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最終話「甘く謳う二重奏」
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そして迎えた、卒業式。
卒業証書を貰い、今はホールの裏口に控えていた。
十数名の成績優秀者たちが裏口に揃って楽譜の確認をしたり、デュオやアンサンブルの相手と話し合っている。
俺はいつも通り緊張していたから、椅子に座っていた。
楽譜を読んでいる手も震えてしまう。
東京ハーモニー交響楽団の関係者もやってくるのだ。
しっかりとした演奏ができるだろうか。
楽譜を確認していたら、ふっと陰がさした。
「湊、緊張してるんだね」
「あ……蒼馬」
蒼馬が楽譜を持っていないほうの手を両手で包みこむ。
「俺と、湊の演奏だから。今日は、全て出していこう。大丈夫だよ。上手くいくから」
まるで一年のときの定期演奏会と同じように、蒼馬はたった一人俺が緊張しているのを見抜いて、励ましてくれた。
包んでくれた両手が温かくて、震えが収まっていく。
成績優秀者が次々と演奏していく。
俺たちは一番最後で、俺が弾くのもあってかなり期待されているだろう。
「……でも、俺もやっぱり緊張しちゃうな。湊と二人きりの演奏だからさ。俺が失敗したら……って、怖くなっちゃうよ」
……きっとそれは、蒼馬の過去も影響しているのだろう。
俺は楽譜を膝の上に置いて、蒼馬の両手にそっと手を重ねた。
手は震えていないけど、蒼馬の瞳は少し揺れている。
「蒼馬なら大丈夫。ちゃんと俺がリードするし、失敗してもそれも良い思い出になるよ」
俺が微笑んで言ったら、蒼馬はくしゃっと笑った。
「……湊はやっぱりかっこいい。強いよ」
「そうか? 蒼馬のほうが強いと思うけどな。……ほら、行くぞ」
『成績優秀者による卒業演奏会、最後の演奏になります。ピアノ科専攻、高築蒼馬。弦楽器専攻、臼庭湊。曲目は、愛の挨拶』
アナウンスが鳴って、俺は立ち上がった。
蒼馬と一緒に舞台へと上がる。
観客は曲目を聞いた途端少しざわついていた。
卒業演奏会でこんな曲をデュオで弾くと思われていなかったのだろう。
舞台は照明で眩しく、礼をして蒼馬と目を合わせる。
弓を構えて、蒼馬は鍵盤に手を置いて、合図で演奏が始まった。
二人が奏でる愛の挨拶が、ホール中に響き渡る。
蒼馬の伴奏に合わせて、夢の中にいるような心地で優雅に弾いていく。
「ね、ねえ、すごくない?」
「うん。こんな幸せそうな愛の挨拶、初めて聞いた……」
観客の声が少しだけ聞こえた。
蒼馬と一瞬だけ目を合わせると、彼はこの世界で一番幸せそうな顔をしていた。
すぐにヴァイオリンに集中するけど、蒼馬のあんな顔を見たあとじゃ瞳が潤んで観客があまり見えなくなってしまう。
この四年間、長いようで、短い時間だった。
音楽に囲まれながら、その中心にはいつも蒼馬がいた。
幸福な四年間だった。
そしてこの幸せは、この先も続いていくのだろう。
『運命の番』である、蒼馬と共に。
演奏は一瞬だった。
礼をして顔を上げれば、スタンディングオベーションされて、口笛まで吹かれた。
弾き終わった蒼馬のほうを振り向くと、黒髪が照明にあたって夜の星空みたいに輝いていて、今までで一番綺麗な顔をしていた。
俺たちは、これからも奏でていく。
二人で紡がれる愛の道を。
きっとその愛は、甘く謳っているだろう。
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