ空回りだけど、なんだかんだそんな人は初めてだったから嬉しかった。
 蒼馬をちらりと見遣って、見ていないことを確認してからノートを開く。

『臼庭は月見そばが好き』
『臼庭は練習するときにノクターンを必ず弾く』

 懐かしい。
 蒼馬がまだ俺のことを臼庭と呼んでいたころだ。

『年末、臼庭のコンサートを見に行った。その帰り、ファミレスに行ったけどデートみたいですごく楽しかった。イルミネーションに照らされてる臼庭は、どんな宝石よりも綺麗で、つい見惚れちゃった』

 ……そんなことを思っていたのか。
 そういえば、蒼馬とイルミネーションを見たのはそのときだけだ。
 今年も蒼馬は実家にいて俺は寮にいたから行けなかったし……機会があったら二人で見にいこう。
 ページを捲っても捲っても俺のことが書かれていて、嬉しくてにやにやしてしまった。
 そして、次のページを捲ったとき。

『湊は乳首を弄られるのが好き』
『湊は中の奥を責めると可愛い声を出してくれる』
『湊は前を弄られるとすぐイッてしまう』
『湊が潮吹きしてくれた。気持ち良かったのかな? 嬉しいな』

「……」

 俺は徐に、『臼庭ノート』をぱたんと閉じた。
 そして、椅子から立ち上がり未だに俺の雑誌をまとめている蒼馬のほうを振り向く。

「蒼馬」
「なに?」
「今すぐ『臼庭ノート』、捨てろ」
「ええっ!?」

 蒼馬は目を見開いて、俺の発言に今すぐ泣きそうな顔をした。

「絶対嫌だよ! 湊のことたくさん書いてあるのに!」
「いいから捨てろ」
「やだやだ! 絶対やだ!」

 俺が『臼庭ノート』をゴミ箱に捨てようとしたら、ものすごい勢いで止められた。
 しばらくノートを引っ張り合う攻防が始まる。

「だから、捨てろって」
「なんで!? 何がそんなに気に入らなかったの!?」

 気に入らないに決まってるだろ、この変態。
 と言おうにも言えず、「捨てろ」だの「捨てたくない」だの押し問答が続いた。
 互いに譲らないのがだんだんおかしくなってきて、俺が滑ってそのまま床に二人で倒れてしまった。

 笑い合って、でも俺たちはノートを離さない。
 言い合いになってるのに、何故か二人で笑いが止まらなくなっている。
 まあ、こんな幸せも、悪くない。

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