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第五十六話「報告」(蒼馬視点)
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◇◇◇
「全く……全然こっちに帰らないんだから、心配したわ」
「大学では上手くいってるのか?」
帰省して早々、カルボナーラと生ハムのサラダ、唐揚げ、コーンスープといった昔の俺の好物が大量にダイニングテーブルに置かれていた。
作りたてらしく、スープはまだ湯気が上っている。
母さんと父さんは椅子に座ってにこにこと笑みを湛えていて、俺が帰ってきたのが心底嬉しそうだった。
……なんか、今まで帰省しなかったのが申し訳なくなるな。
「大学生活、上手くいってるよ。こないだ実技試験もあったけど、褒めてもらった」
「まあ、すごいのね」
「ありがとう。父さんは? ピアノ教室どう?」
「順調だよ。そうそう、帰ってきてくれたなら、教室を手伝ってもらってもいいか?」
「うん、全然平気。何曜日に手伝ってほしいとか、ある?」
「そうだな、夏休みだからほとんどレッスンの予定が入っているんだが……」
父さんに聞いたところ、まだ講師は雇っていないみたいだ。
これは多分、俺が講師になるのを待っているパターンかな……と、ちょっと期待してしまう。
高校生のころ、ピアノ教室を手伝っていたときはすごく楽しかった。
だから今回も手伝うことができるのは楽しみだし、大学を卒業して父さんが歳を取ったあとピアノ教室を継ぐことになったとき、何もできないんじゃ意味がないから、これは良い経験になる。
「……蒼馬は好きな人とかいないの?」
「へ!?」
父さんとピアノ教室を手伝うための方針を話し終えたあと、唐突に母さんが言ってきた。
パスタをくるくる上品に巻きながら、高校のときから少しも老けていない母さんがこちらを見つめてくる。
「大学生活、上手くいってるんでしょう?」
「う、うん」
「なら、蒼馬も気になる人とかできたのかな~なんて。もちろん、大学で楽しく友人とお喋りしているだけでも良いのよ?」
……今、湊のことを言うチャンスかもしれない。
番のことは両親には報告しておきたいし、いずれ湊にも会ってほしい。
俺はパスタを嚥下したあと、大きく息を吸った。
「気になる人っていうか……好きな人なら、いるよ」
「そうなのか?」
父さんが反応する。
「その……番ができたんだ」
「番!?」
「まあ!」
父さんが目を見開いて生ハムをフォークから落とし、母さんが口に手をあてる。
しばらく沈黙が続いて、テレビのバラエティー番組から聞こえてくる芸能人の声しかダイニングに響いていない。
二人は顔を見合わせてから、俺のほうに向き直った。
「それは……オメガの子は、同意してるの?」
「……うん。してるよ」
「蒼馬は、その選択で良かったのか?」
「もちろん、良かったと思ってる。後悔なんて一つもしてないよ。一生、オメガの子を守り抜くって誓ってる」
湊の名前を出すことは、本人に悪いから言えないけど。
でも、両親に紹介する時期がいずれ来るだろうから、そのときは湊に許可を取ってから会わせよう。
俺が湊を大事に思っていることを伝えると、二人はふっと安心したように微笑んだ。
「……蒼馬も、大人になったのね」
母さんは、少しだけ瞳が潤んでいた。
こうして真面目に生きて、好きな人と結ばれることができたのは、母さんが大事に育ててくれたおかげだろう。
父さんが家を支えて、俺にピアノのことを教えてくれたから、今の自分がいる。
「二人とも、ありがとう」
礼をして三人でテレビを見ながら夕食を食べ、いろんな雑談をした。
話の内容は主に俺の大学生活のことで、実技試験はどうだとか、去年の芸術祭は何をしたんだとか、ピアノは楽しいかとか、そんな話。
特にピアノに関してはかなり踏みこんできて、父さんの職業柄というのもがあるけど、中学のころの俺を見ているから心配なようだった。
友だちもできたか聞いてきて、湊にラブレターを渡してみんなから煙たがられていることはさすがに言えず、巡のことを紹介しておいた。
お風呂も入ってピアノの練習もし、寝る前になったとき、ふと寂しくなる。
湊に会いたい。
ベッドに寝転がりながらスマホを弄り、SNSを開いて湊のトーク画面をタップした。
昨日のメッセージで終わっている。
『会いたい』
今連絡したら迷惑だろうか。ヴァイオリンを練習している最中だったらどうしよう。
そう思っても手は止まらなくて一言打つと、すぐに既読がついた。
『俺も』
「……!」
たったそれだけの言葉で、眠気が一気に吹っ飛ぶ。
一瞬で既読をつけて、すぐさま返信した。
『湊は今、なにやってるの?』
『譜読みしてる。講師から楽譜のコピー貰ったんだ。蒼馬は?』
『ベッドでゴロゴロしてる。今日から夏休みに入ったよ』
『夏休みか。前に花火見に行ったから、今度はプールも行きたいよな』
『そうだね。浮き輪とか持って行ってゆるく入りたいな』
『蒼馬って泳げないの?』
『……少しは泳げるよ』
大事な会話でもないのに、会えない分一つ一つのメッセージが宝物みたいに思える。
