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嵐の中の飛行
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わあ~、本当、飛んでる!
順調に飛びだした卵に翼の生えた魔道具、操縦席の二人は初めて体験する飛行感覚にもだいぶ慣れ、今度はティアが遥か下に見える、ファラドンへの街道沿いに卵を飛ばして操縦している。
すでにいくつもの街の上空を飛び越している速さから、普通は徒歩でのんびり6週間、早馬でも5日はかかる王都への旅が、レイは2-3日で着くのでは、とティアに告げる。
「ええっ、まさか、本当に? ハテから前、ファラドン見物に出かけた村長が片道2ヶ月掛かった、って言ってたわ。」
「ああ、多分だがこの卵、速度が早馬の倍ぐらい出ているとして、その上障害のない一直線の道のりだ。たとえ実際は早馬ぐらいだとしても、俺たちが走るよりまっすぐ直線距離を飛べる。山や谷、湖を迂回しないからな。問題は、この卵の持久力だな、一体一日どれくらい飛べるのか、まあ、こればっかりは飛んでみないと分からん。」
「そうねえ、こんな大きな魔石、見たことも聞いたことも無いし、魔石そのものを加工した魔道具も、せいぜいさっき見た装身具ぐらいよ。見たことあるの。」
普通の魔石は力が弱くなると色が薄くなる。が暫く、例えば、一日放っておくと、また力をいつの間にか蓄える。魔道具は便利な物だが、魔石の力によって、使える利便性が制約されてしまう。
首を傾げて答えるティアに、まあ、そのうち分かるだろ、と言ってレイは操縦桿レバーの周りに並んでいる四角形を睨んでいる。
古代神聖文字が書いてあるその四角形は操縦者交代時に押した四角の箱に似ていて、多分押せば何らかの仕掛けが起動するスイッチなのだろうが、なんせ書いてある文字が文字なので、解読するのに苦労しそうだ。
「うーん、これは確か『消える』、だったよな、でも何が消えるんだ? それにこれは『攻撃』の意味だったような・・・これは『転移』、迂闊に押すとどこに連れて行かれるかわからん・・・」
頭をかかえるレイの横でティアは目の前に広がる景色に、ただただ見とれるばかりだ。
アイスのブロックで空を駆ける時とも違う、この高さから見下ろす感じ、目の前に広がる空、まるで崖の上から見渡す景色のようだわ・・・綺麗・・・
同じ速度と高度を保っているので、操縦者は方向を定めるだけでいい。
操縦桿を街道に沿って前に倒しながら、どこまでも広がる空を眺めていると、前方に黒い雲の塊が見てきた。
あ、あれってもしかして・・
「レイ、なんか雨雲らしきものが前に見えるんだけど。」
「ん、どれ、ああ、間違いないな、さて、ただの雨なら大丈夫だと思うが。」
遠くに光った雲を見て、レイは眉をしかめる。
ティアも、あー、これは、稲光ってことは、前は嵐か、どうしよう、地面に降りた方がいい? と、レイの方を伺う。
「とりあえず街道に沿って行ってみよう、途中でダメそうなら下に降ろそう。俺が操縦する。」
「了解。」
レイが四角い箱に手を伸ばして、ポンと箱を押し、操縦を取って代わった。
風の音が強くなる。曇ってくる空模様に、二人して前方を睨みながら、速度を保って真っ黒な雨雲に向かって卵を飛ばす。
迂回できない・・・何処までも続く街道が二人のファラドンまでの目印で、一旦そこを外れると、見渡す限り森や山、村々や田園が広がる景色、遠くに見える大霊山脈だけが唯一の方向目印だ。
「レイ・・・」
「大丈夫だ、心配するな。風は強いが卵は揺れてもいない。トクも言ってただろ、火薬を使ってもかすり傷一つ付かなかったと。」
そうだった、頑丈さだけは保証つきだ。
大丈夫、レイと一緒だし、怖くない・・・
ビュンビュンと強くなる風に卵はビクともせず飛んでいるが、横風に叩きつけられる雨がだんだんひどくなってきて、今度は窓に映る視界が悪くなってきた。
『雨を感知しました、水の補給に入ります。』
「なんだ、水も必要なのか?」
「どうしたの?」
「卵が水を補給すると言っている。」
「補給?」
『視界が悪いのでセンサーに切り替えます。』
「『センサー』? なんだそれは?」
前方の、雨が流れる大きな窓に映る外の風景がいきなり消え、炭で描いたような黒と白の濃淡景色が代わりに浮かんだ。確かにこの方が雨が視界の邪魔にならず、周りの様子は色が無いだけで十分うかがえる。
卵はどんどん雨雲に突っ込んで行き、窓からの明かりが僅かな光明しか入らなくなると、明かりを、と手元に魔法で明かりを付けた途端、卵の中がほんのり明るくなって、周りが優しい乳白色に染まる。
「わあ、綺麗な明かり・・・」
手元の明かりを消して思わず卵の中を見渡してみる。天井から床まで壁全体がほんのり明るく淡い光で溢れ、室内全体を照らし出している。
なんだか、ホッとする。 激しくなる雨の中、卵の中は安全だ。
途端に、稲光が光って、ドドーンという雷の音とともに目の前に光が走ったように感じた。
窓は相変わらず白黒の景色を写しているので、あくまでティアが肌で感じただけであったが。
ぎゃー、今の落ちた、絶対落ちた!
「レイ・・雷に当たったら、木は裂けてしまうわ。ほんと大丈夫なの?」
「わからんが、警告音も出ないしな。まあ・・」
『雷を感知しました、エネルギー補給のため避雷針を立てて蓄電します。』
「『エネルギー』補給?」
途端に雷の音がバリバリ聞こえて、ティアの感覚ではこの卵に雷がどんどん落雷している感覚が伝わってくる、が、相変わらず卵は、揺れもしない。
い、やー、怖い怖い怖い!
