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月夜に揺れる心 2
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前方の舟にいち早く気づいたのは、ジャニスだった。
「近い……接触が近いです」
「よし。いいぞジャニス、さすが俺の娘! 占者様、このまま真っ直ぐだ」
榛色の目を輝かせているジャニスの頭を撫で、レッドは連れてきた精鋭の部下たちと立ち上がった。じっと前方を睨んでいる。
つられてそちらに目を向けたリリアも、しばらくすると耳をピクリと動かした。
「見つけました。行きます」
「リリア殿、真横に寄せられますか?」
ナハルも同じ一点を睨んでいる。
「やってみましょう。皆さん、しっかり舟に捕まってください」
砂丘を滑らかに下ったリリアの操る舟が、ぐんと速度を上げる。そのうち、右前方に黒い点が見え、それはたちまち舟の帆の形をなした。
ミハルはまだこちらに気付いていない。だが、舟を近づけるとハッと振り返った。
「ミハル兄さん! 舟を止めてっ。逃走なんてバカな真似しないで、宮殿に帰りましょう!」
「あのれっ! どうやってここが……っ?」
魔力の構成を感じ取ったリリアは、こちらも無詠唱で素早くシールドを張った。
飛んできた攻撃魔法は、透明な壁にすべて弾き飛ばされる。
「バカなっ⁉︎ 私の魔法が……っ」
驚愕の表情を浮かべる男の姿が、リリアの視界で一瞬ブレた。
(なに? 今のは……この人、……気配が二つあるわ」
突然の攻撃と異様な気配に、リリアは警戒心を強めた。
「兄さん⁉︎ 一体どうして! あんな攻撃魔法など……いつのまに?」
「ナハル様、父上も! あの者はミハルであってミハルではないのです。惑わされないでっ」
ジャニスの警告が聞こえたのか、ミハルはチッと舌を鳴らした。
「あの娘、余計なことをっ。さっきの魔法はあいつか?」
器用に舟を操りつつ呪文らしきものを唱え、ミハルは持っていた杖をこちらに向かって振り下ろした。だがそれより先に、リリアは反応している。
『シールド!』
先ほどより強力な攻撃魔法が繰り出されるが、リリアの防御は崩れない。
「なんだとっ! 今の魔力……それにそのマントは……なるほどな、ククッ」
エルフ語で叫んだリリアの姿に、ミハルは目を見張った。だが、ニヤリと不気味に笑い、突然舟の速度を落とすと、驚いたことにゆっくり停泊させた。
「そこの、真紅のマントを羽織った魔導士! もしや……ナデールのものか?」
「……だとしたら、どうなさるのです?」
挨拶代わりに仕掛けてきた攻撃を止め、ミハルはリリアに向かって話しかけてきた。
「ククク、懐かしきかな、ーーわが同胞よ。私も同じマントを……羽織っていた頃があったのだよ」
「は? ぇっ、ええっ⁉︎」
あまりにも意外なミハルの言葉に、リリアは素っ頓狂な声を上げた。
「なにを言っているんだっ、兄さん?」
「おいおい、誰なんだよ、あれは……?」
ナハルやレッドも一同に、ありえないと呆気に取られている。
「そっちの男はこのクズ男の兄弟か。お前は好みだが、隙がないからな」
どさっと舟の上で倒れたナハルの身体が、一瞬光った。その後には昏い光の球が、空中に漂っている。それに、だ。さっきと、声がまるで違う! 喋っているのはあきらかに女性だ。
(いけないっ、シールドを!)
こちらに近づいてきた小さな光は、リリアが咄嗟に張ったシールドに拒まれた。
「勘のいいことだ。それにその魔力……ふふん。ーー聞くが、ナデールは今も、宮廷魔導士が不在か?」
「名乗りもしない方に、お教えすることは何もありませんわ」
「ふん、いいだろう。我が名はロザンナ。ナデール王国宮廷魔導士、ロザンナだ」
ナデールの……宮廷魔導士……? そんなバカな。
怪しすぎる光の球の言うことなど、鵜呑みにできるわけがない。
「……ナデールには私以外の、宮廷魔導士はおりません」
リリアは目を細め、声を発する光の正体に考えを巡らした。血走った眼球にも見えるそれは、見ているだけで薄寒さを感じる
(ーーこれは、もしかして……、禁書にあった体の乗っ取り?)
ジェイドと過ごした資料館の奥の部屋には、禁書がたくさん保管されていた。
それらはほとんどが、強力だが非人道的な魔術書で、一般の閲覧からは外されてる。だが、リリアはジェイドを待つ時間にしっかり目を通していた。
正しい魔術を行うには、なにが正しくないかを知らなければ。
そう考えるリリアは、あの黒い魔術書を読んでおいて本当に良かったとつくづく思った。でなければ、今この状況でなにが起こっているかが掴めず、オタオタしてしまっただろう。
「ふっ、ハハッ、そうかお前が。……確かに、私は”元”だがな」
「このっ、兄さんに何をした!」
「なあにちょっと体を借りただけ。憑依した人体が役立たずになりかけてね」
やはりそうか。体の乗っ取りは恐ろしい魔術だ。自分の体を捨て、他人の体に憑依する。術者の体は腐り果て、乗っ取られた体は二つの魂に耐えられずやがて廃人となる。だが、強い精神を持つ者は乗っ取られにくいため、憑依はえてして失敗に終わる。
「だがこいつは、さすが腐っても王族だよ。意外と役立ってくれた。私の探し求めていたモノのありかを知っていたのだからね。心の底から驚いたよ」
からかい調子のその声は、確かに女性の声だが不快感を感じさせるものだ。
「お前、そこのナデールの宮廷魔導士とやら。ーーさては、王宮の者と恋仲だろう、違うか? フハハハっ、やはり図星かっ!」
わずかに目を見張ったリリアの表情に、ロザンナは高飛車な調子で言葉を続けた。
「ならば、いいことを教えてやろう。お前の愛しい男はな、ナデールが用意した甘い餌なのだよ。力のある魔導士を懐柔する罠に、お前は囚われているのだ。哀れよのお」
「……何のことですか? さっぱり分かりません」
惑わされてはいけない。リリアは目を眇めた。
「まあ、聞け。あの国はな、昔から中立主義だった。だがありがたいかな、誰でも学問が学べる。私もな、出世することを夢見てがむしゃらに学び、魔導士を目指した。そしてついに、宮廷魔導士として任命されたのだ。有頂天だった私は、そこで出会ったのだよ。運命の男に」
リリアの鼓動が、ドキンと鳴った。……似ている。
すごく似ている。詳細は違うが、自分がジェイドと出会った状況と。
昏い光は、いつのまにかうっすら女性の形をなしていた。
