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第二十四話「嫌いだったヴァイオリン」(以降臼庭視点)
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ヴァイオリンが嫌いだった。
俺の父さんは海外を飛び回るほどの有名なソリストだったけど、あるとき事故で右腕を負傷し、麻痺して動かなくなった。
母さんは父さんのことをとても尊敬できる人だと言っていた。
でも、オメガの中でも一際身体が弱かった母さんは、父さんが事故を起こす前に亡くなってしまった。
右腕が動かなくなった父さんは、俺に夢を託した。
父さんは決まって「必ずソリストになれ」と言う。
元々小さいころから父さんからヴァイオリンを教わっていた俺は、将来交響楽団に入りたいと思っていた。
でも、事故に遭った父さんはずっと俺に夢を託してくる。
交響楽団に入るんじゃなくて、ソリストに。
右腕が動かなくなってから、父さんはヴァイオリンに憑りつかれたように厳しい教育を俺に施した。
――どうしてこんな簡単な演奏もできないんだ!
演奏を一つでも間違えれば頬を叩かれた。
母さんが亡くなって、事故に遭ってから利き手が使えない父さんの代わりに、子どもが使う踏み台を使って家事をこなしていた。
学校に行く前も、学校から帰っても休めないほどの練習が始まる。
休日は朝早くに叩き起こされて、夜まで練習。
父さんにはずっと怒られて、「ごめんなさい」って言葉ばかり返していた。
でも、家事も行えないほど練習でへとへとになったとき、「コンビニくらいになら行ってもいいぞ」と言われていた。
学校でできた友人と遊ぶこともなく、ただ一人コンビニに行ってご飯とスイーツを買う。
特に甘いものが好きな俺は、自分で作ると時間がかかるからコンビニで手軽に食べられるスイーツがとても美味しく感じた。
コンビニに行くだけなら許されるから、いつしか俺はヴァイオリンの練習から逃げ出すように、コンビニに行く頻度が高くなった。
行くたび店頭に知らない新作のスイーツが並べられていて、それが唯一の楽しみだった。
そんな中、中学のころ俺の第二の性がオメガだということが判明した。
――なんということだ……! 湊がオメガだなんて……!
父さんはすごく落胆していたし、俺もその性別にショックを受けた。
どうして、俺が。その言葉ばかり頭の中を駆け巡る。
――湊がオメガなら、練習量を増やさなくてはならないな。お前は将来、ソリストになるのだから。
それ以降、練習量も増えてコンビニに逃げ出せる日もほとんどなくなってしまった。
ヴァイオリンなんて嫌いだ。
この世にヴァイオリンが存在しなければ、俺はこんなに苦しむこともなかったのに。
そんな思いが胸の内を支配して、今まで仲が良かった学校の友人にも八つ当たりするように冷たくなっていく。
初めて起きた発情期は最悪で、重たくてずっと発情しっぱなしだった。
その期間だけは父さんが練習を休む許可を出してくれ、部屋にずっとこもっていた。
一週間自分を慰めることばかりして、オメガは淫乱だってよく言われていたから、自分もいずれそうなるのかなって恐怖に陥った。
学校では自分がオメガだということは絶対に隠していた。
なぜなら、淫乱呼ばわりされていじめられるし、アルファの奴らに何をされるかわからないから。
一週間学校を休んだとしても、『コンクールがあった』『家族と旅行に行っていた』となんとかごまかしていたのだ。
発情期が終わったらすぐ練習をすることになって、どうしても練習が嫌で、でも逃げ出したいころには俺はコンクールで幾度も賞を取り、雑誌にも載る人になってしまっていた。
今から普通の生活に戻ることはできない。
だから音楽系の高校を選んで、エスカレーター式でそこの大学に行くことも記者に伝えた。
ヴァイオリンを見るだけで吐き気がしてくる。
学校でもオメガがいじめられているのを見て、アルファの威圧に怖くなる。
だから、自然に人と距離を置くようになった。
ヴァイオリンなんてやめたい。
夜中、練習が終わったころに自室で母さんの写真を見て、平和だったころの家族関係に戻りたいと泣いた。
ヴァイオリンなんてもう弾かないと父さんに伝えようか迷っていたころ、ワンコインのクラシックコンサートに出ることになった。
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