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エピローグ レイとティアの結婚式 ー 新婚旅行に、剣は必須のアイテムです ー
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「ティア様、準備は宜しいですか?」
「バッチリよ、スウ。どう? ジン、何処かおかしい?」
「・・・おかしいどころか、素晴らしいお姿です。本当に花嫁衣装が良くお似合いで。」
「スウもジンも、今まで苦労をかけたわね、私を今日まで、父上、母上の代わりに育ててくれてありがとう。これからも宜しくね。」
「! もちろんです姫様。」
「これからも、ずっと、お側で控えさせて頂きます。」
涙ぐむジンにつられて、スウも薄っすら目の端に涙を浮かべる。
慌てて、手の甲で涙を拭ったスウは、私はこれで先に失礼します、と足早に天幕から出て行った。
その、何処と無く寂しそうな後姿を見送りながら、ティアは密かに思う。
いやいや、これからはあなた達にも幸せになって貰うわよ。だってジンだってまだ男盛りだし、スウなんかまだ34なんだし、これからじゃない? 今からでも、新婚生活満喫してもらわなきゃ。
若くからマリス公国の研究機関で才覚を認められ、秀でた魔法騎士として幼いティアの警護についたスウとジンの二人は、始めはその対照的な性格の違いから反発をしていた。
ところが10年前、マリスの内戦が始まり、予断を許さぬ戦況から念の為の安全策として、二人の才覚に絶対の信頼を寄せていたマリス大公立っての願いで、幼いティアを連れてファラメルン王国に亡命する事になった。
それからは、親のいないティアを引き取った夫婦として、ハテで暮らすうちに二人の間に深い愛が芽生えたことに、ティアは勿論気付いている。
これからはファラメルン王太子妃として、ファラメルンの王城で暮らすティアと一緒にファラメルンに残ってもらい、王城の一角に二人の部屋を用意してティアと共に幸せになって貰うのだ。
「姫様、時間です。参りましょう。」
「ええ、ジン、行きましょう。」
ジンの腕をとって、花嫁の天幕を出たティアは、レイの待つ、王家の森にある大木、王家の樹の根本にしずしず進んでいく。
今日の結婚式にはティアの実家であるシアン家の代表として、スウとジンにティアの父上、母上の代わりに出席してもらう。マリスの家族は只今絶賛国を再建中だし、日程的に出席するのは困難であった。
でも、私はスウとジンが一緒にいてくれて、とっても嬉しい・・・。
長年親子として暮らしてきたのだ、やっぱり二人にはティアの晴れ姿を見ていて欲しかった。
今日のティアは、ティアの国の華々しい花嫁衣装のドレスではなく、代々ファラメルン王家の花嫁が纏う伝統の花嫁衣装姿だ。
シンプルな裾の長い白いドレスに、花や葉っぱの唐草模様の刺繍が緑やピンクや黄色の絹の糸で飾り付けてあるドレスは、一見すると何処かの村祭りの晴れ着のドレスのようだ。
手の裾野の部分が長く、合わせてかぶる白の縁レースのベールにも同じ刺繍が縫い付けてある。
白いすらっとしたドレスはベールとあわせると、清楚で清らかな、花嫁にふさわしい装いになる。
花の刺繍は花嫁が好きな花を選んでいいそうで、私は好きな蔓薔薇を縫ったの、とミレイユはティアの刺繍を手伝いながら、話してくれた。王妃様は、スイートピーだったそうだ。
ティアは、もちろんレイと出逢うきっかけになった、ルナデドロップを縫う事にした。
王家の女性やメイドの皆で手作りされる伝統の花嫁衣装は、刺繍があまり得意でないティアでも、皆の協力でそれらしいものに出来上がった。
意外にも才能を発揮したのはスウで、ルナデドロップを見た事のない女性達の為に素晴らしいスケッチを披露したばかりか、刺繍の腕も確かだった。
元々はマリス公国の貴族の娘だったハズのスウ、長いハテでの生活ですっかり自給自足生活に馴染み、料理はもちろんのこと、家事全般、女子力が非常に高い。才女であるばかりか女性としてもしっかり者のスウを娶るジンは幸せ者だ、とティアは改めて思った。
そして、ティアはベールを試着で被るたびに、「いいこと?、 これはレイと結婚するための花嫁衣装の一つで髪飾りじゃないのだから、少しの間我慢して頂戴。」、と魔石の髪飾りを毎回説得した。
うっかり髪飾りのことを忘れて初めてベールを試着した時、やはり透明な手がどこともなく現れ、ヒョイっとベールを引っぱりティアの髪から剥ぎ取ってしまったのだ。
あ、マズイ、これはちょっとなんとかせねば・・・
髪飾りの魔石を納得させる為、ティアはそれから小一時間説得に費やした。
「これは髪飾りじゃないの、花嫁衣装の一部なの! 貴方もレイの実力は知ってるでしょ、ほら、あの緑龍の聖剣の持ち主と私は結婚するのだから、ちょっとの間、大人しくしてて頂戴。良いわね?」
鏡に映る魔石に向かって延々と話しかけるティアを、レイはまた、今度は何を始めたんだ? と面白そうに見ていた・・・・・。
最後にはレイを鏡の前に引っ張って来て、剣を抜いてもらい、ティアの剣と合わせて、「ホラ、この緑龍の剣の持ち主が私の旦那様になる人で、ベールは花嫁衣装の一部なの!」とティアが鏡の魔石に向かって叫ぶと、二人の剣が以前感じた共鳴をティアの髪飾りの魔石と一緒になって始め、細かい振動はすぐに収まった。ようやくそれ以来、レイの名前を出してあらかじめ断っておくと、髪飾りは大人しくなった・・・・・
さて、ジンに連れられて晴れた青空の下、だんだん近づく、人の胴体以上の太さの幹が大きく張り出している王家の樹。
古代からずっとここに存在しているらしいこの大木はファラメルンの象徴で、王家の者は皆この木の下で結婚式を挙げる。
木の近くからではてっぺんの見えない巨大な大木を見上げてティアは、今日は宜しく、と心の中で挨拶をした。
涼しい木の幹の木陰では王家の皆が勢揃いでニコニコティアを迎える。
