18 / 24
魔導士のプライド 2
しおりを挟む そっとドアの隙間から洗面室を覗き込めば、ロカイユ装飾の鏡に映るエデュアルトとバッチリ目が合ってしまった。
「何だ? 」
タオルで頬を擦りながら、不機嫌そのものでエデュアルトが鏡の中のアメリアを睨みつける。
つい今しがた、兄と義姉に見せていた親しみはどこにもない。数多の令嬢へ向ける軽薄な笑みでもない。
不意に現れたアメリアを心底鬱陶しがっている、冷ややかなものだ。
アメリアはその怜悧な眼差しに挫けそうになりながらも、胸を拳で軽く叩いてから、そっとドアを開ける。
「私、わかったわ」
洗面室に滑り込むと、後ろ手に鍵を閉めた。
「何をだ? 」
カチリと鳴る音はエデュアルトにも聞こえているはずだが、彼はそのことには触れない。
アメリアが今から、誰にも聞かれてはならない会話を始めようとしていることを、何となく察しているようだ。
「あ、あなたが……私に……い、いかがわしいことをした理由が……」
アメリアは頬を赤らめ、言葉をつっかえた。
生まれて初めて異性に触れられた下着の中が、ずくりと疼いた。あんなところが体を刺激するなんて知らなかった。
エデュアルトは彼女が何故、赤面しているのか気づいているくせに、壁に凭れ腕を組み、表情筋を崩さない。
アメリアは唾を飲み下すと、前のめりになった。
「昨夜、お義姉様の香水をお借りしたの」
「だから何だ? 」
「あなた、お義姉様を思い出して、私にキスを仕掛けたのね。そればかりか、あ、あんなことを」
言うなり、アメリアは首の付け根まで真っ赤になる。
反比例して、エデュアルトの顔色は白い。
「俺がエイスティン夫人を思い出して、お前にキスしただと? 意味がわからんな」
「わたしはわかるわ」
断言する。
アーモンド型の澄んだ目がギラギラと瞬いた。
「あなた、お義姉様のことが好きなんでしょう? 」
エデュアルトが息を呑んだ。
それはほんの瞬きよりも短い時間だったが、アメリアは見逃さなかった。
「バカバカしい。彼女は人妻だぞ」
鼻で笑われるが、騙されたりはしない。
アメリアは挑む目つきとなる。
「あのジュリアって人、お義姉様と同じ髪色をしていたわ。体型もよく似てる」
「そんなもの、たまたまだ」
「そうかしら? 彼女、わざと似せているみたいだったわ」
「くだらん思い込みはやめろ」
嫌そうに顔を歪める。
しかし、その態度こそがアメリアを確信へと導いていく。
従来の彼ならば鼻で笑って一蹴し、飄々と話を変えているはずだ。アメリアを逆にやり込める会話へと転じて。
「俺が友人の妻に懸想しているだと? それなら根拠を示せ」
これほど一つの話に固執することこそが、図星である証拠だ。
加えて、アメリアは決定的なことを言い当てる。
「それなら何故、目を潤ませていたの? 」
「何だと? 」
「誤魔化しても無駄よ」
顔を洗って誤魔化してはいるが、彼の黒い瞳はしっとりと濡れている。
「子供が大人の事情に入り込むな」
エデュアルトは舌打ちすると、やや乱暴にタオルで目尻を擦る。
「もう子供じゃないわ」
エデュアルトには、未だにアメリアは五つ、六つの子供にしか映っていない。
アメリアは歯痒さと切なさがない混ぜになり、行き場のない想いを声に出した。
「私は二十一よ。いつでも結婚出来るんだから」
「男を知らない小娘が生意気な口をきくな」
エデュアルトが吐き捨てた台詞に、カッと全身の血が沸いた。
「し、知ろうと思えばいつでも出来るわ。知ろうとしないだけよ」
「へえ」
エデュアルトが意地悪く頬を歪める。
「それなら、今、知ってみるか? 」
あっとアメリアが小さく叫んだ時には、すでに二人の距離は詰まっていた。
エデュアルトが真正面に立つ。背が高く体格の良い彼に詰め寄られていた。妙な圧迫を感じて、アメリアはジリジリと踵を引いた。一歩下がれば、一歩踏み出し。それを何度か繰り返すうちに、とうとうアメリアは壁に背中を打ちつけ、逃げ場を失う。
