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王城での夜明けと新しい出会い
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頬をそっと撫でる、湖から運ばれてきたそよ風はひんやりと冷たい。
カーテンがゆらゆらと揺れてふわっと持ち上がると、朝の冷えた空気が部屋に運ばれ、ティアは思わず身体を包む暖かい温もりに身を寄せた。
うっ、今日はなんかいつもより寒い・・・
すっかり慣れたレイの森の緑の匂いに包まれて、寝ぼけた頭に遠く小鳥の朝の囀りが耳に入る。
? あれ? 鳥の声がなんか遠い・・・それに、これは・・・水鳥の羽ばたく音?
バタバタ、と湖から聞こえる翼が水を叩く音に、ようやく頭が追いつき、ゆっくり目を開けるとレイの逞しい胸が目の前にあった。
・・・どうしていつも裸なの? と、いうことは・・・
そうっと頭を動かし、己の何も来ていない上半身に、またか、と諦めのため息をつく。
確かにガウンを着て寝たはずなのに、自分の身体の下で体重に押されてペッチャンコになったガウンの存在を感じる。
(いつの間に脱いだの? 裸で寝る癖がついちゃった?)
僅かに身じろぎすると、頭の上からレイのかすれた声が挨拶をしてきた。
「おはよう、ティア、よく眠れたか?」
「・・おはよう、レイ、ええ、お陰様でぐっすりよ。」
「それは良かった。」
顔を上げてレイを恥ずかしそうに見つめるティアを目を細めて見つめ返したレイは、そのままティアの身体に回した腕を動かし、もう一つの手も回してきて両手をティアの脇の下に入れ、ティアの体を軽々と持ち上げて自分の身体の上に乗せると、ぐいっと頭を押して唇を重ねた。
「ん・・・」
おはよう、とすっかり慣れた、レイとのキスに挨拶をするかのように顔を傾け、レイの仕掛けたキスに応えていたティアは、やがてレイの頭を両手で掴んでチュッとキスをかえしてから、レイに思い出したように文句を言った。
「レイ、そういえば昨日、イゼルとジュノに私たちを襲うよう命令したでしょ。なんて事するのよ! 王様と王子様が怪我を負ったら、あなたクビよ、クビ! もう。全く無茶なんだから。」
「ティアが全員無事に守り通したんだろ? 一瞬でカタがついた、と聞いたぞ。」
「だから、それは、私が必死で守ったからでしょ!」
「さすがティアだな、よくやった。」
そう言って鼻を優しくこすり合わせるレイに、反省の色はまるでなし、だ。
(・・・褒められて嬉しいし、それだけ私の腕を買ってくれてるんだろう、けど、なんかこれって全然反省してなーい!)
複雑な面持ちになったティア。レイが寄せてくれる絶対の信頼で気持ちは舞い上がる、でも、リスクを考えたらちょっとは反省・・するわけないか、レイだしね・・・
プンプン怒ったかと思うと、一瞬顔が輝いて嬉しそうにした後、イヤイヤ反省しろよ、とレイを睨んで、最後は諦めのため息をついたティアを、レイはまたまた面白そうに眺めて、やがて、ははは、と笑い出した。
「何よ、本気で心配して忠告したのに! 私がしくじったらどうするつもりだったのよ!」
「まあ、あれだ、そうなったら大人しくクビになって、次の仕事を探すか。・・そうだな、ティアは俺が文無しになったらどうする?」
「え? 私?」
「そう、俺を見捨てて、出世の見込みのある男に乗り換えるか? それとも俺についてきてくれるか?」
「もちろんレイについてくわよ。 何その乗り換えるって。 ていうか騎士とか全然興味ないから。出世も知らないわよ、そんなもの。レイにお金がなくても、私がなんとかするわよ。」
「ははは、それは頼もしいな。それなら反対に俺がどんどん出世して重要な地位に上り詰めたらどうだ? 政治や貴族の世界は嫌か?」
「関係ないわ。レイの仕事がなんであろうと。政治や貴族の世界も知ってるし。レイが望むなら、貴族の姫にも対抗してみせるわよ。でも、ねえ、レイはどうなの? 私がハテの村娘じゃない方がよかった? 貴族の娘だったらよかった?」
「ティアは、ティアさ。俺は今、そのままのティアがいいな。魔の森を怖がりもせず魔物を狩って嬉々としているティアもいいし、王宮でも王を前にして堂々と優雅に微笑むティアもいい。」
「レイ・・・・・」
あぁ、レイ、大好き、あなたが望むなら、どこまでも一緒に。
レイの本気な目に射竦められて、ついつい頬を染めて目が潤んでしまう。
一瞬二人の目が熱く絡み合うと、クルッと身体の位置を入れ替えられて、レイに組み伏せられ、ティアの胸は一気に高鳴る。
「ティア、どこまでも俺についてくるな?」
「ん、ついていく。」
「よし、その言葉、絶対忘れるなよ。」
レイの本気が伝わってくる真剣な眼差し。
そのエメラルドの瞳からティアは目がそらせない。
まるで、誓いの口づけのように、レイの熱い息と唇がゆっくり自分の唇に触れてくる。
ん、もっと深くきて・・・ティアは自ら口を開いて、レイの差し入れる柔らかい舌を引き込み、そのまま熱く絡め合わせた。
レイ、ごめんね。
(父上が元の地位を取り戻したら、否が応でも貴方をアズロンの政治の中枢に引き込むことになるのかも知れない。)
弟が生きていれば、なんの問題も無い。だけど万が一の場合、マリス大公惣領姫ソフィラティアの伴侶は、多大な責任を負う事になってしまう。レイは一国を背負っていく器量が十分過ぎる程ある、とティアは見ているが、ファラメルンで生まれ育ったのだ、本人が望まないかも知れない。
(そんな未来の事、くよくよ考えても仕方ない。私はレイが好き。今は、レイが望んでくれるのなら、私はレイのお嫁さんになれる努力をする!)