「夢中だったよ。あの男に。すぐに私たちは恋仲になった。……だがな、ある日偶然聞いてしまったのだ。隣国での不穏な動きを牽制するために、私という存在は大きな意味があったらしい。戦いを左右できるほどの実力ある魔導士。それがナデールにいる。その噂だけで戦火には至らなかった」
なんの感情も感じさせず、ロザンナは淡々と話し続ける。
「よく飼い慣らしたものだーー、王や貴族たちにそう讃えられて一緒に笑っていたよ、あの男は」
リリアもだが、誰も言葉を発しなかった。
「ショックのあまり、私は伏せてしまった。心が凍りつき体も動かなくなった。当然だろう? 全身全霊を捧げ愛した男に、裏切られていたのだからね。国も何もかすべてを失った私は、体もボロボロでな。生きるためにーー、他人の体を乗っ取ることにしたのだ」
……ーー違う。リリアの本能が一層大きく警戒音を鳴らしはじめる。この者の言うことには、何か違和感がある……
「これでよく分かっただろう。お前はそれでも、ナデールに忠誠を誓うのかい?」
それまでロザンナの言葉を黙って聞いていたリリアは、キッパリ告げた。
「……あなたの言い分は、分かりました。ですが、その話は一方的なものです。私はーー自分を信じます。ジェイドを信じます。そして何より、人を信じます。あなたの言葉だけでは、納得できません」
翠の瞳は揺るぎなかった。ジェイドはそんな人ではない。そう信じる自分を信じる。
ポケットを探ると、女王からの贈り物である水鏡の温もりをその指先に感じた。あの時かけられた優しい言葉、魔導士としての自分を支えてくれている人たちの顔が次々と頭に浮かぶ。
リリアは、これからの人生を賭け、足掻いてみると決めたのだ。
「ここまで揺さぶっても、崩れない……か。なんてまあ、頑固な娘だよ」
「ーーどんな事情があったにしろ、他人の体を乗っ取るのは正しいことだとは思えません」
「ふんっ。生憎この世には、心の弱い者やひがみやすい輩はいくらでもいる。おかげでずいぶんと長生きさせてもらってるよ。魔導士ーーお前の魔力は素晴らしい! その体は喉から手が出るほど欲しいが、どうやら隙もなさそうだねぇ。ならば危険分子は、排除するのみ」
不穏なロザンナの言葉とビリビリ振動する空気に、ナハルは素早く船を飛び移りミハルに駆け寄っていた。
「兄さん、しっかりして下さい。目を覚ませ!」
「無駄だねーー! その男は誘惑に弱すぎる。ようやくナデールを滅ぼす力が手に入るのだ。今度こそ、跡形もなく滅ぼしてやる。邪魔するんじゃないよっ」
不気味な光は気を失ったミハルへと戻りはじめる。だが、リリアの張ったシールドに再び行く手を阻まれた。
「ナハル様! ミハル殿が反応しそうな言葉をかけてくださいっ」
一緒に駆け寄ったジャニスと顔を見合わせたナハルは、とっさに叫んだ。
「兄さん、極上の酒だ!」
ミハルがピクリと反応した。と同時に、リリアの耳が異音を捉える。覚えのある迫りくる感覚に、肌がぞわりとした。
ーー真っ直ぐこちらに向かってくる、このいや~な感じは……もしかして?
「チッ、小賢しい。もう勘付かれたかーー。これはもう少し後まで、取っておきたかったが……」
ロザンナが独り言のように呟くと、ミハルの手が動いた。その手に握られた小さな箱。
「まとめて皆っ、木っ端微塵になるといいっーー!」
(ぁ、予知のーーっ!)
なにも知らないレッドたちは、ぽかんとしている。ナハルに至っては『起動』の声と共に、兄が空高く投げた奇妙な箱、すなわちボムを受け止めようと手を伸ばしていた。
「いけませんっ!」
魔法でボムを弾いたリリアは、二つの舟を素早く移動させた。
『逆シールドっ!』
ゆらりと揺れる船の勢いで、乗っていた人々はふらつく。そこへと突然飛び出したのは、巨大な影だ!
「きゃあぁぁっ!」「おわーーっ⁉︎ なんだよ、この化け物っ!」
砂から突き出たムカデ魔獣の牙は宙を切った。が、しかし、魔獣の狙いは舟ではなかったらしい。構わず真っ直ぐロザンナーー昏い光球を目指している。
「くるなっ、このっ化け物おっ!」
ロザンナが叫ぶと同時に、かちこち音が止み、ボムから眩い光が溢れ出た。
「「うわわっっーー‼︎」」
鈍い爆発音がした直後、パラパラと落ちてくる破片。そして恨みがましくも耳をつん裂くような叫び声がキーンと響いた。
「くそぉっ、外したかっ。魔導士ぃ! さては貴様だなーーっ? ナデールでの不発の原因はっ!! だが、今に見てろっ、あれを手に入れたら……っ‼︎」
爆破を封じこまれたせいで二匹のムカデに追われるはめになったロザンナは、さすがに余裕がないのかフッと消えた。
すると、驚いたことに、あたかもそれを追うようにムカデ魔獣は盛大に砂を撒き散らしながらズブンと砂丘に飛び込んでいく。その気配は、どんどん遠ざかり、ついにリリアの感覚では追えなくなった。
後に残ったナハル達は、呆然としている。
ーー無理もない。いきなり、巨大なムカデの魔獣が襲ってきた直後、ボムの光で目眩しにあい、ようやく目を見開くと、巨大な魔獣の尾が砂に潜りこんで呆気なく消えたのだ。
し~んと静まりかえった一同は、気を失ったミハルの口から出た「うっ」という言葉でようやくハッとした。意識が戻ったらしいミハルへと、ぎこちなく目を向ける。
そこへ空気を読まない影がう~んと伸びをすると、のっそり起き上がった。
「……酒……おい、ナハルゥ~。酒はどこだ~?」
その太々しい姿をレッドが無言で殴りつけ、問答無用で縛り上げた。
「おのれぇ、騙したなぁっ」と騒ぐ男を無視して、自慢の髭に手をやり、はあ~とこの世の終わりのようなため息を漏らす。
「とりあえずはーー。……占者様。街まで戻ろう」
「……そうですね。では、帰りましょう」
ボムを回避することができたため、護衛の役目は終えた、が。ーーこの二隻の舟はリリアにしか動かせない。こうして、ナハル一行を乗せた舟は、無事その日の夕刻、逃亡したミハルと共に街に戻ってきたのだった。
陽が沈みかけた頃。天幕を張り終わると早々に、レッドと迎えに来たその部下がミハルを街まで連行していった。携帯したポーションのおかげで砂漠の強行軍でも皆それほどこたえていないが、リリアはお腹いっぱい夕食を食べ終わると、一日中魔力を消費したためか眠くてたまらなかった。
「ジャニス、ごめんなさいね、私は先に休ませてもらうわ」
そう言うなり、バタンとベッドに倒れ込んだ。そしてまだ陽が上らない朝方、欠伸まじりにふわあと目が覚める。
ロザンナを止めなければ。
朝一番のすっきりした頭は、目標をはっきり定めた。
(昨日は憑依もせず逃げ去ったから……体は手に入っていない……のよね?)
