34 / 68
第三十四話「幸福」
しおりを挟む
◇◇◇
「あ、起きた?」
目を覚ましたときにはとっくに日が暮れていて、高築がベッドに座って俺の頭を撫でていた。
その手の心地よさにまた眠りそうになりながらも、ゆっくり身体を起こす。
「……今、何時?」
「今は夜の七時半。コンビニでご飯買ってきたよ。あと、体温も後で測ろう。身体はさっき拭いたから、もう拭かなくてもいい?」
高築の言う通り、俺の身体はすっきりしていて、べたつきが一切ない。
腹についていた精液もなくなっていて、高築が全部綺麗にしてくれたのかと思うと申し訳なくなってしまう。
「いきなり寝ちゃってごめん。身体、ありがと」
「ううん、全然良いんだよ。それより俺こそ……中に出しちゃってごめん」
「別にいい。アフターピル飲むし」
アフターピルは早めに飲んだほうがいいから、もしものために備蓄しておいたアフターピルを水と一緒に流しこむ。
俺がトレーに置いてある食事を食べるためにベッドから移動しようとしたら、少し動いただけで高築に抱きしめられた。
またあの甘い匂いが鼻腔に入り込んできて、下が反応しそうになってしまう。
「ねえ」
「なに?」
耳元で高築の声がする。
「これから、湊って呼んでもいい?」
「……別に、いいけど」
「毎日、湊の部屋に行ってもいい?」
「いいよ」
「おはようとおやすみのメッセージ、毎日送ってもいい?」
「……高築ってメンヘラだったっけ」
「違うよ。離れてるときでも繋がってたいんだ」
それがメンヘラなんじゃ? と思ったけど、高築の言ってることがわからなくもなくて、結局「いいよ」と頷いてしまった。
うなじの部分に高築の吐息が掠めて、擽ったさに身を捩る。
「高築」
「蒼馬って呼んで」
「……蒼馬」
「なに?」
「番にならないのか?」
疑問に思っていたことをぶつける。
蒼馬は俺の肩から顔を離して、肩を両腕でつかみ俺をしっかりと見据えた。
既に眼鏡をかけていて、ブラックダイヤみたいな瞳はレンズ越しにしか見えない。
……整った顔してるんだから、コンタクトにすればいいのに。
「両想いになったばかりだろう? だから、番になるのはもう少し先にしよう。番はオメガにとってすごく危険なリスクを伴ってるものだし。……俺が湊と番契約を解除しようなんて、死んでも思わないけどさ」
そう、一度番契約をしたあとアルファが解除してしまえば、オメガにはとんでもないほどの精神負担がかかる。
鬱になってしまうオメガもいるし、病んでまともな意思疎通ができなくなってしまったり、最悪自殺するケースも少なくはないのだ。
「……わかった」
俺は頷いて、蒼馬から離れ食事を摂ることにした。
蒼馬が買ってきてくれたのは、冷やしとろろ蕎麦とパックのレモンティー、新作のスイーツ。
俺が蕎麦を好きなのも把握してるし、新作のスイーツまで買ってきてくれるなんて俺が欲しいもの全部わかってくれている。
その熟知が嬉しい。
蒼馬は自室でご飯を食べてきていたらしく、俺が黙々と頬張っているのを微笑みながら観察していた。
「……そういえば」
「どうしたの?」
「今日の実技試験で、講師からボロクソに言われた」
「え、湊が?」
昼のことを思い出してまた腹が立ってくる。
蒼馬は信じられないと口を開けていて、いや、俺も信じられないという気持ちだった。
「うん。今年から入ってきた講師。厳しくて有名でさ。俺の音楽は誰にも影響されない、みたいなこと言ってきたから……すごいムカついた」
「湊の音楽は俺にとって世界一だよ。いや、宇宙一だね。俺を変えてくれた人なんだから」
そうだ、肌を重ねる前蒼馬が自分の過去を話してくれた。
蒼馬の中で俺は、好きにさせるくらい彼を救った人物なのだろう。
「だから、本当に湊の演奏を聴けて良かったと思ってる。今も同じ学校に入れてすごく嬉しい。湊の音楽は、俺の人生を変えるほどのたくさんの影響をもたらしたよ」
「……ありがと」
「大丈夫だよ、湊」
俺の頭を、蒼馬が優しく撫でる。
蒼馬の手は温かくて慈愛に溢れている。
こんな風に誰かに頭を撫でられたことはなくて、もっと撫でてほしいと頭を蒼馬の手に寄せる。
「不安なことがあったらすぐに俺に言って。全部話聞くから」
「……なんでお前って、そんなに俺に尽くすの?」
「俺の好きな人で、恋人だからに決まってるだろう?」
人に世話を焼いて尽くすのは大変なはずなのに、蒼馬は幸せそうに笑う。
……蒼馬以外に好きになる人なんて、この先いないだろうな。
頭を撫でてくれて、俺に微笑みかけてくれる幸せを、俺は蕎麦を啜りながら噛み締めた。
「あ、起きた?」