朝陽がゆっくり湖畔の館を照らし、ガラス窓越しに輝く光のプリズムが壁に映し出される。
カーテン越しに、キラキラ水面が光って反射する見事な夜明け。
徐々に明るくなるベッドルームで、二人は時間を忘れたように熱く、激しくなる一方の口づけに夢中になった。
熱い素肌が触れ合い、触れた場所から熱が生まれる。
ティアのプラチナブロンドの髪に指を差し入れ、口づけと同時にその感触を楽しむように探っていたレイは、やがて身体をずらし、敏感なうなじを舐め、首筋、鎖骨、と丁寧に口づけを落としてゆく。
ん・・・レイ・・気持ちいい・・
レイの熱い吐息と唇が素肌をくすぐり、ふふ、と微笑みを浮かべたティア。
ティアの身体が揺れて、どうやらティアが幸せそうに笑っているらしい、と上目で確かめたレイ。そのままティアを見つめながらいたずらそうに目を輝かせ、いきなりティアの胸の先端の固くなってきた蕾をクチュ、と口に含んだ。
「は・・ぁ・・・」
「ん、大丈夫だな。いい子だ、ティア。」
蕾を強く吸い上げたレイは、変化のないベッドの横の水差しに満足して濡れた熱い舌で可愛い蕾をベロンと舐め上げる。そして唇でもう一度、ツンと上を向いた蕾を強く挟み込み、舌を動かして尖った胸先を転がすように刺激を与え始めた。
あ・・これ・・胸が、ジンジンする・・・
レイの頭を強く腕に抱え込んで、んっ・・レイ・・これいい、と伝えると、レイは笑ってもう片方の疼く蕾も同じように可愛がってくれる。
胸から広がる快感にティアの足の間が疼きだし、身体を揺らして顔を背け、快感に耐えるようにレイの名を呼ぶ。
ぷっくり尖った蕾をレイが舐めあげると熱い刺激が。唇がもう一方の胸に移ると冷んやりした朝の空気に触れて冷たい刺激が肌を舐める。濃いピンク色の蕾の周りも、たっぷり唾液を含んだ唇に焦らすように甘噛みされて、自分でも聞いたことない艶かしい声が喉から漏れ、揺れる腰を止めることができない。
「ティア、君のあげる声は可愛いな、好きなだけ鳴いていいぞ。この館には俺以外入らせない。 こんな可愛い声、俺以外に聴かせるのは絶対我慢できないからな。」
えっ? 田舎娘とバレないような配慮じゃ・・・・
「はあぁ・・んんっ・・・」
散々焦らされて膨れた蕾を軽く齧られて、ジンジン疼く胸に甘い痺れが走り抜ける。思わず大きな喘ぎ声をあげたティアを、レイは目を細めて先端を口に含んだまま見上げた。
レイの大きな両手で、柔らかく形を変える胸をゆっくり捏ねるように揉まれ、ティアの胸がお気に入りらしいレイに何度も、唇と舌、歯まで使って敏感な胸の蕾を可愛がられ、快感で震えが止まらない身体を温かく逞しい腕が抱きしめてくる。
ティアは夢心地で酸素を求めて荒い呼吸を繰り返し、やがて胸から顔を離したレイの身体の周りに手を回してレイをぎゅっと抱きしめ返した。
はぁ、幸せ・・・レイ、大好き・・・
いつの間にか反らしていた胸から力を抜くと、身体をゆっくりベッドに沈めていく。
ふわふわとした浮遊感、レイ独特の緑の匂いがする暖かく甘い抱擁に包まれ幸福感に胸が満たされる。
ティアの呼吸が穏やかになると、レイはティアを見つめ、朝の光に映し出されるその姿に、崇拝と愛しさが混じった眼差しでティアを見下ろした。
潤んだ神秘的な青紫の瞳、すっかり濡れて鈍く光る肌の中心にある熟れたチェリー色のツンと上を向いた胸の蕾、所々強く吸い上げられて赤い跡を点々と残した柔らかく形のいい胸。シーツに広がる眩く光るプラチナブロンドの髪。
この時間にしか見られない、少し生えてきた無精髭もセクシーな頬をティアの胸に押し付け、蕾を押しつぶし、レイは愛おしそうに頬ずりをしてくる。
「・・・そろそろ、起きるか? 腹も減ったし。」
「ん・・・ちょっと待ってて。」
「俺は書斎にいる。すまんな、留守の間に仕事がちょっと溜まっててな。落ち着いたら、そのうち朝食も一緒に作ろう。」
「いいのよ、料理するの、結構好きなの。」
「そうか、ティアの手料理は美味いしな。」
「ふふ、ありがとう、レイ。」
「俺の分は多めにな。」
「はいはい。」
ベッドからゆっくり起き上がって、興奮した身体を隠しもせず、堂々としているレイに思わず目を引き寄せられ、きゃあ、と小さな悲鳴を上げてしまった。
「なんだ、いい加減俺の身体には慣れただろ。」
「それとこれとは、違う問題なの!」
「ははは、ティアは面白いな。」
そのまま起き上がってバスルームへ悠々と歩いていくレイの形のいいお尻をチラ見しながら、朝日にも眩しいその逞しい体つきに、思わずため息をついてしまう。
なんて、男らしい身体なんだろ、きっと若い頃から鍛えているのね。
固い筋肉がついてはいるが、背が高く全体的にスラリとした鍛えられた体格。レイの身体のあちこちに見られる刀傷や火傷のような痕に気がついているティアは、厳しい訓練を積んだんだろうな、と何だかすごくレイが誇らしく思えてくる。
昨日着ていた騎士のような服も本当似合ってたし、もっとちゃんとした服を着れば貴公子よね、ほんと見かけは。
実際は武闘派な魔法戦士だが、一見その堂々とした背格好は優雅で気品に溢れ、舞踏会で昔見た着飾った男女に紛れても全然違和感なさそうだ。どころか、その抜きん出た容姿でかなりいい意味で目立つだろう。
いつか、レイと二人で、昔見たような舞踏会に出席して一緒に手をとってダンスを踊れたら・・・・・
青い湖の水面を見つめながら、ティアはそっと密かにその夢のような光景を想像して微笑むのだった。
「ティア、と呼んでいいかしら? 私のことも、ミレイユ、と呼んでもらえると嬉しいわ。それから敬語は無しね、お友達と思ってくれると嬉しいわ。」
「もちろんよ、ミレイユ。この館の庭は色々なバラの花が咲き誇っているのね。素敵だわ。」
「ありがとう、バラの館は王族が代々新婚用の館として使っているらしいわ。もちろん内装はそれぞれのカップルの好みに合わせて全面改装するんだけど、そんなの、もったいないじゃない。キッチンなんて十分使えるし、どうせシェフが作るんだし、魔道具を最新のものに取り替えるだけで十分よ。使えるものはそのままにして半分の予算に抑えたのよ、出費を。」
美人、というより、可愛らしい感じのするミレイユは、侯爵の娘であるはずなのに、節約に努める超現実主義者らしかった。
ブラウンの髪に、薄い緑とグレイの瞳、親切そうだが物怖じしない態度のミレイユは、初めてティアを見て驚いたように称賛の眼を向け、快活な挨拶をして来た。
同年代の貴族の娘たちと、あまり話が合わなくて、と言いながら第二王子の妻にしてはシンプルなドレスをさっぱり着こなし、実家の父である元宰相、ケンドリン侯爵が未だ務める役所に、驚いたことに現在夫である王子の事務官の一人として結婚後もパートで勤めているらしいミレイユ。
どうやら話し相手が欲しかったらしく、ティアが楽しそうに話を聞いていると、元々さっぱりしたそういう性格なのか、本人曰く、
「昔から、可愛いドレスとか靴とかは好きだったんだけど、ある時、母がダイエットに失敗して痩せるつもりで注文した大量の服を見つけたのよ。勿体無いから宝石なんかの装飾を取り外して、自分用のシンプルなドレスに手直しして、宝石を父に家計の足しに、と渡したらとても喜んでくれたの。それ以来、無理のない節約にハマっちゃった。」
ため息をついてティアを見てにっこり笑う。
花の香りが匂い立つバラの館の庭にある東屋で、メイドの給仕を、自分で出来るから、と断り下がらせて、嬉しそうにティアのカップにお茶を継ぎ足す。
「だけど、こんな性格だから、変わった姫だと評判が立っちゃって、まあ図書室が好きで籠りがちってのもいけなかったのかもね・・・」
「私も本を読むのは好きよ。 今はこの本を読んでるの。」
ティアがスウ直筆の ’魔草で作る簡単なポーション’ と書かれた本を取り出して見せると、感心して嬉しそうに笑う。
「お仲間が増えて嬉しいわ。私、本は最も偉大な発明の一つだと思うのだけど、なかなか司書の方以外は興味を示してくれる方がいなくって。今度の王妃様の病気で夫がやたらと警戒して役所務めにも出して貰えないし、イカツイ番犬みたいな騎士はトイレの外まで付いてくるし・・・。でも、女性なのに魔法騎士並みの腕を持った異国の方が訪問してくださると聞いて、是非ともお会いして見たい、と思ったの。私、召喚術以外は魔法はあんまりで。」
「まあ! 凄いわ! ミレイユ、召喚獣を呼び出せるのね。私の国では神官以外は召喚獣を呼び出せる人は稀だったわ。」
「そうなの? ありがとう、こんな平和なファラメルンでは、あまり役に立つ術ではなくて。」
恥かしそうに、謙遜するミレイユをティアは、なんと勿体ない、と思ってしまう。
なんて事、お国が違うとは言え、召喚術は主に神獣を呼び出せる稀有な才能なのに・・・。あっ、そうだわ。
「ねえ、ミレイユ、召喚獣を呼び出して、一人になりたい時護衛について貰えば、力強い味方になってくれるわよ。
「ええっ! あんな大きな獣たち、ここに呼び出したら、城中大騒ぎになっちゃうわよ。」
ああ、なるほど、きっとミレイユはビーストテイマーとしての力が強いのね、ますますこんな才能、埋まらせておくの、勿体ない!