一番奥の樹の根元には、緑を基調にした礼服を着た、レイが待ち遠しそうに、ティアの到着を待っている。
優雅に一歩一歩と、ゆっくり皆に挨拶しながら進んだティア。
なかなか進まないティアの歩みに待ち切れず、片手を伸ばしてティアをグイッと側に抱き寄せたレイに引き寄せられるまま、逞しい腕に飛び込んでいった。
「やっと捕まえた。待ちくたびれて、日が暮れるかと思ったぞ。」
「レイったら、ほんのちょっと、皆に挨拶しただけじゃない。」
「そんなの、後でいくらでもできるだろう。さっさと俺の側に来るんだ。」
「あ~、おほん、式を初めていいか?」
今日の進行役の王が早速人目も気にせず、花嫁のティアを抱き込んで離さないレイの注意を促す。
二人の今日の日程は、身内の王家と花嫁であるティアの関係者だけ出席の王家の樹の根元での伝統の結婚式の後、国民へのお披露目の王都を馬車でめぐるパレードに、貴族の皆にお披露目の舞踏会、と、ぎゅうぎゅう詰めだ。
ファラメルン王が早速短い祝詞と挨拶を終えてから二人の結婚の誓約を執り行う。
「汝、シルバレイ・ファラメルン、ここにいるソフィラティア・シアンを、
病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
妻として愛し、敬い、
慈しむ事を、この王家の樹に誓いますか?」
「固く誓う。」
「汝、ソフィラティア・シアン。あなたはここにいるシルバレイ・ファラメルンを
病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
夫として愛し、敬い、
慈しむ事を、この王家の樹に誓いますか?」
「はい、誓います。」
「うむ、それでは、王家の樹の祝福を受けて、ここに、二人の結婚が成立したことを宣言する。」
! レイ、愛してる、嬉しい・・! これで晴れて、憧れてたレイのお嫁さん、になれたのね。
手に手を取り合って、お互い厳かに愛を誓い合うとレイの深いエメラルドグリーンの瞳も、ティアを優しく情熱的に見つめ返してくる。
あぁ、なんて幸せ・・・ティアの全身からふつふつと喜びが湧き上がってきた。
頭のてっぺんから握り合った手、爪の先まで甘い感動が広がり、心が暖かく満たされる。
そして、レイとティア、二人がお互いの愛を言霊の如く固く誓うと、頬を染めたティアの目の前で王家の樹から、緑の葉っぱの冠と美しい花々を纏った衣装を付けた透明の肌の素晴らしい美人が、淡い光と共に現れた。
! ええっ? 前に見た精霊と、なんか雰囲気が全然違う・・・
神々しいオーラを放つ女性は二人を見てニッコリと笑う。
「「わたくたちは、今日より互いの心をひとつにして助け合い、生涯の伴侶として永遠に愛し続けることを誓います。」」
驚くティアに、レイがティアの手をぎゅっと握って、教えられたように二人で声を合わせて誓いの言葉を目の前の女性に宣言する。
嬉しそうに微笑んだ美しい女性は、それぞれに祝福のキスを髪に落とすとまた樹の中に消えていった。
! なあに、今の女性って、レイが言っていた、大地の精霊?
ティアは、レイとついに夫婦になった感動と、今見た、不思議な女性の事で頭が一杯、ボーとしていると、早くも、レイの溺愛ぶりが発揮される。
王家の樹の下での結婚式の間中、ティアの手を離さなかったレイ。
誓いのキスも、軽い形式のキスの筈が、しっかり情熱的に口づけされて、ティアは恥ずかしさで真っ赤だ。
だから、結婚式なんだから、ちょっとは空気を読め!
王家の人達は、仕方がないなぁ、と微笑ましく見逃してくれたが、レイのティアへの溺愛ぶりを、まじまじと目の前で見せつけられたスウとジンは、二人ともいい大人なのに、顔を赤らめてモジモジ、としている。
ごめんなさいね、スウ、ジン。レイったら、ほんと相変わらずなんだから。
婚約発表をした舞踏会の夜に、初めて二人は結ばれたが、レイのティアへの溺愛ぶりは益々深まる一方だ。
そして、三日取るはずだった休みが、凱旋パレードや何やらで結局次の日丸一日しか休みが取れず、二日後に恐る恐る湖畔の館のドアをノックされたレイは、二人の甘い時間を邪魔されてガッカリした後、王城ではのんびりできん、と憤った。
そしてその日の内に、ソフィラティア姫との結婚式を一ヶ月後に挙げる、と準備に必要な最低の日程を計算してレイは早々と公言した。
「結婚式を挙げたら、新婚旅行には絶対、誰にも邪魔されない所に、最低一週間は休みを取って出掛けるぞ!」
その日から、レイは色々な新婚旅行候補の場所をティアに提案してきた。
「レイに任せるわ。私、王国内の場所とかあまり知らないし、レイなら詳しいでしょう。」
「そうか、よしよし任せろ。絶対誰にも邪魔されない所を選んでやるからな。」
「あっ、できれば大きなお風呂がある所がいいかな。」
「成る程、わかった。」
いそいそと公務の合間に何やら準備をしているレイを、ティアは密かに、可愛い、と心の中で嬉しく微笑んでいた。
「ティア、疲れたか? 今日はよく頑張ったな。」
レイの気遣いを嬉しく思いながらも、やはり気になる・・・・・
「・・・ねえ、結婚式の途中で王家の樹から現れた緑の女の人って、大地の精霊なの? 前見た精霊より、なんか威厳があるってゆうか、気圧されそうになったんだけど。」
「ん? ああ、そうだろ。俺たちは小さい頃から見慣れているからな。そうか、ティアにも見えたのか。」
全身清らかなオーラに包まれた、気高い女性はファラメルン王家の一族は見慣れているからか、あまり気にもしていないようだったが。
だが、一緒に結婚式に参加していたルナの反応は、明らかに違った。一人?で、ふんふん、とお座りの格好で器用に子犬姿の前足をあごの下にあてて大きく頷き納得していた。
「なるほど、緑龍の王はあちら側からの祝福をも授かっているのですね。さすが、我が主君の伴侶です。」
・・・・・もしかして、あの女性、大地の精霊って言うより、大地の女神、の間違いじゃないの?
