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三国会議 3
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会談期間の王城内は朝早くから衛兵が歩廊に立ち並んでいる。
いつもよりずっと物々しい雰囲気の中を、イザベルがうっかり被りを被ったまま歩いていると、魔導士のローブを着ていても途中で呼び止められた。
顔を見せると真紅の髪がはらり落ちる。
するとまるで腫れ物に触るみたいにそそくさと通されて、ひそひそ聞こえてくる「赤い魔女だ」の声に朝からため息が出そうだ。
ーー宮殿をすんなり通してもらえるのだから、いわゆる顔パスだわ。そう思うことにしてイザベルが執務室で日程を確認しているとドレス姿の上司が少し遅れて入室してきた。
夜会や晩餐会などのイベント続きなので、朝は少しゆったりしたスケジュールではあるけど、毎朝登城の支度はさぞかし大変だろう。と思いきや、ファリラは華やかに着飾れるのが楽しいようだ。
「この髪型どう? シルタニアで今、流行っているそうよ」
「……とてもお似合いですわ。今日はドレスもシルタニア風ですわね」
「そうなの。急に仕立て直したからどうかと思ったけど、間に合ってよかったわ」
朝から晩まで接待、おまけに研究所の報告書にも目を通しているのにどこにそんな時間が……? 令嬢のたしなみとは実に大変だ。
「きっと皆様にも喜ばれますわ。それでは、さっそく今日の予定ですけどーー」
自分もその貴族令嬢だとすっかり忘れているイザベルは品の良い紫のドレスを着たファリラとさっそく打ち合わせに入る。上司がのんびりしているのも、イザベルが実務を一手に引き受けているからなのだが。無表情で淡々とした態度からは疲れも読み取れない。手振り身振りで語るファリラの晩餐会の話を聞いているうちに話題はいつしかシルタニア情勢へと移っていた。
「ーーそれでね。帝国内ではカリッサ皇女を推す穏健派が、すごい勢いで派閥を広げているそうよ。第一皇子派の強力な支持者が失脚したとかで、新しい局面を迎えたらしいわ」
「そんな詳しい情報を、夜会から仕入れてくるんですの?」
上司の顔の広さは知っていたが、ここまで他国の最新情勢に詳しいとは。
「特使の方々の口は軽くないわ。これはボルガ邸の書斎から拾ったのよ。うちはほら、商業ギルドなんかから報告が上がってくるから……」
ファリラの回答は意外だったが、納得でもあった。旅する商人にとって各国の諸事情は死活問題に直結する。どんな些細な変化にも敏感になるだろう。
ボルガ邸の情報管理は、もう少し気をつけたほうが……といらぬ心配をしている間もファリラの話は終わっていなかった。
「それでねえ、カリッサ皇女の今の最大の後ろ盾はビストルジュ公爵家なんですって」
ぴくっと書類をめくっていたイザベルの指先が動いた。
「つまりビストルジュ様の父上よね。王家の影と呼ばれるほどの大貴族らしいけど、カリッサ殿下についたらしいわ。ここ一ヶ月ほどで帝国の派閥関係もずいぶん変わったみたい」
ーーイグナスがイザベルの前から姿を消した時期と重なる。もしかしたら、関係あるのかもしれない。
「……そうですか。それが我が国にとって、良い結果になればいいのですが」
ペンを止めず半分聞き流すイザベルに、ファリラは笑った。
「イジィは興味ないかもだけど、ビストルジュ様って見た目だけじゃないわよ。ほんとに素敵なんだから。帝国軍将軍の副官をなさっているんですって。どおりで警備に厳しいわけよね」
書類を片付けるイザベルの手が、一瞬震えた。かすかな傷跡のあった鍛えられた身体を思い出し、カアと頬が熱くなりそうになる。
ーー帝国軍という環境に身を置いていたからか。あのデリカシーのなさも、時折見せた鋭さやタフさ、気遣いも……
