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第六話「間接キスと、苦い想い」

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◇◇◇

 それから毎日、臼庭に話しかけるようにした。
 臼庭も寮生活みたいで、寮のラウンジでばったり会ったときや食堂、音楽雑誌が並ぶ図書室などで話しかけた。

 臼庭は「うん」とか「そう」とか「へえ」くらいしか言わなかったけど、俺が話しかけて露骨に嫌そうな顔はしなかった。

 授業が終わって今日も寮の部屋に戻る。
 今日は臼庭と会話できなかったけど……明日を楽しみに待っていよう。

 俺の部屋には臼庭が載っている雑誌や臼庭が弾いた曲が収録されているCDを鑑賞用、保存用、なくしたときの予備用に三つずつ買ってあって、暇なときはそのCDを聴いたり雑誌を読み返している。

 傍から見てると変態じみてるけど、臼庭のことが大好きな俺にとってはこれが普通だった。

 お風呂に入ってスッキリしたから、コンビニでアイスでも買おうかと部屋を出る。
 ラウンジに下りると、臼庭がコンビニで買った飲み物を飲んでいるのが見えた。

「臼庭!」

 俺が呼ぶと、臼庭は口につけていたグレープティーのペットボトルを下に置く。
 俺が駆け寄ってきても、逃げることはなかった。

「コンビニ行ってきたの?」
「そうだけど」

 テーブルには、何かが入ったコンビニの袋が置かれている。
 何か買ってきたのだろうか。夕飯に……しては遅いから、デザートとか?
 臼庭がゴソゴソとコンビニの袋から何かを取り出す。
 出てきたのは……桜と桃のゼリーだ。

「え! こんなスイーツ初めて見た! フェミマでこんなの売ってるんだ」
「そう。新商品だから買ってきた」
「新商品だと買ってるの?」
「……まあ、フェミマはここから近いし。新しいの見たら、気になって買っちゃうんだよ」

 そう言って臼庭がゼリーの蓋を開け、プラスチックのスプーンで口に運んでいく。
 珍しく喋ってくれる臼庭に嬉しく感じて、にこにこしながら臼庭を見つめてしまった。

「……なににやにやしてんの」
「臼庭が喋ってくれるから、嬉しくて」
「……」

 臼庭は眉間に皺を寄せて、俺から目を逸らす。
 臼庭がゼリーをぱくぱくと食べる。
 そのスプーンを唇に持っていく仕草も、咀嚼している姿も、全部にときめいてしまう。
 俺がじっと見つめてしまっていたら、臼庭が浅く溜め息を吐いた。

「そんなに食いたいなら食いたいって言えよ」
「えっ、いや、そんなつもりは……」
「ほら」

 本当にそんなつもりはなかったんだけど、臼庭が俺の目の前にゼリーを持ってきた。
 臼庭が黙々とゼリーを食べているのを見て、勝手にドキドキしていただけなんだけど……。

「食べないの?」

 臼庭の茶髪が混ざった髪が揺れる。
 カラーコンタクトをしたような色素の薄い瞳がこちらを見ていて、胸が高鳴った。

「じゃ、じゃあ、食べようかな。いただきます……」

 臼庭が先程口につけていたスプーンを掬って、口元へと運んでいく。
 臼庭は……間接キスとか気にしないのだろうか。
 意識している自分が恥ずかしくて、そのままえいっと一口食べた。

「……! 美味しい!」
「だろ?」

 臼庭が微笑んだ。
 桜のふんわりとした香りと、桃の甘い味が混ざってとても美味だ。

 ……改めて見ると、臼庭は整った顔立ちをしている。
 茶髪が混ざった髪はセットされていて綺麗だし、眉も整っている。
 瞳も太陽にあたると煌めていて美しいし、睫毛は俺より長い。

 たまにぼうっとしている姿を見ると、人形なのではないかと見間違えるほど精悍な顔立ちをしていた。

 実際に雑誌でも『イケメンヴァイオリニスト』として特集されることも多い。
 でも、背丈は俺より十センチ以上低いだろう。
 恐らくオメガの平均身長より少し上、くらいだ。

 背丈が約百八十センチくらいある俺は、どんなに臼庭が俺を睨んでいても正直可愛いとしか思えなかった。

 臼庭はこんなに格好良い見た目をしているのに、それと比べて俺は眼鏡をかけ、しっかりセットするのが面倒だから適当にワックスをつけただけの黒髪で地味な格好の男。

 ……どう見ても俺と臼庭じゃ、釣り合わない気がする。

 ゼリーを食べながらぽつぽつと会話を続け、夜の二十二時くらいになり、ラウンジから人が減っていく。
 俺と臼庭の周りには誰もいなくなっていた。
 俺と臼庭の間に、空になったゼリーのカップが置かれている。

「……臼庭」
「なに?」
「俺のことが、嫌い?」
「……」

 俺は臼庭のことが好きだ。
 それは、入学式にラブレターを渡したから臼庭もわかっていると思う。
 臼庭が俺のことをどう思っているのかは、どうしても聞きたいことだった。
 臼庭が顔を歪ませる。

「『運命の番』だからってオメガとアルファが惹かれ合うとか、そんなのないと思うよ。お前は何か勘違いしてるだけだ。……それだけ」

 臼庭は席を立って、俺の傍からいなくなってしまった。
 ……臼庭は、俺が『運命の番』だから好きになったと思いこんでいるのだろう。
 空になった桜と桃のゼリーは、臼庭が持っていってゴミ箱に捨てていた。

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