ミレイユや王妃には見えていないようで、後から聞いても何か神々しい気配は感じられるが、夫達は普通にしているのでこちらも気にしていないそうだ。
この城で暮らすようになって判明した事。
ファラメルン王家は男系、というだけあって、一族の男達は、国を運営することに関しては皆、揃って有能で仕事熱心、それに魔法や腕っ節も超一流だが、それ以外はいたって普通の男性だ。たまに細かいところまで気が回らない事があり、それを伴侶である王妃やミレイユ、城で働く女性達が上手にフォローしている。
・・・まあ、今更、大地の精霊の加護が、実は大地の女神の加護でした、って言っても何も変わらないだろうし、いいか・・・
ティアは何も気付かなかった事にして、この件に関しては潔く流す事にした。
「ティア、準備はいいか? 出発するぞ。」
「ティア様、着替えや、お薬は多めに腕輪にパックされましたか?」
「ティア様、念の為、シアン家の剣も持っていくのですよ。」
「・・・・・なんで、スウとジンまで一緒に卵に・・・・・」
その日の夕方、すべての日程をこなし、いざ、新婚旅行へ出発・・・しようとして、てっきりティアを見送りに来てくれた、と思っていたスウとジンまで卵に乗り込んできたのに気付いたティアは、軽く驚いた。
いや、別に二人がどうこうとか言うんじゃなくて、新婚旅行なのに保護者同伴?
「ああ、お二人を城に連れてくる時、急いでいたからな。ハテの家に置いてある荷物をまとめてこちらに正式に引っ越しして来るそうだ。」
「ふふ、ティア様、私達はついでに村まで送って貰うだけです。」
「そうですよ、新婚旅行の邪魔はしませんよ。」
ティアの嬉しいような、何とも言えない顔を見て、レイはともかくスウとジンまでが吹き出しそうに笑いながらティアに告げた。
「! そうだったの、でも、ここからハテまで多分、そうねえ三日四日ぐらい掛かるじゃない? 私、二人の食料分、台所に継ぎ足さなきゃ。」
「ああ、その点は大丈夫だ。ハテの近くまで一気に転移できる。」
「えっ! どう言う事?」
「まあ、出発したら、話してやる。もう時間も遅い、それより早く席に着け。行くぞ。」
「わかった、了解。」
操縦席に座ると卵に飛行準備の許可を出し、ブーンと聞き慣れた振動音が聞こえてくると翼の準備が整った。
『操縦者確認、飛行準備に入りますか?』
『ああ、許可する。』
『翼準備完了、離陸可能です』
そのままレイが転移の操作をすると、前面の窓だった所に世界地図が現れる。地形は変わっているが西大陸らしい場所に一箇所小さな青い光がついているのにティアは初めて気がついた。レイが指でその場所を押すと卵が確認して転移が実行される。
「ここは・・・」
「そうだ、魔の森のかなり北側、青湖に近いところだ。よし飛ぶぞ。」
少しひらけた森の上空に操作レバーを引いて浮き上がった卵を、コンパスを確認しながら方向を定めると、レイは手慣れた様子で飛行を開始した。
「ハテまでは、ほんの2刻程だ。スピードを上げるぞ。」
「お茶でも、淹れて来ましょう。」
卵に持ち込んだ、操縦席の後ろの長椅子に座っていたスウが卵の後ろの居住区に消えて行く。
なんだか、私と同じくらい卵に慣れてる? あ、そっか、卵に乗ってハテから連れて来たってさっきレイが言ってたっけ。
不思議そうな顔をしたティアにレイは説明する。
「さっきの転移先は、多分だが、トクが言っていた最初に卵が発見された場所だと思う。卵によると、転移先は神殿だけでなく、『神器』の所にも出来るそうだ。多分あの周辺に何か有るんだろう。まあ、だがこれで魔の森近くまで一気に来れる。」
「そうだったの、それにしても、こんな森の中でよく行き先がわかるわね。」
「ああ、それはな、『地図を出してくれ』」
レイが卵に古代神聖語で何か伝えると、目の前に先ほど見えた地図が外の景色が半分に割れて窓に現れる。
「この地図を現在の我が王国の地図と照らし合わせて見た。それから大体の現在位置を割り出したんだ。それからな、『現在位置を確認』」
地図が拡大され、何やら緑の光点が地図に浮かぶ。
「ほら、これがさっきの位置、ここが現在位置だ。これで向かっている方向が確認できる。」
そうやってレイが説明している間も光点は少しづつ動いている。
なっ、こんな技術、見たことない・・・
「レイ、この卵って・・・」
「ああ、恐らくだが、古代神聖大帝国の王の乗り物だったらしい。搭載されている機能が破格に優れている。この攻撃ボタンを押すと、イリスの神殿が一撃で跡形もなく消えたぞ。」
「! ・・・ねえ、そんな物騒な物、あまりおおっぴらに使わないほうがいいんじゃ。」
「大丈夫だ、攻撃ボタンに関してはこの先使うつもりはない。イリスの時は終戦を促す為に使った。お陰でイリス王をさっさと拘束できたぞ。」
そうなんだ、まあ、レイなら変な使い方しないわね。
この卵はレイとティアが許可しない限り誰も動かす事は出来ない、どころか扉さえ開かない。
離陸、着陸、飛行中も必要ならば迷彩を使えるし、この卵を大っぴらに使うつもりは無く、城の者も卵の詳細を知っているのはほんの一部だ。