魂だけのあの姿であれば大した力も出せない。魔獣に追われつつで、移動も遅いはず。そして、砂漠のど真ん中で代わりの体など、見つかるわけがない。
だとすれば……今なら、きっとまだ間に合う。
このまま遺跡に向かえば、先手をうてる。ミハルへの尋問でも、怪しい宝に関する情報は残念ながら得られなかった。本人は遠い昔に目を通した本の内容など、さっぱり覚えていないらしい。
夜明け前の暗い空の下、リリアはそっと天幕から抜け出した。
そして他の人を起こさないよう静かに出発を……と思ったのだが。
「リリア殿、ーーもう行かれるのですか?」
「あ。ナハル様……、起こしてしまいましたか……? 申し訳ございません」
砂色の髪が寝起きらしく肩にかかっている。だが、服はきちんと着ていた。
「……この半年で、人の気配にずいぶん敏感になってしまいました。リリア殿のせいではないですよ。それよりも、お一人で向かわれるのですか?」
「はい。ロザンナが目指している遺跡は、以前訪れたことがあります。ナハル様に見せていただいた地図で、この街の位置も分かりましたし」
「私もご一緒しては、ダメですか?」
「……あの、お気持ちは嬉しいのですが」
ナハルは重いため息をついた。
「分かっています。今の私では足手まといにしかなりません。バカなことを聞いてしまった。……忘れてください」
「ナハル様は十分、お強いですわ」
「確かに、そこらの兵には簡単に負けません。ですが、今からリリア殿が向かう場所には、兵など比べ物にならない魔獣がいる。昨日出現したような魔獣が……」
「ーーあの魔獣は、最強クラスだと思われます。普通ではありません」
分かっていると水色の眸が頷いた。
「にもかかわらず、ジェイド殿は貴女を守り通したのですね。もちろん、リリア殿ご自身でも。お二人の強さはこう言ってはなんですが、羨ましいくらい常識外れです。ーー私は今まで、学問ばかりを重視して魔法や鍛錬など大して行ってこなかった。だけど、それだけではダメだ。今回のことで悟りました。これからは、守りたい人を守れるだけの力を手に入れるため、もっと努力をしようと思います」
強い決心を映す眸を見て、リリアはニッコリ笑った。
「ナハル様は、強くなりますわ。そんな気がします」
「参ったなあ。リリア殿にそう言われると、これはもう頑張るしかないです。ーーどうぞ、道中くれぐれもお気をつけください。今度お会いする時までには、もう少し力をつけておきます」
そう言ってナハルは一歩下がって、礼をした。きっと、次に会う時は、その言葉通りになるだろう。
リリアも「お元気で」と礼を返すと、微笑みつつ転移魔法を実行する。そして一瞬後には、記憶通りの遺跡の柱が見える崖下に立っていた。
砂上で踏ん張った足が、ずるっと滑る。
わわわとバランスを取ったところに、ザザアといくつもの砂音が周りでした。見るのもおぞましいムカデに、すでに周りを囲まれている。ずらっと並んだその巨大な胴体が、もぞもぞ蠢きだした。
「いっや~っ! もう、ほんっと、なんでこんな魔獣なの~っ」
覚悟はしてきた。けど、やっぱり苦手なものは苦手なんである。
『千のスライスゥっっ!』と叫んだリリアの周りには魔力が溢れ、巨大魔法陣が瞬時で展開された。瞬間、魔獣はすべて輪切りにされ、光のつぶが飛び散る。ムカデは瞬息で一掃された。
ーー少々、力を入れ過ぎてしまったかもしれない。敵だらけの周りに思わず、奮発してしまった……
後には、風が峡谷を舞う音しか残っていない。と、そこにいつか見た妖狐が、何処からともなく現れた。だが、そのうっすら光る姿は一旦消え、再び神殿の支柱前にその姿を現す。
(え、嘘っ、これって……)
妖狐は前肢を上げている。来~い、来いーーこっちに来い。そう呼ばれた気がした。
ーーこれはーーどう考えても。……怪しすぎる状況。なのに。
リリアの本能はみるまに警戒心を解いていった。
澄んだ気配がする。まるでーー、そう、東の森の主にーー精霊と出会った時と、同じ感覚が……
わけもわからず、だが覚悟を決め、ええいっ、と転移を実行。それでも、いつでもシールドを張れる気構えで、目の前の妖狐から目を離さない。
『……そこまで用心しなくとも良い。精霊に愛される者よ』
驚いたことに妖狐が話しかけてきた!
「ーー私ったら、もしかして寝ぼけてる……のかしら?」
目をパチクリさせたリリアが、いくら目を凝らしても、やっぱり……どう見ても妖狐だ。
けど、驚きのあまり、思考をそのまま口にしたリリアを見る妖狐の目が……うっすら笑ったような?
『ホホ。これは我が、そなたの心に直接語りかけているのじゃ』
「はいっ……?」
魔獣に話しかけられたリリアは、うっかり会話を続けてしまった。
『そなたの魔石が、まあ言わば媒介になっておる。それよりも、この間の連れはどうしたのじゃ?」
驚愕のあまり気がつかなかったが、確かに胸元の黒魔石がほんのり温かい。
「連れ……あ、ジェイドのこと、ですか?」
『ジェイドとは連れの名か? そなたの名は?』
「あの、リリアと申します」
妖狐相手だというのに、背筋を伸ばしてかしこまってしまうのはなぜだろう?
『ではリリア、改めて紹介させてもらおうかの。我はこのポータルの守護を任されておる、砂狐じゃ』
砂狐。それはこの妖狐の個の呼び名なのだろうか。定かではなかったが、会話を止めるのも気が引けた。
『此度はそなただけが舞い戻って来たのじゃな? まあ、どちらでも構わなかったのだから良いか……。ではリリア、そなたに譲ろうぞ』
妖狐の言っていることが、リリアにはさっぱり分からなかった。譲る、とはどう意味なのだろう。それに……
「あの、ポータルとは、一体なんのことでしょうか?」
まだ半信半疑なリリアは、ついてこいと結界へと導く妖狐におずおず質問した。
『ここにはな、精霊界へと通じる門があるのじゃ。我はそれを守る』
心なし声が誇らしげだ。
『長い間、この地を訪れるものはおらなんだのお。手形を持つものは、もう残っておらんようじゃ。それに、今この地を目指し近づいてくる者を、我は好かん。負の気は嫌いじゃ。あやつはきっとろくなことをせん。ならば門はもう閉ざす。移動のみ仕様に変えようぞ。さすれば後の気掛かりは羽じゃったが」
砂狐に導かれ、一歩一歩進むうちにリリアは結界を通り過ぎていた。この妖狐は、強力な魔力で全身がわずかに光る脅威の魔獣だ。なのに、なぜだかまったく怖くない。てくてくと前を歩くその姿に、遅れまいとするリリアの歩みが、すぐピタッと止まった。
「これは……」
『綺麗じゃろう。お仕えした主の羽じゃ』
それは確かに、羽、だった。見上げるほど大きかったが……
緑の光の筒の中に、巨大な虹色の蝶々の羽らしきものが収まっている。
『気に入ったか? ならば持っていけ』
「は? え、この羽を、私が……ですか?」
『ーー我が休暇から戻ってみれば、この有様じゃ。すべてが滅ぼされた後じゃった。主はどうやら、神籍から抜けたらしい。力の象徴である羽を自ら切り取って、この世界に紛れ込んだようじゃ』
「あの、その主さんとやらは、お戻りにならないのですか?」
諦めのため息を砂狐はついた。
『……不死身である身分を捨てたのだから、もう生きてはおるまい。我も長いこと待ってみたのじゃがーー。ここに辿り着いたのはそなた達だけだ』
「そう、なんですか」
なんとなく寂しそうな声だった。
『命あるものは皆、退化もすれば進化もする、それも定めじゃ。すべては、タイミングなんじゃよ。それより、ここに手を入れてこう唱えてみるがよい。”我の元に帰れ”とな』
エルフ語と非常によく似ているが微妙に発音が違う。だが真似できないほどではない。
言われるまま口を開こうとしたリリアは、『待った』の焦った声で口を閉じた。
『大事なことを忘れておった。そなた『アイアン』を身につけておるまいな?』
「鉄? ですか。 はい、えっとここに」
エルフ語に近いその差材の名前に、リリアがドレスをめくって太腿に隠し持っていた小形ナイフを取り出す。と、砂狐は器用に感心と呆れの混じった吐息をついた。
『そんなところに……護身用じゃな。悪いが、羽は『アイアン』が苦手じゃ。触れるとやがて力が暴発する。その小刀は……そうじゃな』
砂狐の前肢の爪がみるみる伸びる。やがてリリアのナイフと同じ形になった。パキンと折ったそれを砂狐は差し出してくる。
『これと交換じゃ』
リリアから鉄のナイフを受け取るなり、妖狐はほいと投げたそれをゴクンと飲み込んだ。
……さすが、魔獣だ。けろっとしたその姿に内心驚いた。が、急かされたリリアは言われた通りの言葉を唱える。するとふわりと虹色の羽が浮いたのだ。
「あっ、羽がっ?」
途端にそれは消える。
『おう、まことよう似合うておるぞ。こうしてみると、主を見ているようじゃな』
背中がくすぐられた。そんな感覚がしてリリアが振り向くと、そこには虹色の羽が!