どん、とエデュアルトが片手を壁につける。
ますます圧が凄まじい。
「ちょ、ちょっと……ブランシェット卿」
エデュアルトの表情筋は全く機能しておらず、冷たさで凝り固まってしまっている。
アメリアが畏怖を抱くには充分だ。
「あ、あの? 何だか怖いわ? いつもと全然違うみたい」
「お前が知る俺の顔は、ごく一部だけだろ。知ったふうな口をきくな」
生意気なやつめ。彼の最後の言葉をアメリアが聞くことはなかった。
「や、やだ」
ドレスの裾を捲り上げられ、薄いズロースの腰のゴムが伸びた。エデュアルトがゴムと皮膚の間に易々と手を差し入れたからだ。
「や、やめて」
アメリアは体をよじる。
覚えのある指遣いが薄手の生地の中を緩慢な仕草で這い回す。臍の真下から、後肛まで。
やがて微かな繁みまで辿り着くと、慣れた仕草であの部分を指の腹で潰した。
アメリアの背筋を震えが駆け抜ける。
「な、何するの! 」
「男を教えてやってるんだよ」
ニヤリ、とエデュアルトの口元が歪んだ。
「いや! 離して……ああ! 」
眠っていた官能を揺さぶるように、エデュアルトの指は緩慢に蠢いて、アメリアの息を荒くさせていく。下腹部がずくずくと小刻みに動く。触れられた指が火傷しそうに熱い。逃げようと腰を捩れば、さらに指は動き、クチュクチュと卑猥な音を上げた。
アメリアが知るエデュアルトは、軽薄な噂通りに飄々とした態度で小馬鹿にする戯け者だ。
このような「雄」なんて、知らない。
「エデュアルトお兄様! 」
アメリアは、封印した呼び名を叫んだ。
それは彼に、アメリアが一回り下の「子供」であることを思い出させる。
たちまちハッと硬直する。
目が合って。
エデュアルトはすぐさま「いつもの放蕩者ブランシェット子爵」の顔に戻った。
「わ、わかったか? あんまり知ったかぶりをするなよ。子供の分際で」
エデュアルトは、荒々しい息を繰り返すアメリアに向けて、いつも通りの上から目線で言い捨てた。
「何だ? 」
タオルで頬を擦りながら、不機嫌そのものでエデュアルトが鏡の中のアメリアを睨みつける。
つい今しがた、兄と義姉に見せていた親しみはどこにもない。数多の令嬢へ向ける軽薄な笑みでもない。
不意に現れたアメリアを心底鬱陶しがっている、冷ややかなものだ。
アメリアはその怜悧な眼差しに挫けそうになりながらも、胸を拳で軽く叩いてから、そっとドアを開ける。
「私、わかったわ」
洗面室に滑り込むと、後ろ手に鍵を閉めた。
「何をだ? 」
カチリと鳴る音はエデュアルトにも聞こえているはずだが、彼はそのことには触れない。
アメリアが今から、誰にも聞かれてはならない会話を始めようとしていることを、何となく察しているようだ。
「あ、あなたが……私に……い、いかがわしいことをした理由が……」
アメリアは頬を赤らめ、言葉をつっかえた。
生まれて初めて異性に触れられた下着の中が、ずくりと疼いた。あんなところが体を刺激するなんて知らなかった。
エデュアルトは彼女が何故、赤面しているのか気づいているくせに、壁に凭れ腕を組み、表情筋を崩さない。
アメリアは唾を飲み下すと、前のめりになった。
「昨夜、お義姉様の香水をお借りしたの」
「だから何だ? 」
「あなた、お義姉様を思い出して、私にキスを仕掛けたのね。そればかりか、あ、あんなことを」
言うなり、アメリアは首の付け根まで真っ赤になる。
反比例して、エデュアルトの顔色は白い。
「俺がエイスティン夫人を思い出して、お前にキスしただと? 意味がわからんな」
「わたしはわかるわ」
断言する。
アーモンド型の澄んだ目がギラギラと瞬いた。
「あなた、お義姉様のことが好きなんでしょう? 」
エデュアルトが息を呑んだ。
それはほんの瞬きよりも短い時間だったが、アメリアは見逃さなかった。
「バカバカしい。彼女は人妻だぞ」
鼻で笑われるが、騙されたりはしない。
アメリアは挑む目つきとなる。
