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第三十一話「想いを告げる」

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「高築!」
「……臼庭?」

 高築を呼び止めて振り返らせると――いつもの眼鏡をかけた、いつもの表情の高築がそこにいた。
 どうして自分を追いかけてきたのかわからないというように、目を見開いている。
 でも、俺を見た高築はすぐに微笑んだ。

「どうしたの?」

 少し辛そうな表情だったけれど、そのやっと俺に向けてくれた高築の笑顔にひどく安心して、涙がぶわっと溢れ出た。
 拭っても拭っても涙は止まらなくて、喉が震えて上手く声を出せない。

「臼庭、大丈夫? 何があったの?」

 高築が駆け寄ってきて、背中をさすってくれる。
 その優しさが余計に涙を誘ってきて、背中を撫でてくれている間もずっと大粒の涙を落とした。

「……なんで、話しかけてくれなかったんだ」
「えっ、そ、それは……」
「あんなに俺のこと好き好き言ってたのに、なんでずっと話しかけないんだよ! 捨てられたみたいで、ずっと最悪な気分だ……っ」
「……うん、ごめん、臼庭。……ごめんね」
「――お前なんか、嫌いだ」

 泣きじゃくるなかで、必死に振り絞って言った言葉がずっと高築を非難するようなことばかりで。
 こんなことを言いたくて呼び止めたわけじゃないのに、口からどんどん嫌な言葉が溢れ出してくる。

「音楽が好きで、音楽を素直に楽しめて、音楽の才能に溢れてるアルファのお前のことなんか、だいっきらいだ……っ!」

 ああ、俺はなんて醜い心を持っていたのだろう。
 こんなの、八つ当たりでしかない。

 定期演奏会で高築の演奏を聞いたとき、腹が立って仕方なかった。
 不快だったから、苛立ったからもう二度と近づくなと告げた。

 あのときから世界が変わったみたいに、中学の褒めてくれた高築じゃなくて、演奏している高築を考えるようになった。

 ――音楽を楽しんで弾いてない。もっと音楽を愛しなさい。

 三城先生の言葉が蘇る。
 あのときの高築は楽しそうにピアノを弾いていた。

 完璧に弾くことをこなす俺とは違って、楽しそうに鍵盤を叩いて、音楽を心から愛するような演奏をしていたのだ。
 こんなひどい言葉を高築に投げつけて、ようやく自覚する。

 俺は高築が音楽を楽しみ、音楽を愛しているのが羨ましかったのだ。

 嫉妬していたのだ、ずっと。
 高築の音楽の才能すべてに。

 コンクリートに涙をぽたぽた落としていると、不意に身体が温かくなった。
 高築に抱きしめられている。
 芸術祭のときよりずっときつく、強く抱き竦められ、息がしにくい。

「大丈夫だよ、臼庭。大丈夫。……俺も音楽に苦しめられたこと、あるから」

 ――俺、臼庭のこと絶対守るから。俺はアルファだから、オメガの人より理解には薄いかもしれないけど、臼庭の気持ちに寄り添えるように努力する。……だから、そんな諦めたような顔しないで。

 ――どんなに俺に当たったっていい。俺のことを蔑んでも嗤ってもいい。だけど、自分を大切にして。休めるときは絶対に休んで。……お願い。

 いつだって高築は、俺に優しくしてくれた。

 俺が発情期の面倒なんて見なくていいって言っても甲斐甲斐しく世話してきて、何度あしらっても好きって言ってきて、今だってひどい言葉を投げつけても優しく受け止めてくれる。

 高築は俺よりずっと強い。
 俺より強くて優しくて、芯があって、かっこいい。

 中学のころから俺を褒めてくれて、否定しなくて、発情期とか今みたいに急に泣きだす俺のかっこ悪いところを知っても、傍にいてくれる。

 ……ああ、そうか。
 『運命の番』だからとかじゃない。
 俺はずっと前から、高築のことが――。

「……好きだ」
「え……?」
「発情期、面倒見てくれよ」
「え、でも……」
「高築がいない発情期なんて、過ごしたくない」

 誰でもいいから傍にいてほしかったんじゃない。
 高築だから傍にいてほしかったんだ。

 告白した途端、発情期のときのあの熱っぽい感覚がやってきた。
 ぎゅっと高築を抱きしめ返すと、それ以上の力で高築に抱き竦められた。

 人気のない裏道で、木々の葉擦れの音だけが聞こえる。
 しばらく抱きしめあって、それからゆっくり寮へと帰った。

 そのとき、パキ、と誰かが枝を踏む音が聞こえた気がした。
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