大型の神獣を何匹も呼び出したことあるらしいミレイユ。ティアはその事実の大きさに驚きを隠せない。
これはやっぱり本物の才能よ。神官でも、大型の神獣はなかなか呼び出せない上、手懐けるのは至難の技、と聞いているわ。
「あのね、多分だけどミレイユ、テイマーとしての才能があると思うわ。召喚獣は主人が上手に手懐ければ、力強い味方よ、それにサイズなら普段は小さいサイズで行動するように命令すればいいのよ。」
「! そんなこと出来るの?」
「勿論よ、召喚獣によっては、背中に乗って走ることもできるし、空を飛ぶこともできるわ。」
「・・・・ウッソー、全然知らなかった。実家のケンドリン家の血筋以外、召喚術を使える方にお会いした事がなくて、実家にも図書館にも呼び出しと帰還の呪文しか記述が見つからないのよ。」
「そうでしょうね、召喚術はもともと神殿に仕える神官達が神殿を守る為に使いこなした術と聞いているわ。ファラメルンは神殿遺跡がほぼないと聞いてるし、神官もいないものね。」
小さい時にふざけて呪文を叫んだら、なんか大きな狼を呼び出してしまったのよ、怖くてそのまま速攻お帰り願って、次に呼び出したら大きな蛇、鳥、狐とどれも人の倍はサイズがあって、実際召喚した獣達と疎通を試したことがない、とミレイユはいまいち実感がないらしく半信半疑だ。
お茶も飲んだし王城を案内するわ、という親切な申し出に二人は連れ立って城の方へ歩いていく。
「ファラメルンのお城は歴史ある立派な博物館のような建物なのよ。城自体に魔法がかかってて、外壁の白色はずっと昔から色が褪せないそうよ。ああ、ここの花は替え時ね、ええっと。」
長い廊下のあちこちに活けてある花々、しおれそうになっていた花瓶を見つけたミレイユが腰に下げていた、ティアも貰ったベルを鳴らすとメイドがしばらくして現れる。
なるほど、このメイドベルはこんな風に使うのね。
昨日ペンネが館の鍵とともに置いていったベルはまだ用事がなくて使っていないが、使い方はこれで分かった。
「ここの花の入れ替えをお願い、萎れた花はいつものように土に返してあげてね。」
「かしこました。ミレイユ様。」
メイドが花瓶を持って立ち去るのを見ていたミレイユはティアに説明する。
「私がお嫁に来る前は毎日花を入れ替えていたそうよ。でも花によっては一日で萎れたりしない元気な花もあるじゃない、花が可哀想だし、中庭でいくらでも調達できると言ってもこれだけの数、毎日入れ替えるだけでメイドの仕事が増えるわ。城の魔法を保つ為らしいけど、もう替え時、と思われるものだけを変えてもらうことにしたのよ。メイドの仕事の負担も減って効率的じゃない?」
「ふふ、昨日ペンネがミレイユのことを嬉しそうに話していたのは、貴方が一生懸命にこうやって細かいところまで気を配ってるからなのね。」
「まあ、有難う。ファラメルンの王族は何故か男系なのよ。男の人ってここまで気が回らないしね。」
「確かに、毎日の花瓶の花の入れ替えがメイドの負担になる、とは思わないでしょうね。」
「ふふふ、でしょう。」
優雅な白い壁に高い天井、魔道具の照明も煌びやかなファラメルンの白いお城は昨日も思ったが、華美な装飾もゴテゴテしておらず優雅だが品がある。
エレガントなカーブを描く階段の手すり、飽きのこない支柱の形、ティアの湖畔の館もそうだが、実用と装飾のバランスが見事に取れており、明るい優雅な城は歩いて散策するのも楽しい。
そういえば、一度だけ、父と一緒に幼い頃訪れたイリスの城も、同じように古城ではあったのよね。
でも中がキンキラキンの金ピカで、むやみに触ってはいけない、と注意されたのを覚えている。
壁に触っちゃいけないなんて、なんて窮屈なんだろ、と廊下の真ん中を歩いた記憶がボンヤリと蘇る。
あっ! 三叉の印!
自分の剣に施されているあの印を何処かで見たような、と思ったのだが、そうだアレは、一度だけ訪れたイリスの城の廊下で見かけたような・・・
「ティア、ここがお城の大広間よ。今度の舞踏会もここで開かれる予定なの。」
「えっ、ああ、ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてたわ。近々舞踏会があるの?」
「ええ、今の外交問題が片付いたら、と聞いているわ。」
「そういえば、街で噂を聞いたような? 」
「ふふ、ティア、それまで是非この城に滞在して下さらない? 舞踏会も一緒に出ましょうよ。」
「そうねえ、今のところ急ぎの用事は無いし、見聞を広げるには良い機会かもね。」
「やったあ! 嬉しい、楽しみだわ。」
手放しで喜ぶミレイユに、ティアもつられてウキウキした気分になる。
見上げるほどの高さの天井からぶら下がるシャンデリアも豪華な大広間を後にして、舞踏会にはどんなドレスがいいかしら? とはしゃぐミレイユとティア。
広い訓練場のような広場のある側の渡り廊下を歩いていると、さっきまで気づかなかったがなんだか外が騒がしい。
? 訓練でもしているのかしら?
「危険・だ・・別れたぞ!」、 「第一、二、三隊に分散しろ!」 「そっち行った、待てー、」
鋭い騎士の叫ぶ声がして、渡り廊下に配置されていた騎士たちが一斉に剣を構える気配を感じたティアは、とっさにミレイユの手を握り、どちらの方向にも走り出せる体勢を整える。
一瞬で場に緊張が走ったのをミレイユも感じたようで、緊張した声で、ティア、どうしましょう? と聞いてきた。
「取り敢えず走り出せる心づもりをしておいて。」
「あねさーん、ミレイユ嬢と逃げてください。イリスの使者が無理矢理押し入って来ます。ここは危険です。変な動物を使って襲ってくるので気をつけて!」
「早く、あっち側へ!」
ティアがミレイユの注意を促した途端、イゼルとジュノが全速力であっという間にかけてきて城の裏側を指差す。
「あっ、もう来やがった、畜生!」
「こっちは二人か、貧乏くじだ!」
ローブを被った男と御者の格好の二人組は一人が盾役になり、剣には剣で、魔法には盾を出現させて防ぎながら、後の一人が何か呪文を唱えると、狼の群れが出現して周りを囲んだ騎士を襲い出した。
召喚術! これは偶然なの? なんでイリスの神官がファラメルンの王城に?
腕輪から剣を取り出し、ミレイユ! 私の後ろに、と先ずは彼女の安全第一に、第一線から少し離れる。
何十匹の狼の突然の出現に、包囲網は破られ、こっちにも何匹か飛んでくる狼をミレイユを庇いながらまずはファイアボールであっさり仕留めた。
あっちこっちに人がいるし、乱戦になって一気に片付けることができない。
今離脱するとかえって目立って、集中攻撃されるわね、とりあえずは様子見をティアは決めた。
魔法で傷ついたり、剣で切られた狼はすぐに消滅するが、すぐにまた新手が襲いかかってきてキリがない。
「ティア!、男のそばに大きな狼がいるわ、あの狼が他の狼を操っている!」
確かに召喚術を実行したローブを被った男の横には、人の倍ぐらいの大きさの黒い狼がいて、苦しそうに唸りながら、狼を次々と出現させている。
「なんだか苦しそう、無理やり何かに縛られているみたい・・・」
「っ! ねえ、ミレイユが命令権を奪えばいいんじゃない? 力が強い方がマスターできるはず。呪文を唱えて乗っ取るのよ!」
「えっ? ええ? わ、わかったわ。やってみる。」
バリアを張りながら、剣で応戦しているティアの後ろで、ミレイユはさっきまで手が震えていたのに、案外度胸があるのか、呪文を唱える声は意外としっかりしている。
『我が名はミレイユ、古の盟約により命ずる、聖なる守り手よ、我が召喚に応じたまえ!』
ミレイユの口から古代神聖語で唱えられた呪文に、大きな黒い狼の周りが眩く光り、狼が二人をの方に向き直り、走り出そうとする、がまるで見えない鎖に繋がれているように、途中でグッと引っ張り戻される。
「何かに繋がれているわ! かわいそう・・・」
放せ、と何度も逃亡を巧みる狼が嫌々と首を振りながら、だんだんまた男の側に引っ張られていく。狼の遠吠えが一斉にハモり、ローブの男がこちらに気付くと、黒い狼に命令する。
「あの女二人を確保しろ、人質にするぞ! 多少は傷つけても構わん。厄介だ!」
! 不味い! 恐れていた集中攻撃のターゲットになっちゃった!
一斉にこちらに目を向ける狼たちに、ティアたちはじりじりと後退を始める。
来る! ためを感じたティアが防御バリアを張ろうと構えた時、突然ティアの髪から眩ゆい光が出現した。
うわ、眩し、何? あっ、これってもしかして髪飾り?