「嘘ーっ、ど、どうして羽がーーっ?」
『そのままゆっくり、動かしてみるのじゃ』
信じられないーー⁉︎ 動揺のあまり背中の羽が小刻みに震える。と全身の毛が逆立った。魔力がまるで身体に注がれるようにどんどん膨らんで。もう、パチンと弾けそうーー……
きゃああ、どうか収まって~と目をぎゅっと瞑った途端、それは霧散した。
……羽がーー。まるで自分の一部のように感じられる。
リリアは思い切って試しに、パサっとそれを羽ばたかせてみた。
(飛べるっ)
それはまるで歩くことのように、簡単なことだった。
『……我もびっくりの、慣れようじゃな。こんなに使いこなせるとは』
砂狐の指示通りゆっくり羽を羽ばたかせ上昇したリリアは、右に左にとゆらゆら移動してみる。
「うわあ、すごい楽しいわ」
遅く早く、上にも下にもと自由自在に操れる。本能が飛ぶことを理解しているかの如く、羽は違和感がなかった。
「すごいわっ、なんて素敵なの! こんなに素晴らしい羽を、本当にありがとうございます、砂狐さん!」
『いいんじゃよ。せいぜいお守り程度になるかとは思ったが。羽もそなたを気に入ったのじゃな』
それに応えるように羽ばたく羽から、虹色のキラキラした光の粒が溢れ落ちた。鱗粉だ。
目を細めて満足そうにその様子を眺めていた砂狐だったが、フッと後ろを振り返った。
『おっ、奴が近づいて来おったのぉ。どれちょっと遊んでやるか。そうじゃ、その前に』
砂狐は結界内の祭壇へトコトコと向かうと、古代文字が描かれた壁画の一部にガリっと噛みつく。
『これでよし。我はもう行くが、リリアはどうする。この結界内は、外と刻の流れが違うからの。あんまり長居しておると、日付が変わるぞ』
「へ? えっ、ええぇ⁉︎」
壁画をかじりとり、その一部をごっくんと呑み込んだ砂狐の言葉に、リリアは慌ててその後を追った。地面に降りると羽を素早く背中にたたみ込む。すると羽はすっと消えていった。
「あの、砂狐さん、刻の流れって……」
そのままテクテクと歩く妖狐に続いて結界を抜けだしたリリアは、柱の間から見えた夜空に言葉を失った。
結界の中で過ごした時間は、ほんの一刻のはず。なのにーー。一体どのくらいの時間が経ってしまったのか……?
朝日どころか、月が出ている夜空を呆然と突っ立って見つめていると、不安を払拭する柔らかな笑い声が聞こえた。
『ホホ、大丈夫じゃ、短かったからの。せいぜい、陽が沈んだぐらいじゃろう』
(よっ、よかったわ~)
本当に、ものすごく焦ってしまった。
『達者でな、リリアよ。我は、この地に侵入してきた奴を、ちっと脅かしてくる。羽を使う時はくれぐれも、『アイアン』に気をつけるのじゃよ』
「あの、何もかもありがとうございましたーーっ」
最後にリリアが叫んだ声が届いたのか、妖狐の姿が消えた空間から「ホホホ」と笑い声が帰ってきた。
ーー帰ろう。ジェイドのところへ。
約束の舞踏会は明日だ。城に帰って支度をしなければ。
ロザンナの目的はいまだ定かではないが、多分この羽か、ポータルと呼ばれる遺跡目当てだと思われた。羽はもう手に入れる事はできない。ポータルと呼ばれる遺跡の壁は、砂狐が一部を崩していた。それに砂狐はこの地を守るものだと名乗ったのだから、リリアがこの地でできる事はもうない。
砂狐の底知れない強さは疑いようもなく、先ほどの言葉からしてロザンナと対峙するつもりなのだろう。
そう結論づけたリリアはここを訪れた時よりも、さらに魔力が溢れる感覚に、大海を超える超長距離転移でもそれほど緊張しない。
『転移』
落ち着いて唱えると、次の瞬間にはナデールの王城、自宅の部屋に戻っていた。
「ただいま……」
暗い夕闇の中、誰もいない部屋で一人挨拶をする。我が家に帰ってきた。
そんな安心感が襲ってきてそのままベッドに倒れ込みたくなる。でもその前にーー。
(お風呂! 今日はどうしても、お湯に浸かりたい……)
ナジールの衣装を脱ぎ二日ぶりにたっぷり湯で温まると、今日はそれほど動いていないはずなのにどっと疲れが押し寄せてくる。気力のみで湯浴みをすませたリリアは、シーツの間に身体を滑らし、久しぶりの気がするベッドですぐ目を瞑った。
そして夜遅く。リリアがぐっすり眠っていると……
疲れ切った身体がふいに抱きしめられた。
「やっと帰ってきたか。ーー待ちくたびれたぞ」
髪に柔らかい感触があたる。
(ーージェイド……ただいま……)
夢の中でジェイドに挨拶をすると、温かい身体に無意識に擦り寄った。逞しい腕に固く抱きしめられて、夢うつつでもうっすら微笑む。
「……こんな事はもう二度と、ごめんだ」
敏感な耳が、囁かれる魔法の呪文にぴくと反応した。が、聞こえてきたジェイドの低い声は、耳に心地良い。深い睡魔に囚われたままのリリアはその夜、目覚める事はなかった。
「近い……接触が近いです」
「よし。いいぞジャニス、さすが俺の娘! 占者様、このまま真っ直ぐだ」
榛色の目を輝かせているジャニスの頭を撫で、レッドは連れてきた精鋭の部下たちと立ち上がった。じっと前方を睨んでいる。
つられてそちらに目を向けたリリアも、しばらくすると耳をピクリと動かした。
「見つけました。行きます」
「リリア殿、真横に寄せられますか?」
ナハルも同じ一点を睨んでいる。
「やってみましょう。皆さん、しっかり舟に捕まってください」
砂丘を滑らかに下ったリリアの操る舟が、ぐんと速度を上げる。そのうち、右前方に黒い点が見え、それはたちまち舟の帆の形をなした。
ミハルはまだこちらに気付いていない。だが、舟を近づけるとハッと振り返った。
「ミハル兄さん! 舟を止めてっ。逃走なんてバカな真似しないで、宮殿に帰りましょう!」
「あのれっ! どうやってここが……っ?」
魔力の構成を感じ取ったリリアは、こちらも無詠唱で素早くシールドを張った。
飛んできた攻撃魔法は、透明な壁にすべて弾き飛ばされる。