「それにこの武器のことを知っているのは俺とイゼルとジュノ、それにティア、君だけだ。あいつらは絶対喋らないし、そこに控えているお二人も然り。他にもイリスの神官が一人目撃したが、まあ大丈夫だろ。」
「わかった、この事は他言無用って事ね。」
「そういう事だ。」
二人とも他国とのパワーバランスの大事さは理解しており、この事は二人の秘密となった。
「もうすぐだな。」
「もう着いたの? 凄い!」
懐かしいハテの村の森の入り口でスウとシンを下ろすと、二人は丁寧に頭を下げて見送ってくれた。
「ティア様、私達は家を片付けて荷物と共に馬車で城に参りますので、それまで身体をお大事になさって下さい。」
「ティア様、油断は禁物ですよ。魔の森は危険な所です。本当に宜しいのですか、新婚旅行がこんな所で・・・・・」
「いいのよ、卵があるから移動は楽だし、野宿せずに済むしね。それに天然の広いお風呂もあるし。」
「絶対誰にも邪魔されないしな。我ながら名案だ。」
そうなのだ、レイが最終的に選んだ新婚旅行先は、なんと、二人で最初に向かったルナデドロップの自生地の滝だった。
他のどの候補地も、必ず人の目があるし、衛兵が見回りをしている街では、絶対何か邪魔されそうだ、とレイは、ティアやスウやジンしか知らない、滝に狙いを定めた。
まあ、確かにデスバードさえ始末してしまえば、かの滝は天国だ。景色は綺麗だし、お風呂はあるし、水もあるし食料も狩をすればいつでも美味しいものが手に入る。ちょっと、魔の森に生息する強力な魔物から襲われたら、応戦しなければならないが。
「それでは、行ってきまーす。」
「お気をつけて。」
名残惜しそうな二人に見送られて、レイとティアは元気に出発した。
スウとジンを下ろすと、レイは直ぐにティアを自分の膝の上に引き寄せ、抱き抱えて優しく長い口づけをしてくる。
そしてそのままレイに大事に抱えられて転移を繰り返し、二人を乗せた卵は今度は滝に向かって魔の森の上空を飛行して来た。
「もうすっかり暗くなったわね。あっ、レイ、滝が見えて来たわ。」
「野原に卵は下ろせないな、よし、あの滝の河原なら・・・」
「レイ、デスバードに気を付けて。」
「ああ、まあ、卵の中にいる限り、大丈夫だろ。」
もう既に陽は沈みかけ、大型コウモリの飛ぶ姿が画面を横切り見事な夕焼けが濃紺の空にかかっていたが、二人の思い出の詰まった見覚えのある景色に、ティアの胸が懐かしさで溢れてくる。
あれから、たったの数ヶ月ぐらいしか経ってないのに、何だか、すごく昔のようなことの気がする・・・
レイにハテの海岸で初めて出会い、魔の森を案内する事になって、最初はうんざりした。
旅を続けるうちにどんどん彼に惹かれていって、初めてキスを交わし、いつかレイのお嫁さんに、と夢見るようになった。そして祖国マリス公国の憂いをレイが払拭してくれて、晴れてレイに堂々と本当の自分を名乗ることができるようになったのだ。
何もかも、レイのおかげだわ、レイ、私の愛しい人。心から愛してる、これからもずっと一緒に・・・
万感の思いを抱えながら、目の前に近づいてくる広がる懐かしい滝の景色に、目を潤ませて感傷に浸っているティア。
そんなティアを抱えながら、レイがゆっくり卵を滝壺近くの河原に降ろしていく。
「お疲れ、着いたぞ、ティア、俺の花嫁。それじゃあ、デスバードを始末にいくか。いくぞ、俺たちの新婚旅行に!」
「ええ、レイ、愛しているわ! 準備は万端よ。」
頼もしいレイのよく通る声に愛しそうに名前を呼ばれて、懐かしい、レイを初めて森に案内した時に着ていた狩の服に着替えた王太子の嫁、ティアこと、ソフィラティア・シアン・ファラメルンは、レイこと、王太子シルバレイ・ファラメルンと熱い口づけをもう一度交わすと、元気にレイピアを構えてレイに続いて外に飛び出して行った。
ーーーーーーー完
「バッチリよ、スウ。どう? ジン、何処かおかしい?」
「・・・おかしいどころか、素晴らしいお姿です。本当に花嫁衣装が良くお似合いで。」
「スウもジンも、今まで苦労をかけたわね、私を今日まで、父上、母上の代わりに育ててくれてありがとう。これからも宜しくね。」
「! もちろんです姫様。」
「これからも、ずっと、お側で控えさせて頂きます。」
涙ぐむジンにつられて、スウも薄っすら目の端に涙を浮かべる。
慌てて、手の甲で涙を拭ったスウは、私はこれで先に失礼します、と足早に天幕から出て行った。
その、何処と無く寂しそうな後姿を見送りながら、ティアは密かに思う。
いやいや、これからはあなた達にも幸せになって貰うわよ。だってジンだってまだ男盛りだし、スウなんかまだ34なんだし、これからじゃない? 今からでも、新婚生活満喫してもらわなきゃ。
若くからマリス公国の研究機関で才覚を認められ、秀でた魔法騎士として幼いティアの警護についたスウとジンの二人は、始めはその対照的な性格の違いから反発をしていた。
ところが10年前、マリスの内戦が始まり、予断を許さぬ戦況から念の為の安全策として、二人の才覚に絶対の信頼を寄せていたマリス大公立っての願いで、幼いティアを連れてファラメルン王国に亡命する事になった。