「彼から遠回しに、マイダス卿に気をつけるようにと忠告されたの。私の身を心配してくださるなんて、ちょっと嬉しいじゃない」
「……では、もう少し……探ってみますわ」
イザベルも偶然、イグナスと話す機会があったが、そんなことは一言も匂わせなかった。イザベルへの無関心はいっそ清々しいほどだ。
ーーそうだわ。忘れないうちに渡しておこう。
「そのマイダス卿との会話で、毒の話が出ましたので。念のためこれを」
差し出した小瓶の解毒ポーションを、ファリラは心得たとポケットにしまった。
どうやらマイダス卿にロックオンされてしまったらしいイザベルは、上司から一人きりにならないようにと厳重に注意された。
そのこともあって、休憩時間をレティシアたちと東屋で過ごしていた時。一人の見知らぬ近衛騎士が、親しみを込めた笑顔で近づいてきた。
「やあ、レディたち。休憩かい?」
艶々の明るいグレイブルーの髪、眉のキリッと上がったなかなかの美男は陽気で警戒感を抱かせなかった。レティシアたちも笑顔だ。
「お兄様、こんなところでサボってはいけませんよ」
「ロイス様、そうですよ。私たちをダシに使わないでくださいませ」
どうやらレティシアの兄らしいこの騎士は、そういえば人懐っこい雰囲気が似通っている。
「見回りのついでだよ。あれ、君は初めて見る顔だなあ?」
「同室のイザベルよ。研究所の魔導士なの」
「ああ、だから見かけたことがないんだな」
広大な王城のはずれにある魔導研究所は、王宮からなら馬で駆けたほうが早く着く。王族の警備に当たる近衛騎士は、イザベルのような内勤の宮廷魔導士とは滅多に顔を合わせない。
「イザベル、紹介するわ。次兄のロイス・ドルムスよ」
いかにも真っ直ぐな気性らしい騎士は、丁寧に挨拶を述べてくる。イザベルも上品に礼を返した。
「イザベル・メローズです。お会いできて光栄ですわ」
「こちらこそ、こんな美女にお会いできてーーって、えっ! メローズって、まさか。あの”赤い魔女”と噂の?」
驚いたように目を見開いた騎士を、レティシアは軽く睨んだ。
「ロイス兄様、私の友人に失礼は許さないわよ。ドルムス家の品位を疑われるじゃない。ーーイザベル、許してね。ロイス兄様はちょっと変わっているから」
「変わり者とは、なんだい」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみなさったら? お付き合いが長続きしたためしがないのに、ちっとも反省なさらないし……」
「僕は相手を大事にしたいだけだ。でも、重いっていつも振られるんだよ。どうしてだろう?」
心の底から不思議そうな騎士に、レティシアと侍女二人はなぜか顔を引きつらせた。
「ロイス様……容姿、家柄、実力のどれを取っても秀でていらっしゃるのに、ほんっとぅに残念でたまりませんわぁ」
「そうですわねえ、人柄もよくていらっしゃるし。アレさえ、なければ……」
令嬢二人はいかにも残念そうなため息を吐いた。
「なんだい? 二人揃って。そんな言い方をされる覚えないけどなあ」
レティシアは呆れてこめかみに手を当てている。
「いい加減、自覚してください。ーー付き合ってる女性の後をつけたり、持ち物を集めるのはヤメてくださいと、あれほど申しあげてますでしょう!」
「ああ、なんだ。そんなこと。意中の人なんだから、いいじゃないか」
「知らない間に後をつけられるなんて、普通に気味悪いです。それにハンカチや手袋ならともかく、髪や爪を集めるのは絶対NGです! 敵をトラッキングする魔法を、そんなことに使うなんてドンひきですよっ」
ーーあ、これはダメな人かもだわ。
心の中で遠い目をしたイザベルへ、男前の騎士ーーロイスは助けを乞う。
「魔道士の君なら、分かってくれるよね。ハンカチなんかじゃ話にならないって」
女性三人の痛い視線を浴びるこの騎士は、かなりズレた人らしい。でも、レティシアの身内でもあるし、問われた魔法学は専門でもある。ここは話を合わせたほうがいいのか……?