目を覚ましたときにはとっくに日が暮れていて、高築がベッドに座って俺の頭を撫でていた。
その手の心地よさにまた眠りそうになりながらも、ゆっくり身体を起こす。
「……今、何時?」
「今は夜の七時半。コンビニでご飯買ってきたよ。あと、体温も後で測ろう。身体はさっき拭いたから、もう拭かなくてもいい?」
高築の言う通り、俺の身体はすっきりしていて、べたつきが一切ない。
腹についていた精液もなくなっていて、高築が全部綺麗にしてくれたのかと思うと申し訳なくなってしまう。
「いきなり寝ちゃってごめん。身体、ありがと」
「ううん、全然良いんだよ。それより俺こそ……中に出しちゃってごめん」
「別にいい。アフターピル飲むし」
アフターピルは早めに飲んだほうがいいから、もしものために備蓄しておいたアフターピルを水と一緒に流しこむ。
俺がトレーに置いてある食事を食べるためにベッドから移動しようとしたら、少し動いただけで高築に抱きしめられた。
またあの甘い匂いが鼻腔に入り込んできて、下が反応しそうになってしまう。
「ねえ」
「なに?」
耳元で高築の声がする。
「これから、湊って呼んでもいい?」
「……別に、いいけど」
「毎日、湊の部屋に行ってもいい?」
「いいよ」
「おはようとおやすみのメッセージ、毎日送ってもいい?」
「……高築ってメンヘラだったっけ」
「違うよ。離れてるときでも繋がってたいんだ」
それがメンヘラなんじゃ? と思ったけど、高築の言ってることがわからなくもなくて、結局「いいよ」と頷いてしまった。
うなじの部分に高築の吐息が掠めて、擽ったさに身を捩る。
「高築」
「蒼馬って呼んで」
「……蒼馬」
「なに?」
「番にならないのか?」
疑問に思っていたことをぶつける。
蒼馬は俺の肩から顔を離して、肩を両腕でつかみ俺をしっかりと見据えた。
既に眼鏡をかけていて、ブラックダイヤみたいな瞳はレンズ越しにしか見えない。
……整った顔してるんだから、コンタクトにすればいいのに。
「両想いになったばかりだろう? だから、番になるのはもう少し先にしよう。番はオメガにとってすごく危険なリスクを伴ってるものだし。……俺が湊と番契約を解除しようなんて、死んでも思わないけどさ」
そう、一度番契約をしたあとアルファが解除してしまえば、オメガにはとんでもないほどの精神負担がかかる。
鬱になってしまうオメガもいるし、病んでまともな意思疎通ができなくなってしまったり、最悪自殺するケースも少なくはないのだ。
「……わかった」
俺は頷いて、蒼馬から離れ食事を摂ることにした。
蒼馬が買ってきてくれたのは、冷やしとろろ蕎麦とパックのレモンティー、新作のスイーツ。
俺が蕎麦を好きなのも把握してるし、新作のスイーツまで買ってきてくれるなんて俺が欲しいもの全部わかってくれている。
その熟知が嬉しい。
蒼馬は自室でご飯を食べてきていたらしく、俺が黙々と頬張っているのを微笑みながら観察していた。
「……そういえば」
「どうしたの?」
「今日の実技試験で、講師からボロクソに言われた」
「え、湊が?」
昼のことを思い出してまた腹が立ってくる。
蒼馬は信じられないと口を開けていて、いや、俺も信じられないという気持ちだった。
「うん。今年から入ってきた講師。厳しくて有名でさ。俺の音楽は誰にも影響されない、みたいなこと言ってきたから……すごいムカついた」
「湊の音楽は俺にとって世界一だよ。いや、宇宙一だね。俺を変えてくれた人なんだから」
そうだ、肌を重ねる前蒼馬が自分の過去を話してくれた。
蒼馬の中で俺は、好きにさせるくらい彼を救った人物なのだろう。
「だから、本当に湊の演奏を聴けて良かったと思ってる。今も同じ学校に入れてすごく嬉しい。湊の音楽は、俺の人生を変えるほどのたくさんの影響をもたらしたよ」
「……ありがと」
「大丈夫だよ、湊」
俺の頭を、蒼馬が優しく撫でる。
蒼馬の手は温かくて慈愛に溢れている。
こんな風に誰かに頭を撫でられたことはなくて、もっと撫でてほしいと頭を蒼馬の手に寄せる。
「不安なことがあったらすぐに俺に言って。全部話聞くから」
「……なんでお前って、そんなに俺に尽くすの?」
「俺の好きな人で、恋人だからに決まってるだろう?」
人に世話を焼いて尽くすのは大変なはずなのに、蒼馬は幸せそうに笑う。
……蒼馬以外に好きになる人なんて、この先いないだろうな。
頭を撫でてくれて、俺に微笑みかけてくれる幸せを、俺は蕎麦を啜りながら噛み締めた。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる