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夜明けに現れた怪しい男

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煌めく朝日がゆっくり夜明けの海を照らしている。
広大な海の水面が次第にピンクがかった明るい碧に色変わりしていく光景は、いつ見ても、感動してしまう。

うーん、早朝の涼しい風が気持ちいい。
今日は何かいい事ありそう!

ティアは朝市の場所取りの為に、今日は朝早く夜明け前から張り切って起きた。
村の広場で屋台の場所を一番早く手に入れると、店を育ての親であるスウとジンに任せて海岸に降り、サラサラの砂の上を歩いて部屋に飾る貝殻を拾っていた。

(あっ、この貝、色が紫! キレーイ。これはキープね。)

潮の匂いのする海風、ザザンとひいては寄せる波の音。
ふと歩みを止めると、キュッと鳴き砂の可愛い音が足元で鳴る。
朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、ティアは、ふー、と大きく深呼吸する。

このハテと呼ばれる村の朝は早い。
ファラメルン王国でも最南端の岬に位置するこの村では、人々は主に漁業で暮らしを立てている。
元優秀な魔法騎士であったスウ、ジンと共に、戦火を逃れてティアがここに亡命して10年。ティア達が親子として暮らす村外れの家は森に隣接しており、狩人として森から得た貴重な肉を朝市で売ったり、スウの煎じた薬やポーションを商人に売ったりして、暮らしは楽ではないが、のんびりした生活を送っている。
はじめはティアたちを警戒していた村人たちも、今ではすっかり村の一員としてティア達を受け入れてくれていた。

水の豊かなアズロン連邦出身の者に多い艶やかな黒髪を風になびかせながら、惹きこまれそうな青紫の瞳で、今日も晴れそう、と海を眺めていると、見慣れない小舟が一艘、海岸線の外れの崖の方から現れ、こちらに向かって近づいて来た。

(あれ?見かけない船・・・こんな朝早く、漁船でもないし・・・)

急速に近づく、港と反対の崖の方から突然現れた、人目を忍ぶような見慣れない黒っぽい小舟。
なんだろう? と不思議に思いながら舟が海岸に乗り上げる様子を、岩陰から、そうっと見つめる。
3人の体格のいい男達が乗っている小舟は、海岸に瞬く間に上陸した。

男達の風体がはっきり見えたティアは、思わずハッとスカートの下に隠した短剣に手を伸ばす。

(あれって・・剣を持ってる! まさか海賊?!)

相手は体格のいい男3人、この暑い季節に一人はマントをすっぽり被って風体を隠している。

うわあ、怪しい事、この上ない! 

青くなりながら慌てて踵を返し、村の人に知らなきゃ、と走り出そうとすると、船から降りて来た3人のうちの一人に見つかって、あっという間に追いつかれ腕を掴まれた。

「痛い! 離して!」
「イゼル、不味い、騒ぎにしたくない。」

よく通る若い男の声がマントの下から聞こえ、イゼルと呼ばれた少し年長らしい短髪で上背のある男がティアの口をゴツゴツした大きな手で覆う。

「ジュノ、村の村長に面識はあるか?」
「いや、ハテに来たのは俺っちも初めてだ。」

(村長? この男たち一体村長をどうするつもり?)

マズい、もしかしてこれは村の危機?

ティアは口を塞がれたまま、とっさに魔法を実行する。

(手を離して!)

ティアの周りに現れた魔法陣は防御のバリアを展開した、ハズが、背の高いマントを被った男が手を振ると、ぱちん、と呆気なく消えてしまった。

(えええっ 嘘ー! 私の魔法を無効化した!?)

「無詠唱か、ただの村人だと思ったら、ずいぶんな魔法の使い手だな。」

(だめだ、迷ってる場合じゃない。)

覚悟を決めたティアは攻撃魔法を手加減なしで展開する。

「!、イゼル、ジュノ! まずい!」

今度はティアの魔力を最大限に使ったので無効化はされなかったが、マントの男が手をティアに向けて差し出した途端、魔力負けして威力が半減したファイアボールが男達に襲い掛かる。

ダメだわ、威力が全然足りない!