「う、るさーい。えいっ」
思わず、防音の為、レイと自分の周りに防御の壁を厚く張って、やっと遠くなった落雷の音にホッとして耳を抑えていた手を外す。レイは冷静に操縦桿を握って街道から外れないよう目で窓を確かめながら、楽しそうに震えるティアをちらりと見て、ふっと含み笑いをもらした。
「ティア、もしかして雷も苦手なんだな。」
「女の子は雷嫌いなのよ!」
「そうか、こっちにおいで、俺が操縦してるから椅子から離れても大丈夫だろ。」
ティアが、そろそろと警戒しながら椅子から立ち上がっても警告音はならない。
レイの側に近付くと、長い片手が伸びてきてレイに引き寄せられ、そのままレイの膝の上に座らされた。
片手で操縦桿を握りながら、レイはティアを抱き込んでくる。
頬にキスをされて、ようやく震えの止まったティアを、レイは愛しそうに頬ずりをする。
いつでも冷静で頼もしいレイに、ティアも鼻の頭を擦り寄せて首に手を回し、レイにしがみついた。
レイの身体、あったかい、それにとっても安心できる。ん~、大好き・・・
雷が鳴り響く嵐の中を、吹き荒れる突風や激しい雨を物ともせずスイスイと進む卵。
そして、卵の警告音がならない為、沈着冷静なレイが操縦桿を握り、ティアはレイの腕の中で嵐が通り過ぎるのをじっと待つ。
離れたくない・・・ティアはレイの首に顔を埋めて、なるべく雷の音を聴かないようにレイの温かい身体に抱きついてやり過ごし、そのまま安心したのか、いつの間にかレイに抱きついたまま、クーと寝てしまった。
「ティア、そろそろ起きろ、昼にしよう。」
「ん~、おはよう、レイ。」
「おはよう、じゃない、おそよう、だ。昼だぞ。」
レイの声で起きたティアは、ふあ~、と大きな伸びをしようとして、レイの身体にもたれ掛かったままの自分に気づいた。
あぁ! そっか、私、あのまま安心して寝ちゃったんだ・・・
昨夜は、今日でレイとお別れだと思っていたので、頭の中がぐるぐるして眠りが浅かったような気がする。
レイの首に溜まったよだれを拭きながら、ごめん、寝ちゃった、運転ありがと、とレイの頬にチュッとキスをした。
「気にするな、ティアの寝顔を眺めるのは楽しかったぞ。」
「!」
寝顔見られた! もう、また恥ずかしいことを堂々と・・でも、今回寝ちゃったの、私だし・・
文句言えない、とりあえず起きよう、と身体に力を入れてレイの心地のいい身体から身を起こすと、キョロ、キョロ、周りを見渡した。
あれ? ここ、どこ?
窓からは相変わらず雨の景色が見えるが、空の上の景色ではない。森の中のような周りの景色だ。
「嵐は通り抜けたが、雨雲は続いていてな。とりあえず、街道沿いの近くに見えた、森の開けた所に卵を降ろした。」
「そうね、私も街道から見える野原、とか目立つところはヤメタ方がいいと思ってたのよ。」
なんせ特殊な大きな卵の形、その上、翼が生えているのだ。
空を飛んでいるときは大きな鳥に見えないこともないが、地面に降ろすと目立つ事この上ない。見えにくい森の中なら、きっと目立たないだろう。
扉の前に立つと扉が開くが、相変わらず外は、しとしと雨が降っている。ひんやりとした空気に曇り空、今日は外は諦めた方が良さそうね。
「あ~、これは・・・今日は中でご飯を作って食べるしかなさそうね。」
「そうだな、まあ、幸いこの中は暖かいし雨宿りには快適な場所だ。」
レイが、外から見た形よりも、どう見ても高い天井、広い卵の中を見渡す。
火を起こすなら、狭いから煙対策に扉を開けたままで・・・と考えていたティアは、ふと卵の後ろの壁の目立たない片隅に薄い四角い箱、どうやらスイッチらしいが、設置されているのが目に入った。
何の仕掛けかしら?これ、ティアはスイッチの文字が読めず、そうっと触れてみる。
『エネルギーは十分補給できました、けプッ。省エネのため閉じていた空間を開きますか?』
「・・・空間を開く?」
「卵は何を開くって言ったの?」
「閉じていた空間、と言っているが。」
「・・それって中を大きくするって事よね。今日は一日こんな天気だし、中は広い方がいいわ。」
「そうだな、じゃあ押すぞ。」
壁のスイッチを押すと、シュン、と音がして卵の後ろの壁が一部無くなり、そこには小さな家の居間、台所、を思わせる、家具付きの空間が現れた。
「まあ、すごい!」
「ほお。」
床は黒、椅子やカーテンの色は濃い赤で、シンプルな線の家具は金色をしている。
思いっきり、ティアの趣味ではない。
でも、家具は使いやすそうな大きな長椅子に、一人がけのソファが二つ向かい合わせで並んでおり、小さいダイニングテーブルも椅子が二つ並んでいる。
テーブルの向こうは簡単な台所のようで、全く使われた形跡がなく、埃も被っていない。
ソファの向こう側に上に続く階段が見えた。
へえ~、まるで小さな家みたい。
新しい空間に足を踏み入れたティアは、壁に大きな真っ黒に塗りつぶされたような四角い絵がかかっているのに気づいて不思議に思って近づく。
なんだろうこれ? 真っ黒な絵に触ってみると、それはブン、と音を立てて空間の見取り図らしき物を映し出し、図の下に虹のようにいろいろな色が写し出される。
この趣味の悪い赤の壁、なんとかならないかしら? と思って見取り図の壁の赤を触ると絵の下に文字が現れた。
「レイ、これ、なんて書いてあるの?」
「色、選べ、だな」
「色を選べ?」
試しに、ティアの趣味に合う、限りなく白に近い暖かい白を選んでみると見取り図の壁が白になる。
『このまま実行しますか?』
「・・・ま、取り敢えず『はい』だな。」
レイが答えると、空間の壁が白に変わった。
「わー、色が自由に変えられるのね、これはいいわ。せっかくだから、全部変えちゃおうっと。カーテンの色、レイは何色がいい?」
「俺か? 俺はティアの好きな色でいいぞ。気に入らない場合はその時、教える。」
「わーい、えっとお・・・」
どんどん変えられる部屋の内装をレイは面白そうに見ている。
暖かい木の床の色。薄い透けるような水色のカーテンに、貝殻のような白と茶色が混じったソファの色、青と深緑のクッション。