「……髪や爪は、身体の一部ですから強力な媒体です。身に着けるハンカチや帽子とでは、追跡魔法の照準精緻さは桁違いですわ」
「だろう! ほら、メローズ嬢も認めてくれた」
媒体の違いによる魔法論に賛成しただけで、ストーカー行為を認めたつもりはないのだけど。
好意的な視線でその性癖を語ってくるロイスに、失礼の無いようイザベルはいちいち頷き、魔導士としての見解を淡々と述べた。魔法効力の違いを語り合うイザベルとロイスを三人の令嬢は意外そうに見る。
「お兄様、あの。盛り上がってるところ悪いんですけど……私たち、そろそろ戻りませんと」
「やあ、楽しくってすっかり話し込んでしまった」
どうやって話を切り上げたものかと思いあぐねていたイザベルは、心の中でホッとする。
「それではドルムス卿、私も失礼致しますわ」
「メローズ嬢、貴女のような美しく聡明な方とお知り合いになれて光栄です。またお会いできることを、幸運の神に祈ります!」
そう言って、ロイスは優雅に敬礼をしつつ笑って巡回に戻った。
「ーーあのストーキング気質さえなければ、いい線をいってますのに……」
頼もしい騎士姿を見送る令嬢たちは、いかにも残念だと諦めのため息をつく。
「……ドルムス卿は、魔法騎士ですのね」
話をしてみて優秀な使い手だとわかった。剣と魔法を組み合わせて戦う上級騎士。オマケに辺境伯の次男であれば、多少のことには目を瞑ってくれる令嬢はきっとあらわれるだろう。
「そうなのよ。剣に炎を纏わせて攻撃するのが得意なの。いずれは父の指揮する辺境騎士団に入団するから、両親は今のうちに花嫁を見つけてもらいたいのよ。だけどねえ、本人はあの気質で振られてばかり」
レティシアは「我が兄ながら、ほんとに引くわ」と呆れている。
高貴な家柄であっても、家族の苦労はさして変わらないらしい。イザベルも、偏屈と呼ばれる社交嫌いの父や兄を久しぶりに思い出し、内心でくすりと笑った。
夕方にかかり、執務室に戻って業務を終えた後、イザベルは椅子に腰掛けたままう~んと背伸びをした。会談の進行はきわめて順調、やっと一段落ついた気がする。
だけど……心に感じるこの空虚感は、いつ消えるのだろう。
今夜は王宮で特別な舞台の催しが予定されていて、イザベルの出番はもうない。
窓際に立ち、宿舎でゆっくりお茶でも楽しもうかとそびえたつ王宮のてっぺんをなんとなく眺めていたら、コンコンとノック音がした。「メローズ子爵邸からです」と手紙を渡される。
そういえば、ここしばらく邸をあけたままだ。きっと、家令からの決済報告に違いない。
何の気なしに手紙を開いたイザベルは、ヒュッと息を飲み込んだ。手からひらりと手紙が舞い落ちる。
『ーーイグナス様が、今夜お戻りになります。何卒、お嬢様には一度お帰りいただきますよう……』
いつもよりずっと物々しい雰囲気の中を、イザベルがうっかり被りを被ったまま歩いていると、魔導士のローブを着ていても途中で呼び止められた。
顔を見せると真紅の髪がはらり落ちる。
するとまるで腫れ物に触るみたいにそそくさと通されて、ひそひそ聞こえてくる「赤い魔女だ」の声に朝からため息が出そうだ。
ーー宮殿をすんなり通してもらえるのだから、いわゆる顔パスだわ。そう思うことにしてイザベルが執務室で日程を確認しているとドレス姿の上司が少し遅れて入室してきた。
夜会や晩餐会などのイベント続きなので、朝は少しゆったりしたスケジュールではあるけど、毎朝登城の支度はさぞかし大変だろう。と思いきや、ファリラは華やかに着飾れるのが楽しいようだ。
「この髪型どう? シルタニアで今、流行っているそうよ」
「……とてもお似合いですわ。今日はドレスもシルタニア風ですわね」
「そうなの。急に仕立て直したからどうかと思ったけど、間に合ってよかったわ」
朝から晩まで接待、おまけに研究所の報告書にも目を通しているのにどこにそんな時間が……? 令嬢のたしなみとは実に大変だ。
「きっと皆様にも喜ばれますわ。それでは、さっそく今日の予定ですけどーー」
自分もその貴族令嬢だとすっかり忘れているイザベルは品の良い紫のドレスを着たファリラとさっそく打ち合わせに入る。上司がのんびりしているのも、イザベルが実務を一手に引き受けているからなのだが。無表情で淡々とした態度からは疲れも読み取れない。手振り身振りで語るファリラの晩餐会の話を聞いているうちに話題はいつしかシルタニア情勢へと移っていた。
