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第二話「臼庭湊という人間」

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「あ……臼庭」

 入学式が終わった後、寮に行く途中で臼庭と一緒になる。
 臼庭も、寮生活なのだろうか。

 俺は臼庭を呼び止め、靴音を立てて駆け寄った。

「さっきは、いきなり手紙なんて渡そうとして、ごめん。……嫌、だったよね」

 俺が渡そうとした臼庭の手紙には、番になりたいことともう一つ、卒業演奏会でデュオを組みたいことが書かれている。

 臼庭と組むために懸命にピアノを練習する、そして絶対に成績上位者になるとも書いた。
 ……恐らく見透かされていたのだろう。

 臼庭は幼少期から元ヴァイオリニストの父にヴァイオリンを習い、小学生中学生高校生とコンクールで何度も賞をかっさらった男性だ。

 音楽雑誌にいつもとんでもない経歴が書かれている。

 『最年少で最難関コンクールにおいて入賞を果たした天才ヴァイオリニスト』として、高校の頃テレビにも出ていた。

 それほど音楽界で有名な臼庭だ。
 成績優秀者に選ばれ、卒業演奏会で演奏することはほぼ確実だろう。

 でも思えば、失礼なことをしてしまった気がする。
 いきなり入学式でラブレターを渡されたって、困るだけだろう。

 ……臼庭は俺のこと、覚えていないのかもしれないし。

「別に。ああいうのは受け取らないだけ」

 中性的な声で、臼庭は言う。

「で、でもさ、俺たちは……」
「『運命の番』?」

 俺のほうを振り返って言った言葉は、あのときの出会いを臼庭自体も覚えていたものだった。
 期待に目を輝かせると、臼庭は対照的に嘲笑って俺を見る。

「『運命の番』だからって、お前と結ばれることが確定してるわけじゃないだろ。今後俺に近づかないでくれる? お前のせいで発情でも起きたら最悪なんだよ」

 吐き捨てるように言って、臼庭は寮の前まで早足で歩いて行ってしまった。

 ――この世界には、男女という性別以外にももう一つの性がある。

 アルファ、ベータ、オメガ。
 その三つの性があって、中学の第二次成長期を迎えたころに病院で検査すれば、性別が判明する。

 アルファは、この三つの性の中で最も優秀な人材であり、出世しやすく、人口は少ない。

 ベータはこの三つの性の中で最も多い人口であり、アルファほど秀でた人間ではないが、普通に生きやすい生活をしている。

 オメガは……男女問わず妊娠ができる人間で、この世界ではすごく生きづらい存在。

 周期的に発情期というオメガのフェロモンを出す時期がやってきて、それでアルファの人――俺のような存在を惹きつけてしまう。

 発情期は人それぞれの周期でやってきて、一か月に一度の人もいれば、半年に一度のペースの人もいるらしい。

 アルファとオメガは、オメガのうなじをアルファが噛むことによって番契約を結ぶことができる。
 番契約を行ったオメガは、その番相手にしかフェロモンを発さなくなるのだ。

 目が合った瞬間、この人しか考えられない――と運命的に感じるものがある『運命の番』も、アルファとオメガの中では存在する。

 ただ、そう感じる相手は世界でたった一人のため、一度きりの人生で滅多に見つかる相手ではない。

 でも俺は……中学三年生でアルファだとわかり、そしてその年の冬。

 『運命の番』である、臼庭に出会った。

 臼庭は、そのころから天才ヴァイオリニストと呼ばれていた。
 ……でも絶対に、どの音楽雑誌でも、テレビに出たとしても第二の性は言わなかった。

 あれだけ才能があるのに――臼庭は、オメガなのだ。

「……俺は、臼庭が『運命の番』だから好きになったわけじゃないのに」

 人生のどん底にいた中学のころ。

 あのときに、臼庭に救われたからだ。
 もう一度ピアノを弾いてみよう、まだ生きていようと人生の希望を貰ったからだ。

 だから好きになった。
 それも手紙に綴ったけれど、受け取ってくれなかった。

 学生寮の中のラウンジに集まって、寮の説明を聞いている間も、寮に入る何十人もの学生の中から臼庭を探してしまっていた。
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