甘く謳う二重奏~氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される~

翡翠蓮

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第四十話「交響楽団」

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「デュオ、まだ俺と組みたい?」
「え……っ、組めるなら、組みたい。湊のために、レッスンも講義も全部頑張るから」

 蒼馬のあの演奏が毎回行えるのなら、間違いなく成績上位に入れると思う。
 俺は言いたいことを言おうとしたけど、気恥ずかしくて口を開いたり閉じたりするだけしかできない。

「湊?」

 心配そうに蒼馬が俺の顔を覗きこんでいる。
 俺は覚悟を決め、拳を握りしめて前を向いた。

「もし、俺が成績上位者に選ばれたら……お前と、デュオを組みたい」
「……!」
「選ばれたら、だからな。もちろん、そうなるように努力するから……うわっ!」

 蒼馬の顔がぱあっと輝き、ガバッとベッドに押し倒された。
 押し倒された俺の胸板にぐりぐり頭を押しつけていて、犬か、と呆れてしまう。

「嬉しい、嬉しい! 夢が叶うように、俺全力で頑張るから! 湊大好き! 曲目考えてもいい?」
「はいはい、どうぞ」
「やったー! とびっきりの曲を選んでおくから、一緒に頑張ろうね!」

 蒼馬の体重が伸しかかって重くて仕方ない。
 嬉しい嬉しいと喜ぶ蒼馬を見て、本当にこいつは素直だな、と笑いが零れた。
 この重さも幸せの重さだと思ってまあいいか、と蒼馬の頭をわしゃわしゃ撫でる。

 蒼馬の興奮が収まりきったころ、二人でベッドに並んで布団を被ったり、かと思えば布団を剥がして抱きしめ合ってキスしたりして、恋人同士がするいわゆるイチャイチャをして過ごしてしまった。

「湊のお父さんって、ソリストだったんだよね。確か、臼庭あたるさんじゃなかったっけ」
「知ってるのか?」
「うん。俺、湊が出てる音楽雑誌とかよく買ってて、そこにインタビューで家族の話とか出てきてたから」

 ああ、そういえばそんなことも記者に答えていたような気がする。
 家族の話や、進路の話もしていたっけ。

「じゃあ、湊は将来ソリストになるの?」
「……いや、ソリストになりたいっていう夢はないな」

 自分の夢を語るのが恥ずかしくて、俺はそこで口を閉じた。
 すると蒼馬に手を握られて、「教えて」とせがまれる。

「……俺は、東京ハーモニー交響楽団に入りたい」
「東京ハーモニー交響楽団って……御三家の?」
「うん」

 日本の交響楽団の中でも御三家に入る東京ハーモニー交響楽団。
 高校のころ授業の一環としてコンサートホールに行きオーケストラを見に行ったことがあって、そのとき聞いたのが東京ハーモニー交響楽団だった。

 聞いた瞬間、その演奏に圧巻され、心の全てを持っていかれた。
 元々交響楽団に入ってみたいとは思っていたが、明確な希望は持っていなかった。
 でもその授業で、絶対に東京ハーモニー交響楽団に入ると決めたのだ。

「でも、父さんは俺をソリストにさせたいんだと思う。自分の夢を自分の子どもに叶えさせたいからな。だから、コンクールも散々受けさせたんだろ」
「だけど、湊はオーケストラ奏者になりたいんだろう? お父さんに正直に言って、そっちの道に進みなよ」

 寝転がって天井を見つめていた俺は、同じく寝転がる蒼馬のほうを振り返った。

「交響楽団に入れると思う? オメガでも」
「入れるよ」

 俺と目を合わせた蒼馬は即答だった。
 どうしていつも俺の欲しい言葉を、俺が安心する言葉をかけてくれるんだろうと胸がきゅっと苦しくなる。
 蒼馬はいつも俺のことを考えてくれているのに、俺は何も返せていない。

 俺は蒼馬に何を返せるんだろう。
 結局身体か? って、絶対やめておいたほうがいいよな。

「そろそろ夕食の時間だし、コンビニで何か買ってこようか?」
「あ……そうだな。後でお金払うから」
「何がいい?」
「月見そばか、なかったらとろろそば、もしくはたぬきそばとか」
「もう、そばばっかりじゃないか。……スイーツも買ってくるからね」

 蒼馬が布団を剥がして起き上がる。
 俺の傍からいなくなって、シーツに残っているほんのり温かい体温に急に寂しさがこみあげ、蒼馬の手首を掴んでしまった。

「湊? どうしたの?」
「……一緒に、夕ご飯食べてくれる?」

 蒼馬は一瞬目を見開いて、そのあとすぐに柔らかく微笑んだ。

「もちろん。一緒に食べようね」

 その日は蒼馬も月見そばを買ってきたみたいで、一緒に啜って食べた。
 蒼馬は久々に月見そばを食べたらしく、「やっぱり美味しいね」と感動していた。

 スイーツはチョコミントパフェ。
 ああ、そういえば去年も夏にチョコミントのスイーツが発売して、蒼馬と一緒に食べたなと思い返す。

 あのときからきっと、俺は蒼馬に惹かれていたんだろうなと、勝手に顔が熱くなって蒼馬に素っ気ない態度を取ってしまった。
 蒼馬は「湊、照れてる。何か考えてたの?」と言われて、結局こいつには俺のこと何もかもお見通しなんだなって、反論する気もなくなってしまったのだった。
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