「あのジュリアって人、お義姉様と同じ髪色をしていたわ。体型もよく似てる」
「そんなもの、たまたまだ」
「そうかしら? 彼女、わざと似せているみたいだったわ」
「くだらん思い込みはやめろ」
嫌そうに顔を歪める。
しかし、その態度こそがアメリアを確信へと導いていく。
従来の彼ならば鼻で笑って一蹴し、飄々と話を変えているはずだ。アメリアを逆にやり込める会話へと転じて。
「俺が友人の妻に懸想しているだと? それなら根拠を示せ」
これほど一つの話に固執することこそが、図星である証拠だ。
加えて、アメリアは決定的なことを言い当てる。
「それなら何故、目を潤ませていたの? 」
「何だと? 」
「誤魔化しても無駄よ」
顔を洗って誤魔化してはいるが、彼の黒い瞳はしっとりと濡れている。
「子供が大人の事情に入り込むな」
エデュアルトは舌打ちすると、やや乱暴にタオルで目尻を擦る。
「もう子供じゃないわ」
エデュアルトには、未だにアメリアは五つ、六つの子供にしか映っていない。
アメリアは歯痒さと切なさがない混ぜになり、行き場のない想いを声に出した。
「私は二十一よ。いつでも結婚出来るんだから」
「男を知らない小娘が生意気な口をきくな」
エデュアルトが吐き捨てた台詞に、カッと全身の血が沸いた。
「し、知ろうと思えばいつでも出来るわ。知ろうとしないだけよ」
「へえ」
エデュアルトが意地悪く頬を歪める。
「それなら、今、知ってみるか? 」
あっとアメリアが小さく叫んだ時には、すでに二人の距離は詰まっていた。
エデュアルトが真正面に立つ。背が高く体格の良い彼に詰め寄られていた。妙な圧迫を感じて、アメリアはジリジリと踵を引いた。一歩下がれば、一歩踏み出し。それを何度か繰り返すうちに、とうとうアメリアは壁に背中を打ちつけ、逃げ場を失う。
どん、とエデュアルトが片手を壁につける。
ますます圧が凄まじい。
「ちょ、ちょっと……ブランシェット卿」
エデュアルトの表情筋は全く機能しておらず、冷たさで凝り固まってしまっている。
アメリアが畏怖を抱くには充分だ。
「あ、あの? 何だか怖いわ? いつもと全然違うみたい」
「お前が知る俺の顔は、ごく一部だけだろ。知ったふうな口をきくな」
生意気なやつめ。彼の最後の言葉をアメリアが聞くことはなかった。
「や、やだ」
ドレスの裾を捲り上げられ、薄いズロースの腰のゴムが伸びた。エデュアルトがゴムと皮膚の間に易々と手を差し入れたからだ。
「や、やめて」
アメリアは体をよじる。
覚えのある指遣いが薄手の生地の中を緩慢な仕草で這い回す。臍の真下から、後肛まで。
やがて微かな繁みまで辿り着くと、慣れた仕草であの部分を指の腹で潰した。
アメリアの背筋を震えが駆け抜ける。
「な、何するの! 」
「男を教えてやってるんだよ」
ニヤリ、とエデュアルトの口元が歪んだ。
「いや! 離して……ああ! 」
眠っていた官能を揺さぶるように、エデュアルトの指は緩慢に蠢いて、アメリアの息を荒くさせていく。下腹部がずくずくと小刻みに動く。触れられた指が火傷しそうに熱い。逃げようと腰を捩れば、さらに指は動き、クチュクチュと卑猥な音を上げた。
アメリアが知るエデュアルトは、軽薄な噂通りに飄々とした態度で小馬鹿にする戯け者だ。
このような「雄」なんて、知らない。
「エデュアルトお兄様! 」
アメリアは、封印した呼び名を叫んだ。
それは彼に、アメリアが一回り下の「子供」であることを思い出させる。
たちまちハッと硬直する。
目が合って。
エデュアルトはすぐさま「いつもの放蕩者ブランシェット子爵」の顔に戻った。
「わ、わかったか? あんまり知ったかぶりをするなよ。子供の分際で」
エデュアルトは、荒々しい息を繰り返すアメリアに向けて、いつも通りの上から目線で言い捨てた。
1
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる