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第四話「臼庭の第二の性について」
しおりを挟む「なあなあ、お前、臼庭湊にラブレター渡した奴だろ?」
食堂でかつ丼を頼んで食べていると、トレーを持った男性が俺に声をかけてきた。
俺が返事をする前に、味噌ラーメンが乗ったトレーを置いて俺の隣に座る。
癖っ毛の茶髪に丸い瞳。
背丈は俺よりも少し低くて、人懐こい顔立ちをしていた。
「俺は管打楽器専攻の小鳥遊巡。巡って呼んでもらっていいぜ。お前は?」
「俺は……高築蒼馬」
「蒼馬か。よろしくな!」
巡はこちらを見てにこっと笑った。
「お前、すげー噂になってるぜ。臼庭にラブレター渡した恥知らずのオメガだって」
「……臼庭は、自分がアルファだと言っているの?」
「言ってない。でも、あれだけ才能に満ち溢れてれば誰だってアルファだと思うさ。俺は違うと思ってるけどな」
「……え」
一瞬、焦りで思考が満たされる。
こいつ、臼庭の弱みを握ってるとか、そういう危ない奴なのか……?
「だってさー、あれだけ『天才ヴァイオリニスト』って評されてるのに、アルファだって公表しないのはおかしくね? 第二の性とか気にしてないんかな? 俺の予想は、体格から見るにベータだと踏んでいる!」
巡がドヤ顔をする。
俺が生まれるくらい前の時代では、芸能人や有名な人たちは第二の性について聞かれたら必ずテレビや新聞で答えていた。それが当たり前だったからだ。
だけどそのせいでオメガやアルファの芸能人が危険な目に遭ってしまい、近年では芸能人やインフルエンサーなどの有名人の第二の性について詳しく聞かない、という暗黙の了解が取り入れられた。
外国の文化が既にそうだったから、日本でも取り入れていこうという考えだ。
そうはいっても、週刊誌や掲示板でバレてしまうことは多々あるが。
「……アルファだって世間に公表したら、オメガの人たちが寄ってきてしまうからじゃない?」
「あ、そうか、なるほど! 言わなければそこまで集まってこないもんな。まあ、既に臼庭の周りはオメガだらけだけど」
巡に警戒していたが、それは杞憂だったようだ。
弱みを握っているわけではなく、単純に自分の予想だったらしい。
巡は味噌ラーメンを啜って嚥下したあと、俺にずいっと身を乗り出してきた。
「なあ、なんで臼庭のこと好きになったんだ?」
「えっ」
「今まで臼庭のこと好きになった奴、散々見てきたんだよ。お前はどうなんだ?」
「どうなんだって言われても……」
「教えろって。答えられる範囲でいいからさ」
巡が肘で俺の腕をつついてくる。
……この一週間、俺に話しかけてくる同学年の学生はいなかった。
巡の言うとおり、俺は『あの天才ヴァイオリニストの臼庭湊にラブレターを渡した恥知らずのオメガ』というレッテルが貼られているからだ。
もちろん、臼庭とも話していない。話しかけようとしたら、睨まれるから。
だから、俺に話しかけてきてくれてた巡が新鮮だった。
面白半分で俺に話しかけてきたというより、表情から俺と純粋に話したいんだと読み取れる。
気さくで話しやすい巡に、初めて会ったのに臼庭との出会いをいつの間にか話していた。
「俺は、臼庭と中学時代に会ってたんだ。ワンコインの、クラシックコンサートで」
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