それからは、親のいないティアを引き取った夫婦として、ハテで暮らすうちに二人の間に深い愛が芽生えたことに、ティアは勿論気付いている。
これからはファラメルン王太子妃として、ファラメルンの王城で暮らすティアと一緒にファラメルンに残ってもらい、王城の一角に二人の部屋を用意してティアと共に幸せになって貰うのだ。
「姫様、時間です。参りましょう。」
「ええ、ジン、行きましょう。」
ジンの腕をとって、花嫁の天幕を出たティアは、レイの待つ、王家の森にある大木、王家の樹の根本にしずしず進んでいく。
今日の結婚式にはティアの実家であるシアン家の代表として、スウとジンにティアの父上、母上の代わりに出席してもらう。マリスの家族は只今絶賛国を再建中だし、日程的に出席するのは困難であった。
でも、私はスウとジンが一緒にいてくれて、とっても嬉しい・・・。
長年親子として暮らしてきたのだ、やっぱり二人にはティアの晴れ姿を見ていて欲しかった。
今日のティアは、ティアの国の華々しい花嫁衣装のドレスではなく、代々ファラメルン王家の花嫁が纏う伝統の花嫁衣装姿だ。
シンプルな裾の長い白いドレスに、花や葉っぱの唐草模様の刺繍が緑やピンクや黄色の絹の糸で飾り付けてあるドレスは、一見すると何処かの村祭りの晴れ着のドレスのようだ。
手の裾野の部分が長く、合わせてかぶる白の縁レースのベールにも同じ刺繍が縫い付けてある。
白いすらっとしたドレスはベールとあわせると、清楚で清らかな、花嫁にふさわしい装いになる。
花の刺繍は花嫁が好きな花を選んでいいそうで、私は好きな蔓薔薇を縫ったの、とミレイユはティアの刺繍を手伝いながら、話してくれた。王妃様は、スイートピーだったそうだ。
ティアは、もちろんレイと出逢うきっかけになった、ルナデドロップを縫う事にした。
王家の女性やメイドの皆で手作りされる伝統の花嫁衣装は、刺繍があまり得意でないティアでも、皆の協力でそれらしいものに出来上がった。
意外にも才能を発揮したのはスウで、ルナデドロップを見た事のない女性達の為に素晴らしいスケッチを披露したばかりか、刺繍の腕も確かだった。
元々はマリス公国の貴族の娘だったハズのスウ、長いハテでの生活ですっかり自給自足生活に馴染み、料理はもちろんのこと、家事全般、女子力が非常に高い。才女であるばかりか女性としてもしっかり者のスウを娶るジンは幸せ者だ、とティアは改めて思った。
そして、ティアはベールを試着で被るたびに、「いいこと?、 これはレイと結婚するための花嫁衣装の一つで髪飾りじゃないのだから、少しの間我慢して頂戴。」、と魔石の髪飾りを毎回説得した。
うっかり髪飾りのことを忘れて初めてベールを試着した時、やはり透明な手がどこともなく現れ、ヒョイっとベールを引っぱりティアの髪から剥ぎ取ってしまったのだ。
あ、マズイ、これはちょっとなんとかせねば・・・
髪飾りの魔石を納得させる為、ティアはそれから小一時間説得に費やした。
「これは髪飾りじゃないの、花嫁衣装の一部なの! 貴方もレイの実力は知ってるでしょ、ほら、あの緑龍の聖剣の持ち主と私は結婚するのだから、ちょっとの間、大人しくしてて頂戴。良いわね?」
鏡に映る魔石に向かって延々と話しかけるティアを、レイはまた、今度は何を始めたんだ? と面白そうに見ていた・・・・・。
最後にはレイを鏡の前に引っ張って来て、剣を抜いてもらい、ティアの剣と合わせて、「ホラ、この緑龍の剣の持ち主が私の旦那様になる人で、ベールは花嫁衣装の一部なの!」とティアが鏡の魔石に向かって叫ぶと、二人の剣が以前感じた共鳴をティアの髪飾りの魔石と一緒になって始め、細かい振動はすぐに収まった。ようやくそれ以来、レイの名前を出してあらかじめ断っておくと、髪飾りは大人しくなった・・・・・
さて、ジンに連れられて晴れた青空の下、だんだん近づく、人の胴体以上の太さの幹が大きく張り出している王家の樹。
古代からずっとここに存在しているらしいこの大木はファラメルンの象徴で、王家の者は皆この木の下で結婚式を挙げる。
木の近くからではてっぺんの見えない巨大な大木を見上げてティアは、今日は宜しく、と心の中で挨拶をした。
涼しい木の幹の木陰では王家の皆が勢揃いでニコニコティアを迎える。
一番奥の樹の根元には、緑を基調にした礼服を着た、レイが待ち遠しそうに、ティアの到着を待っている。
優雅に一歩一歩と、ゆっくり皆に挨拶しながら進んだティア。
なかなか進まないティアの歩みに待ち切れず、片手を伸ばしてティアをグイッと側に抱き寄せたレイに引き寄せられるまま、逞しい腕に飛び込んでいった。
「やっと捕まえた。待ちくたびれて、日が暮れるかと思ったぞ。」
「レイったら、ほんのちょっと、皆に挨拶しただけじゃない。」
「そんなの、後でいくらでもできるだろう。さっさと俺の側に来るんだ。」
「あ~、おほん、式を初めていいか?」
今日の進行役の王が早速人目も気にせず、花嫁のティアを抱き込んで離さないレイの注意を促す。