案の定、残り二人が何か呟くと盾が出現し、ファイアボールはあっけなく防御されてしまった。
そしてティアは、ずずっと何処からか現れたツタのような縄で全身拘束される。

「きゃあ! か弱い乙女に何するのよ!」
「まったく、どこがか弱い乙女だ・・・えらいじゃじゃ馬だな。大丈夫か?」
「!#$%!」

ティアの口を縄で塞いで、仲間のほうへと声をかけるマントの男をティアは睨みつける。

「うへえ、それにしてもこんな辺鄙な村にこれほどの使い手? 魔の森に近いせいかね?」
「いや、その娘の髪と目の色見てみろ。おそらく戦争から逃げてきた移民だろう。お前、この王国の出身ではないな?」

ファイアボールの余波で、砂をモロに頭から被ったジュノと呼ばれた男が頭を振りながら手で砂を払っている。ちゃっかりジュノの陰に隠れて被害を免れたイゼルが、ティアに問いかけるも、縄に口を塞がれていて返事もできない。
身体を拘束されるのが嫌で、あっちこっち手足を動かしてみるが縄は緩くもなくキツくもなく、ティアの身体にぴったりと巻きついている。

(口枷ぐらい、ときなさいよ!)

うーうー、と唸り、芋虫のよう身体をもぞもぞと動かしているティアをマントの男は面白そうに眺めている。

「レイ、口枷ゆるめないと、この、しゃべれんぞ。」
「ああ、悪い悪い、ちょっと珍しい生き物だと思って・・・」

(私は、見世物か! この男、ほんっと腹立つ、さっさと縄を解いてよ!)

「なあ、この娘、縄解いたら叫ぶんじゃね? あのねぇお嬢さん、僕たちっ、決して怪しいものでは・・・」
「上着を脱ぎながら言うな! お前、それ怪しすぎるだろ。」
「いや、まったく偶然だぜ、・・・ここってファラドンよりやたら暑い・・」
「お前、絶対わざとだろ。ああ悪いな。こいつちょっとふざけただけで、ほんとうに俺たちはお前に危害を加える気はない。」

ジュノをいさめながら、足と口の縄を緩められ、ズザーと砂の上を思いっきり後ずさりしていたティアに、イゼルが声を掛ける。

ファラドン? 王都から来たのなら賊ではない?

上着を脱ぎ始めたちょび髭を生やしたジュノと言う男から、ティアはジリジリ距離を取りながら考える。

「じゃあ、誰に危害加える気よ!」
「誰にも危害は加えんといっとるだろうが。俺たちは村長に相談があってきただけだ。」
「相談? こんな夜明けに海からこっそりマント被って顔隠して? 賊じゃないなら顔ぐらい見せたら? 怪しすぎるわよ、その恰好!」

(特にそのマント被ってる奴、顔ぐらい出せ! よくも、こんなか弱い私を縛ったわね。)

いまだに腕の縄はほどいてもらえず、ティアはすこぶる機嫌が悪い。
マントを被った男はイゼルのほうに振り向いた。

「お前が顔を隠せというから着込んだのに、余計目立ってるじゃないか。」
「ああ、すまん、俺もこれほど田舎だという事、すっかり失念してた。」
「田舎で悪かったわね。」

なんて失礼な男達なの!

でも・・・・
よく見てみると、いつもならティアの危機には必ず騒ぎ出す水の精霊たちが面白そうに海から見物している。

(あの子たちが警戒してないって事は、賊ではない?)