ティアの髪から外れない、レイからの贈り物である魔石の髪飾りは普段は見えないように姿を消している。
強い魔力の波動が髪飾りから感じられ、眩い光と同時に一斉に狼たちの動きが止まり、黒い狼の頭の上に、いつぞや出現した透明な手のようなものが現れて、また、ぺチッ、と狼の頭を勢いよく叩いた。
キャウン、と鳴いた狼はすまなさそうに、頭を下げ、片足をそろっと持ち上げる。
あっ、見える!
さっきまで何も見えなかった狼の足に絡みついた黒い大きな鎖、あれが狼を縛っているのだ、と咄嗟に悟ったティアは、固まっているイゼルとジュノに向かって叫び二人を呼び寄せる。
「イゼル、ジュノ! ミレイユをお願い!」
「「へい!」」
ティアはそのまま身体強化であっという間に狼たちの間をすり抜け、盾役の男の剣を叩っ斬ると驚くローブの男にキックをお見舞いして、黒い鎖にティアの剣を真上から叩きつけた。
「はっ!」
バッチン、物凄い音が接触と同時に起こるが、剣はあっさり黒いぶっとい鎖を狼の脚から切り離す。
うオーん、と嬉しそうな遠吠えをあげ、狼が自由になった体で飛び跳ねる。
「ミレイユ! もう一度呪文を!」
「! わかった! 『我が名はミレイユ、古の盟約により命ずる、聖なる守り手よ、我が召喚に応じたまえ!』」
剣を叩き折られて短剣で襲ってきた男に、肘鉄を食わせて叫んだティア。
ミレイユの声が朗々と呪文を唱えると黒い狼の体が再び光って、今度こそミレイユの側に召喚された大きな狼は、艶々の黒い毛に金の瞳を爛々と輝かせ、嬉しそうにお座りの格好で、命令を待つ。
「今よ! ミレイユはその子に新しい名前をあげて。騎士たち、そこの二人を捉えなさい!」
側に転がっている賊二人を動けないよう、騎士達にテキパキ指示を出し縛らせて猿轡を噛ませ、引っ立てられて行く賊の男達を尻目に真っ直ぐミレイユの側に戻ったティアは、不思議そうな顔をしているミレイユに説明する。
「召喚した神獣に名前を付ければ、ミレイユはこの狼くんの新しいマスターよ、次に乗っ取られることは出来ないはずよ。」
「? どうしてさっきの男は名前をつけなかったの?」
「多分だけど、それだけの力がなかったんだと思うわ。たとえ召喚獣を呼び出すことが出来ても、ビーストテイマーの才能が無いものは、召喚獣を完全に従わせることは出来ない筈よ。さっきの男は何か異例なやり方でこの狼を縛ったのよ。ミレイユは多分大丈夫だと思う。試してみてもいいんじゃない? 最悪、この狼くんに、ふん、とソッポ向かれるだけだし。」
一見怖そうな大きな真っ黒な狼。怖くないよ、と愛想よく笑ったつもりなのか、にたっ、とひらけた大きな口にずらりと並んだ鋭い牙が見えて、ひっ、とミレイユは小さな悲鳴をあげる。
あ~あ、何やってるんだか・・・
何故かティナの目には、黒い狼が一生懸命にミレイユに好いてもらおうと、尻尾を振ってお座りしている姿がいじらしく映り、思わず、プププ、と横で吹き出してしまう。
「酷いです、主君、笑うなんて。俺が一生懸命この方にアピールしてるのに・・・」
「「「「しゃ、喋った!」」」」
「? もちろん喋りますよ。 これでも神獣の端くれです。」
おー、凄い! やっぱり神獣だったんだ。
神獣だと判り、こうして見ると、賢そうに見えるから不思議だ。
「狼が喋ってるぜ! マジか!」
「神獣・・・本当にいるんだ。」
「触っていいか?」
好奇心もあらわなイゼルが寄ってきて、そうっとツヤツヤの毛に、チョン、と指で触れて見る。
おー、本物だ、とはしゃぐ凸凹コンビを見て、様子を見ていたミレイユも決心したようにそうっと黒い毛を撫で始めた。
「ふっわふわ、癒される~。」
気持ち良さそうに目を細めて黙って撫でられている狼を見て、強張ったミレイユの体から緊張がとけていく。
興奮したように目を輝かせて、俺たちは騎士達とちょっと報告を、と凸凹コンビが去って、ミレイユは狼の顔をそっと伺う。
「わかったわ、ええと、真っ黒に金の瞳だから、夜空に浮かぶお月様の名前はどうかしら。貴方の名は今日から’ルナ’、気に入りませんか?」
「ルナ、実に詩的な名ですな。いいでしょう。我の名はルナ、ここにミレイユをマスターとして認める。」
ルナが宣言すると、ミレイユとルナが白い鎖で繋がれ、仄かに光ってすぐにその場で消えた。
(やった! 成功だわ。)
ティアは微笑んで喜ぶと同時に、さっき狼が口にした言葉が気になって聞いて見た。
「ところでさっき、私を主君って呼ばなかった? マスターとどう違う訳? ってか主君って何?」
「? 主君は主君です。俺は神獣ですからね、蒼龍の継承者は主君です。ミレイユが主君の臣下であるように、俺も主君の臣下です。 いやあ、強きものが弱きを守る、誠の道ですな。マスターは俺を召喚して使いこなす者、司令官です、俺の直接の上司です。」
・・・なんか若干誤解が見受けられるが、これでミレイユが召喚獣と契約できた。
「そういえば、因みに小さくなったりは、出来る?」
「そうです、普段は小さくなっていただけると非常に助かります。有事は元に戻って下さって結構ですから。」
意気込んだミレイユの言葉に、ルナは頷く。
「もちろんです、どのサイズがお好みですか?」
「わお!」
「かっわいい~」
ポン、と仔犬サイズになったルナ、女性群に抱き上げて貰い、頬ずりをされ、まんざらでもない様子。
「いつまで、この姿持つの?」
「省エネ型ですから、多分結構持ちますよ。本来の姿よりこの方が小型でこの世界に姿を保つエネルギーの消費がずっと少ないです。」
「そう言えば帰還までどれくらいの時間平気?」
「主君の側ですといつまででも。側にいらっしゃらない時はこちらの暦で一月が限界でしょうか。まあ向こうに一旦帰れば充電されますので、また呼び出しには直ぐに応じれますが。」
ミレイユに頭を撫でてもらってご機嫌なルナは、ピクッと耳を動かすと、う~、と唸ってポンとミレイユの腕から飛び出し、元のサイズに戻る。
「ルナ?」
また? 今度は何?
ルナが睨む方向に目を向けると、一目散でこちらに向かって逃げてくる、先ほど連行された筈の神官の姿。
あちゃー、脱げられたのね、と腰の剣に手をかけるが、ルナは命令も待たず、うおーん逃すか!と叫ぶとローブの男に向かって駆けて行く。
あっ、と言う間に男を飛び越し、ルナは正面からそのまま呪文を唱えていた神官を、パクッと一口で飲み込んだ。
!? うわ、大変!
「こっらー! そんな胃に悪そうなもの、飲み込んじゃ駄目! ペッペしなさい!」
「きゃあ、ルナ! お腹壊しますよ!」
誰も神官の心配をしない辺り、彼の人徳なのだろうが、ルナはそのまま、ゴックンと喉を鳴らしてそれを一気に飲み込む。
そっぽを向いた、ルナ曰く。
「主君とマスターの命令でもこれだけは聞けませんね。こいつに無理やり繋がれて以来、ストレスで自慢の毛が抜けるわ、艶は無くなるわで、十円ハゲまで出来たんですよ! ふん! それにさっきコイツ、主君とマスターに敵対してたじゃないですか。俺の胃はこの世界にはないので心配ご無用です。」
あ~あ、尋問まだだったろうに・・・
分かったような分からないような言い訳をしながら、毛繕いを始めるルナ。
イリスの使者が逃げてきませんでしたか?、ちょっと目を離した隙に逃げられてしまって、と駆けつけてきた騎士達に、仕方なくお腹の大きく膨れたルナを指差し、使者は諦めてちょうだい、と伝えた。
冷や汗を垂らしながら、尻尾を振るルナから、そうっと距離を取った騎士達。失礼します、と敬礼して、また見張りを残して戻って行った。
一応ご機嫌取りのつもりなのか、仔犬姿になって、くうん、と鳴いて見せるルナを見て、しょうがないな、もう・・頭を撫でて、はあ~、とティナは大きくため息をついた。
カーテンがゆらゆらと揺れてふわっと持ち上がると、朝の冷えた空気が部屋に運ばれ、ティアは思わず身体を包む暖かい温もりに身を寄せた。
うっ、今日はなんかいつもより寒い・・・
すっかり慣れたレイの森の緑の匂いに包まれて、寝ぼけた頭に遠く小鳥の朝の囀りが耳に入る。
? あれ? 鳥の声がなんか遠い・・・それに、これは・・・水鳥の羽ばたく音?