「バカなっ⁉︎ 私の魔法が……っ」
驚愕の表情を浮かべる男の姿が、リリアの視界で一瞬ブレた。
(なに? 今のは……この人、……気配が二つあるわ」
突然の攻撃と異様な気配に、リリアは警戒心を強めた。
「兄さん⁉︎ 一体どうして! あんな攻撃魔法など……いつのまに?」
「ナハル様、父上も! あの者はミハルであってミハルではないのです。惑わされないでっ」
ジャニスの警告が聞こえたのか、ミハルはチッと舌を鳴らした。
「あの娘、余計なことをっ。さっきの魔法はあいつか?」
器用に舟を操りつつ呪文らしきものを唱え、ミハルは持っていた杖をこちらに向かって振り下ろした。だがそれより先に、リリアは反応している。
『シールド!』
先ほどより強力な攻撃魔法が繰り出されるが、リリアの防御は崩れない。
「なんだとっ! 今の魔力……それにそのマントは……なるほどな、ククッ」
エルフ語で叫んだリリアの姿に、ミハルは目を見張った。だが、ニヤリと不気味に笑い、突然舟の速度を落とすと、驚いたことにゆっくり停泊させた。
「そこの、真紅のマントを羽織った魔導士! もしや……ナデールのものか?」
「……だとしたら、どうなさるのです?」
挨拶代わりに仕掛けてきた攻撃を止め、ミハルはリリアに向かって話しかけてきた。
「ククク、懐かしきかな、ーーわが同胞よ。私も同じマントを……羽織っていた頃があったのだよ」
「は? ぇっ、ええっ⁉︎」
あまりにも意外なミハルの言葉に、リリアは素っ頓狂な声を上げた。
「なにを言っているんだっ、兄さん?」
「おいおい、誰なんだよ、あれは……?」
ナハルやレッドも一同に、ありえないと呆気に取られている。
「そっちの男はこのクズ男の兄弟か。お前は好みだが、隙がないからな」
どさっと舟の上で倒れたナハルの身体が、一瞬光った。その後には昏い光の球が、空中に漂っている。それに、だ。さっきと、声がまるで違う! 喋っているのはあきらかに女性だ。
(いけないっ、シールドを!)
こちらに近づいてきた小さな光は、リリアが咄嗟に張ったシールドに拒まれた。
「勘のいいことだ。それにその魔力……ふふん。ーー聞くが、ナデールは今も、宮廷魔導士が不在か?」
「名乗りもしない方に、お教えすることは何もありませんわ」
「ふん、いいだろう。我が名はロザンナ。ナデール王国宮廷魔導士、ロザンナだ」
ナデールの……宮廷魔導士……? そんなバカな。
怪しすぎる光の球の言うことなど、鵜呑みにできるわけがない。
「……ナデールには私以外の、宮廷魔導士はおりません」
リリアは目を細め、声を発する光の正体に考えを巡らした。血走った眼球にも見えるそれは、見ているだけで薄寒さを感じる
(ーーこれは、もしかして……、禁書にあった体の乗っ取り?)
ジェイドと過ごした資料館の奥の部屋には、禁書がたくさん保管されていた。
それらはほとんどが、強力だが非人道的な魔術書で、一般の閲覧からは外されてる。だが、リリアはジェイドを待つ時間にしっかり目を通していた。
正しい魔術を行うには、なにが正しくないかを知らなければ。
そう考えるリリアは、あの黒い魔術書を読んでおいて本当に良かったとつくづく思った。でなければ、今この状況でなにが起こっているかが掴めず、オタオタしてしまっただろう。
「ふっ、ハハッ、そうかお前が。……確かに、私は”元”だがな」
「このっ、兄さんに何をした!」
「なあにちょっと体を借りただけ。憑依した人体が役立たずになりかけてね」
やはりそうか。体の乗っ取りは恐ろしい魔術だ。自分の体を捨て、他人の体に憑依する。術者の体は腐り果て、乗っ取られた体は二つの魂に耐えられずやがて廃人となる。だが、強い精神を持つ者は乗っ取られにくいため、憑依はえてして失敗に終わる。
「だがこいつは、さすが腐っても王族だよ。意外と役立ってくれた。私の探し求めていたモノのありかを知っていたのだからね。心の底から驚いたよ」
からかい調子のその声は、確かに女性の声だが不快感を感じさせるものだ。
「お前、そこのナデールの宮廷魔導士とやら。ーーさては、王宮の者と恋仲だろう、違うか? フハハハっ、やはり図星かっ!」
わずかに目を見張ったリリアの表情に、ロザンナは高飛車な調子で言葉を続けた。
「ならば、いいことを教えてやろう。お前の愛しい男はな、ナデールが用意した甘い餌なのだよ。力のある魔導士を懐柔する罠に、お前は囚われているのだ。哀れよのお」
「……何のことですか? さっぱり分かりません」
惑わされてはいけない。リリアは目を眇めた。
「まあ、聞け。あの国はな、昔から中立主義だった。だがありがたいかな、誰でも学問が学べる。私もな、出世することを夢見てがむしゃらに学び、魔導士を目指した。そしてついに、宮廷魔導士として任命されたのだ。有頂天だった私は、そこで出会ったのだよ。運命の男に」
リリアの鼓動が、ドキンと鳴った。……似ている。
すごく似ている。詳細は違うが、自分がジェイドと出会った状況と。
昏い光は、いつのまにかうっすら女性の形をなしていた。
「夢中だったよ。あの男に。すぐに私たちは恋仲になった。……だがな、ある日偶然聞いてしまったのだ。隣国での不穏な動きを牽制するために、私という存在は大きな意味があったらしい。戦いを左右できるほどの実力ある魔導士。それがナデールにいる。その噂だけで戦火には至らなかった」
なんの感情も感じさせず、ロザンナは淡々と話し続ける。
「よく飼い慣らしたものだーー、王や貴族たちにそう讃えられて一緒に笑っていたよ、あの男は」
リリアもだが、誰も言葉を発しなかった。
「ショックのあまり、私は伏せてしまった。心が凍りつき体も動かなくなった。当然だろう? 全身全霊を捧げ愛した男に、裏切られていたのだからね。国も何もかすべてを失った私は、体もボロボロでな。生きるためにーー、他人の体を乗っ取ることにしたのだ」
