甘く謳う二重奏~氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される~

翡翠蓮

文字の大きさ
上 下
56 / 68

第五十六話「報告」(蒼馬視点)

しおりを挟む
◇◇◇

「全く……全然こっちに帰らないんだから、心配したわ」
「大学では上手くいってるのか?」

 帰省して早々、カルボナーラと生ハムのサラダ、唐揚げ、コーンスープといった昔の俺の好物が大量にダイニングテーブルに置かれていた。
 作りたてらしく、スープはまだ湯気が上っている。

 母さんと父さんは椅子に座ってにこにこと笑みを湛えていて、俺が帰ってきたのが心底嬉しそうだった。
 ……なんか、今まで帰省しなかったのが申し訳なくなるな。

「大学生活、上手くいってるよ。こないだ実技試験もあったけど、褒めてもらった」
「まあ、すごいのね」
「ありがとう。父さんは? ピアノ教室どう?」
「順調だよ。そうそう、帰ってきてくれたなら、教室を手伝ってもらってもいいか?」
「うん、全然平気。何曜日に手伝ってほしいとか、ある?」
「そうだな、夏休みだからほとんどレッスンの予定が入っているんだが……」

 父さんに聞いたところ、まだ講師は雇っていないみたいだ。
 これは多分、俺が講師になるのを待っているパターンかな……と、ちょっと期待してしまう。

 高校生のころ、ピアノ教室を手伝っていたときはすごく楽しかった。
 だから今回も手伝うことができるのは楽しみだし、大学を卒業して父さんが歳を取ったあとピアノ教室を継ぐことになったとき、何もできないんじゃ意味がないから、これは良い経験になる。

「……蒼馬は好きな人とかいないの?」
「へ!?」

 父さんとピアノ教室を手伝うための方針を話し終えたあと、唐突に母さんが言ってきた。
 パスタをくるくる上品に巻きながら、高校のときから少しも老けていない母さんがこちらを見つめてくる。

「大学生活、上手くいってるんでしょう?」
「う、うん」
「なら、蒼馬も気になる人とかできたのかな~なんて。もちろん、大学で楽しく友人とお喋りしているだけでも良いのよ?」

 ……今、湊のことを言うチャンスかもしれない。
 番のことは両親には報告しておきたいし、いずれ湊にも会ってほしい。
 俺はパスタを嚥下したあと、大きく息を吸った。

「気になる人っていうか……好きな人なら、いるよ」
「そうなのか?」

 父さんが反応する。

「その……番ができたんだ」
「番!?」
「まあ!」

 父さんが目を見開いて生ハムをフォークから落とし、母さんが口に手をあてる。
 しばらく沈黙が続いて、テレビのバラエティー番組から聞こえてくる芸能人の声しかダイニングに響いていない。
 二人は顔を見合わせてから、俺のほうに向き直った。

「それは……オメガの子は、同意してるの?」
「……うん。してるよ」
「蒼馬は、その選択で良かったのか?」
「もちろん、良かったと思ってる。後悔なんて一つもしてないよ。一生、オメガの子を守り抜くって誓ってる」

 湊の名前を出すことは、本人に悪いから言えないけど。
 でも、両親に紹介する時期がいずれ来るだろうから、そのときは湊に許可を取ってから会わせよう。
 俺が湊を大事に思っていることを伝えると、二人はふっと安心したように微笑んだ。

「……蒼馬も、大人になったのね」

 母さんは、少しだけ瞳が潤んでいた。
 こうして真面目に生きて、好きな人と結ばれることができたのは、母さんが大事に育ててくれたおかげだろう。
 父さんが家を支えて、俺にピアノのことを教えてくれたから、今の自分がいる。

「二人とも、ありがとう」

 礼をして三人でテレビを見ながら夕食を食べ、いろんな雑談をした。

 話の内容は主に俺の大学生活のことで、実技試験はどうだとか、去年の芸術祭は何をしたんだとか、ピアノは楽しいかとか、そんな話。
 特にピアノに関してはかなり踏みこんできて、父さんの職業柄というのもがあるけど、中学のころの俺を見ているから心配なようだった。
 友だちもできたか聞いてきて、湊にラブレターを渡してみんなから煙たがられていることはさすがに言えず、巡のことを紹介しておいた。

 お風呂も入ってピアノの練習もし、寝る前になったとき、ふと寂しくなる。

 湊に会いたい。
 ベッドに寝転がりながらスマホを弄り、SNSを開いて湊のトーク画面をタップした。
 昨日のメッセージで終わっている。

『会いたい』

 今連絡したら迷惑だろうか。ヴァイオリンを練習している最中だったらどうしよう。
 そう思っても手は止まらなくて一言打つと、すぐに既読がついた。

『俺も』

「……!」

 たったそれだけの言葉で、眠気が一気に吹っ飛ぶ。
 一瞬で既読をつけて、すぐさま返信した。

『湊は今、なにやってるの?』
『譜読みしてる。講師から楽譜のコピー貰ったんだ。蒼馬は?』
『ベッドでゴロゴロしてる。今日から夏休みに入ったよ』
『夏休みか。前に花火見に行ったから、今度はプールも行きたいよな』
『そうだね。浮き輪とか持って行ってゆるく入りたいな』
『蒼馬って泳げないの?』
『……少しは泳げるよ』

 大事な会話でもないのに、会えない分一つ一つのメッセージが宝物みたいに思える。
 他愛ない話をして、最後はおやすみのスタンプを送って終え、睡魔が襲ってきた俺は眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

処理中です...