バタバタ、と湖から聞こえる翼が水を叩く音に、ようやく頭が追いつき、ゆっくり目を開けるとレイの逞しい胸が目の前にあった。
・・・どうしていつも裸なの? と、いうことは・・・
そうっと頭を動かし、己の何も来ていない上半身に、またか、と諦めのため息をつく。
確かにガウンを着て寝たはずなのに、自分の身体の下で体重に押されてペッチャンコになったガウンの存在を感じる。
(いつの間に脱いだの? 裸で寝る癖がついちゃった?)
僅かに身じろぎすると、頭の上からレイのかすれた声が挨拶をしてきた。
「おはよう、ティア、よく眠れたか?」
「・・おはよう、レイ、ええ、お陰様でぐっすりよ。」
「それは良かった。」
顔を上げてレイを恥ずかしそうに見つめるティアを目を細めて見つめ返したレイは、そのままティアの身体に回した腕を動かし、もう一つの手も回してきて両手をティアの脇の下に入れ、ティアの体を軽々と持ち上げて自分の身体の上に乗せると、ぐいっと頭を押して唇を重ねた。
「ん・・・」
おはよう、とすっかり慣れた、レイとのキスに挨拶をするかのように顔を傾け、レイの仕掛けたキスに応えていたティアは、やがてレイの頭を両手で掴んでチュッとキスをかえしてから、レイに思い出したように文句を言った。
「レイ、そういえば昨日、イゼルとジュノに私たちを襲うよう命令したでしょ。なんて事するのよ! 王様と王子様が怪我を負ったら、あなたクビよ、クビ! もう。全く無茶なんだから。」
「ティアが全員無事に守り通したんだろ? 一瞬でカタがついた、と聞いたぞ。」
「だから、それは、私が必死で守ったからでしょ!」
「さすがティアだな、よくやった。」
そう言って鼻を優しくこすり合わせるレイに、反省の色はまるでなし、だ。
(・・・褒められて嬉しいし、それだけ私の腕を買ってくれてるんだろう、けど、なんかこれって全然反省してなーい!)
複雑な面持ちになったティア。レイが寄せてくれる絶対の信頼で気持ちは舞い上がる、でも、リスクを考えたらちょっとは反省・・するわけないか、レイだしね・・・
プンプン怒ったかと思うと、一瞬顔が輝いて嬉しそうにした後、イヤイヤ反省しろよ、とレイを睨んで、最後は諦めのため息をついたティアを、レイはまたまた面白そうに眺めて、やがて、ははは、と笑い出した。
「何よ、本気で心配して忠告したのに! 私がしくじったらどうするつもりだったのよ!」
「まあ、あれだ、そうなったら大人しくクビになって、次の仕事を探すか。・・そうだな、ティアは俺が文無しになったらどうする?」
「え? 私?」
「そう、俺を見捨てて、出世の見込みのある男に乗り換えるか? それとも俺についてきてくれるか?」
「もちろんレイについてくわよ。 何その乗り換えるって。 ていうか騎士とか全然興味ないから。出世も知らないわよ、そんなもの。レイにお金がなくても、私がなんとかするわよ。」
「ははは、それは頼もしいな。それなら反対に俺がどんどん出世して重要な地位に上り詰めたらどうだ? 政治や貴族の世界は嫌か?」
「関係ないわ。レイの仕事がなんであろうと。政治や貴族の世界も知ってるし。レイが望むなら、貴族の姫にも対抗してみせるわよ。でも、ねえ、レイはどうなの? 私がハテの村娘じゃない方がよかった? 貴族の娘だったらよかった?」
「ティアは、ティアさ。俺は今、そのままのティアがいいな。魔の森を怖がりもせず魔物を狩って嬉々としているティアもいいし、王宮でも王を前にして堂々と優雅に微笑むティアもいい。」
「レイ・・・・・」
あぁ、レイ、大好き、あなたが望むなら、どこまでも一緒に。
レイの本気な目に射竦められて、ついつい頬を染めて目が潤んでしまう。
一瞬二人の目が熱く絡み合うと、クルッと身体の位置を入れ替えられて、レイに組み伏せられ、ティアの胸は一気に高鳴る。
「ティア、どこまでも俺についてくるな?」
「ん、ついていく。」
「よし、その言葉、絶対忘れるなよ。」
レイの本気が伝わってくる真剣な眼差し。
そのエメラルドの瞳からティアは目がそらせない。
まるで、誓いの口づけのように、レイの熱い息と唇がゆっくり自分の唇に触れてくる。
ん、もっと深くきて・・・ティアは自ら口を開いて、レイの差し入れる柔らかい舌を引き込み、そのまま熱く絡め合わせた。
レイ、ごめんね。
(父上が元の地位を取り戻したら、否が応でも貴方をアズロンの政治の中枢に引き込むことになるのかも知れない。)
弟が生きていれば、なんの問題も無い。だけど万が一の場合、マリス大公惣領姫ソフィラティアの伴侶は、多大な責任を負う事になってしまう。レイは一国を背負っていく器量が十分過ぎる程ある、とティアは見ているが、ファラメルンで生まれ育ったのだ、本人が望まないかも知れない。
(そんな未来の事、くよくよ考えても仕方ない。私はレイが好き。今は、レイが望んでくれるのなら、私はレイのお嫁さんになれる努力をする!)
朝陽がゆっくり湖畔の館を照らし、ガラス窓越しに輝く光のプリズムが壁に映し出される。
カーテン越しに、キラキラ水面が光って反射する見事な夜明け。
徐々に明るくなるベッドルームで、二人は時間を忘れたように熱く、激しくなる一方の口づけに夢中になった。
熱い素肌が触れ合い、触れた場所から熱が生まれる。
ティアのプラチナブロンドの髪に指を差し入れ、口づけと同時にその感触を楽しむように探っていたレイは、やがて身体をずらし、敏感なうなじを舐め、首筋、鎖骨、と丁寧に口づけを落としてゆく。
ん・・・レイ・・気持ちいい・・
レイの熱い吐息と唇が素肌をくすぐり、ふふ、と微笑みを浮かべたティア。
ティアの身体が揺れて、どうやらティアが幸せそうに笑っているらしい、と上目で確かめたレイ。そのままティアを見つめながらいたずらそうに目を輝かせ、いきなりティアの胸の先端の固くなってきた蕾をクチュ、と口に含んだ。
「は・・ぁ・・・」
「ん、大丈夫だな。いい子だ、ティア。」
蕾を強く吸い上げたレイは、変化のないベッドの横の水差しに満足して濡れた熱い舌で可愛い蕾をベロンと舐め上げる。そして唇でもう一度、ツンと上を向いた蕾を強く挟み込み、舌を動かして尖った胸先を転がすように刺激を与え始めた。
あ・・これ・・胸が、ジンジンする・・・
レイの頭を強く腕に抱え込んで、んっ・・レイ・・これいい、と伝えると、レイは笑ってもう片方の疼く蕾も同じように可愛がってくれる。
胸から広がる快感にティアの足の間が疼きだし、身体を揺らして顔を背け、快感に耐えるようにレイの名を呼ぶ。
ぷっくり尖った蕾をレイが舐めあげると熱い刺激が。唇がもう一方の胸に移ると冷んやりした朝の空気に触れて冷たい刺激が肌を舐める。濃いピンク色の蕾の周りも、たっぷり唾液を含んだ唇に焦らすように甘噛みされて、自分でも聞いたことない艶かしい声が喉から漏れ、揺れる腰を止めることができない。
「ティア、君のあげる声は可愛いな、好きなだけ鳴いていいぞ。この館には俺以外入らせない。 こんな可愛い声、俺以外に聴かせるのは絶対我慢できないからな。」
