甘く謳う二重奏～氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される～

第二十五話「『運命の番』との出会い」

　演奏は上手くいったけれど……どうしても俺は舞台に上がる前や最中に緊張してしまう。

　そのコンサートは曲の合間にマイクを使って喋らなくちゃいけなくて、自己紹介は小さな震える声を発するだけで終わった。
　多分、誰にも聞こえなかったと思う。

　そして、コンサートを終えたころ……俺は『運命の番』と出会った。

　ウェリントン型の眼鏡をかけた、ブラックダイヤみたいに輝く黒髪の少年。
　眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていて、芯のある綺麗な双眸。
　俺より背が高くて、手足も長くてスタイルが良い。

　その少年からバニラみたいな甘い匂いがしてきて、一瞬で俺の後ろがじゅわっと濡れる。
　ここはコンサート会場なのに、今すぐ繋がりたい衝動に駆られる。

　……おとぎ話だと思ってたけど、『運命の番』ってやつは初めて会ったら瞬時に発情するくらい強烈なのか。

　その少年も同じみたいで、額に汗を垂らしながら何故か一輪の白薔薇を渡してきた。
　……何故花を渡してきたんだ？　と疑問に感じたけれど、その後の言葉で全てを理解した。

　――君の演奏、すごく綺麗だった。最後の『ノクターン』、すごく良かったよ。素敵な時間をありがとう。

　少年が綺麗な笑みで言う。
　その言葉に、ぶわっと全身が痺れた。

　少年は俺に演奏の感想を言うために、わざわざ白薔薇を買ってきてくれたんだ。
　中学生で貰っているお小遣いも少ないだろうに、それでも白薔薇を渡すほど俺の演奏に感動してくれたんだ。

　俺の演奏を綺麗だと言ってくれた。
　俺が演奏している時間を素敵だと言ってくれた。

　――ありがとう。

　お礼を伝えて、すぐに楽屋へ戻る。
　ヴァイオリンの演奏を褒められたのは初めてで、少年の言葉が嬉しくて嬉しくて、涙が溢れ出た。

　このとき生まれて初めて、ヴァイオリンを弾いていて良かったと思った。
　そして、少年のように俺の演奏で喜んでくれる人がいるのなら、これからもヴァイオリンを弾き続けようと思えた。

　その日は『運命の番』に会ってしまった反動で発情期がやってきてしまい、打ち上げに行かずに急いで家に帰って部屋にこもり、抑制剤を飲んだ。

　少年に会いたい、だなんて思いながら己を慰める。
　でも少年は俺のことを知らない。

　オメガは発情期中ずっとアルファを求めて自慰をしているだなんて知ったら、軽蔑するだろう。

　オメガがアルファよりずっと弱い存在で、天才ヴァイオリニストだなんて言われているのに、実際はアルファに怯えて生活しているだなんて知ったら失望される。

　だから、彼に関わっちゃいけない。近づいてもいけない。

　俺は貰った白薔薇を押し花にして、しおりを作った。
　練習で辛いことがあったとき、いつでも少年の言葉を思い出せるように。

　一人で練習するときも、あのとき最後に弾いた『ノクターン』を必ず弾くようにした。
　少年が良かったと言ってくれたから。
　そのときの嬉しかった気持ちを思い出してから練習すると、辛さなんて一気に吹き飛ぶ。

　あのときのことを思い出せるだけでいい。
　そう思っていたのに――大学の入学式で、その男は高築蒼馬と名乗り、ラブレターを渡してきた。