36 / 68
第三十六話「東条からの執着」
しおりを挟む◇◇◇
夏休みに入った。
夏は暑いし蝉の声がうるさいし外を出れば虫が飛ぶしで嫌なことこの上ないが、まあ実家に帰るよりはいい。
今年は上半期のコンクールもコンサートもないし、ゆっくり過ごせる時期だ。
「臼庭先輩! 最近ぼうっとしてること多くないですか?」
練習室の廊下で、東条に話しかけられた。
夏休み中でも練習室は開放していて、寮生でなくても使用することができる。東条も練習に来たのだろう。
正直東条の言っている通りで、蒼馬と毎日連絡を取り、食事を共にし、夜部屋に遊びに来てくれるのが楽しくて、最近ぼうっとしてしまう。
発情期はまだだし、蒼馬もアルファのフェロモンをだだ漏れにする人ではないから二人で一緒にいても普通の生活が過ごせる。
いやでも、蒼馬と過ごすことも大事だが、ヴァイオリンが疎かになってはいけない。
現に今日、練習室を予約してあるんだし。
「最近話しかけてくれなくて寂しいですよ~!」
東条がハグをしてきそうになったため、サッと避けて自分の練習室へと向かう。
確か奥から二番目。
東条の練習室の番号をちらっと確認したら、一番奥の練習室だったから二人揃って廊下を歩かなくちゃいけないのが不快だった。
「恋でもしました?」
「してない」
「あれ? 珍しく俺の質問に答えるんですね! いつも無視してるのに」
「……」
東条が嬉しそうに視線を流してくる。
面倒くさくて東条の前を突っ切ろうとしたら、彼にあいつの言葉が出てきて、足を止めてしまった。
「高築先輩ですか?」
「……え」
思わず目を見開いて東条のほうを振り返る。
馬鹿、そんな顔をしてしまったら交際していることがバレる。
「よく一緒にいるの見かけるんで。あの男の、どこがいいんですか?」
お前みたいに俺の表面しか見ているような奴じゃないからだよ、と言おうとしたけど、そんなことを言って蒼馬を庇ったら交際がバレておしまいだ。
いや、でもこいつはオメガだし、蒼馬に近づきさえしなければ俺がオメガだということはわからないはず。
もう俺がアルファで蒼馬がオメガだと言って、交際していることを伝えたほうがいいだろうか。
俺が黙っていると、東条は珍しく目を釣り上げて怒っていた。
「俺の方がかっこいいじゃないですか。蒼馬先輩って眼鏡かけてて服装も地味だし。ピアノだって上手いほうなんですかね、あれ」
恋人を馬鹿にされたことに一気に腹に熱が上る。
蒼馬を庇ってはダメなのに、俺は気づいたら口が動いていた。
「蒼馬のピアノは上手いだろ」
「俺のほうが上手いですよ。デュオも、蒼馬先輩と組むんですか?」
……そういえば、デュオの話はしていなかった。
蒼馬は、まだ組みたいと思っているだろうか。
「……さあ。俺が成績上位者になるとも限らないしな」
俺が曖昧に答えると、東条ははぁっと吐き捨てるような溜め息を吐いて、いきなり手を握られた。
「お、おい、東条、」
俺が振りほどこうとしても強い力で握りしめられ、離せない。
そのまま無理やり一番奥の練習室に連れて行かれた。
壁に追い詰められて、さっきまで強く握られていた手をそっとなぞられる。
「臼庭先輩」
その顔はとても真剣な表情で、でも熱っぽい瞳に俺は戸惑った。
手にそっとキスを落とされて、好きでもない奴からの口づけにぞっと悪寒がしてくる。
「俺と恋人になって、デュオを組んでくれませんか?」
「……え」
「俺、臼庭先輩のことが好きです。絶対三年の中で成績一位になります。だから、恋人になって臼庭先輩の卒業式を良い思い出にしたいんです」
真っ直ぐ見つめられて、思わず目を逸らした。
……好きでもない奴からの好意を目の当たりにして、気まずくなる。
しかも練習室の壁に追いこまれているし、ただでさえ夏休みで人が少ないから誰かを呼び止めてこの話をなかったことにもできない。
いつもこうだ。
俺は好きじゃない誰かに告白されると、振る勇気がなかなかなくて黙ってしまう。
でもこいつは、蒼馬に俺と東条が付き合っているという嘘を話して俺たちの関係を振り回した奴だ。
覚悟を決めて東条を見つめ返した。
「……悪いけど、東条とは付き合えない。もし俺が成績上位者になって、東条も三年の中で一位になったとしても、デュオは組まない」
はっきり断ると、東条はさっきまで熱っぽかった瞳に、怒りの色が滲んだ。
東条は俺より背が高い。
だからその威圧に、少し狼狽えてしまう。
「じゃあ俺、自分の練習室に戻るから――っ!?」
俺が東条の前を通って戻ろうとすると、ぐいっと両手首を掴まれて上に持ち上げられ、壁に縫いつけられた。
突然のことに抵抗できず、驚いて東条を見上げる。
「と、東条――」
「デュオを組んでくれないなら犯すって言ったら?」
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
甘い香りは運命の恋~薄幸の天使Ωは孤高のホストαに溺愛される~
氷魚(ひお)
BL
電子書籍化のため、2024年4月30日に、一部を残して公開終了となります。
ご了承ください<(_ _)>
電子書籍の方では、暴力表現を控えめにしているので、今よりは安心して読んで頂けると思います^^
※イジメや暴力的な表現、エロ描写がありますので、苦手な方はご注意ください
※ハピエンです!