えっ? 田舎娘とバレないような配慮じゃ・・・・
「はあぁ・・んんっ・・・」
散々焦らされて膨れた蕾を軽く齧られて、ジンジン疼く胸に甘い痺れが走り抜ける。思わず大きな喘ぎ声をあげたティアを、レイは目を細めて先端を口に含んだまま見上げた。
レイの大きな両手で、柔らかく形を変える胸をゆっくり捏ねるように揉まれ、ティアの胸がお気に入りらしいレイに何度も、唇と舌、歯まで使って敏感な胸の蕾を可愛がられ、快感で震えが止まらない身体を温かく逞しい腕が抱きしめてくる。
ティアは夢心地で酸素を求めて荒い呼吸を繰り返し、やがて胸から顔を離したレイの身体の周りに手を回してレイをぎゅっと抱きしめ返した。
はぁ、幸せ・・・レイ、大好き・・・
いつの間にか反らしていた胸から力を抜くと、身体をゆっくりベッドに沈めていく。
ふわふわとした浮遊感、レイ独特の緑の匂いがする暖かく甘い抱擁に包まれ幸福感に胸が満たされる。
ティアの呼吸が穏やかになると、レイはティアを見つめ、朝の光に映し出されるその姿に、崇拝と愛しさが混じった眼差しでティアを見下ろした。
潤んだ神秘的な青紫の瞳、すっかり濡れて鈍く光る肌の中心にある熟れたチェリー色のツンと上を向いた胸の蕾、所々強く吸い上げられて赤い跡を点々と残した柔らかく形のいい胸。シーツに広がる眩く光るプラチナブロンドの髪。
この時間にしか見られない、少し生えてきた無精髭もセクシーな頬をティアの胸に押し付け、蕾を押しつぶし、レイは愛おしそうに頬ずりをしてくる。
「・・・そろそろ、起きるか? 腹も減ったし。」
「ん・・・ちょっと待ってて。」
「俺は書斎にいる。すまんな、留守の間に仕事がちょっと溜まっててな。落ち着いたら、そのうち朝食も一緒に作ろう。」
「いいのよ、料理するの、結構好きなの。」
「そうか、ティアの手料理は美味いしな。」
「ふふ、ありがとう、レイ。」
「俺の分は多めにな。」
「はいはい。」
ベッドからゆっくり起き上がって、興奮した身体を隠しもせず、堂々としているレイに思わず目を引き寄せられ、きゃあ、と小さな悲鳴を上げてしまった。
「なんだ、いい加減俺の身体には慣れただろ。」
「それとこれとは、違う問題なの!」
「ははは、ティアは面白いな。」
そのまま起き上がってバスルームへ悠々と歩いていくレイの形のいいお尻をチラ見しながら、朝日にも眩しいその逞しい体つきに、思わずため息をついてしまう。
なんて、男らしい身体なんだろ、きっと若い頃から鍛えているのね。
固い筋肉がついてはいるが、背が高く全体的にスラリとした鍛えられた体格。レイの身体のあちこちに見られる刀傷や火傷のような痕に気がついているティアは、厳しい訓練を積んだんだろうな、と何だかすごくレイが誇らしく思えてくる。
昨日着ていた騎士のような服も本当似合ってたし、もっとちゃんとした服を着れば貴公子よね、ほんと見かけは。
実際は武闘派な魔法戦士だが、一見その堂々とした背格好は優雅で気品に溢れ、舞踏会で昔見た着飾った男女に紛れても全然違和感なさそうだ。どころか、その抜きん出た容姿でかなりいい意味で目立つだろう。
いつか、レイと二人で、昔見たような舞踏会に出席して一緒に手をとってダンスを踊れたら・・・・・
青い湖の水面を見つめながら、ティアはそっと密かにその夢のような光景を想像して微笑むのだった。
「ティア、と呼んでいいかしら? 私のことも、ミレイユ、と呼んでもらえると嬉しいわ。それから敬語は無しね、お友達と思ってくれると嬉しいわ。」
「もちろんよ、ミレイユ。この館の庭は色々なバラの花が咲き誇っているのね。素敵だわ。」
「ありがとう、バラの館は王族が代々新婚用の館として使っているらしいわ。もちろん内装はそれぞれのカップルの好みに合わせて全面改装するんだけど、そんなの、もったいないじゃない。キッチンなんて十分使えるし、どうせシェフが作るんだし、魔道具を最新のものに取り替えるだけで十分よ。使えるものはそのままにして半分の予算に抑えたのよ、出費を。」
美人、というより、可愛らしい感じのするミレイユは、侯爵の娘であるはずなのに、節約に努める超現実主義者らしかった。
ブラウンの髪に、薄い緑とグレイの瞳、親切そうだが物怖じしない態度のミレイユは、初めてティアを見て驚いたように称賛の眼を向け、快活な挨拶をして来た。
同年代の貴族の娘たちと、あまり話が合わなくて、と言いながら第二王子の妻にしてはシンプルなドレスをさっぱり着こなし、実家の父である元宰相、ケンドリン侯爵が未だ務める役所に、驚いたことに現在夫である王子の事務官の一人として結婚後もパートで勤めているらしいミレイユ。
どうやら話し相手が欲しかったらしく、ティアが楽しそうに話を聞いていると、元々さっぱりしたそういう性格なのか、本人曰く、
「昔から、可愛いドレスとか靴とかは好きだったんだけど、ある時、母がダイエットに失敗して痩せるつもりで注文した大量の服を見つけたのよ。勿体無いから宝石なんかの装飾を取り外して、自分用のシンプルなドレスに手直しして、宝石を父に家計の足しに、と渡したらとても喜んでくれたの。それ以来、無理のない節約にハマっちゃった。」
ため息をついてティアを見てにっこり笑う。
花の香りが匂い立つバラの館の庭にある東屋で、メイドの給仕を、自分で出来るから、と断り下がらせて、嬉しそうにティアのカップにお茶を継ぎ足す。
「だけど、こんな性格だから、変わった姫だと評判が立っちゃって、まあ図書室が好きで籠りがちってのもいけなかったのかもね・・・」
「私も本を読むのは好きよ。 今はこの本を読んでるの。」
ティアがスウ直筆の ’魔草で作る簡単なポーション’ と書かれた本を取り出して見せると、感心して嬉しそうに笑う。
「お仲間が増えて嬉しいわ。私、本は最も偉大な発明の一つだと思うのだけど、なかなか司書の方以外は興味を示してくれる方がいなくって。今度の王妃様の病気で夫がやたらと警戒して役所務めにも出して貰えないし、イカツイ番犬みたいな騎士はトイレの外まで付いてくるし・・・。でも、女性なのに魔法騎士並みの腕を持った異国の方が訪問してくださると聞いて、是非ともお会いして見たい、と思ったの。私、召喚術以外は魔法はあんまりで。」
「まあ! 凄いわ! ミレイユ、召喚獣を呼び出せるのね。私の国では神官以外は召喚獣を呼び出せる人は稀だったわ。」
「そうなの? ありがとう、こんな平和なファラメルンでは、あまり役に立つ術ではなくて。」
恥かしそうに、謙遜するミレイユをティアは、なんと勿体ない、と思ってしまう。
なんて事、お国が違うとは言え、召喚術は主に神獣を呼び出せる稀有な才能なのに・・・。あっ、そうだわ。
「ねえ、ミレイユ、召喚獣を呼び出して、一人になりたい時護衛について貰えば、力強い味方になってくれるわよ。
「ええっ! あんな大きな獣たち、ここに呼び出したら、城中大騒ぎになっちゃうわよ。」
ああ、なるほど、きっとミレイユはビーストテイマーとしての力が強いのね、ますますこんな才能、埋まらせておくの、勿体ない!