……ーー違う。リリアの本能が一層大きく警戒音を鳴らしはじめる。この者の言うことには、何か違和感がある……
「これでよく分かっただろう。お前はそれでも、ナデールに忠誠を誓うのかい?」
それまでロザンナの言葉を黙って聞いていたリリアは、キッパリ告げた。
「……あなたの言い分は、分かりました。ですが、その話は一方的なものです。私はーー自分を信じます。ジェイドを信じます。そして何より、人を信じます。あなたの言葉だけでは、納得できません」
翠の瞳は揺るぎなかった。ジェイドはそんな人ではない。そう信じる自分を信じる。
ポケットを探ると、女王からの贈り物である水鏡の温もりをその指先に感じた。あの時かけられた優しい言葉、魔導士としての自分を支えてくれている人たちの顔が次々と頭に浮かぶ。
リリアは、これからの人生を賭け、足掻いてみると決めたのだ。
「ここまで揺さぶっても、崩れない……か。なんてまあ、頑固な娘だよ」
「ーーどんな事情があったにしろ、他人の体を乗っ取るのは正しいことだとは思えません」
「ふんっ。生憎この世には、心の弱い者やひがみやすい輩はいくらでもいる。おかげでずいぶんと長生きさせてもらってるよ。魔導士ーーお前の魔力は素晴らしい! その体は喉から手が出るほど欲しいが、どうやら隙もなさそうだねぇ。ならば危険分子は、排除するのみ」
不穏なロザンナの言葉とビリビリ振動する空気に、ナハルは素早く船を飛び移りミハルに駆け寄っていた。
「兄さん、しっかりして下さい。目を覚ませ!」
「無駄だねーー! その男は誘惑に弱すぎる。ようやくナデールを滅ぼす力が手に入るのだ。今度こそ、跡形もなく滅ぼしてやる。邪魔するんじゃないよっ」
不気味な光は気を失ったミハルへと戻りはじめる。だが、リリアの張ったシールドに再び行く手を阻まれた。
「ナハル様! ミハル殿が反応しそうな言葉をかけてくださいっ」
一緒に駆け寄ったジャニスと顔を見合わせたナハルは、とっさに叫んだ。
「兄さん、極上の酒だ!」
ミハルがピクリと反応した。と同時に、リリアの耳が異音を捉える。覚えのある迫りくる感覚に、肌がぞわりとした。
ーー真っ直ぐこちらに向かってくる、このいや~な感じは……もしかして?
「チッ、小賢しい。もう勘付かれたかーー。これはもう少し後まで、取っておきたかったが……」
ロザンナが独り言のように呟くと、ミハルの手が動いた。その手に握られた小さな箱。
「まとめて皆っ、木っ端微塵になるといいっーー!」
(ぁ、予知のーーっ!)
なにも知らないレッドたちは、ぽかんとしている。ナハルに至っては『起動』の声と共に、兄が空高く投げた奇妙な箱、すなわちボムを受け止めようと手を伸ばしていた。
「いけませんっ!」
魔法でボムを弾いたリリアは、二つの舟を素早く移動させた。
『逆シールドっ!』
ゆらりと揺れる船の勢いで、乗っていた人々はふらつく。そこへと突然飛び出したのは、巨大な影だ!
「きゃあぁぁっ!」「おわーーっ⁉︎ なんだよ、この化け物っ!」
砂から突き出たムカデ魔獣の牙は宙を切った。が、しかし、魔獣の狙いは舟ではなかったらしい。構わず真っ直ぐロザンナーー昏い光球を目指している。
「くるなっ、このっ化け物おっ!」
ロザンナが叫ぶと同時に、かちこち音が止み、ボムから眩い光が溢れ出た。
「「うわわっっーー‼︎」」
鈍い爆発音がした直後、パラパラと落ちてくる破片。そして恨みがましくも耳をつん裂くような叫び声がキーンと響いた。
「くそぉっ、外したかっ。魔導士ぃ! さては貴様だなーーっ? ナデールでの不発の原因はっ!! だが、今に見てろっ、あれを手に入れたら……っ‼︎」
爆破を封じこまれたせいで二匹のムカデに追われるはめになったロザンナは、さすがに余裕がないのかフッと消えた。
すると、驚いたことに、あたかもそれを追うようにムカデ魔獣は盛大に砂を撒き散らしながらズブンと砂丘に飛び込んでいく。その気配は、どんどん遠ざかり、ついにリリアの感覚では追えなくなった。
後に残ったナハル達は、呆然としている。
ーー無理もない。いきなり、巨大なムカデの魔獣が襲ってきた直後、ボムの光で目眩しにあい、ようやく目を見開くと、巨大な魔獣の尾が砂に潜りこんで呆気なく消えたのだ。
し~んと静まりかえった一同は、気を失ったミハルの口から出た「うっ」という言葉でようやくハッとした。意識が戻ったらしいミハルへと、ぎこちなく目を向ける。
そこへ空気を読まない影がう~んと伸びをすると、のっそり起き上がった。
「……酒……おい、ナハルゥ~。酒はどこだ~?」
その太々しい姿をレッドが無言で殴りつけ、問答無用で縛り上げた。
「おのれぇ、騙したなぁっ」と騒ぐ男を無視して、自慢の髭に手をやり、はあ~とこの世の終わりのようなため息を漏らす。
「とりあえずはーー。……占者様。街まで戻ろう」
「……そうですね。では、帰りましょう」
ボムを回避することができたため、護衛の役目は終えた、が。ーーこの二隻の舟はリリアにしか動かせない。こうして、ナハル一行を乗せた舟は、無事その日の夕刻、逃亡したミハルと共に街に戻ってきたのだった。
陽が沈みかけた頃。天幕を張り終わると早々に、レッドと迎えに来たその部下がミハルを街まで連行していった。携帯したポーションのおかげで砂漠の強行軍でも皆それほどこたえていないが、リリアはお腹いっぱい夕食を食べ終わると、一日中魔力を消費したためか眠くてたまらなかった。
「ジャニス、ごめんなさいね、私は先に休ませてもらうわ」
そう言うなり、バタンとベッドに倒れ込んだ。そしてまだ陽が上らない朝方、欠伸まじりにふわあと目が覚める。
ロザンナを止めなければ。
朝一番のすっきりした頭は、目標をはっきり定めた。
(昨日は憑依もせず逃げ去ったから……体は手に入っていない……のよね?)