※視点が交互に変わるため、タイトルに名前を記載しています
<あらすじ>
白亜(はくあ)が10歳の時に、ママは天国へ行ってしまった。
独りぼっちになり、食堂を営む伯父の家に引き取られるが、従姉妹と伯母にバカと蔑まれて、虐められる。
天使のように純粋な心を持つ白亜は、助けを求めることもできず、耐えるだけの日々を送っていた。
心の支えは、ママからもらった、ぬいぐるみのモモだけ。
学校にも行かせてもらえず、食堂の手伝いをしながら、二十歳になった。
一方、嶺二(れいじ)は、ナンバーワンホストとして働いている。
28歳と若くはないが、誰にも媚びず、群れるのが嫌いな嶺二は、「孤高のアルファ」と呼ばれ人気を博していた。
家族も恋人もおらず、この先も一人で生きていくつもりだった。
ある日、嶺二は、不良に絡まれた白亜を見かける。
普段なら放っておくはずが、何故か気にかかり、助けてしまった。
偶然か必然か。
白亜がその場で、発情(ヒート)してしまった。
むせかえるような、甘い香りが嶺二を包む。
煽られた嶺二は本能に抗えず、白亜を抱いてしまう。
――コイツは、俺のモノだ。
嶺二は白亜に溺れながら、甘く香るうなじに噛みついた…!
アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚
伽野せり
BL
凪野陽斗(21Ω)には心配事がある。
いつまでたっても発情期がこないことと、双子の弟にまとわりつくストーカーの存在だ。
あるとき、陽斗は運命の相手であるホテル王、高梨唯一輝(27α)と出会い、抱えている心配事を解決してもらう代わりに彼の願いをかなえるという取引をする。
高梨の望みは、陽斗の『発情』。
それを自分の手で引き出したいと言う。
陽斗はそれを受け入れ、毎晩彼の手で、甘く意地悪に、『治療』されることになる――。
優しくて包容力があるけれど、相手のことが好きすぎて、ときどき心の狭い独占欲をみせるアルファと、コンプレックス持ちでなかなか素直になれないオメガの、紆余曲折しながらの幸せ探しです。
※オメガバース独自設定が含まれています。
※R18部分には*印がついています。
※複数(攻め以外の本番なし)・道具あります。苦手な方はご注意下さい。
この話はfujossyさん、エブリスタさんでも公開しています。
ずっと、ずっと甘い口唇
犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」
中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。
彼は結婚を目前に控えていた。
しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。
その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。
どうみても事後。
パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。
周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。
『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。
同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。
コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。
題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。
※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。
2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。
『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため
一気に上げました。
なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。
(『女王様と俺』は別枠)
『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。
【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました
尾高志咲/しさ
BL
部活に出かけてケーキを作る予定が、高校に着いた途端に大地震?揺れと共に気がついたら異世界で、いきなり巨大な魔獣に襲われた。助けてくれたのは金髪に碧の瞳のイケメン騎士。王宮に保護された後、騎士が昼食のたびに俺のところにやってくる!
砂糖のない異世界で、得意なスイーツを作ってなんとか自立しようと頑張る高校生、ユウの物語。魔獣退治専門の騎士団に所属するジードとのじれじれ溺愛です。
🌟第10回BL小説大賞、応援していただきありがとうございました。
◇他サイト掲載中、アルファ版は一部設定変更あり。R18は※回。
🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!
生意気オメガは年上アルファに監禁される
神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。
でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。
俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう!
それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。
甘々オメガバース。全七話のお話です。
※少しだけオメガバース独自設定が入っています。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる