甘く謳う二重奏~氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される~

翡翠蓮

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第四十三話「カフェ」

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 練習室の廊下を出てから無性に蒼馬に会いたくなって、蒼馬の部屋のインターホンを押した。

『はーい……って、湊! どうしたの?』
「どうしたのって……会っちゃだめなの」
『会っちゃだめなんて思ってないよ! 俺に会いたくなったの?』
「……うん」
『今すぐ行くから、ちょっと待ってて。あ、俺の部屋は絶対覗かないでね。見ちゃだめだからね』
「う、うん」

 いつも二人で過ごすときは決まって俺の部屋だ。
 蒼馬は自分の部屋に俺を入れたがらない。
 どうしてかわからないが、まあ男子特有の見られたらまずいような本でも置いてるんだろう。俺は置いてないけど。

「お待たせ! お昼ご飯は食べた?」
「いや、まだ。だから、一緒に買いに行こ」
「あ、良かったら外食しない? この辺、カフェばっかりだけど」
「うん、いいよ」
「じゃあ、行こう!」

 帰省している人が多いとはいえ、寮に誰もいないわけじゃない。
 だから、寮の中でも大学の周辺でも、俺たちは手を繋がない。

 交際がバレたら俺がアルファで蒼馬がオメガという噂を流してしまえばそこまでまずいものではないけど……一応、隠しているのだ。

 外出届簿を寮監に提出し、外に出る。
 今日は晴れていて太陽がコンクリートを照りつけ、日焼け止めを塗らないと確実に日焼けする暑さだった。

「はぁ、あつ……」
「ラーメンでも食べる? 良い汗かけるよ」
「うわ、さらに暑くなるつもりなんかないよ……」
「じゃあカフェに入る?」
「そうだな。入りやすいとこにしよ」

 女の人ばかりのカフェにはさすがに男二人じゃ入りにくい。
 駅周りのほうが店は多いから、スマホで美味しそうなカフェを探しつつ、駅のほうに向かった。
 駅周辺は人が多く、オフィスが多いため昼休みのサラリーマンやOLでごった返している。
 俺たちは駅から徒歩二分とサイトに書かれている、イタリアンの店に入った。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい」
「お席をご案内致しますね」

 カフェは落ち着いた雰囲気の店で、ダークブラウンの椅子とテーブルがいくつも並べられている。
 壁にはいくつもの白黒写真や小物、ギターまで飾ってあって、結構お洒落だ。

 店内には女の人が数人で女子会をしているグループもあったけど、サラリーマンやOLが一人で食べていたり、インフルエンサーらしき美人な人が一人で写真を撮っていたりと、一人客が多かった。

「せっかくだから、パスタとピザ半分こしない?」
「いいよ。蒼馬は何が食べたい?」
「えっと……ピザならマルゲリータ食べたいな」
「じゃあ、マルゲリータとポモドーロにしてもいい?」
「そうしよう! すいませーん」

 蒼馬が店員を呼んで、料理を注文する。
 しばらく黙っていると、テーブルに置いていた俺の両手を、蒼馬がぎゅっと握った。
 にぎにぎと包まれて、店の中でそんなことをされて恥ずかしくなる。

「な、なにやってんの」
「んー? 見た感じ、鈴響大学の人いなさそうだし。湊に触りたかったんだよ、ずっと」

 手の甲をさすられたり指を絡められたりして、じわじわ俺の顔に熱が溜まっていく。

「俺は顔が割れてるから鈴響大の奴らがいなくても嫌なんだよ……!」
「んー? 何か記者に言われたら、俺がオメガってことにしちゃえばいいよ。湊は今後、公表するつもりはないんだろう?」

 ……オメガであることを公表、か。
 それは、中学のころからずっと悩んで考えてきたことだ。

 オメガであることを世間に公表して、炎上した音楽家や俳優、モデルなどの芸能人をたくさん見てきた。

 オメガだってわかった途端SNSで『淫乱』だとか『アルファを誘う最低な奴』だなんて中傷されたり、体調不良でコンサートに出れなかったり番組に穴あけると、発情期だってすぐに噂されて『相手してあげるよ』だなんてDMでからかわれたりするのが現状だ。

 政府が発情抑制剤を値下げしたりアルファに発情フェロモンを八割カットするマスクを配布したことで、差別は昔よりなくなったとは聞いている。

 でも、それでもオメガだと公表して伸し掛かってくる差別は俺にとってすごく重い。

 炎上するから、発情期がいつ来るかわかんないから、発情期が来たらアルファを無差別に誘うからって仕事が減るのも当たり前だ。

 いつまで隠し通せるかはわからない。
 でも、隠せるならずっと隠していたかった。
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