魂だけのあの姿であれば大した力も出せない。魔獣に追われつつで、移動も遅いはず。そして、砂漠のど真ん中で代わりの体など、見つかるわけがない。
だとすれば……今なら、きっとまだ間に合う。
このまま遺跡に向かえば、先手をうてる。ミハルへの尋問でも、怪しい宝に関する情報は残念ながら得られなかった。本人は遠い昔に目を通した本の内容など、さっぱり覚えていないらしい。
夜明け前の暗い空の下、リリアはそっと天幕から抜け出した。
そして他の人を起こさないよう静かに出発を……と思ったのだが。
「リリア殿、ーーもう行かれるのですか?」
「あ。ナハル様……、起こしてしまいましたか……? 申し訳ございません」
砂色の髪が寝起きらしく肩にかかっている。だが、服はきちんと着ていた。
「……この半年で、人の気配にずいぶん敏感になってしまいました。リリア殿のせいではないですよ。それよりも、お一人で向かわれるのですか?」
「はい。ロザンナが目指している遺跡は、以前訪れたことがあります。ナハル様に見せていただいた地図で、この街の位置も分かりましたし」
「私もご一緒しては、ダメですか?」
「……あの、お気持ちは嬉しいのですが」
ナハルは重いため息をついた。
「分かっています。今の私では足手まといにしかなりません。バカなことを聞いてしまった。……忘れてください」
「ナハル様は十分、お強いですわ」
「確かに、そこらの兵には簡単に負けません。ですが、今からリリア殿が向かう場所には、兵など比べ物にならない魔獣がいる。昨日出現したような魔獣が……」
「ーーあの魔獣は、最強クラスだと思われます。普通ではありません」
分かっていると水色の眸が頷いた。
「にもかかわらず、ジェイド殿は貴女を守り通したのですね。もちろん、リリア殿ご自身でも。お二人の強さはこう言ってはなんですが、羨ましいくらい常識外れです。ーー私は今まで、学問ばかりを重視して魔法や鍛錬など大して行ってこなかった。だけど、それだけではダメだ。今回のことで悟りました。これからは、守りたい人を守れるだけの力を手に入れるため、もっと努力をしようと思います」
強い決心を映す眸を見て、リリアはニッコリ笑った。
「ナハル様は、強くなりますわ。そんな気がします」
「参ったなあ。リリア殿にそう言われると、これはもう頑張るしかないです。ーーどうぞ、道中くれぐれもお気をつけください。今度お会いする時までには、もう少し力をつけておきます」
そう言ってナハルは一歩下がって、礼をした。きっと、次に会う時は、その言葉通りになるだろう。
リリアも「お元気で」と礼を返すと、微笑みつつ転移魔法を実行する。そして一瞬後には、記憶通りの遺跡の柱が見える崖下に立っていた。
砂上で踏ん張った足が、ずるっと滑る。
わわわとバランスを取ったところに、ザザアといくつもの砂音が周りでした。見るのもおぞましいムカデに、すでに周りを囲まれている。ずらっと並んだその巨大な胴体が、もぞもぞ蠢きだした。
「いっや~っ! もう、ほんっと、なんでこんな魔獣なの~っ」
覚悟はしてきた。けど、やっぱり苦手なものは苦手なんである。
『千のスライスゥっっ!』と叫んだリリアの周りには魔力が溢れ、巨大魔法陣が瞬時で展開された。瞬間、魔獣はすべて輪切りにされ、光のつぶが飛び散る。ムカデは瞬息で一掃された。
ーー少々、力を入れ過ぎてしまったかもしれない。敵だらけの周りに思わず、奮発してしまった……
後には、風が峡谷を舞う音しか残っていない。と、そこにいつか見た妖狐が、何処からともなく現れた。だが、そのうっすら光る姿は一旦消え、再び神殿の支柱前にその姿を現す。
(え、嘘っ、これって……)
妖狐は前肢を上げている。来~い、来いーーこっちに来い。そう呼ばれた気がした。
ーーこれはーーどう考えても。……怪しすぎる状況。なのに。
リリアの本能はみるまに警戒心を解いていった。
澄んだ気配がする。まるでーー、そう、東の森の主にーー精霊と出会った時と、同じ感覚が……
わけもわからず、だが覚悟を決め、ええいっ、と転移を実行。それでも、いつでもシールドを張れる気構えで、目の前の妖狐から目を離さない。
『……そこまで用心しなくとも良い。精霊に愛される者よ』
驚いたことに妖狐が話しかけてきた!
「ーー私ったら、もしかして寝ぼけてる……のかしら?」
目をパチクリさせたリリアが、いくら目を凝らしても、やっぱり……どう見ても妖狐だ。
けど、驚きのあまり、思考をそのまま口にしたリリアを見る妖狐の目が……うっすら笑ったような?
『ホホ。これは我が、そなたの心に直接語りかけているのじゃ』
「はいっ……?」
魔獣に話しかけられたリリアは、うっかり会話を続けてしまった。
『そなたの魔石が、まあ言わば媒介になっておる。それよりも、この間の連れはどうしたのじゃ?」
驚愕のあまり気がつかなかったが、確かに胸元の黒魔石がほんのり温かい。
「連れ……あ、ジェイドのこと、ですか?」
『ジェイドとは連れの名か? そなたの名は?』
「あの、リリアと申します」
妖狐相手だというのに、背筋を伸ばしてかしこまってしまうのはなぜだろう?
『ではリリア、改めて紹介させてもらおうかの。我はこのポータルの守護を任されておる、砂狐じゃ』
砂狐。それはこの妖狐の個の呼び名なのだろうか。定かではなかったが、会話を止めるのも気が引けた。
『此度はそなただけが舞い戻って来たのじゃな? まあ、どちらでも構わなかったのだから良いか……。ではリリア、そなたに譲ろうぞ』
妖狐の言っていることが、リリアにはさっぱり分からなかった。譲る、とはどう意味なのだろう。それに……
「あの、ポータルとは、一体なんのことでしょうか?」
まだ半信半疑なリリアは、ついてこいと結界へと導く妖狐におずおず質問した。
『ここにはな、精霊界へと通じる門があるのじゃ。我はそれを守る』
心なし声が誇らしげだ。
『長い間、この地を訪れるものはおらなんだのお。手形を持つものは、もう残っておらんようじゃ。それに、今この地を目指し近づいてくる者を、我は好かん。負の気は嫌いじゃ。あやつはきっとろくなことをせん。ならば門はもう閉ざす。移動のみ仕様に変えようぞ。さすれば後の気掛かりは羽じゃったが」
砂狐に導かれ、一歩一歩進むうちにリリアは結界を通り過ぎていた。この妖狐は、強力な魔力で全身がわずかに光る脅威の魔獣だ。なのに、なぜだかまったく怖くない。てくてくと前を歩くその姿に、遅れまいとするリリアの歩みが、すぐピタッと止まった。
「これは……」
『綺麗じゃろう。お仕えした主の羽じゃ』
それは確かに、羽、だった。見上げるほど大きかったが……
緑の光の筒の中に、巨大な虹色の蝶々の羽らしきものが収まっている。
『気に入ったか? ならば持っていけ』
「は? え、この羽を、私が……ですか?」
『ーー我が休暇から戻ってみれば、この有様じゃ。すべてが滅ぼされた後じゃった。主はどうやら、神籍から抜けたらしい。力の象徴である羽を自ら切り取って、この世界に紛れ込んだようじゃ』
「あの、その主さんとやらは、お戻りにならないのですか?」
諦めのため息を砂狐はついた。
『……不死身である身分を捨てたのだから、もう生きてはおるまい。我も長いこと待ってみたのじゃがーー。ここに辿り着いたのはそなた達だけだ』
「そう、なんですか」
なんとなく寂しそうな声だった。
『命あるものは皆、退化もすれば進化もする、それも定めじゃ。すべては、タイミングなんじゃよ。それより、ここに手を入れてこう唱えてみるがよい。”我の元に帰れ”とな』
エルフ語と非常によく似ているが微妙に発音が違う。だが真似できないほどではない。
言われるまま口を開こうとしたリリアは、『待った』の焦った声で口を閉じた。
『大事なことを忘れておった。そなた『アイアン』を身につけておるまいな?』
「鉄? ですか。 はい、えっとここに」
エルフ語に近いその差材の名前に、リリアがドレスをめくって太腿に隠し持っていた小形ナイフを取り出す。と、砂狐は器用に感心と呆れの混じった吐息をついた。
『そんなところに……護身用じゃな。悪いが、羽は『アイアン』が苦手じゃ。触れるとやがて力が暴発する。その小刀は……そうじゃな』
砂狐の前肢の爪がみるみる伸びる。やがてリリアのナイフと同じ形になった。パキンと折ったそれを砂狐は差し出してくる。
『これと交換じゃ』
リリアから鉄のナイフを受け取るなり、妖狐はほいと投げたそれをゴクンと飲み込んだ。
……さすが、魔獣だ。けろっとしたその姿に内心驚いた。が、急かされたリリアは言われた通りの言葉を唱える。するとふわりと虹色の羽が浮いたのだ。
「あっ、羽がっ?」
途端にそれは消える。
『おう、まことよう似合うておるぞ。こうしてみると、主を見ているようじゃな』
背中がくすぐられた。そんな感覚がしてリリアが振り向くと、そこには虹色の羽が!