二人の今日の日程は、身内の王家と花嫁であるティアの関係者だけ出席の王家の樹の根元での伝統の結婚式の後、国民へのお披露目の王都を馬車でめぐるパレードに、貴族の皆にお披露目の舞踏会、と、ぎゅうぎゅう詰めだ。
ファラメルン王が早速短い祝詞と挨拶を終えてから二人の結婚の誓約を執り行う。
「汝、シルバレイ・ファラメルン、ここにいるソフィラティア・シアンを、
病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
妻として愛し、敬い、
慈しむ事を、この王家の樹に誓いますか?」
「固く誓う。」
「汝、ソフィラティア・シアン。あなたはここにいるシルバレイ・ファラメルンを
病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
夫として愛し、敬い、
慈しむ事を、この王家の樹に誓いますか?」
「はい、誓います。」
「うむ、それでは、王家の樹の祝福を受けて、ここに、二人の結婚が成立したことを宣言する。」
! レイ、愛してる、嬉しい・・! これで晴れて、憧れてたレイのお嫁さん、になれたのね。
手に手を取り合って、お互い厳かに愛を誓い合うとレイの深いエメラルドグリーンの瞳も、ティアを優しく情熱的に見つめ返してくる。
あぁ、なんて幸せ・・・ティアの全身からふつふつと喜びが湧き上がってきた。
頭のてっぺんから握り合った手、爪の先まで甘い感動が広がり、心が暖かく満たされる。
そして、レイとティア、二人がお互いの愛を言霊の如く固く誓うと、頬を染めたティアの目の前で王家の樹から、緑の葉っぱの冠と美しい花々を纏った衣装を付けた透明の肌の素晴らしい美人が、淡い光と共に現れた。
! ええっ? 前に見た精霊と、なんか雰囲気が全然違う・・・
神々しいオーラを放つ女性は二人を見てニッコリと笑う。
「「わたくたちは、今日より互いの心をひとつにして助け合い、生涯の伴侶として永遠に愛し続けることを誓います。」」
驚くティアに、レイがティアの手をぎゅっと握って、教えられたように二人で声を合わせて誓いの言葉を目の前の女性に宣言する。
嬉しそうに微笑んだ美しい女性は、それぞれに祝福のキスを髪に落とすとまた樹の中に消えていった。
! なあに、今の女性って、レイが言っていた、大地の精霊?
ティアは、レイとついに夫婦になった感動と、今見た、不思議な女性の事で頭が一杯、ボーとしていると、早くも、レイの溺愛ぶりが発揮される。
王家の樹の下での結婚式の間中、ティアの手を離さなかったレイ。
誓いのキスも、軽い形式のキスの筈が、しっかり情熱的に口づけされて、ティアは恥ずかしさで真っ赤だ。
だから、結婚式なんだから、ちょっとは空気を読め!
王家の人達は、仕方がないなぁ、と微笑ましく見逃してくれたが、レイのティアへの溺愛ぶりを、まじまじと目の前で見せつけられたスウとジンは、二人ともいい大人なのに、顔を赤らめてモジモジ、としている。
ごめんなさいね、スウ、ジン。レイったら、ほんと相変わらずなんだから。
婚約発表をした舞踏会の夜に、初めて二人は結ばれたが、レイのティアへの溺愛ぶりは益々深まる一方だ。
そして、三日取るはずだった休みが、凱旋パレードや何やらで結局次の日丸一日しか休みが取れず、二日後に恐る恐る湖畔の館のドアをノックされたレイは、二人の甘い時間を邪魔されてガッカリした後、王城ではのんびりできん、と憤った。
そしてその日の内に、ソフィラティア姫との結婚式を一ヶ月後に挙げる、と準備に必要な最低の日程を計算してレイは早々と公言した。
「結婚式を挙げたら、新婚旅行には絶対、誰にも邪魔されない所に、最低一週間は休みを取って出掛けるぞ!」
その日から、レイは色々な新婚旅行候補の場所をティアに提案してきた。
「レイに任せるわ。私、王国内の場所とかあまり知らないし、レイなら詳しいでしょう。」
「そうか、よしよし任せろ。絶対誰にも邪魔されない所を選んでやるからな。」
「あっ、できれば大きなお風呂がある所がいいかな。」
「成る程、わかった。」
いそいそと公務の合間に何やら準備をしているレイを、ティアは密かに、可愛い、と心の中で嬉しく微笑んでいた。
「ティア、疲れたか? 今日はよく頑張ったな。」
レイの気遣いを嬉しく思いながらも、やはり気になる・・・・・
「・・・ねえ、結婚式の途中で王家の樹から現れた緑の女の人って、大地の精霊なの? 前見た精霊より、なんか威厳があるってゆうか、気圧されそうになったんだけど。」
「ん? ああ、そうだろ。俺たちは小さい頃から見慣れているからな。そうか、ティアにも見えたのか。」
全身清らかなオーラに包まれた、気高い女性はファラメルン王家の一族は見慣れているからか、あまり気にもしていないようだったが。
だが、一緒に結婚式に参加していたルナの反応は、明らかに違った。一人?で、ふんふん、とお座りの格好で器用に子犬姿の前足をあごの下にあてて大きく頷き納得していた。
「なるほど、緑龍の王はあちら側からの祝福をも授かっているのですね。さすが、我が主君の伴侶です。」
・・・・・もしかして、あの女性、大地の精霊って言うより、大地の女神、の間違いじゃないの?
