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第六十四話「成績優秀者」
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夏休みが終わって秋期授業が開始されたころ、とうとう成績優秀者の発表がされた。
十二人の名と三年生の成績トップの名が、大学のラウンジに貼り出される。
「うわ、俺入ってなかったぁ~」
「私も……」
「悔しい~」
人混みが多い中、俺と蒼馬も貼り紙を見遣る。
成績優秀者は各専攻から必ず数名ずつ割り当てられている。
弦楽器専攻の成績優秀者を、緊張しながらも辿ると――俺の名前はあった。
みんなが予想していた通り、俺は成績優秀者に選ばれていた。
あとは、蒼馬だ。
高築蒼馬の文字は――。
「……湊」
俺に声をかけてくるのと、俺が発見したのは同時だった。
――高築蒼馬。
ピアノ科専攻の成績優秀者として、綺麗な字で名前が書かれている。
「俺と、一緒に組んでくれる?」
秋の匂いが、開いている窓から掠めてくる。
蒼馬の髪が風に吹かれてさらりと揺れる。
そんな問い、答えるまでもなかった。
未だに不安そうな彼に、俺は安心してほしいようにふっと笑った。
「……決まってるだろ」
◇◇◇
昼の食堂で、俺の傍に数人の男女がやってきた。
俺よりも背が高くて細い目をした男性や、小柄な女性がうるうると俺を見つめてくる。
早く月見そばを頼みたいからどいてほしいんだけど……と言おうにも言えず、その人たちの圧に耐えきれなかった俺は、「何?」と一言尋ねた。
「いえ、あの……」
「その、俺たちは……」
俺が迷惑そうに聞けば、みんなたじろいでしまう。
言いたいことがあるなら早く言ってほしい。
朝食も少ししか食べていないし、お腹が空いているのだ。
特に話す気もないならいいか、と前を通り過ぎようとしたとき、髪を二つ肩の上に結んだ女性が俺の目の前に立ちはだかった。
「あの! 私、成績優秀者に選ばれたピアノ専攻の者です!」
その一言で、何が言いたいのかすぐにわかってしまった。
「うん。それで?」
「わ、私……臼庭さんとデュオが組みたいんです! いかがでしょうか? 曲目も、弾き方もすべて臼庭さんにお任せします! だから……」
「悪いけど、他をあたってくれる? 俺はデュオ組む人決まってるから」
「え……」
女性が目を見開く。
うるうると涙を目尻に浮かべて、「そんな……」と小鳥みたいな小さな声で呟いていた。
周りにいた他の男女も、俺とデュオを組む相手が決まっていることに驚いている。
二つ結びの女性が何も言わないでいると、その女性の前に背の高い男性が歩いてきた。
「デュオの相手を、お聞きしても?」
「……高築蒼馬だけど」
俺が正直に告げたら、全員「あのラブレター渡してきた奴と?」「信じられない……」と、高築を責めるような言葉で溢れかえった。
目の前の男性もありえない、というような顔を浮かべていて、徐々に怒りの表情へと変わっていく。
「騙されてますよね?」
「……は?」
「高築さんにフェロモンレイプでもされました? それで番になってしまって、デュオを組まざるを得なくなってしまったとか。高築さんは入学式から貴方に媚びを売ってましたし、斡旋して成績優秀者になることなど不可能ではないでしょう」
「……」
フェロモンレイプというのは、オメガが発情した際にわざとアルファの元に行って無理やり番にさせることだ。
成績優秀者の裏ルートも噂には聞いている。
蒼馬はアルファだ、と口から出かかったけど、そんなことを言ったら今までのことが全て台無しになりから、必死に飲みこんだ。
それでも怒りを抑えきれず、唇を噛んで拳を握りしめる。
自分の恋人を馬鹿にしたやつを許せない。
きつく男性を睨むと、男性は怯んだのか一歩後ずさった。
「蒼馬は、媚びを売って成績優秀者になったんじゃない。彼の実力だ。それに、デュオは俺が組みたいから組んだ。不満があるなら俺を責めてくれ」
「……っ」
俺を囲んでいた数人の学生たちは、俺のはっきりとした言葉に誰も言い返せず、諦めたように食事しに行った。
こういう奴らとデュオなんて絶対に組みたくない。
吐き捨てるように溜め息を吐いて、月見そばでも頼もうと歩こうとしたとき、「湊」と聞きなれた声が耳に響いた。
振り向くと、蒼馬がかつ丼をトレーに乗せて立っていた。
「……聞いてた?」
「うん、まあ、ちょっとね。でも、湊が言い返してくれて嬉しかったよ。湊は強いね」
そんなことない。
誰にでも優しくできる蒼馬のほうがずっと強い。
そう言おうと思ったけど、正直に伝えるのも恥ずかしくて、黙ったままになってしまった。
「湊はいつも俺を守ってくれるね」
「守ってくれてるのは、蒼馬だろ」
「お互いさまってやつ?」
蒼馬がくすっと笑う。
俺たちは人気のない窓際の端の席に座って、一緒に昼食を摂った。
何気ない日常の話で盛り上がる。
俺は成績優秀者に選ばれたことも良かったと思うけど、何より蒼馬とデュオを組めるのが嬉しくて仕方なかった。
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