あっ、これってもしかして上の階よね。ベッドの色も黒、赤、金から変えて、っと・・・白と淡い水色、前に最初にレイと触れ合った時にイメージした南国の海の色の絨毯・・・
よし、これで・・・
周りを見渡すとすっかり見違えた空間が広がっていた。
「わー、可愛い!」
「そうか、ティアはこんな色が好きなんだな」
南の暖かい海を連想させる色の部屋に、レイは面白そうに周りを見渡す。
新しい空間に大満足のティアのお腹が、グウ、となって昼食の時間であることを主張した。
「やだ!・・・」
「そろそろ飯にしよう。」
「そ、そうね。台所があったから。」
恥ずかしい、レイの前で、もう・・・真っ赤になったティアに続いてレイも台所に入り、二人で手分けしてお昼を用意する。ふんふん、と鼻歌を歌いながら、腕輪から取り出したパンを焼いて、ステーキを焼くと美味しそうないい匂いが部屋中に広がった。レイはサラダを作って、できた料理をテーブルに並べていった。
「いただきまーす。」
「ん、美味しい。」
「残ってたキノコをソースにしてみたの。」
「ティアの料理は美味い。」
「ありがとう、レイ。」
魔道具のかまどは煙が出ず、香ばしい料理の匂いだけが辺りに漂う。
外は雨だが、ティアはレイと二人で美味しく、幸せにお昼を食べた。
新たな空間の探検を、と言っても一目で見渡せるが、してみて、トイレが階段の下にあり、階段の上は居間と同じ広さのベッドルームとお風呂が広がっていることを確認したレイは満足そうに言った。
「今晩から野宿はしなくて済むな。」
「あら、街道街の宿屋に泊まらないの?」
「ここに宿付きの移動手段があるのに、わざわざ金を払って宿屋か?」
「それもそうね。・・・でも、レイ、こんな狭い部屋で平気?」
「野宿を気にしない俺に、それを聞くか?」
「・・・・・」
新たな空間は狭くはないが、昨日泊まった部屋に比べれば、やはり手狭だ。第一、ベッドはどうみても一人用のベッドだった。
レイって、絶対育ちのいいお坊っちゃんなのに、気にしないんだ・・・
騎士の給料がいくらか知らないが、ティアの髪飾りに支払った金貨の数に卒倒しそうになったティアは、予想外なレイの倹約精神にちょっと驚きだ。
貴族って、もっと見栄を張るものだと思ってた・・・いろんな人がいるのね。
自分も元は姫のくせに棚にあげて、思わず感心してしまう。
そして午後は、ティアが操縦桿を握って卵を出発させ、順調に雨の中を卵は王都に向かって飛んで行く。
夕方になり、そろそろ今日はこれで、と卵を近郊の森の中に下ろした。
だんだん暗くなってきて、景色が視認しにくくなってきたのと、街がだんだん規模が大きくなっているような気がしたのだ。これ以上進むと、卵を隠せる森が少なくなる、と遠くに街の灯りを確認した二人は、今日は、ここで、と森の中に卵をおろした。
『飛行、中止』
『了解しました。飛行準備を解除します。』
レイが告げると卵の脇の翼が消え、ブーンという音がしなくなった。
これで元の大きな卵だ。
「とりあえず、飛行は一日中ぐらいは持つみたいだな。」
「そうね、お昼以外は休憩しなかったし。」
小さな居住空間のおかげで、トイレ休憩もオヤツの時間も一人ずつ交代すれば卵を地上に降ろさず、飛行を続けてここまで来れた。
「そうだ、この『消える』、を押してみていいか? 攻撃と転移は論外だが、一体何が消えるのか気になる。」
「もちろんよ。」
スイッチを押してみると、卵のアナウンスが流れる。
『飛行船迷彩、完了しました。』
「飛行船はこの卵のことだろうが、次の単語は何を言ったのかわからんな。」
「何も周りからは、消えてないわよ。」
卵の中はもともと椅子しかなかった。操縦桿などが無くなれば、本当に何もない空間だ。二人で一体何が消えたんだろう、と首を傾げながら夕飯を作った。
やれやれ今日もお疲れ様、と夕飯を終えて、テーブルで食後のお茶を飲んでいると、卵に、どん、と何かぶつかる音が微かにする。
? 何かしら? 二人で居間を出て扉の前で剣を構えると卵からアナウンスが聞こえる。
『動物が本船にぶつかっています。対戦しますか?』
「何か動物がぶつかっているらしい、俺が腹ごなしにちょっと始末してくる。」
「気をつけてね、レイ。」
『俺が対戦する』
『了解しました。』
ティアが見守る中、防御のバリアを張りながら、外に出たレイは、暫くして捌いた肉塊を持って帰って来た。
「雨が降っていたから、ちょうどよかった、ほれ、綺麗に血抜きしたぞ。」
「わあ、これ何の肉?」
「イノシシだ、卵に向かって突進していた。何が消えたのかわかったぞ。外からはこの卵が見えん。」
「えっ、どう言う事?」
「卵が、’見えザル’だと思えばいい。外からは何もここに無いように見える。俺はここにあると知っていたから、『開け』といえば扉が開いたがな。」
「ああ、それで、消える、なのね。」
「街に近いし、今日はこのままでいいんじゃないか?」
「そうね、こうやって、イノシシも狩れたし! ここ、森の奥だから人も来ないでしょう。明日は鍋よ!鍋。芋も採って来てくれたの? ありがとう。レイ」
「ついでだ。ん? あっちに食べれる何かがある、ちょっと待ってろ。」
「レイ、濡れちゃうわよ!」
「もう濡れている、構わん。」
しばらくして、髪もびっしょりのレイを扉を開けて待っていたティアに、レイがサラダ菜を渡していると卵が反応した。
『大地の精霊を確認しました。視認しますか?』
「えっ、精霊?」
「ああ、俺も大地の加護持ちだ。すまんな、言うの忘れてた。」
! レイも、加護持ちだったんだ! 道理で・・・
今まで、どうしてレイはこんなに森の食べ物を・・・と思った疑問がこれで解けた。
「ね、大地の精霊ってどんな格好してるの?」
「多分、水の精霊と変わらんぞ。」
渡されたタオルで顔を拭きながら、レイが答える。
「ちょうどいいから風呂に入ってくる。」
「そうね、あ、卵、さっきなんて言ったの?」
「わからんが、精霊に関する事だろ。」
「じゃあ、『はい』」
『了解です』
途端に、緑色の透けた妖艶な美女が、扉の向こうに佇んでいるのが見えた。
(! 水の精霊と全然違う!!)