ミレイユや王妃には見えていないようで、後から聞いても何か神々しい気配は感じられるが、夫達は普通にしているのでこちらも気にしていないそうだ。
この城で暮らすようになって判明した事。
ファラメルン王家は男系、というだけあって、一族の男達は、国を運営することに関しては皆、揃って有能で仕事熱心、それに魔法や腕っ節も超一流だが、それ以外はいたって普通の男性だ。たまに細かいところまで気が回らない事があり、それを伴侶である王妃やミレイユ、城で働く女性達が上手にフォローしている。
・・・まあ、今更、大地の精霊の加護が、実は大地の女神の加護でした、って言っても何も変わらないだろうし、いいか・・・
ティアは何も気付かなかった事にして、この件に関しては潔く流す事にした。
「ティア、準備はいいか? 出発するぞ。」
「ティア様、着替えや、お薬は多めに腕輪にパックされましたか?」
「ティア様、念の為、シアン家の剣も持っていくのですよ。」
「・・・・・なんで、スウとジンまで一緒に卵に・・・・・」
その日の夕方、すべての日程をこなし、いざ、新婚旅行へ出発・・・しようとして、てっきりティアを見送りに来てくれた、と思っていたスウとジンまで卵に乗り込んできたのに気付いたティアは、軽く驚いた。
いや、別に二人がどうこうとか言うんじゃなくて、新婚旅行なのに保護者同伴?
「ああ、お二人を城に連れてくる時、急いでいたからな。ハテの家に置いてある荷物をまとめてこちらに正式に引っ越しして来るそうだ。」
「ふふ、ティア様、私達はついでに村まで送って貰うだけです。」
「そうですよ、新婚旅行の邪魔はしませんよ。」
ティアの嬉しいような、何とも言えない顔を見て、レイはともかくスウとジンまでが吹き出しそうに笑いながらティアに告げた。
「! そうだったの、でも、ここからハテまで多分、そうねえ三日四日ぐらい掛かるじゃない? 私、二人の食料分、台所に継ぎ足さなきゃ。」
「ああ、その点は大丈夫だ。ハテの近くまで一気に転移できる。」
「えっ! どう言う事?」
「まあ、出発したら、話してやる。もう時間も遅い、それより早く席に着け。行くぞ。」
「わかった、了解。」
操縦席に座ると卵に飛行準備の許可を出し、ブーンと聞き慣れた振動音が聞こえてくると翼の準備が整った。
『操縦者確認、飛行準備に入りますか?』
『ああ、許可する。』
『翼準備完了、離陸可能です』
そのままレイが転移の操作をすると、前面の窓だった所に世界地図が現れる。地形は変わっているが西大陸らしい場所に一箇所小さな青い光がついているのにティアは初めて気がついた。レイが指でその場所を押すと卵が確認して転移が実行される。
「ここは・・・」
「そうだ、魔の森のかなり北側、青湖に近いところだ。よし飛ぶぞ。」
少しひらけた森の上空に操作レバーを引いて浮き上がった卵を、コンパスを確認しながら方向を定めると、レイは手慣れた様子で飛行を開始した。
「ハテまでは、ほんの2刻程だ。スピードを上げるぞ。」
「お茶でも、淹れて来ましょう。」
卵に持ち込んだ、操縦席の後ろの長椅子に座っていたスウが卵の後ろの居住区に消えて行く。
なんだか、私と同じくらい卵に慣れてる? あ、そっか、卵に乗ってハテから連れて来たってさっきレイが言ってたっけ。
不思議そうな顔をしたティアにレイは説明する。
「さっきの転移先は、多分だが、トクが言っていた最初に卵が発見された場所だと思う。卵によると、転移先は神殿だけでなく、『神器』の所にも出来るそうだ。多分あの周辺に何か有るんだろう。まあ、だがこれで魔の森近くまで一気に来れる。」
「そうだったの、それにしても、こんな森の中でよく行き先がわかるわね。」
「ああ、それはな、『地図を出してくれ』」
レイが卵に古代神聖語で何か伝えると、目の前に先ほど見えた地図が外の景色が半分に割れて窓に現れる。
「この地図を現在の我が王国の地図と照らし合わせて見た。それから大体の現在位置を割り出したんだ。それからな、『現在位置を確認』」
地図が拡大され、何やら緑の光点が地図に浮かぶ。
「ほら、これがさっきの位置、ここが現在位置だ。これで向かっている方向が確認できる。」
そうやってレイが説明している間も光点は少しづつ動いている。
なっ、こんな技術、見たことない・・・
「レイ、この卵って・・・」
「ああ、恐らくだが、古代神聖大帝国の王の乗り物だったらしい。搭載されている機能が破格に優れている。この攻撃ボタンを押すと、イリスの神殿が一撃で跡形もなく消えたぞ。」
「! ・・・ねえ、そんな物騒な物、あまりおおっぴらに使わないほうがいいんじゃ。」
「大丈夫だ、攻撃ボタンに関してはこの先使うつもりはない。イリスの時は終戦を促す為に使った。お陰でイリス王をさっさと拘束できたぞ。」
そうなんだ、まあ、レイなら変な使い方しないわね。
この卵はレイとティアが許可しない限り誰も動かす事は出来ない、どころか扉さえ開かない。
離陸、着陸、飛行中も必要ならば迷彩を使えるし、この卵を大っぴらに使うつもりは無く、城の者も卵の詳細を知っているのはほんの一部だ。
「それにこの武器のことを知っているのは俺とイゼルとジュノ、それにティア、君だけだ。あいつらは絶対喋らないし、そこに控えているお二人も然り。他にもイリスの神官が一人目撃したが、まあ大丈夫だろ。」