大型の神獣を何匹も呼び出したことあるらしいミレイユ。ティアはその事実の大きさに驚きを隠せない。
これはやっぱり本物の才能よ。神官でも、大型の神獣はなかなか呼び出せない上、手懐けるのは至難の技、と聞いているわ。
「あのね、多分だけどミレイユ、テイマーとしての才能があると思うわ。召喚獣は主人が上手に手懐ければ、力強い味方よ、それにサイズなら普段は小さいサイズで行動するように命令すればいいのよ。」
「! そんなこと出来るの?」
「勿論よ、召喚獣によっては、背中に乗って走ることもできるし、空を飛ぶこともできるわ。」
「・・・・ウッソー、全然知らなかった。実家のケンドリン家の血筋以外、召喚術を使える方にお会いした事がなくて、実家にも図書館にも呼び出しと帰還の呪文しか記述が見つからないのよ。」
「そうでしょうね、召喚術はもともと神殿に仕える神官達が神殿を守る為に使いこなした術と聞いているわ。ファラメルンは神殿遺跡がほぼないと聞いてるし、神官もいないものね。」
小さい時にふざけて呪文を叫んだら、なんか大きな狼を呼び出してしまったのよ、怖くてそのまま速攻お帰り願って、次に呼び出したら大きな蛇、鳥、狐とどれも人の倍はサイズがあって、実際召喚した獣達と疎通を試したことがない、とミレイユはいまいち実感がないらしく半信半疑だ。
お茶も飲んだし王城を案内するわ、という親切な申し出に二人は連れ立って城の方へ歩いていく。
「ファラメルンのお城は歴史ある立派な博物館のような建物なのよ。城自体に魔法がかかってて、外壁の白色はずっと昔から色が褪せないそうよ。ああ、ここの花は替え時ね、ええっと。」
長い廊下のあちこちに活けてある花々、しおれそうになっていた花瓶を見つけたミレイユが腰に下げていた、ティアも貰ったベルを鳴らすとメイドがしばらくして現れる。
なるほど、このメイドベルはこんな風に使うのね。
昨日ペンネが館の鍵とともに置いていったベルはまだ用事がなくて使っていないが、使い方はこれで分かった。
「ここの花の入れ替えをお願い、萎れた花はいつものように土に返してあげてね。」
「かしこました。ミレイユ様。」
メイドが花瓶を持って立ち去るのを見ていたミレイユはティアに説明する。
「私がお嫁に来る前は毎日花を入れ替えていたそうよ。でも花によっては一日で萎れたりしない元気な花もあるじゃない、花が可哀想だし、中庭でいくらでも調達できると言ってもこれだけの数、毎日入れ替えるだけでメイドの仕事が増えるわ。城の魔法を保つ為らしいけど、もう替え時、と思われるものだけを変えてもらうことにしたのよ。メイドの仕事の負担も減って効率的じゃない?」
「ふふ、昨日ペンネがミレイユのことを嬉しそうに話していたのは、貴方が一生懸命にこうやって細かいところまで気を配ってるからなのね。」
「まあ、有難う。ファラメルンの王族は何故か男系なのよ。男の人ってここまで気が回らないしね。」
「確かに、毎日の花瓶の花の入れ替えがメイドの負担になる、とは思わないでしょうね。」
「ふふふ、でしょう。」
優雅な白い壁に高い天井、魔道具の照明も煌びやかなファラメルンの白いお城は昨日も思ったが、華美な装飾もゴテゴテしておらず優雅だが品がある。
エレガントなカーブを描く階段の手すり、飽きのこない支柱の形、ティアの湖畔の館もそうだが、実用と装飾のバランスが見事に取れており、明るい優雅な城は歩いて散策するのも楽しい。
そういえば、一度だけ、父と一緒に幼い頃訪れたイリスの城も、同じように古城ではあったのよね。
でも中がキンキラキンの金ピカで、むやみに触ってはいけない、と注意されたのを覚えている。
壁に触っちゃいけないなんて、なんて窮屈なんだろ、と廊下の真ん中を歩いた記憶がボンヤリと蘇る。
あっ! 三叉の印!
自分の剣に施されているあの印を何処かで見たような、と思ったのだが、そうだアレは、一度だけ訪れたイリスの城の廊下で見かけたような・・・
「ティア、ここがお城の大広間よ。今度の舞踏会もここで開かれる予定なの。」
「えっ、ああ、ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてたわ。近々舞踏会があるの?」
「ええ、今の外交問題が片付いたら、と聞いているわ。」
「そういえば、街で噂を聞いたような? 」
「ふふ、ティア、それまで是非この城に滞在して下さらない? 舞踏会も一緒に出ましょうよ。」
「そうねえ、今のところ急ぎの用事は無いし、見聞を広げるには良い機会かもね。」
「やったあ! 嬉しい、楽しみだわ。」
手放しで喜ぶミレイユに、ティアもつられてウキウキした気分になる。
見上げるほどの高さの天井からぶら下がるシャンデリアも豪華な大広間を後にして、舞踏会にはどんなドレスがいいかしら? とはしゃぐミレイユとティア。
広い訓練場のような広場のある側の渡り廊下を歩いていると、さっきまで気づかなかったがなんだか外が騒がしい。
? 訓練でもしているのかしら?
「危険・だ・・別れたぞ!」、 「第一、二、三隊に分散しろ!」 「そっち行った、待てー、」
鋭い騎士の叫ぶ声がして、渡り廊下に配置されていた騎士たちが一斉に剣を構える気配を感じたティアは、とっさにミレイユの手を握り、どちらの方向にも走り出せる体勢を整える。
一瞬で場に緊張が走ったのをミレイユも感じたようで、緊張した声で、ティア、どうしましょう? と聞いてきた。
「取り敢えず走り出せる心づもりをしておいて。」
「あねさーん、ミレイユ嬢と逃げてください。イリスの使者が無理矢理押し入って来ます。ここは危険です。変な動物を使って襲ってくるので気をつけて!」
「早く、あっち側へ!」
ティアがミレイユの注意を促した途端、イゼルとジュノが全速力であっという間にかけてきて城の裏側を指差す。
「あっ、もう来やがった、畜生!」
「こっちは二人か、貧乏くじだ!」
ローブを被った男と御者の格好の二人組は一人が盾役になり、剣には剣で、魔法には盾を出現させて防ぎながら、後の一人が何か呪文を唱えると、狼の群れが出現して周りを囲んだ騎士を襲い出した。
召喚術! これは偶然なの? なんでイリスの神官がファラメルンの王城に?
腕輪から剣を取り出し、ミレイユ! 私の後ろに、と先ずは彼女の安全第一に、第一線から少し離れる。
何十匹の狼の突然の出現に、包囲網は破られ、こっちにも何匹か飛んでくる狼をミレイユを庇いながらまずはファイアボールであっさり仕留めた。
あっちこっちに人がいるし、乱戦になって一気に片付けることができない。
今離脱するとかえって目立って、集中攻撃されるわね、とりあえずは様子見をティアは決めた。
魔法で傷ついたり、剣で切られた狼はすぐに消滅するが、すぐにまた新手が襲いかかってきてキリがない。
「ティア!、男のそばに大きな狼がいるわ、あの狼が他の狼を操っている!」
確かに召喚術を実行したローブを被った男の横には、人の倍ぐらいの大きさの黒い狼がいて、苦しそうに唸りながら、狼を次々と出現させている。
「なんだか苦しそう、無理やり何かに縛られているみたい・・・」
「っ! ねえ、ミレイユが命令権を奪えばいいんじゃない? 力が強い方がマスターできるはず。呪文を唱えて乗っ取るのよ!」
「えっ? ええ? わ、わかったわ。やってみる。」
バリアを張りながら、剣で応戦しているティアの後ろで、ミレイユはさっきまで手が震えていたのに、案外度胸があるのか、呪文を唱える声は意外としっかりしている。
『我が名はミレイユ、古の盟約により命ずる、聖なる守り手よ、我が召喚に応じたまえ!』
ミレイユの口から古代神聖語で唱えられた呪文に、大きな黒い狼の周りが眩く光り、狼が二人をの方に向き直り、走り出そうとする、がまるで見えない鎖に繋がれているように、途中でグッと引っ張り戻される。
「何かに繋がれているわ! かわいそう・・・」
放せ、と何度も逃亡を巧みる狼が嫌々と首を振りながら、だんだんまた男の側に引っ張られていく。狼の遠吠えが一斉にハモり、ローブの男がこちらに気付くと、黒い狼に命令する。
「あの女二人を確保しろ、人質にするぞ! 多少は傷つけても構わん。厄介だ!」
! 不味い! 恐れていた集中攻撃のターゲットになっちゃった!
一斉にこちらに目を向ける狼たちに、ティアたちはじりじりと後退を始める。
来る! ためを感じたティアが防御バリアを張ろうと構えた時、突然ティアの髪から眩ゆい光が出現した。
うわ、眩し、何? あっ、これってもしかして髪飾り?