「嘘ーっ、ど、どうして羽がーーっ?」
『そのままゆっくり、動かしてみるのじゃ』
信じられないーー⁉︎ 動揺のあまり背中の羽が小刻みに震える。と全身の毛が逆立った。魔力がまるで身体に注がれるようにどんどん膨らんで。もう、パチンと弾けそうーー……
きゃああ、どうか収まって~と目をぎゅっと瞑った途端、それは霧散した。
……羽がーー。まるで自分の一部のように感じられる。
リリアは思い切って試しに、パサっとそれを羽ばたかせてみた。
(飛べるっ)
それはまるで歩くことのように、簡単なことだった。
『……我もびっくりの、慣れようじゃな。こんなに使いこなせるとは』
砂狐の指示通りゆっくり羽を羽ばたかせ上昇したリリアは、右に左にとゆらゆら移動してみる。
「うわあ、すごい楽しいわ」
遅く早く、上にも下にもと自由自在に操れる。本能が飛ぶことを理解しているかの如く、羽は違和感がなかった。
「すごいわっ、なんて素敵なの! こんなに素晴らしい羽を、本当にありがとうございます、砂狐さん!」
『いいんじゃよ。せいぜいお守り程度になるかとは思ったが。羽もそなたを気に入ったのじゃな』
それに応えるように羽ばたく羽から、虹色のキラキラした光の粒が溢れ落ちた。鱗粉だ。
目を細めて満足そうにその様子を眺めていた砂狐だったが、フッと後ろを振り返った。
『おっ、奴が近づいて来おったのぉ。どれちょっと遊んでやるか。そうじゃ、その前に』
砂狐は結界内の祭壇へトコトコと向かうと、古代文字が描かれた壁画の一部にガリっと噛みつく。
『これでよし。我はもう行くが、リリアはどうする。この結界内は、外と刻の流れが違うからの。あんまり長居しておると、日付が変わるぞ』
「へ? えっ、ええぇ⁉︎」
壁画をかじりとり、その一部をごっくんと呑み込んだ砂狐の言葉に、リリアは慌ててその後を追った。地面に降りると羽を素早く背中にたたみ込む。すると羽はすっと消えていった。
「あの、砂狐さん、刻の流れって……」
そのままテクテクと歩く妖狐に続いて結界を抜けだしたリリアは、柱の間から見えた夜空に言葉を失った。
結界の中で過ごした時間は、ほんの一刻のはず。なのにーー。一体どのくらいの時間が経ってしまったのか……?
朝日どころか、月が出ている夜空を呆然と突っ立って見つめていると、不安を払拭する柔らかな笑い声が聞こえた。
『ホホ、大丈夫じゃ、短かったからの。せいぜい、陽が沈んだぐらいじゃろう』
(よっ、よかったわ~)
本当に、ものすごく焦ってしまった。
『達者でな、リリアよ。我は、この地に侵入してきた奴を、ちっと脅かしてくる。羽を使う時はくれぐれも、『アイアン』に気をつけるのじゃよ』
「あの、何もかもありがとうございましたーーっ」
最後にリリアが叫んだ声が届いたのか、妖狐の姿が消えた空間から「ホホホ」と笑い声が帰ってきた。
ーー帰ろう。ジェイドのところへ。
約束の舞踏会は明日だ。城に帰って支度をしなければ。
ロザンナの目的はいまだ定かではないが、多分この羽か、ポータルと呼ばれる遺跡目当てだと思われた。羽はもう手に入れる事はできない。ポータルと呼ばれる遺跡の壁は、砂狐が一部を崩していた。それに砂狐はこの地を守るものだと名乗ったのだから、リリアがこの地でできる事はもうない。
砂狐の底知れない強さは疑いようもなく、先ほどの言葉からしてロザンナと対峙するつもりなのだろう。
そう結論づけたリリアはここを訪れた時よりも、さらに魔力が溢れる感覚に、大海を超える超長距離転移でもそれほど緊張しない。
『転移』
落ち着いて唱えると、次の瞬間にはナデールの王城、自宅の部屋に戻っていた。
「ただいま……」
暗い夕闇の中、誰もいない部屋で一人挨拶をする。我が家に帰ってきた。
そんな安心感が襲ってきてそのままベッドに倒れ込みたくなる。でもその前にーー。
(お風呂! 今日はどうしても、お湯に浸かりたい……)
ナジールの衣装を脱ぎ二日ぶりにたっぷり湯で温まると、今日はそれほど動いていないはずなのにどっと疲れが押し寄せてくる。気力のみで湯浴みをすませたリリアは、シーツの間に身体を滑らし、久しぶりの気がするベッドですぐ目を瞑った。
そして夜遅く。リリアがぐっすり眠っていると……
疲れ切った身体がふいに抱きしめられた。
「やっと帰ってきたか。ーー待ちくたびれたぞ」
髪に柔らかい感触があたる。
(ーージェイド……ただいま……)
夢の中でジェイドに挨拶をすると、温かい身体に無意識に擦り寄った。逞しい腕に固く抱きしめられて、夢うつつでもうっすら微笑む。
「……こんな事はもう二度と、ごめんだ」
敏感な耳が、囁かれる魔法の呪文にぴくと反応した。が、聞こえてきたジェイドの低い声は、耳に心地良い。深い睡魔に囚われたままのリリアはその夜、目覚める事はなかった。
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