ティアを見てニッコリ笑った美女はそのままスッと消えていく。
・・・・・まさか、あんなグラマラスな美女達が大地の精霊なわけ?
「レイー! ちょっと、何が水の精霊と一緒よ! 全然違うじゃないの! えっ、きゃー、なんで裸なのよー。」
「風呂に入ると言っただろうが、なんだ一緒に入りたいのか?」
「ち、ち、違うー! だから、大地の精霊っていつもあんなんなの?!」
「ティア、ほらさっさと脱げ。ちょっと狭いが無理すれば一緒に入れる。」
「なんで、あんな妖艶な美女なのよ! ちょっと、聞いてる?どう言う事!」
頭に血が上ったティアは、階段を駆け上ってベッドルームに飛び込むと、服を脱いだレイに遭遇し、きゃあ、と顔を赤くした。レイがさっさと脱がせる間も、プンプンとレイを問い詰める。
「何を怒っているのか、さっぱり分からんが、ほら来い、湯は既に湯船に一杯だ。」
「ちょっと! 狭い!」
「俺の膝に乗れ。」
『空間装備の不十分を感知しました。エネルギーは十分あります。継承者の二人分に空間を広げますか?』
「これは『はい』だな。」
すると今まで狭かった部屋が、一気に倍の大きさに広がる。
「うわ!なに、急に部屋が!」
『家具の変更はパネルで出来ます。』
急に大きくなった部屋に、びっくりするティアを横目に、風呂場の壁に現れた四角い絵に書かれた文字に『はい』と返事をすると、風呂からベッドから全て大きく二人用に変更された。
「きゃあ、お風呂が!」
「二人用にした、これでのんびり入れるな。」
「えっ、あれ? なんで私、レイと一緒にお風呂?」
「さっき自分から入ってきて、何を言う。」
えっ、ウソー!、そんなことした覚え・・・あっ、そうだ、そんな事より・・・
「ちょっと、大地の精霊っていつもあんな妖艶な美女なの?、水の精霊は小さな精霊なんですけど!」
「そうなのか、いつもおんなじ精霊だがなぁ。まあ、気にするな。」
「気にするな? 気になんかしてませんよ。全然・・・」
だって、精霊の方が身体つきがいいって・・・
そうなのだ。ティアがここまで拘ったのは、さっきちらっと見た美女の、見事な、ボン、キュ、ボンのプロポーションの良さだった。
私、あそこまで胸、ない・・・・
さっき見た、溢れるような胸の大きさ、あんなの毎日見てたら、きっとレイ、私の身体なんて・・・思わず自分の胸を見下ろして、ズーンと落ち込んでしまう。
さっきまで、何か怒っていたかと思うと、今度は何か沈んでいる。ティアの百面相に、すっかり慣れたレイは、そのまま膝に乗せたティアを抱きしめる。
「よしよし、何を怒っているのか知らんが、ティア、気にするな。」
「だから、気にしてなんか・・ん、レイ・・何?」
そのまま、抱きこまれて、髪に口づけを落とされ、なぜかズルズルと仰向きにレイの足の上身体を倒されてティアの頭を膝にのせたレイは、せっせとティアの髪を洗い出した。
あっ 髪の染料・・・水が黒く流れ出すのを横目で見ながら、これじゃあ、水張り直しね、と思っていると、そのうち、レイが、よし、これでいい、と、ティアを抱き起こす。
「あ、水、変えなきゃ、」
「水は綺麗なままだ、どうなってるのかわからんが・・・」
確かに黒く染まる筈の水はそのまま透明だ。あれ、さっきは確かに・・・抱き起こしたティアの髪を取って、レイはキラキラの髪にそっと口づける。
キスを落とされたのは髪なのに、なんでこんなに恥ずかしいの?
