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第二十六話「高築蒼馬という男」

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 見間違えるはずがない。
 中学のころ出会ったあのときの少年がそのまま大人びたような顔に、同じ型の眼鏡。

 背丈は前より遥かに高くなっていて、百八十センチは超えているだろう。
 どうして、俺を救った『運命の番』が目の前に。

 ラブレターを渡したのだから、俺のことが好きだということはすぐにわかった。
 でも……。

 ――別に。ああいうのは受け取らないだけ。
 ――で、でもさ、俺たちは……。
 ――『運命の番』?

 そのときにぱあっと顔を輝かせた高築を見て、ああ、そういうことかとショックを受けた。
 結局高築は、俺が自分の『運命の番』だから好きになったのだ。
 『運命の番』だから惹かれ合うと思っている高築に、俺は冷たく言い放った。

 ――『運命の番』だからって、お前と結ばれることが確定してるわけじゃないだろ。今後俺に近づかないでくれる? お前のせいで発情でも起きたら最悪なんだよ。

 それにどうせ、その程度の『好き』ならオメガの発情期の行動に失望されて終わりだ。

 高校時代に留学し、ロンドンである講師に師事していたころ、留学先で予期せぬ発情期が発生した。
 多分、周期がズレてしまったんだと思う。

 そのときアルファの講師に襲われそうになって、すごく怖かったけれど寸でのところで講師は我に返り、すぐに謝ってくれた。

 だけど、次の日。

 ――君といると理性が壊れそうで辛いんだ。悪いが、講習はあと一日にしてくれないか。

 留学で貴重な講師に師事するから休めるはずもなく、一応持ってきていた抑制剤を何度も飲んで練習しようとしたけれど、結局講師から早く帰れと遠回しに言われた。

 発情期が来てしまったから早く帰ったと俺が父さんに言ったら、お金を出したのは父さんだったからこっぴどく怒られた。
 金は払うから俺がオメガであることは誰にも言うなと、その講師に釘を刺したらしい。

 オメガなんかくそくらえだ。満足に練習もできないなんて。
 自分の性別にひどく苛立った。

 でも、大学で再会した高築は――俺のことを差別しなかった。

 それどころか、何度冷たい態度を取ってもついてきて……どうせ『運命の番』だから俺に話しかけてくるんだろって鬱陶しく思っていたのに、何故か構ってくれることに喜びを感じていた。

 どうしてだろう。
 俺のことなんて、放っておけばいいのに。

 ――臼庭。大丈夫だよ。上手くいくから。

 定期演奏会の日、高築だけが俺が緊張していることを見抜いた。
 今まで俺はコンサートの舞台裏で緊張していても、誰も声をかけてくれることはなかった。

 むしろ、アルファの俺が余裕そうに座っている。そう思われていた。
 緊張で立ってなんかいられない。
 それで座っていたのに、アルファだと思われている俺は余裕ぶっているように見えているらしく、誰も近寄らない。

 でも……高築だけは違った。

 今まで俺に告白してくる人は、俺をアルファだと勘違いして番になりたいだの、天才ヴァイオリニストと恋がしたいだの、金目当て、権力目当て、番目当ての奴らばかりで、本当の俺なんて誰も見てくれなかった。

 でも、定期演奏会の日。
 高築が、俺の本質を知ろうとしてくれていたような気がしたのだ。
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