「ねえ、この縄いい加減ほどいて。攻撃したのは悪かったけど、いきなり海から来て腕をつかまれたんじゃ警戒しないほうがおかしいでしょ。」
「まあ、お前の言うことも一理ある。分かった。解いてやるよ。」

マントの男がそう言うと、ほっとしたティアを拘束していた縄がすうっと消えた。

「お前、ハテの村の者か?」
「そうだけど、人にものを聞く前に自分、名乗りなさいよ。」
「ああ、俺はレイ、あっちの背の高い方がイゼル、髭のがジュノだ。お前の名はなんと言う?」
「ティア、よ。」

拘束された腕をさすりながらティアが答えると、男は、頭から被っていたマントをいきなり、ばさっと煩わしそうに取り除き、ティアの目を見て頼んできた。

「ティア、俺たちを村長の所まで案内してくれ。」

(へっ!? ええ? なんか、想像してた感じと・・・・)

朝日に輝く金糸の髪、南の海の深いエメラルドグリーンの瞳、目鼻立ちが整った精悍な顔。

若くて超カッコいいが、その何処か気品のある顔と鋭い目、命令し慣れた尊厳ある態度が、この男を否が応にも目立たせる。
それに旅人の服を着てはいるが、動きやすさに特化した使い込まれた薄汚れた皮ブーツなど、元は上等な品に見える。

後の二人の荒っぽい風体と同レベルを想像していたので、なんか騙されたような、気負っていた分、ちょっと拍子抜けのような・・・・

(いやでも、確かにマント被ってても目立つけど、被ってなくてもあんまり変わらないんじゃ・・・)

精悍な男らしい風貌の、レイと名乗った若い男は身なりこそみすぼらしいが、しなやかな動作やちょっとした仕草が上品で訓練を受けた騎士を想像させる。この男の風体はこのハテの村では嫌でも目立つだろう。

(ふむ、とりあえず今すぐ村を襲う、という気配は感じられない、かな。)

「村に危害を加えないと誓うんなら、案内してあげる。」
「ほう、もし嫌だと言ったら?」
「狼煙を上げて、味方が来るまで応戦よ!」

威勢良く啖呵を切ったのはいいが、腰を低くして足のナイフに手を伸ばそうとした途端、びりっ、と言う嫌な音がティアのドレスから聞こえた。

「えっ、嘘! やだー、さっき縄が擦ったから!・・・」

真っ赤になって敗れた前身頃を手で押さえるティアにレイは腹を抱えて大笑いだ。

「お前、度胸だけは認めてやるよ、ハハ、こんなに笑ったの久しぶりだ、あはは。」
「うるさいわね! 元はと言えば、あんたの縄が原因じゃない! 弁償してよね、一応一張羅なんだから!」
「わかったわかった、ハハ、どうだ、それを元に戻したら村長の所に案内するというのは、ん? フェアな取引だと思うが。」

うー、こんな男の言うこと聞くのはとてつもなく嫌だが、このままではまともに歩く事もできない・・・
ちくしょう、覚えてなさいよ! このお返しはきっと・・とは思うが、ここは素直に直してもらうしかなさそうだ・・・・・

アズロン連邦、元マリス公国のマリス大公令嬢とは思えない、村での生活で発達させた新しい語彙をしっかり頭で使いこなしながら、ティアはしぶしぶレイの提案に頷いた。

「わかったわよ、さっさと直して。」
「お前、それが人に物を頼む時の態度か? どうゆう育て方をされたんだ、ええ?」

(こっのお! 人が折角穏便に・・・見てろ、これが私の実力!)

不本意、と顔に書いてあるようなわかりやすい態度から、一転してにこやかな微笑みを浮かべ、丁寧に腰を折って、昔、礼儀作法の先生に褒められた宮廷式の挨拶を優雅に、ドレスの端を柔らかく持って堂々と、未だクククと笑う男にティアはかました。

「これは失礼しました。それでは、ドレスを直して頂けますか?」
「ほう・・・」

レイを筆頭に、男ども3人は驚いたように目をみはった。ティアの破れたドレスから可愛い膝と形のいい足がチラリと覗いたが、ティアは気にせずにこやかに笑って見せる。

「お前・・・・よし、それでは直してやる。」

(やった! ふふん、これでちょっとは気が済んだわ。)

気を良くしたティアは、レイが後ろの二人に何も言うなと素早く目配せしたのに気づかなかった。そして服を魔法で直してもらい、3人を村長の所に機嫌よく案内する事にした。

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