レイの丁寧な愛しむような仕草に、ティアは真っ赤になってしまう。そのまま頭や頬やうなじや耳たぶにキスされて、ますます胸がドキドキ、だ。
静まれ、私の心臓・・・
「ティア、ベッドに行こう。」
耳のそばで掠れた声でささやかれ、ティアは真っ赤になって頷いた。
順調に飛びだした卵に翼の生えた魔道具、操縦席の二人は初めて体験する飛行感覚にもだいぶ慣れ、今度はティアが遥か下に見える、ファラドンへの街道沿いに卵を飛ばして操縦している。
すでにいくつもの街の上空を飛び越している速さから、普通は徒歩でのんびり6週間、早馬でも5日はかかる王都への旅が、レイは2-3日で着くのでは、とティアに告げる。
「ええっ、まさか、本当に? ハテから前、ファラドン見物に出かけた村長が片道2ヶ月掛かった、って言ってたわ。」
「ああ、多分だがこの卵、速度が早馬の倍ぐらい出ているとして、その上障害のない一直線の道のりだ。たとえ実際は早馬ぐらいだとしても、俺たちが走るよりまっすぐ直線距離を飛べる。山や谷、湖を迂回しないからな。問題は、この卵の持久力だな、一体一日どれくらい飛べるのか、まあ、こればっかりは飛んでみないと分からん。」
「そうねえ、こんな大きな魔石、見たことも聞いたことも無いし、魔石そのものを加工した魔道具も、せいぜいさっき見た装身具ぐらいよ。見たことあるの。」
普通の魔石は力が弱くなると色が薄くなる。が暫く、例えば、一日放っておくと、また力をいつの間にか蓄える。魔道具は便利な物だが、魔石の力によって、使える利便性が制約されてしまう。
首を傾げて答えるティアに、まあ、そのうち分かるだろ、と言ってレイは操縦桿レバーの周りに並んでいる四角形を睨んでいる。
古代神聖文字が書いてあるその四角形は操縦者交代時に押した四角の箱に似ていて、多分押せば何らかの仕掛けが起動するスイッチなのだろうが、なんせ書いてある文字が文字なので、解読するのに苦労しそうだ。
「うーん、これは確か『消える』、だったよな、でも何が消えるんだ? それにこれは『攻撃』の意味だったような・・・これは『転移』、迂闊に押すとどこに連れて行かれるかわからん・・・」
頭をかかえるレイの横でティアは目の前に広がる景色に、ただただ見とれるばかりだ。
アイスのブロックで空を駆ける時とも違う、この高さから見下ろす感じ、目の前に広がる空、まるで崖の上から見渡す景色のようだわ・・・綺麗・・・
同じ速度と高度を保っているので、操縦者は方向を定めるだけでいい。
操縦桿を街道に沿って前に倒しながら、どこまでも広がる空を眺めていると、前方に黒い雲の塊が見てきた。
あ、あれってもしかして・・
「レイ、なんか雨雲らしきものが前に見えるんだけど。」
「ん、どれ、ああ、間違いないな、さて、ただの雨なら大丈夫だと思うが。」
遠くに光った雲を見て、レイは眉をしかめる。
ティアも、あー、これは、稲光ってことは、前は嵐か、どうしよう、地面に降りた方がいい? と、レイの方を伺う。
「とりあえず街道に沿って行ってみよう、途中でダメそうなら下に降ろそう。俺が操縦する。」
「了解。」
レイが四角い箱に手を伸ばして、ポンと箱を押し、操縦を取って代わった。
風の音が強くなる。曇ってくる空模様に、二人して前方を睨みながら、速度を保って真っ黒な雨雲に向かって卵を飛ばす。
迂回できない・・・何処までも続く街道が二人のファラドンまでの目印で、一旦そこを外れると、見渡す限り森や山、村々や田園が広がる景色、遠くに見える大霊山脈だけが唯一の方向目印だ。
「レイ・・・」
「大丈夫だ、心配するな。風は強いが卵は揺れてもいない。トクも言ってただろ、火薬を使ってもかすり傷一つ付かなかったと。」
そうだった、頑丈さだけは保証つきだ。
大丈夫、レイと一緒だし、怖くない・・・
ビュンビュンと強くなる風に卵はビクともせず飛んでいるが、横風に叩きつけられる雨がだんだんひどくなってきて、今度は窓に映る視界が悪くなってきた。
『雨を感知しました、水の補給に入ります。』
「なんだ、水も必要なのか?」
「どうしたの?」
「卵が水を補給すると言っている。」
「補給?」
『視界が悪いのでセンサーに切り替えます。』
「『センサー』? なんだそれは?」
前方の、雨が流れる大きな窓に映る外の風景がいきなり消え、炭で描いたような黒と白の濃淡景色が代わりに浮かんだ。確かにこの方が雨が視界の邪魔にならず、周りの様子は色が無いだけで十分うかがえる。
卵はどんどん雨雲に突っ込んで行き、窓からの明かりが僅かな光明しか入らなくなると、明かりを、と手元に魔法で明かりを付けた途端、卵の中がほんのり明るくなって、周りが優しい乳白色に染まる。
「わあ、綺麗な明かり・・・」
手元の明かりを消して思わず卵の中を見渡してみる。天井から床まで壁全体がほんのり明るく淡い光で溢れ、室内全体を照らし出している。
なんだか、ホッとする。 激しくなる雨の中、卵の中は安全だ。
途端に、稲光が光って、ドドーンという雷の音とともに目の前に光が走ったように感じた。
窓は相変わらず白黒の景色を写しているので、あくまでティアが肌で感じただけであったが。
ぎゃー、今の落ちた、絶対落ちた!
「レイ・・雷に当たったら、木は裂けてしまうわ。ほんと大丈夫なの?」
「わからんが、警告音も出ないしな。まあ・・」
『雷を感知しました、エネルギー補給のため避雷針を立てて蓄電します。』
「『エネルギー』補給?」
途端に雷の音がバリバリ聞こえて、ティアの感覚ではこの卵に雷がどんどん落雷している感覚が伝わってくる、が、相変わらず卵は、揺れもしない。
い、やー、怖い怖い怖い!