ティアの髪から外れない、レイからの贈り物である魔石の髪飾りは普段は見えないように姿を消している。
強い魔力の波動が髪飾りから感じられ、眩い光と同時に一斉に狼たちの動きが止まり、黒い狼の頭の上に、いつぞや出現した透明な手のようなものが現れて、また、ぺチッ、と狼の頭を勢いよく叩いた。
キャウン、と鳴いた狼はすまなさそうに、頭を下げ、片足をそろっと持ち上げる。
あっ、見える!
さっきまで何も見えなかった狼の足に絡みついた黒い大きな鎖、あれが狼を縛っているのだ、と咄嗟に悟ったティアは、固まっているイゼルとジュノに向かって叫び二人を呼び寄せる。
「イゼル、ジュノ! ミレイユをお願い!」
「「へい!」」
ティアはそのまま身体強化であっという間に狼たちの間をすり抜け、盾役の男の剣を叩っ斬ると驚くローブの男にキックをお見舞いして、黒い鎖にティアの剣を真上から叩きつけた。
「はっ!」
バッチン、物凄い音が接触と同時に起こるが、剣はあっさり黒いぶっとい鎖を狼の脚から切り離す。
うオーん、と嬉しそうな遠吠えをあげ、狼が自由になった体で飛び跳ねる。
「ミレイユ! もう一度呪文を!」
「! わかった! 『我が名はミレイユ、古の盟約により命ずる、聖なる守り手よ、我が召喚に応じたまえ!』」
剣を叩き折られて短剣で襲ってきた男に、肘鉄を食わせて叫んだティア。
ミレイユの声が朗々と呪文を唱えると黒い狼の体が再び光って、今度こそミレイユの側に召喚された大きな狼は、艶々の黒い毛に金の瞳を爛々と輝かせ、嬉しそうにお座りの格好で、命令を待つ。
「今よ! ミレイユはその子に新しい名前をあげて。騎士たち、そこの二人を捉えなさい!」
側に転がっている賊二人を動けないよう、騎士達にテキパキ指示を出し縛らせて猿轡を噛ませ、引っ立てられて行く賊の男達を尻目に真っ直ぐミレイユの側に戻ったティアは、不思議そうな顔をしているミレイユに説明する。
「召喚した神獣に名前を付ければ、ミレイユはこの狼くんの新しいマスターよ、次に乗っ取られることは出来ないはずよ。」
「? どうしてさっきの男は名前をつけなかったの?」
「多分だけど、それだけの力がなかったんだと思うわ。たとえ召喚獣を呼び出すことが出来ても、ビーストテイマーの才能が無いものは、召喚獣を完全に従わせることは出来ない筈よ。さっきの男は何か異例なやり方でこの狼を縛ったのよ。ミレイユは多分大丈夫だと思う。試してみてもいいんじゃない? 最悪、この狼くんに、ふん、とソッポ向かれるだけだし。」
一見怖そうな大きな真っ黒な狼。怖くないよ、と愛想よく笑ったつもりなのか、にたっ、とひらけた大きな口にずらりと並んだ鋭い牙が見えて、ひっ、とミレイユは小さな悲鳴をあげる。
あ~あ、何やってるんだか・・・
何故かティナの目には、黒い狼が一生懸命にミレイユに好いてもらおうと、尻尾を振ってお座りしている姿がいじらしく映り、思わず、プププ、と横で吹き出してしまう。
「酷いです、主君、笑うなんて。俺が一生懸命この方にアピールしてるのに・・・」
「「「「しゃ、喋った!」」」」
「? もちろん喋りますよ。 これでも神獣の端くれです。」
おー、凄い! やっぱり神獣だったんだ。
神獣だと判り、こうして見ると、賢そうに見えるから不思議だ。
「狼が喋ってるぜ! マジか!」
「神獣・・・本当にいるんだ。」
「触っていいか?」
好奇心もあらわなイゼルが寄ってきて、そうっとツヤツヤの毛に、チョン、と指で触れて見る。
おー、本物だ、とはしゃぐ凸凹コンビを見て、様子を見ていたミレイユも決心したようにそうっと黒い毛を撫で始めた。
「ふっわふわ、癒される~。」
気持ち良さそうに目を細めて黙って撫でられている狼を見て、強張ったミレイユの体から緊張がとけていく。
興奮したように目を輝かせて、俺たちは騎士達とちょっと報告を、と凸凹コンビが去って、ミレイユは狼の顔をそっと伺う。
「わかったわ、ええと、真っ黒に金の瞳だから、夜空に浮かぶお月様の名前はどうかしら。貴方の名は今日から’ルナ’、気に入りませんか?」
「ルナ、実に詩的な名ですな。いいでしょう。我の名はルナ、ここにミレイユをマスターとして認める。」
ルナが宣言すると、ミレイユとルナが白い鎖で繋がれ、仄かに光ってすぐにその場で消えた。
(やった! 成功だわ。)
ティアは微笑んで喜ぶと同時に、さっき狼が口にした言葉が気になって聞いて見た。
「ところでさっき、私を主君って呼ばなかった? マスターとどう違う訳? ってか主君って何?」
「? 主君は主君です。俺は神獣ですからね、蒼龍の継承者は主君です。ミレイユが主君の臣下であるように、俺も主君の臣下です。 いやあ、強きものが弱きを守る、誠の道ですな。マスターは俺を召喚して使いこなす者、司令官です、俺の直接の上司です。」
・・・なんか若干誤解が見受けられるが、これでミレイユが召喚獣と契約できた。
「そういえば、因みに小さくなったりは、出来る?」
「そうです、普段は小さくなっていただけると非常に助かります。有事は元に戻って下さって結構ですから。」
意気込んだミレイユの言葉に、ルナは頷く。
「もちろんです、どのサイズがお好みですか?」
「わお!」
「かっわいい~」
ポン、と仔犬サイズになったルナ、女性群に抱き上げて貰い、頬ずりをされ、まんざらでもない様子。
「いつまで、この姿持つの?」
「省エネ型ですから、多分結構持ちますよ。本来の姿よりこの方が小型でこの世界に姿を保つエネルギーの消費がずっと少ないです。」
「そう言えば帰還までどれくらいの時間平気?」
「主君の側ですといつまででも。側にいらっしゃらない時はこちらの暦で一月が限界でしょうか。まあ向こうに一旦帰れば充電されますので、また呼び出しには直ぐに応じれますが。」
ミレイユに頭を撫でてもらってご機嫌なルナは、ピクッと耳を動かすと、う~、と唸ってポンとミレイユの腕から飛び出し、元のサイズに戻る。
「ルナ?」
また? 今度は何?
ルナが睨む方向に目を向けると、一目散でこちらに向かって逃げてくる、先ほど連行された筈の神官の姿。
あちゃー、脱げられたのね、と腰の剣に手をかけるが、ルナは命令も待たず、うおーん逃すか!と叫ぶとローブの男に向かって駆けて行く。
あっ、と言う間に男を飛び越し、ルナは正面からそのまま呪文を唱えていた神官を、パクッと一口で飲み込んだ。
!? うわ、大変!
「こっらー! そんな胃に悪そうなもの、飲み込んじゃ駄目! ペッペしなさい!」
「きゃあ、ルナ! お腹壊しますよ!」
誰も神官の心配をしない辺り、彼の人徳なのだろうが、ルナはそのまま、ゴックンと喉を鳴らしてそれを一気に飲み込む。
そっぽを向いた、ルナ曰く。
「主君とマスターの命令でもこれだけは聞けませんね。こいつに無理やり繋がれて以来、ストレスで自慢の毛が抜けるわ、艶は無くなるわで、十円ハゲまで出来たんですよ! ふん! それにさっきコイツ、主君とマスターに敵対してたじゃないですか。俺の胃はこの世界にはないので心配ご無用です。」
あ~あ、尋問まだだったろうに・・・
分かったような分からないような言い訳をしながら、毛繕いを始めるルナ。
イリスの使者が逃げてきませんでしたか?、ちょっと目を離した隙に逃げられてしまって、と駆けつけてきた騎士達に、仕方なくお腹の大きく膨れたルナを指差し、使者は諦めてちょうだい、と伝えた。
冷や汗を垂らしながら、尻尾を振るルナから、そうっと距離を取った騎士達。失礼します、と敬礼して、また見張りを残して戻って行った。
一応ご機嫌取りのつもりなのか、仔犬姿になって、くうん、と鳴いて見せるルナを見て、しょうがないな、もう・・頭を撫でて、はあ~、とティナは大きくため息をついた。
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