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第十九話「芸術祭」
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夏休みが終わって秋学期が開始され、芸術祭がやってきた。
高校の文化祭より大規模で、俺たちピアノ専攻は弦楽器専攻の人たちと合同で執事喫茶を行うことになっている。
今日は芸術祭当日で、俺たちは自分たちで用意した燕尾服に着替え、給仕していた。
臼庭も燕尾服を着てホールを回っていて、臼庭目当てのお客さんたちは黄色い声を上げていた。
俺はキッチンでパンケーキやらケーキやらを作って、人手が足りないときは給仕を行っている。
ちらちらと臼庭のほうを見る。臼庭は問題なくホールを回っているけれど……俺は心配で仕方なかった。
――臼庭って、発情期はどれくらいの周期でくるの?
――大体三か月に一回。たまに、四か月に一回とか発情期から一か月後みたいにずれたりするけど。
――えっ……じゃあ、芸術祭の日危ないんじゃ……。
――抑制剤飲むから問題ない。今回は効くと思う。
花火大会が終わった後にそう言っていたけれど、俺は心配で仕方ない。
一応芸術祭当日の朝、臼庭にそれとなく聞いてみたけれど……発情期の前兆はあるらしいけど、発情期自体は来ていないそうだ。
でも、芸術祭の途中で来てしまったら……。
「今回は効くと思うって……」
定期演奏会の日、臼庭は抑制剤が効かなかった。
だったら今回だって効かない可能性がある。
臼庭には、芸術祭は休んでもらわなければ困る……!
「そーうーまっ! 来たぜ」
「あ……巡」
巡がキッチンのカウンターにやってきた。
巡はちょうど管打楽器専攻の出し物の休憩中らしく、冷やかしに来たそうだ。
「いやー、臼庭かっこいいな。執事の格好、様になってる」
「巡の言葉に全力で同意するよ。臼庭、最高にかっこいい」
「おうおう、最近臼庭とはどうなんだ? 順調なのか?」
巡が声を潜めて聞いてくる。
「順調っていうか……夏休みに一緒に花火見に行ったよ」
「いいじゃん花火デート! で、どうだったんだ?」
「どうだったって……」
良い雰囲気だったような気はするけど、確信して告げるのはさすがに恥ずかしい。
巡の問いに困ってしまって、俺は取り繕うように眼鏡の山を押し上げた。
「よ、よくわかんなかった」
「なんだよそれ! てか、臼庭大丈夫なのか? 発情期とか……」
巡が片手を口元にあて、小声で訊いてくる。
「俺も心配なんだ。だから、今日は休んでほしくて……」
「俺、ベータだから発情期のこととかあんまりわかんないんだけどさ、臼庭がもしもうすぐ発情期が来るなら、相当辛いはずだぞ。俺の母さん、いつも発情期前から寝込んでたからさ。いくらオメガの客たちばかりでも匂いがしてきたらヤバいし、ホールはやめておいてもらったほうがいいんじゃないのか?」
「そう、だよね。でも、先輩方が臼庭がホールだと客寄せできるからってホールの仕事を任せちゃってるんだ」
「あー……確かに天才ヴァイオリニストのご尊顔は拝みたいもんなぁ」
「この調子だと休憩もできなさそうだし、俺がホールのほう行って様子見てみる。巡はこの後演奏会見に行くの?」
「うーん、俺たちの出し物が人手足りてたらかなぁ。せっかくだし見に行きたい」
芸術祭は、十三時から音楽ホールで演奏会がある。
三年生と四年生の合同で、俺も臼庭も巡も一年だから参加できない。
巡が何か言いたそうに口を開いたとき、廊下で「小鳥遊―」と声がかかった。
「やべ、まだ人手足りてないっぽいわ。行ってくる。じゃあな、蒼馬!」
「うん。またね、巡」
巡が手を振って俺たちの教室から出ていく。
本当に冷やかしにきただけだったんだな……と思ったけれど、お客さんも多い中で料理を作る数を増やされなくて良かったと安心してしまった。
もしかしたら巡も察してくれていたのかもしれない。
ホールに入っている先輩にキッチンと交代できないか聞いてみたら、あっさり交代してくれたので臼庭と共にホールを回る。
「あは、おにーさんカワイー」
給仕をしていると、ある女子たちが囃し立ててきた。
高校生くらいの女子四人組で、にやにやしながらこちらを見ている。
これは……可愛いと言っておきながら、心の中では見下している言い方だ。
「おにーさん、臼庭さんと同じでアルファ? だったら付き合いたーい」
「馬鹿、こんな地味な見た目の人がアルファなわけないじゃない」
「てかあんたは将来臼庭さんと番になるって決めてんでしょ?」
「ちょ、臼庭さんに聞こえるって!」
キャハハと笑う女子たちに、複雑な感情がこみ上がってくる。
結局臼庭をただのアルファとしてしか見ていない言葉に、過去に言われてきたことが蘇る。
――アルファの蒼馬ならいけるよ!
――蒼馬くんが弾くピアノで歌いたいの! やっぱり、アルファだから才能があるのよ、蒼馬くんは!
――アルファの人に伴奏してもらうなんて、俺たちのクラス、誇らしいと思わない?
やっぱり一部の人は、第二の性だけで全てを判断するんだ。
……これで臼庭がオメガだとわかったらこの女子たちは、どんな反応をするんだろう。
決まっている。
オメガなら番になれないから、さっさと興味がなくなるのだ。
「で、おにーさんは性別どれなの?」
「……申し訳ございませんが、お答えできません」
「えー? 教えてよー!」
「……。お言葉ですが、」
「すいません、こいつあまり接客慣れしていないんで。ほどほどにしてやってください」
第二の性別を初対面の人に聞くという失礼極まりない問いに、俺が怒りの言葉を投げようとしたら臼庭が俺の肩を掴んで引き寄せた。
「お前はキッチンでパンケーキでも作ってろよ」
臼庭が俺にこっそり耳打ちする。
そのままその女子高生たちの注文をメモしてキッチンのほうに行ってしまった。
女子高生たちは話したがっていたけれど、臼庭の塩対応にたじろいでしまって注文を言うだけだった。
――助けてくれた……?
俺がもし怒りの言葉を女子高生たちにぶつけていたら、SNSに晒され、大学の評判が落ちていたかもしれない。
きっと、臼庭もあの子たちの言葉を聞いていただろう。
でも臼庭は何も反論しなかった。
それから俺は、ホールで注文を取ったりキッチンで調理をし、臼庭を一目見たいというお客さんの行列を整備している間に時間はすぎ、芸術祭を終えた。
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