甘く謳う二重奏~氷の天才ヴァイオリニストは執着アルファに溺愛される~

翡翠蓮

文字の大きさ
上 下
4 / 68

第四話「臼庭の第二の性について」

しおりを挟む

「なあなあ、お前、臼庭湊にラブレター渡した奴だろ?」

 食堂でかつ丼を頼んで食べていると、トレーを持った男性が俺に声をかけてきた。
 俺が返事をする前に、味噌ラーメンが乗ったトレーを置いて俺の隣に座る。

 癖っ毛の茶髪に丸い瞳。
 背丈は俺よりも少し低くて、人懐こい顔立ちをしていた。

「俺は管打楽器専攻の小鳥遊巡たかなしめぐる。巡って呼んでもらっていいぜ。お前は?」
「俺は……高築蒼馬たかつきそうま
「蒼馬か。よろしくな!」

 巡はこちらを見てにこっと笑った。

「お前、すげー噂になってるぜ。臼庭にラブレター渡した恥知らずのオメガだって」
「……臼庭は、自分がアルファだと言っているの?」
「言ってない。でも、あれだけ才能に満ち溢れてれば誰だってアルファだと思うさ。俺は違うと思ってるけどな」
「……え」

 一瞬、焦りで思考が満たされる。
 こいつ、臼庭の弱みを握ってるとか、そういう危ない奴なのか……?

「だってさー、あれだけ『天才ヴァイオリニスト』って評されてるのに、アルファだって公表しないのはおかしくね? 第二の性とか気にしてないんかな? 俺の予想は、体格から見るにベータだと踏んでいる!」

 巡がドヤ顔をする。

 俺が生まれるくらい前の時代では、芸能人や有名な人たちは第二の性について聞かれたら必ずテレビや新聞で答えていた。それが当たり前だったからだ。

 だけどそのせいでオメガやアルファの芸能人が危険な目に遭ってしまい、近年では芸能人やインフルエンサーなどの有名人の第二の性について詳しく聞かない、という暗黙の了解が取り入れられた。

 外国の文化が既にそうだったから、日本でも取り入れていこうという考えだ。
 そうはいっても、週刊誌や掲示板でバレてしまうことは多々あるが。

「……アルファだって世間に公表したら、オメガの人たちが寄ってきてしまうからじゃない?」
「あ、そうか、なるほど! 言わなければそこまで集まってこないもんな。まあ、既に臼庭の周りはオメガだらけだけど」

 巡に警戒していたが、それは杞憂だったようだ。
 弱みを握っているわけではなく、単純に自分の予想だったらしい。
 巡は味噌ラーメンを啜って嚥下したあと、俺にずいっと身を乗り出してきた。

「なあ、なんで臼庭のこと好きになったんだ?」
「えっ」
「今まで臼庭のこと好きになった奴、散々見てきたんだよ。お前はどうなんだ?」
「どうなんだって言われても……」
「教えろって。答えられる範囲でいいからさ」

 巡が肘で俺の腕をつついてくる。
 ……この一週間、俺に話しかけてくる同学年の学生はいなかった。

 巡の言うとおり、俺は『あの天才ヴァイオリニストの臼庭湊にラブレターを渡した恥知らずのオメガ』というレッテルが貼られているからだ。

 もちろん、臼庭とも話していない。話しかけようとしたら、睨まれるから。

 だから、俺に話しかけてきてくれてた巡が新鮮だった。
 面白半分で俺に話しかけてきたというより、表情から俺と純粋に話したいんだと読み取れる。

 気さくで話しやすい巡に、初めて会ったのに臼庭との出会いをいつの間にか話していた。

「俺は、臼庭と中学時代に会ってたんだ。ワンコインの、クラシックコンサートで」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

処理中です...