甘く謳う二重奏~氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される~

翡翠蓮

文字の大きさ
上 下
65 / 68

第六十五話「曲目」

しおりを挟む

◇◇◇

 芸術祭では、大学四年生なのもあって演奏会に参加した。
 ピアノが成績優秀者の女性だったため、蒼馬は参加できなかったけど、三年のときに留学して大学にいなかったから演奏会に参加できなかった分、良い思い出になった。

 今年も弦楽器専攻とピアノ専攻の合同で、出し物はメイド喫茶ならぬコスプレ喫茶。
 毎度毎度この専攻はそういう喫茶店を開かないとならないのかと若干引いたけど、蒼馬は吸血鬼の恰好をして楽しんでいて、ちょっとなら血を吸われてもいいな、なんて思ってしまった。
 俺に関しては背も小さいし顔が幼いからとメイド服を着せられそうになり、断固として拒否したのだった。

 今回も蒼馬が発情期の面倒を見てくれて、何度も肌を重ねた。
 俺が満足するだけのペッティングじゃなくて、お互いが満たされるような蜜事は、幸福感が一年のときと比べものにならない。

 秋も過ぎ、もうすぐ冬休みに差し掛かるというころ……俺のスマホから電話が鳴った。
 その内容に俺はどうしようもないくらいの嬉しさでいっぱいになって……蒼馬に「今から来れる?」とメッセージを送る。

 今日は休日だ。
 蒼馬は出かけないと先日言っていたし、すぐに既読がつくだろう。
 予想通り、メッセージを送ってからたった数分でインターホンが鳴った。

 いつも思うけど、蒼馬って自分の部屋に入れてくれないよな。
 よっぽど見られたくないものがあるんだろうけど……そこまで隠されると気になってしまう。
 今考えることじゃないな、と俺は思考を透明にして、ドアを開けた。

「湊、どうしたの?」
「ん、ちょっと話があって」
「俺も話があったんだ! 連絡しようと思ってたところなんだよ」

 俺はこないだ買い換えた小さな冷蔵庫から、ペットボトルの緑茶を取り出してコップに注いだ。
 ローテーブルに蒼馬と俺の分のお茶を置いて、二人でラグに座る。
 蒼馬は俺に礼を言ってから緑茶をぐびぐび飲み始めた。
 二年のころとか、俺がお茶を出しても俺から飲み始めなければ口につけなかったのにな。
 そういう遠慮がなくなっていったのが、距離がどんどん縮まっているみたいで嬉しい。

「それで、話って?」
「湊の話は?」
「俺は後でいいよ。もしかして、卒業演奏会の話?」
「……うん、そう。曲目考えていいか、前に言っただろう? それで、考えてきたんだ」

 確かに、もう冬期休業が開始する。
 大学の卒業式は三月だ。今から練習したほうがいいだろう。

「何にするの?」
「えっと……」

 何故か蒼馬が口ごもった。
 もじもじして、緑茶を見つめてばかりいる。

「……?」

 言いたくないのだろうか。
 いや、曲目で言いたくないものなんてあるか?
 不思議に思ってじっと見つめていたら、蒼馬は緊張気味に口を開いた。

「……エルガーの、愛の挨拶」
「……え」
「俺たちの愛を奏でたいんだ。これから先も、ずっと一緒に……って」

 蒼馬が頬を染めて言う。
 愛の挨拶は、エルガーが結婚した際に相手に贈った曲だ。
 当時は階級制度の影響が強く、身分差の恋で、周囲の反対を押し切り結婚した。
 今もエルガーは、妻と同じ墓で眠っている。
 ……え、もしかしてこれって。

「今はまだ、俺には力もないし、湊と二人で生きていける余裕もない。だけど……将来、湊と家族になりたいから。だから、これで約束させて。俺はどこにも逃げない、いつまでも湊の傍にいるって」

 プロポーズも同然の言葉に、俺は涙が一筋零れた。
 嬉しくなって、蒼馬に抱きつく。
 蒼馬の胸板は硬くて勢いつけて抱きついたらちょっと痛いけど、この温もりが、この幸福が、これから先も続くのなら。

「……うん。一緒に奏でよう。卒業式で」

 俺は顔を上げて、蒼馬にキスをした。
 蒼馬は嬉しそうに微笑んで、ゆっくりと頷いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO
BL
人生に疲れた有宮ハイネは、日本に滞在中のアメリカ人、トーマスに助けられる。しかもなんたる偶然か、トーマスはハイネと交流を続けてきたネット友達で……? 「きみさえよければ、ここに住まない?」 トーマスの提案で、奇妙な同居生活がスタートするが……… 距離が近い! 甘やかしが過ぎる! 自己肯定感低すぎ男、ハイネは、この溺愛を耐え抜くことができるのか!?

処理中です...