「う、るさーい。えいっ」
思わず、防音の為、レイと自分の周りに防御の壁を厚く張って、やっと遠くなった落雷の音にホッとして耳を抑えていた手を外す。レイは冷静に操縦桿を握って街道から外れないよう目で窓を確かめながら、楽しそうに震えるティアをちらりと見て、ふっと含み笑いをもらした。
「ティア、もしかして雷も苦手なんだな。」
「女の子は雷嫌いなのよ!」
「そうか、こっちにおいで、俺が操縦してるから椅子から離れても大丈夫だろ。」
ティアが、そろそろと警戒しながら椅子から立ち上がっても警告音はならない。
レイの側に近付くと、長い片手が伸びてきてレイに引き寄せられ、そのままレイの膝の上に座らされた。
片手で操縦桿を握りながら、レイはティアを抱き込んでくる。
頬にキスをされて、ようやく震えの止まったティアを、レイは愛しそうに頬ずりをする。
いつでも冷静で頼もしいレイに、ティアも鼻の頭を擦り寄せて首に手を回し、レイにしがみついた。
レイの身体、あったかい、それにとっても安心できる。ん~、大好き・・・
雷が鳴り響く嵐の中を、吹き荒れる突風や激しい雨を物ともせずスイスイと進む卵。
そして、卵の警告音がならない為、沈着冷静なレイが操縦桿を握り、ティアはレイの腕の中で嵐が通り過ぎるのをじっと待つ。
離れたくない・・・ティアはレイの首に顔を埋めて、なるべく雷の音を聴かないようにレイの温かい身体に抱きついてやり過ごし、そのまま安心したのか、いつの間にかレイに抱きついたまま、クーと寝てしまった。
「ティア、そろそろ起きろ、昼にしよう。」
「ん~、おはよう、レイ。」
「おはよう、じゃない、おそよう、だ。昼だぞ。」
レイの声で起きたティアは、ふあ~、と大きな伸びをしようとして、レイの身体にもたれ掛かったままの自分に気づいた。
あぁ! そっか、私、あのまま安心して寝ちゃったんだ・・・
昨夜は、今日でレイとお別れだと思っていたので、頭の中がぐるぐるして眠りが浅かったような気がする。
レイの首に溜まったよだれを拭きながら、ごめん、寝ちゃった、運転ありがと、とレイの頬にチュッとキスをした。
「気にするな、ティアの寝顔を眺めるのは楽しかったぞ。」
「!」
寝顔見られた! もう、また恥ずかしいことを堂々と・・でも、今回寝ちゃったの、私だし・・
文句言えない、とりあえず起きよう、と身体に力を入れてレイの心地のいい身体から身を起こすと、キョロ、キョロ、周りを見渡した。
あれ? ここ、どこ?
窓からは相変わらず雨の景色が見えるが、空の上の景色ではない。森の中のような周りの景色だ。
「嵐は通り抜けたが、雨雲は続いていてな。とりあえず、街道沿いの近くに見えた、森の開けた所に卵を降ろした。」
「そうね、私も街道から見える野原、とか目立つところはヤメタ方がいいと思ってたのよ。」
なんせ特殊な大きな卵の形、その上、翼が生えているのだ。
空を飛んでいるときは大きな鳥に見えないこともないが、地面に降ろすと目立つ事この上ない。見えにくい森の中なら、きっと目立たないだろう。
扉の前に立つと扉が開くが、相変わらず外は、しとしと雨が降っている。ひんやりとした空気に曇り空、今日は外は諦めた方が良さそうね。
「あ~、これは・・・今日は中でご飯を作って食べるしかなさそうね。」
「そうだな、まあ、幸いこの中は暖かいし雨宿りには快適な場所だ。」
レイが、外から見た形よりも、どう見ても高い天井、広い卵の中を見渡す。
火を起こすなら、狭いから煙対策に扉を開けたままで・・・と考えていたティアは、ふと卵の後ろの壁の目立たない片隅に薄い四角い箱、どうやらスイッチらしいが、設置されているのが目に入った。
何の仕掛けかしら?これ、ティアはスイッチの文字が読めず、そうっと触れてみる。
『エネルギーは十分補給できました、けプッ。省エネのため閉じていた空間を開きますか?』
「・・・空間を開く?」
「卵は何を開くって言ったの?」
「閉じていた空間、と言っているが。」
「・・それって中を大きくするって事よね。今日は一日こんな天気だし、中は広い方がいいわ。」
「そうだな、じゃあ押すぞ。」
壁のスイッチを押すと、シュン、と音がして卵の後ろの壁が一部無くなり、そこには小さな家の居間、台所、を思わせる、家具付きの空間が現れた。
「まあ、すごい!」
「ほお。」
床は黒、椅子やカーテンの色は濃い赤で、シンプルな線の家具は金色をしている。
思いっきり、ティアの趣味ではない。
でも、家具は使いやすそうな大きな長椅子に、一人がけのソファが二つ向かい合わせで並んでおり、小さいダイニングテーブルも椅子が二つ並んでいる。
テーブルの向こうは簡単な台所のようで、全く使われた形跡がなく、埃も被っていない。
ソファの向こう側に上に続く階段が見えた。
へえ~、まるで小さな家みたい。
新しい空間に足を踏み入れたティアは、壁に大きな真っ黒に塗りつぶされたような四角い絵がかかっているのに気づいて不思議に思って近づく。
なんだろうこれ? 真っ黒な絵に触ってみると、それはブン、と音を立てて空間の見取り図らしき物を映し出し、図の下に虹のようにいろいろな色が写し出される。
この趣味の悪い赤の壁、なんとかならないかしら? と思って見取り図の壁の赤を触ると絵の下に文字が現れた。
「レイ、これ、なんて書いてあるの?」
「色、選べ、だな」
「色を選べ?」
試しに、ティアの趣味に合う、限りなく白に近い暖かい白を選んでみると見取り図の壁が白になる。
『このまま実行しますか?』
「・・・ま、取り敢えず『はい』だな。」
レイが答えると、空間の壁が白に変わった。
「わー、色が自由に変えられるのね、これはいいわ。せっかくだから、全部変えちゃおうっと。カーテンの色、レイは何色がいい?」
「俺か? 俺はティアの好きな色でいいぞ。気に入らない場合はその時、教える。」
「わーい、えっとお・・・」
どんどん変えられる部屋の内装をレイは面白そうに見ている。
暖かい木の床の色。薄い透けるような水色のカーテンに、貝殻のような白と茶色が混じったソファの色、青と深緑のクッション。