「ーーそれでね。帝国内ではカリッサ皇女を推す穏健派が、すごい勢いで派閥を広げているそうよ。第一皇子派の強力な支持者が失脚したとかで、新しい局面を迎えたらしいわ」
「そんな詳しい情報を、夜会から仕入れてくるんですの?」
上司の顔の広さは知っていたが、ここまで他国の最新情勢に詳しいとは。
「特使の方々の口は軽くないわ。これはボルガ邸の書斎から拾ったのよ。うちはほら、商業ギルドなんかから報告が上がってくるから……」
ファリラの回答は意外だったが、納得でもあった。旅する商人にとって各国の諸事情は死活問題に直結する。どんな些細な変化にも敏感になるだろう。
ボルガ邸の情報管理は、もう少し気をつけたほうが……といらぬ心配をしている間もファリラの話は終わっていなかった。
「それでねえ、カリッサ皇女の今の最大の後ろ盾はビストルジュ公爵家なんですって」
ぴくっと書類をめくっていたイザベルの指先が動いた。
「つまりビストルジュ様の父上よね。王家の影と呼ばれるほどの大貴族らしいけど、カリッサ殿下についたらしいわ。ここ一ヶ月ほどで帝国の派閥関係もずいぶん変わったみたい」
ーーイグナスがイザベルの前から姿を消した時期と重なる。もしかしたら、関係あるのかもしれない。
「……そうですか。それが我が国にとって、良い結果になればいいのですが」
ペンを止めず半分聞き流すイザベルに、ファリラは笑った。
「イジィは興味ないかもだけど、ビストルジュ様って見た目だけじゃないわよ。ほんとに素敵なんだから。帝国軍将軍の副官をなさっているんですって。どおりで警備に厳しいわけよね」
書類を片付けるイザベルの手が、一瞬震えた。かすかな傷跡のあった鍛えられた身体を思い出し、カアと頬が熱くなりそうになる。
ーー帝国軍という環境に身を置いていたからか。あのデリカシーのなさも、時折見せた鋭さやタフさ、気遣いも……
「彼から遠回しに、マイダス卿に気をつけるようにと忠告されたの。私の身を心配してくださるなんて、ちょっと嬉しいじゃない」
「……では、もう少し……探ってみますわ」
イザベルも偶然、イグナスと話す機会があったが、そんなことは一言も匂わせなかった。イザベルへの無関心はいっそ清々しいほどだ。
ーーそうだわ。忘れないうちに渡しておこう。
「そのマイダス卿との会話で、毒の話が出ましたので。念のためこれを」
差し出した小瓶の解毒ポーションを、ファリラは心得たとポケットにしまった。
どうやらマイダス卿にロックオンされてしまったらしいイザベルは、上司から一人きりにならないようにと厳重に注意された。
そのこともあって、休憩時間をレティシアたちと東屋で過ごしていた時。一人の見知らぬ近衛騎士が、親しみを込めた笑顔で近づいてきた。
「やあ、レディたち。休憩かい?」
艶々の明るいグレイブルーの髪、眉のキリッと上がったなかなかの美男は陽気で警戒感を抱かせなかった。レティシアたちも笑顔だ。
「お兄様、こんなところでサボってはいけませんよ」
「ロイス様、そうですよ。私たちをダシに使わないでくださいませ」
どうやらレティシアの兄らしいこの騎士は、そういえば人懐っこい雰囲気が似通っている。
「見回りのついでだよ。あれ、君は初めて見る顔だなあ?」
「同室のイザベルよ。研究所の魔導士なの」
「ああ、だから見かけたことがないんだな」
広大な王城のはずれにある魔導研究所は、王宮からなら馬で駆けたほうが早く着く。王族の警備に当たる近衛騎士は、イザベルのような内勤の宮廷魔導士とは滅多に顔を合わせない。
「イザベル、紹介するわ。次兄のロイス・ドルムスよ」
いかにも真っ直ぐな気性らしい騎士は、丁寧に挨拶を述べてくる。イザベルも上品に礼を返した。
「イザベル・メローズです。お会いできて光栄ですわ」
「こちらこそ、こんな美女にお会いできてーーって、えっ! メローズって、まさか。あの”赤い魔女”と噂の?」
驚いたように目を見開いた騎士を、レティシアは軽く睨んだ。
「ロイス兄様、私の友人に失礼は許さないわよ。ドルムス家の品位を疑われるじゃない。ーーイザベル、許してね。ロイス兄様はちょっと変わっているから」
「変わり者とは、なんだい」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみなさったら? お付き合いが長続きしたためしがないのに、ちっとも反省なさらないし……」