他愛ない話をして、最後はおやすみのスタンプを送って終え、睡魔が襲ってきた俺は眠りに落ちた。
「全く……全然こっちに帰らないんだから、心配したわ」
「大学では上手くいってるのか?」
帰省して早々、カルボナーラと生ハムのサラダ、唐揚げ、コーンスープといった昔の俺の好物が大量にダイニングテーブルに置かれていた。
作りたてらしく、スープはまだ湯気が上っている。
母さんと父さんは椅子に座ってにこにこと笑みを湛えていて、俺が帰ってきたのが心底嬉しそうだった。
……なんか、今まで帰省しなかったのが申し訳なくなるな。
「大学生活、上手くいってるよ。こないだ実技試験もあったけど、褒めてもらった」
「まあ、すごいのね」
「ありがとう。父さんは? ピアノ教室どう?」
「順調だよ。そうそう、帰ってきてくれたなら、教室を手伝ってもらってもいいか?」
「うん、全然平気。何曜日に手伝ってほしいとか、ある?」
「そうだな、夏休みだからほとんどレッスンの予定が入っているんだが……」
父さんに聞いたところ、まだ講師は雇っていないみたいだ。
これは多分、俺が講師になるのを待っているパターンかな……と、ちょっと期待してしまう。
高校生のころ、ピアノ教室を手伝っていたときはすごく楽しかった。
だから今回も手伝うことができるのは楽しみだし、大学を卒業して父さんが歳を取ったあとピアノ教室を継ぐことになったとき、何もできないんじゃ意味がないから、これは良い経験になる。
「……蒼馬は好きな人とかいないの?」
「へ!?」
父さんとピアノ教室を手伝うための方針を話し終えたあと、唐突に母さんが言ってきた。
パスタをくるくる上品に巻きながら、高校のときから少しも老けていない母さんがこちらを見つめてくる。
「大学生活、上手くいってるんでしょう?」
「う、うん」
「なら、蒼馬も気になる人とかできたのかな~なんて。もちろん、大学で楽しく友人とお喋りしているだけでも良いのよ?」
……今、湊のことを言うチャンスかもしれない。
番のことは両親には報告しておきたいし、いずれ湊にも会ってほしい。
俺はパスタを嚥下したあと、大きく息を吸った。
「気になる人っていうか……好きな人なら、いるよ」
「そうなのか?」
父さんが反応する。
「その……番ができたんだ」
「番!?」
「まあ!」
父さんが目を見開いて生ハムをフォークから落とし、母さんが口に手をあてる。
しばらく沈黙が続いて、テレビのバラエティー番組から聞こえてくる芸能人の声しかダイニングに響いていない。
二人は顔を見合わせてから、俺のほうに向き直った。
「それは……オメガの子は、同意してるの?」
「……うん。してるよ」
「蒼馬は、その選択で良かったのか?」
「もちろん、良かったと思ってる。後悔なんて一つもしてないよ。一生、オメガの子を守り抜くって誓ってる」
湊の名前を出すことは、本人に悪いから言えないけど。
でも、両親に紹介する時期がいずれ来るだろうから、そのときは湊に許可を取ってから会わせよう。
俺が湊を大事に思っていることを伝えると、二人はふっと安心したように微笑んだ。
「……蒼馬も、大人になったのね」
母さんは、少しだけ瞳が潤んでいた。
こうして真面目に生きて、好きな人と結ばれることができたのは、母さんが大事に育ててくれたおかげだろう。
父さんが家を支えて、俺にピアノのことを教えてくれたから、今の自分がいる。
「二人とも、ありがとう」
礼をして三人でテレビを見ながら夕食を食べ、いろんな雑談をした。
話の内容は主に俺の大学生活のことで、実技試験はどうだとか、去年の芸術祭は何をしたんだとか、ピアノは楽しいかとか、そんな話。
特にピアノに関してはかなり踏みこんできて、父さんの職業柄というのもがあるけど、中学のころの俺を見ているから心配なようだった。
友だちもできたか聞いてきて、湊にラブレターを渡してみんなから煙たがられていることはさすがに言えず、巡のことを紹介しておいた。
お風呂も入ってピアノの練習もし、寝る前になったとき、ふと寂しくなる。
湊に会いたい。
ベッドに寝転がりながらスマホを弄り、SNSを開いて湊のトーク画面をタップした。
昨日のメッセージで終わっている。
『会いたい』
今連絡したら迷惑だろうか。ヴァイオリンを練習している最中だったらどうしよう。
そう思っても手は止まらなくて一言打つと、すぐに既読がついた。
『俺も』
「……!」
たったそれだけの言葉で、眠気が一気に吹っ飛ぶ。
一瞬で既読をつけて、すぐさま返信した。
『湊は今、なにやってるの?』
『譜読みしてる。講師から楽譜のコピー貰ったんだ。蒼馬は?』
『ベッドでゴロゴロしてる。今日から夏休みに入ったよ』
『夏休みか。前に花火見に行ったから、今度はプールも行きたいよな』
『そうだね。浮き輪とか持って行ってゆるく入りたいな』
『蒼馬って泳げないの?』
『……少しは泳げるよ』
大事な会話でもないのに、会えない分一つ一つのメッセージが宝物みたいに思える。
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