あっ、これってもしかして上の階よね。ベッドの色も黒、赤、金から変えて、っと・・・白と淡い水色、前に最初にレイと触れ合った時にイメージした南国の海の色の絨毯・・・
よし、これで・・・
周りを見渡すとすっかり見違えた空間が広がっていた。
「わー、可愛い!」
「そうか、ティアはこんな色が好きなんだな」
南の暖かい海を連想させる色の部屋に、レイは面白そうに周りを見渡す。
新しい空間に大満足のティアのお腹が、グウ、となって昼食の時間であることを主張した。
「やだ!・・・」
「そろそろ飯にしよう。」
「そ、そうね。台所があったから。」
恥ずかしい、レイの前で、もう・・・真っ赤になったティアに続いてレイも台所に入り、二人で手分けしてお昼を用意する。ふんふん、と鼻歌を歌いながら、腕輪から取り出したパンを焼いて、ステーキを焼くと美味しそうないい匂いが部屋中に広がった。レイはサラダを作って、できた料理をテーブルに並べていった。
「いただきまーす。」
「ん、美味しい。」
「残ってたキノコをソースにしてみたの。」
「ティアの料理は美味い。」
「ありがとう、レイ。」
魔道具のかまどは煙が出ず、香ばしい料理の匂いだけが辺りに漂う。
外は雨だが、ティアはレイと二人で美味しく、幸せにお昼を食べた。
新たな空間の探検を、と言っても一目で見渡せるが、してみて、トイレが階段の下にあり、階段の上は居間と同じ広さのベッドルームとお風呂が広がっていることを確認したレイは満足そうに言った。
「今晩から野宿はしなくて済むな。」
「あら、街道街の宿屋に泊まらないの?」
「ここに宿付きの移動手段があるのに、わざわざ金を払って宿屋か?」
「それもそうね。・・・でも、レイ、こんな狭い部屋で平気?」
「野宿を気にしない俺に、それを聞くか?」
「・・・・・」
新たな空間は狭くはないが、昨日泊まった部屋に比べれば、やはり手狭だ。第一、ベッドはどうみても一人用のベッドだった。
レイって、絶対育ちのいいお坊っちゃんなのに、気にしないんだ・・・
騎士の給料がいくらか知らないが、ティアの髪飾りに支払った金貨の数に卒倒しそうになったティアは、予想外なレイの倹約精神にちょっと驚きだ。
貴族って、もっと見栄を張るものだと思ってた・・・いろんな人がいるのね。
自分も元は姫のくせに棚にあげて、思わず感心してしまう。
そして午後は、ティアが操縦桿を握って卵を出発させ、順調に雨の中を卵は王都に向かって飛んで行く。
夕方になり、そろそろ今日はこれで、と卵を近郊の森の中に下ろした。
だんだん暗くなってきて、景色が視認しにくくなってきたのと、街がだんだん規模が大きくなっているような気がしたのだ。これ以上進むと、卵を隠せる森が少なくなる、と遠くに街の灯りを確認した二人は、今日は、ここで、と森の中に卵をおろした。
『飛行、中止』
『了解しました。飛行準備を解除します。』
レイが告げると卵の脇の翼が消え、ブーンという音がしなくなった。
これで元の大きな卵だ。
「とりあえず、飛行は一日中ぐらいは持つみたいだな。」
「そうね、お昼以外は休憩しなかったし。」
小さな居住空間のおかげで、トイレ休憩もオヤツの時間も一人ずつ交代すれば卵を地上に降ろさず、飛行を続けてここまで来れた。
「そうだ、この『消える』、を押してみていいか? 攻撃と転移は論外だが、一体何が消えるのか気になる。」
「もちろんよ。」
スイッチを押してみると、卵のアナウンスが流れる。
『飛行船迷彩、完了しました。』
「飛行船はこの卵のことだろうが、次の単語は何を言ったのかわからんな。」
「何も周りからは、消えてないわよ。」
卵の中はもともと椅子しかなかった。操縦桿などが無くなれば、本当に何もない空間だ。二人で一体何が消えたんだろう、と首を傾げながら夕飯を作った。
やれやれ今日もお疲れ様、と夕飯を終えて、テーブルで食後のお茶を飲んでいると、卵に、どん、と何かぶつかる音が微かにする。
? 何かしら? 二人で居間を出て扉の前で剣を構えると卵からアナウンスが聞こえる。
『動物が本船にぶつかっています。対戦しますか?』
「何か動物がぶつかっているらしい、俺が腹ごなしにちょっと始末してくる。」
「気をつけてね、レイ。」
『俺が対戦する』
『了解しました。』
ティアが見守る中、防御のバリアを張りながら、外に出たレイは、暫くして捌いた肉塊を持って帰って来た。
「雨が降っていたから、ちょうどよかった、ほれ、綺麗に血抜きしたぞ。」
「わあ、これ何の肉?」
「イノシシだ、卵に向かって突進していた。何が消えたのかわかったぞ。外からはこの卵が見えん。」
「えっ、どう言う事?」
「卵が、’見えザル’だと思えばいい。外からは何もここに無いように見える。俺はここにあると知っていたから、『開け』といえば扉が開いたがな。」
「ああ、それで、消える、なのね。」
「街に近いし、今日はこのままでいいんじゃないか?」
「そうね、こうやって、イノシシも狩れたし! ここ、森の奥だから人も来ないでしょう。明日は鍋よ!鍋。芋も採って来てくれたの? ありがとう。レイ」
「ついでだ。ん? あっちに食べれる何かがある、ちょっと待ってろ。」
「レイ、濡れちゃうわよ!」
「もう濡れている、構わん。」
しばらくして、髪もびっしょりのレイを扉を開けて待っていたティアに、レイがサラダ菜を渡していると卵が反応した。
『大地の精霊を確認しました。視認しますか?』
「えっ、精霊?」
「ああ、俺も大地の加護持ちだ。すまんな、言うの忘れてた。」
! レイも、加護持ちだったんだ! 道理で・・・
今まで、どうしてレイはこんなに森の食べ物を・・・と思った疑問がこれで解けた。
「ね、大地の精霊ってどんな格好してるの?」
「多分、水の精霊と変わらんぞ。」
渡されたタオルで顔を拭きながら、レイが答える。
「ちょうどいいから風呂に入ってくる。」
「そうね、あ、卵、さっきなんて言ったの?」
「わからんが、精霊に関する事だろ。」
「じゃあ、『はい』」
『了解です』
途端に、緑色の透けた妖艶な美女が、扉の向こうに佇んでいるのが見えた。
(! 水の精霊と全然違う!!)