「僕は相手を大事にしたいだけだ。でも、重いっていつも振られるんだよ。どうしてだろう?」
心の底から不思議そうな騎士に、レティシアと侍女二人はなぜか顔を引きつらせた。
「ロイス様……容姿、家柄、実力のどれを取っても秀でていらっしゃるのに、ほんっとぅに残念でたまりませんわぁ」
「そうですわねえ、人柄もよくていらっしゃるし。アレさえ、なければ……」
令嬢二人はいかにも残念そうなため息を吐いた。
「なんだい? 二人揃って。そんな言い方をされる覚えないけどなあ」
レティシアは呆れてこめかみに手を当てている。
「いい加減、自覚してください。ーー付き合ってる女性の後をつけたり、持ち物を集めるのはヤメてくださいと、あれほど申しあげてますでしょう!」
「ああ、なんだ。そんなこと。意中の人なんだから、いいじゃないか」
「知らない間に後をつけられるなんて、普通に気味悪いです。それにハンカチや手袋ならともかく、髪や爪を集めるのは絶対NGです! 敵をトラッキングする魔法を、そんなことに使うなんてドンひきですよっ」
ーーあ、これはダメな人かもだわ。
心の中で遠い目をしたイザベルへ、男前の騎士ーーロイスは助けを乞う。
「魔道士の君なら、分かってくれるよね。ハンカチなんかじゃ話にならないって」
女性三人の痛い視線を浴びるこの騎士は、かなりズレた人らしい。でも、レティシアの身内でもあるし、問われた魔法学は専門でもある。ここは話を合わせたほうがいいのか……?
「……髪や爪は、身体の一部ですから強力な媒体です。身に着けるハンカチや帽子とでは、追跡魔法の照準精緻さは桁違いですわ」
「だろう! ほら、メローズ嬢も認めてくれた」
媒体の違いによる魔法論に賛成しただけで、ストーカー行為を認めたつもりはないのだけど。
好意的な視線でその性癖を語ってくるロイスに、失礼の無いようイザベルはいちいち頷き、魔導士としての見解を淡々と述べた。魔法効力の違いを語り合うイザベルとロイスを三人の令嬢は意外そうに見る。
「お兄様、あの。盛り上がってるところ悪いんですけど……私たち、そろそろ戻りませんと」
「やあ、楽しくってすっかり話し込んでしまった」
どうやって話を切り上げたものかと思いあぐねていたイザベルは、心の中でホッとする。
「それではドルムス卿、私も失礼致しますわ」
「メローズ嬢、貴女のような美しく聡明な方とお知り合いになれて光栄です。またお会いできることを、幸運の神に祈ります!」
そう言って、ロイスは優雅に敬礼をしつつ笑って巡回に戻った。
「ーーあのストーキング気質さえなければ、いい線をいってますのに……」
頼もしい騎士姿を見送る令嬢たちは、いかにも残念だと諦めのため息をつく。
「……ドルムス卿は、魔法騎士ですのね」
話をしてみて優秀な使い手だとわかった。剣と魔法を組み合わせて戦う上級騎士。オマケに辺境伯の次男であれば、多少のことには目を瞑ってくれる令嬢はきっとあらわれるだろう。
「そうなのよ。剣に炎を纏わせて攻撃するのが得意なの。いずれは父の指揮する辺境騎士団に入団するから、両親は今のうちに花嫁を見つけてもらいたいのよ。だけどねえ、本人はあの気質で振られてばかり」
レティシアは「我が兄ながら、ほんとに引くわ」と呆れている。
高貴な家柄であっても、家族の苦労はさして変わらないらしい。イザベルも、偏屈と呼ばれる社交嫌いの父や兄を久しぶりに思い出し、内心でくすりと笑った。
夕方にかかり、執務室に戻って業務を終えた後、イザベルは椅子に腰掛けたままう~んと背伸びをした。会談の進行はきわめて順調、やっと一段落ついた気がする。
だけど……心に感じるこの空虚感は、いつ消えるのだろう。
今夜は王宮で特別な舞台の催しが予定されていて、イザベルの出番はもうない。
窓際に立ち、宿舎でゆっくりお茶でも楽しもうかとそびえたつ王宮のてっぺんをなんとなく眺めていたら、コンコンとノック音がした。「メローズ子爵邸からです」と手紙を渡される。
そういえば、ここしばらく邸をあけたままだ。きっと、家令からの決済報告に違いない。
何の気なしに手紙を開いたイザベルは、ヒュッと息を飲み込んだ。手からひらりと手紙が舞い落ちる。
『ーーイグナス様が、今夜お戻りになります。何卒、お嬢様には一度お帰りいただきますよう……』
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