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第三十六話「東条からの執着」
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夏休みに入った。
夏は暑いし蝉の声がうるさいし外を出れば虫が飛ぶしで嫌なことこの上ないが、まあ実家に帰るよりはいい。
今年は上半期のコンクールもコンサートもないし、ゆっくり過ごせる時期だ。
「臼庭先輩! 最近ぼうっとしてること多くないですか?」
練習室の廊下で、東条に話しかけられた。
夏休み中でも練習室は開放していて、寮生でなくても使用することができる。東条も練習に来たのだろう。
正直東条の言っている通りで、蒼馬と毎日連絡を取り、食事を共にし、夜部屋に遊びに来てくれるのが楽しくて、最近ぼうっとしてしまう。
発情期はまだだし、蒼馬もアルファのフェロモンをだだ漏れにする人ではないから二人で一緒にいても普通の生活が過ごせる。
いやでも、蒼馬と過ごすことも大事だが、ヴァイオリンが疎かになってはいけない。
現に今日、練習室を予約してあるんだし。
「最近話しかけてくれなくて寂しいですよ~!」
東条がハグをしてきそうになったため、サッと避けて自分の練習室へと向かう。
確か奥から二番目。
東条の練習室の番号をちらっと確認したら、一番奥の練習室だったから二人揃って廊下を歩かなくちゃいけないのが不快だった。
「恋でもしました?」
「してない」
「あれ? 珍しく俺の質問に答えるんですね! いつも無視してるのに」
「……」
東条が嬉しそうに視線を流してくる。
面倒くさくて東条の前を突っ切ろうとしたら、彼にあいつの言葉が出てきて、足を止めてしまった。
「高築先輩ですか?」
「……え」
思わず目を見開いて東条のほうを振り返る。
馬鹿、そんな顔をしてしまったら交際していることがバレる。
「よく一緒にいるの見かけるんで。あの男の、どこがいいんですか?」
お前みたいに俺の表面しか見ているような奴じゃないからだよ、と言おうとしたけど、そんなことを言って蒼馬を庇ったら交際がバレておしまいだ。
いや、でもこいつはオメガだし、蒼馬に近づきさえしなければ俺がオメガだということはわからないはず。
もう俺がアルファで蒼馬がオメガだと言って、交際していることを伝えたほうがいいだろうか。
俺が黙っていると、東条は珍しく目を釣り上げて怒っていた。
「俺の方がかっこいいじゃないですか。蒼馬先輩って眼鏡かけてて服装も地味だし。ピアノだって上手いほうなんですかね、あれ」
恋人を馬鹿にされたことに一気に腹に熱が上る。
蒼馬を庇ってはダメなのに、俺は気づいたら口が動いていた。
「蒼馬のピアノは上手いだろ」
「俺のほうが上手いですよ。デュオも、蒼馬先輩と組むんですか?」
……そういえば、デュオの話はしていなかった。
蒼馬は、まだ組みたいと思っているだろうか。
「……さあ。俺が成績上位者になるとも限らないしな」
俺が曖昧に答えると、東条ははぁっと吐き捨てるような溜め息を吐いて、いきなり手を握られた。
「お、おい、東条、」
俺が振りほどこうとしても強い力で握りしめられ、離せない。
そのまま無理やり一番奥の練習室に連れて行かれた。
壁に追い詰められて、さっきまで強く握られていた手をそっとなぞられる。
「臼庭先輩」
その顔はとても真剣な表情で、でも熱っぽい瞳に俺は戸惑った。
手にそっとキスを落とされて、好きでもない奴からの口づけにぞっと悪寒がしてくる。
「俺と恋人になって、デュオを組んでくれませんか?」
「……え」
「俺、臼庭先輩のことが好きです。絶対三年の中で成績一位になります。だから、恋人になって臼庭先輩の卒業式を良い思い出にしたいんです」
真っ直ぐ見つめられて、思わず目を逸らした。
……好きでもない奴からの好意を目の当たりにして、気まずくなる。
しかも練習室の壁に追いこまれているし、ただでさえ夏休みで人が少ないから誰かを呼び止めてこの話をなかったことにもできない。
いつもこうだ。
俺は好きじゃない誰かに告白されると、振る勇気がなかなかなくて黙ってしまう。
でもこいつは、蒼馬に俺と東条が付き合っているという嘘を話して俺たちの関係を振り回した奴だ。
覚悟を決めて東条を見つめ返した。
「……悪いけど、東条とは付き合えない。もし俺が成績上位者になって、東条も三年の中で一位になったとしても、デュオは組まない」
はっきり断ると、東条はさっきまで熱っぽかった瞳に、怒りの色が滲んだ。
東条は俺より背が高い。
だからその威圧に、少し狼狽えてしまう。
「じゃあ俺、自分の練習室に戻るから――っ!?」
俺が東条の前を通って戻ろうとすると、ぐいっと両手首を掴まれて上に持ち上げられ、壁に縫いつけられた。
突然のことに抵抗できず、驚いて東条を見上げる。
「と、東条――」
「デュオを組んでくれないなら犯すって言ったら?」
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