ティアを見てニッコリ笑った美女はそのままスッと消えていく。
・・・・・まさか、あんなグラマラスな美女達が大地の精霊なわけ?
「レイー! ちょっと、何が水の精霊と一緒よ! 全然違うじゃないの! えっ、きゃー、なんで裸なのよー。」
「風呂に入ると言っただろうが、なんだ一緒に入りたいのか?」
「ち、ち、違うー! だから、大地の精霊っていつもあんなんなの?!」
「ティア、ほらさっさと脱げ。ちょっと狭いが無理すれば一緒に入れる。」
「なんで、あんな妖艶な美女なのよ! ちょっと、聞いてる?どう言う事!」
頭に血が上ったティアは、階段を駆け上ってベッドルームに飛び込むと、服を脱いだレイに遭遇し、きゃあ、と顔を赤くした。レイがさっさと脱がせる間も、プンプンとレイを問い詰める。
「何を怒っているのか、さっぱり分からんが、ほら来い、湯は既に湯船に一杯だ。」
「ちょっと! 狭い!」
「俺の膝に乗れ。」
『空間装備の不十分を感知しました。エネルギーは十分あります。継承者の二人分に空間を広げますか?』
「これは『はい』だな。」
すると今まで狭かった部屋が、一気に倍の大きさに広がる。
「うわ!なに、急に部屋が!」
『家具の変更はパネルで出来ます。』
急に大きくなった部屋に、びっくりするティアを横目に、風呂場の壁に現れた四角い絵に書かれた文字に『はい』と返事をすると、風呂からベッドから全て大きく二人用に変更された。
「きゃあ、お風呂が!」
「二人用にした、これでのんびり入れるな。」
「えっ、あれ? なんで私、レイと一緒にお風呂?」
「さっき自分から入ってきて、何を言う。」
えっ、ウソー!、そんなことした覚え・・・あっ、そうだ、そんな事より・・・
「ちょっと、大地の精霊っていつもあんな妖艶な美女なの?、水の精霊は小さな精霊なんですけど!」
「そうなのか、いつもおんなじ精霊だがなぁ。まあ、気にするな。」
「気にするな? 気になんかしてませんよ。全然・・・」
だって、精霊の方が身体つきがいいって・・・
そうなのだ。ティアがここまで拘ったのは、さっきちらっと見た美女の、見事な、ボン、キュ、ボンのプロポーションの良さだった。
私、あそこまで胸、ない・・・・
さっき見た、溢れるような胸の大きさ、あんなの毎日見てたら、きっとレイ、私の身体なんて・・・思わず自分の胸を見下ろして、ズーンと落ち込んでしまう。
さっきまで、何か怒っていたかと思うと、今度は何か沈んでいる。ティアの百面相に、すっかり慣れたレイは、そのまま膝に乗せたティアを抱きしめる。
「よしよし、何を怒っているのか知らんが、ティア、気にするな。」
「だから、気にしてなんか・・ん、レイ・・何?」
そのまま、抱きこまれて、髪に口づけを落とされ、なぜかズルズルと仰向きにレイの足の上身体を倒されてティアの頭を膝にのせたレイは、せっせとティアの髪を洗い出した。
あっ 髪の染料・・・水が黒く流れ出すのを横目で見ながら、これじゃあ、水張り直しね、と思っていると、そのうち、レイが、よし、これでいい、と、ティアを抱き起こす。
「あ、水、変えなきゃ、」
「水は綺麗なままだ、どうなってるのかわからんが・・・」
確かに黒く染まる筈の水はそのまま透明だ。あれ、さっきは確かに・・・抱き起こしたティアの髪を取って、レイはキラキラの髪にそっと口づける。
キスを落とされたのは髪なのに、なんでこんなに恥ずかしいの?
レイの丁寧な愛しむような仕草に、ティアは真っ赤になってしまう。そのまま頭や頬やうなじや耳たぶにキスされて、ますます胸がドキドキ、だ。
静まれ、私の心臓・・・
「ティア、ベッドに行こう。」
耳のそばで掠れた声でささやかれ、ティアは真っ赤になって頷いた。
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