甘く謳う二重奏~氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される~

翡翠蓮

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第十二話「理事長からの頼み事」

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最近のピエールさんはすっかりうちの屋敷の執事みたいな感じになっているので、ロッカーラの宮廷に赴く際の衣装や宿の手配とか、全てお任せだ。

リアーヌ様にアネットさん経由で、ロッカーラの宮廷に招待されたと報告すると。
「貴族に取り立てる、などと言われても軽々しく受けてはなりませんよ。まず我が国の貴族になるのが先です」
と良く分からない忠告をいただいた。

一応、僕らはまだロッカーラ連合王国の首都ポルツィアに向かって移動中ということになっているので、日程はそれっぽく調整し、3日後にポルツィアに<簡易転移門>で飛んで、宿に泊まることに決まった。
今回の宮廷に行くのは、僕、師匠、アネットさん、護衛としてハンターモードのナナさんとセラフィン君、となった。ピエールさんも僕らの世話係としてついて来てくれる。
ジルベール隊長は「勘弁してくれ」と言うので、お留守番だ。

そして今日、”門”を開きポルツィアにやってきた。
「おー!これがロッカーラの首都ポルツィアか。何かお洒落な町並みだね」
おまけでついてきたポリーヌさんが辺りを見回してはしゃいでいる。
宮廷には行かないけど、ポルツィアで観光したいと言って、ポリーヌさんにニコレットさん、ジルベール隊長もついてきてしまったのだ。
宿は既にピエールさんが手配してくれているので、僕らは少し街をぶらついてから宿へ向かう。

翌日の昼過ぎに宮廷から迎えの馬車がやってきた。これは異例の事らしい。普通は自前の馬車で宮廷に向かうからね。
宿の前に立派な馬車が停まり、周囲の人々の注目を集めていた。
着替えて準備していた僕らはそのまま乗り込み、首都の中心にそびえる王城へと向かった。
城の東門から入り、直接宮廷へと案内された。

どうやら、国としての公式なものではなく、王家による私的な招待だったようだ。
そう言えば、招待状にはディポーリ王家の名前しかなかったな。
このロッカーラは4つの王国が合併してできた国であり、4つの王家が存在する。今回僕らを招待したのがそのうちの一つであるディポーリ王家と言うわけだ。
我が国だと公爵に相当する身分になるのかな。

応接室に通され、お茶を飲みつつ待っていると、扉が開き雅なお方が入ってきた。
僕らは立って礼をする。
「楽にしてくれ。私がディポーリ王家当主のアントーニ4世だ。招待に応じてくれてありがとう」
そう言って右手を差し出した。師匠が握手を交わしながら挨拶する。
「サンテイユ王国の魔術師ライナス・エルウッドと申します。お目にかかれて光栄です。こちらが弟子のテオでございます」
続いて僕が挨拶し、ソファに座る。

「幽霊城の事についてはどれほどの言葉を尽くしても足りない程、感謝している。聞いたことがあるだろう。あの幽霊城は元々ディポーリ王国の首都だったと。祖先のしでかした過ちに対して子孫の私たちが何も対策を取れなかったのは不甲斐ない限りだ」
そう言うと、他言無用との前置きで、祖先があそこで何をやったのかを告白し始めた。

◇◆◇

当時の国王には溺愛する側室がいたそうだ。しかしその側室が不慮の事故で死亡すると、国王は嘆き悲しみ国力のすべてをつぎ込み、死者蘇生を実現するよう命じた。

国王にとっては幸運なことに、しかし、その他全ての者にとっては不幸なことに、王国の魔法研究所には、不死系魔物のゾンビの作成に成功したという魔術師が在籍していた。
ジャンカールロ・ブランディという青年だ。

国王の臣下たちは窮余の策として、彼に死者蘇生と称してその秘術を実施するよう命じる。
ジャンカールロは当然反対するが、聞き届けられず、側室の死体に対してゾンビ作成の術式を”復活の儀式”と偽って実行する、その指揮を執らされた。
だが、出来上がったのは当然ながら理性の無いゾンビだ。

なお、ジャンカールロは身の危険を感じ、儀式の前日に行方をくらませていた。

国王はこの結果に満足せず、より大規模な儀式を実施するよう命じる。流石に諫めようとした忠臣もいたのだが、無残に斬り捨てられ、国王の暴走はもはや誰にも止められなかった。
ジャンカールロ不在の中、後を引き継いだ魔術師の指示によって王都中に儀式用の木の板が配布され、建物の壁に設置されていく。
ゾンビはやがて知性を持ち、言葉を話し始め、国王は大いに喜んだ。
しかし、人格は以前とは全く別人で、男とも女とも言えず、年寄とも若者とも言えない奇妙な性格になっていたという。