「わかった、この事は他言無用って事ね。」
「そういう事だ。」
二人とも他国とのパワーバランスの大事さは理解しており、この事は二人の秘密となった。
「もうすぐだな。」
「もう着いたの? 凄い!」
懐かしいハテの村の森の入り口でスウとシンを下ろすと、二人は丁寧に頭を下げて見送ってくれた。
「ティア様、私達は家を片付けて荷物と共に馬車で城に参りますので、それまで身体をお大事になさって下さい。」
「ティア様、油断は禁物ですよ。魔の森は危険な所です。本当に宜しいのですか、新婚旅行がこんな所で・・・・・」
「いいのよ、卵があるから移動は楽だし、野宿せずに済むしね。それに天然の広いお風呂もあるし。」
「絶対誰にも邪魔されないしな。我ながら名案だ。」
そうなのだ、レイが最終的に選んだ新婚旅行先は、なんと、二人で最初に向かったルナデドロップの自生地の滝だった。
他のどの候補地も、必ず人の目があるし、衛兵が見回りをしている街では、絶対何か邪魔されそうだ、とレイは、ティアやスウやジンしか知らない、滝に狙いを定めた。
まあ、確かにデスバードさえ始末してしまえば、かの滝は天国だ。景色は綺麗だし、お風呂はあるし、水もあるし食料も狩をすればいつでも美味しいものが手に入る。ちょっと、魔の森に生息する強力な魔物から襲われたら、応戦しなければならないが。
「それでは、行ってきまーす。」
「お気をつけて。」
名残惜しそうな二人に見送られて、レイとティアは元気に出発した。
スウとジンを下ろすと、レイは直ぐにティアを自分の膝の上に引き寄せ、抱き抱えて優しく長い口づけをしてくる。
そしてそのままレイに大事に抱えられて転移を繰り返し、二人を乗せた卵は今度は滝に向かって魔の森の上空を飛行して来た。
「もうすっかり暗くなったわね。あっ、レイ、滝が見えて来たわ。」
「野原に卵は下ろせないな、よし、あの滝の河原なら・・・」
「レイ、デスバードに気を付けて。」
「ああ、まあ、卵の中にいる限り、大丈夫だろ。」
もう既に陽は沈みかけ、大型コウモリの飛ぶ姿が画面を横切り見事な夕焼けが濃紺の空にかかっていたが、二人の思い出の詰まった見覚えのある景色に、ティアの胸が懐かしさで溢れてくる。
あれから、たったの数ヶ月ぐらいしか経ってないのに、何だか、すごく昔のようなことの気がする・・・
レイにハテの海岸で初めて出会い、魔の森を案内する事になって、最初はうんざりした。
旅を続けるうちにどんどん彼に惹かれていって、初めてキスを交わし、いつかレイのお嫁さんに、と夢見るようになった。そして祖国マリス公国の憂いをレイが払拭してくれて、晴れてレイに堂々と本当の自分を名乗ることができるようになったのだ。
何もかも、レイのおかげだわ、レイ、私の愛しい人。心から愛してる、これからもずっと一緒に・・・
万感の思いを抱えながら、目の前に近づいてくる広がる懐かしい滝の景色に、目を潤ませて感傷に浸っているティア。
そんなティアを抱えながら、レイがゆっくり卵を滝壺近くの河原に降ろしていく。
「お疲れ、着いたぞ、ティア、俺の花嫁。それじゃあ、デスバードを始末にいくか。いくぞ、俺たちの新婚旅行に!」
「ええ、レイ、愛しているわ! 準備は万端よ。」
頼もしいレイのよく通る声に愛しそうに名前を呼ばれて、懐かしい、レイを初めて森に案内した時に着ていた狩の服に着替えた王太子の嫁、ティアこと、ソフィラティア・シアン・ファラメルンは、レイこと、王太子シルバレイ・ファラメルンと熱い口づけをもう一度交わすと、元気にレイピアを構えてレイに続いて外に飛び出して行った。
ーーーーーーー完
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ティアさんもスウさんジンさんの子をだきたいと思っているだろうしね(๑╹ω╹๑)
たくさんの感想ありがとうございました。
ティアは大好きな親代わりの二人が幸せになる事、楽しみにしているのでしょう。ファラメルンの城には3組の新婚カップルが住むことになり、賑やかになりそうです。最後まで読んで下さって有難うございました。
(*’ω’ノノ゙☆パチパチ良かった。
二人がしあわせ😃💕
だし、スウやジンも一緒にこられて安心だし。冒険もイチャイチャも楽しかったです。お疲れ様でした。
たくさんの感想ありがとうございました。
楽しんでいただけたようで嬉しいです。作品を読んで、読者の方が少しでも、楽しい、と思ったり、幸せな気分になって頂けたら、作者としては、じーん、目的達成です。最後まで読んで下さってありがとうございました。
完結おつかれさまでした。レイの甘々溺愛っぷりが毎回好きで本当に面白かったです。
これだけ愛し合ったらいいなぁ(笑)と思ったり。他の作品も好きですが、こんかいの作品も本当に毎回火曜、土曜の更新が楽しみでした。
次回作も期待しています!
感想ありがとうございます。
楽しんで読んで頂けたようで、作者は小躍りです。最後まで読んで下さってありがとうございました。
今回はファンタジーだったので次回作は現代ものになる予定です。楽しんで頂けるよう頑張ります。