その頃から、王都のあちこちでゾンビやスケルトンと言った不死系魔物が突然街中に出現する事件が多発するようになり、死傷者が出始める。
やがて、病死した患者が息を引き取ったその場でゾンビとして起き上がる様を目の当たりにするに至り、王都は大混乱に陥る。

人々は対策を求めて王城に殺到するが、城門は固く閉ざされており中からは何の応答も無かった。

命からがら王都から脱出した者たちの証言によれば、瞬く間に不死系魔物が街に溢れかえり、住民は次々に殺され、その死体がそのままゾンビとなって襲い掛かってきたという。

当時、成人したばかりの第二王子が隣国に留学しており、この災厄を逃れていた。
その子孫が、アントーニ4世だ。

なので、当時の様子は脱出してきた住民たちと、後年発見された魔術師ジャンカールロの残した手記によって判明した内容となる。
正確なことを知るはずの王城の人々は、その後の捜索で一人も発見できなかった。

◇◆◇

あまりに酷い過去の話に言葉を失っていると、ディポーリ王様は一冊の古びた羊皮紙の束をテーブルに乗せた。
「これが魔術師ジャンカールロの手記だ。私たちには過去の過ちを戒める意味しかないが、専門家の貴公たちであれば何か有用な知見が得られるのではないか。門外不出なのだが、この場で目を通す事を許そう」
そう言う事であれば、読ませてもらおう。

手記を師匠と一緒に読んだ。師匠はあっという間に読み終わったみたいだけど、僕は文字を目で追って行った。
師匠が<念話>で話しかけてきた。
『やれやれ。一国の王たる者が女に現を抜かし、死者蘇生などと言うバカげた夢物語に手を出して国を滅ぼすとは。巻き込まれた住民たちには同情するな』
師匠はあきれ顔だ。
『あのお堀のおまじないを仕掛けたのがこのジャンカールロだったんですね。魔道具を作り上げ、決死隊を編成してやり遂げたのか。国王の暴走を止められなかったのは彼のせいじゃないのに』
僕は権力と言うものの厄介さに眉をしかめていたが、師匠は腕を組んで鼻を鳴らす。
『不甲斐ない奴だ。儂ならたとえ国王だろうがぶん殴って止めるぞ』
確かに、師匠ならやりかねない。

手記からは色々と情報が得られた。お堀の底にあった魔道具の仕組みや、お呪いの原理に関する考察や元ネタの情報源など、結構有用なものが記されていた。
それと、蘇生の儀式と称してお呪いを施した場所が、城の3階南に面した部屋だったことも判明した。恐らく、そこが”城悪霊”の中心となっているはずだ。ある程度弱らせたら、そこを攻撃すると良いかもしれない。

僕もあらかた読み終えたので、ディポーリ王様にお礼を言って手記をお返しした。
「何か分かったかね」
ディポーリ王様が尋ねてきたので、師匠が答える。
「ええ、いくつか重要な情報がありました。我々の行った対処が正しかったことの確証が得られましたよ」
「そうか。それは何よりだ」
そう言って一息つくと、話題が変わる。
「このような事情があるため、幽霊城の真相については世間には秘匿する方針になっている。今回の件も世間には、不死系魔物が一掃され脅威は取り除かれたこと、あの一帯が国の管理下に置かれ、引き続き立ち入り禁止であることが周知される予定だ」
まあ、真実を知らせても世の中が混乱するだけだから、その対応は頷ける。
「そのため、貴公らの功績に対して表立って褒賞を与えることが難しいのだ。本来であれば、騎士爵を与え貴族に取り立てる程の功績だと考えている。そのことは伝えておきたい」
ディポーリ王様は申し訳なさそうにそう続けた。
「いえ、民に無用の混乱を与えぬためには必要な事と理解いたします」
師匠が穏やかにそう答えると、ディポーリ王様は表情をやわらげた。
危ない危ない。リアーヌ様が懸念していた通り、貴族にされる所だった。

その後、非公表で褒賞は出してくれること、この後晩餐会に参加して欲しい事、などを話してディポーリ王様は退室して行った。

僕は深呼吸して体の緊張を解いた。
はあ、王侯貴族を相手にするのは疲れるよ。
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