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予知の結果は、予想外でした

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「リナ、どうしても、結婚式を挙げるのか?」

心配だ、と教会までわざわざついて来てくれたシンの言葉に、思わず、クスリと笑いが漏れた。
不本意だが仕方ない、といった様子で聞いてくるこの人シンは、昨夜あんなに強引だった人と同じ人とはとても思えない。シンほどの実力や魔法があれば、こちらの意思など無視して力技で妨害する事などいとも簡単なハズなのに、この人はそのような振る舞いは決してしない。あくまで恋人こちらの意思を尊重してくれている。
もちろん昨夜は、俺のものだ、と魂に刻み込むように一晩中愛された。
そんなやり方で不服を述べてくるのだ。

こういう所、シンって本当可愛い、とつくづく思ってしまう

気持ちを和らげてあげようと極上の笑みを浮かべると、大きく頷いた。

「心配しないで、祖父にもその場にいてもらうし、あくまでフリよ」
「シン、大丈夫ですよ、私も念のためリナについて行きます」

テンも力強く頷いている。そう、テンには二人のことを早速打ち明けたのだ。
するとテンは私達の婚約を我が娘のことのように喜んでくれた。
みるみる嬉しそうに微笑んで「これこそ、納得のいく婚約です」と祝福してくれたのだ。

シンは固く握りしめていた手を「いいか、何かあったら必ず呼べよ」としぶしぶ離してくれた。

「分かってる、愛してるわ、行ってきます」

昨夜から何度も告げている愛の言葉に、やっと不服顔の表情が和らいだ。ほんの少しだけだが機嫌が直ったようだ。それでもやはり、『不本意』と顔に書いてあるシンの頬に、身を伸ばしてキスをする。
そして踏み出した一歩で、うっかり花嫁衣装の裾を踏みつけてしまった。

「リナ、裾はもうちょっと短くしましょう」
「ありがとう、テン」

この日の為に、今流行りだというスタイルの花嫁衣装を一昨日急遽購入した。
けれども昨夜シンが日常に戻ってきたことで、これからは魔道具服を常に身につける事に決めたのだ。
今回の件で、つくづくと、愛する人がいつまでも一緒にいてくれるとは限らないことに気づいた。
だからこそ、二人で過ごせる一日一日を大切に全力で生きていく。後で後悔なんか絶対しないように……

シンがそばに居るだけで目の前の世界がどんどん広がり、二人一緒なら宇宙の果てまで飛んでいけそうな全能感さえ感じる。それに…なぜだかシンに愛された翌日は、体調がすこぶる良いのだ。
まるで身体に羽がついたように、身が軽く感じる。
だが何よりも、愛する人に求められた充実感で、心までも天高く飛んでいけそうだった。

「こんな感じで、どうでしょう?」と、テンはドレスに触れて裾の長さを調節してくれていた。
ズルズルと引きずり気味だった裾もスッキリして、うん、いい感じ…、と花嫁衣装を着たまま、くるりんと教会の控え室で回って見た。

(よし、大丈夫、動きやすいわ)

「…そろそろ、時間じゃぞ」
「ありがとう、お祖父ちゃん」
「いいんじゃよ、他でもない、リナの頼みだからの」

教会の方への根回しは、朝のうちにばっちり済んでいる。司祭に会う、と聞いた時からどうなるにしよ、今日の事は祖父と入念に相談していた。
控え室に迎えに来てくれた祖父と一緒に、チャペルの中へ、いざ、と足を踏み入れる。

「リナ! 良かった。時間通りだね、その衣装良く似合ってるよ」

背の高い金髪の男性が、教会の一番後ろの席に一人で座っていた。
こちらを見て司祭とリナを認めると、コツコツと足音を立てながら近づいて来る。
ローリーは祖父には会ったことがないので、司祭と現れても何も疑問に思っていないようだった。

「ローリー、身体の具合は大丈夫なの?」
「ああ、なんだか今朝は早くに目が覚めたよ、おかげで起こしにきたメイドにびっくりされた」

(え⁈ どういう事?)

城のキッチンに置き去りにされたはずのローリーであったが、自力で部屋に戻ったのだろうか?
ニコニコと優しく笑いかけてくるローリーに、特に変わった様子は見受けられない。
その姿は、相変わらずきちんとしていて、今日は正装で立派な花婿姿だった。

(けど、何かどこか、違和感があるのだけど……?) 
 
線の細い姿をジッと見つめたリナは、胸ポケットに挿された赤い花に目をやった。

(違和感の原因はこれね! ローリーは赤い花は好きではないのに、どうして今日に限って…)

小さい頃は、城の庭園でよく一緒に遊んだ。そのおかげで彼の好みは把握済みだったのだ。
ローリーの好みは淡い色の可憐な花々で、昔は庭で詰んだ花を押し花にしてよく手紙で贈り合いをした。
赤い花は争いを連想させるので、彼の好みではない。そのことを幼馴染であるリナは、熟知していた。
疑問を抱きつつも態度を変えずに、にっこりと笑って会話を続けてみる。

「昨夜は早く寝れた?」
「ん? ああ、君と会った後は、すぐにベッドに向かったよ?」

やっぱり何かおかしい。
隣に立ったローリーからは、微かに香水の匂いがしてくる。
それに緊張しているのか、ちょっとした仕草もどことなく彼らしくない。
しきりに金の巻き毛に手をやっては、そこにないほつれ髪を耳にかけるよな手つきが、どうも気になる。
まるでいつも長い髪をかきあげているようで、どことなく女性らしさを感じさせる。

(…確かにどっちかというと女顔だけど、いくら繊細で綺麗な造りだからって、ここまで女を感じさせる雰囲気をにじみ出すなんて……)

その女性らしい一連の動作が限りなく似合っていて、違和感なさ過ぎるのもどうかと思う。
だが今はそんなことよりもだ、ローリーにその気がない事を知っている身としては、どうしようもなく妙なちぐはぐ感を感じてしまっていた。
それにさっきから辺りに、変な感じのする魔力が微妙に漂っている。
それは時々シンにも感じる魔力と、非常に似ていた。
自分の中の聖女の力が、それとなく反応している。

(う~ん、祭壇にはお祖父ちゃんがいるけど、ここは目を瞑ってもらって…)

祖父に素早く目配せをして、ちょっとはしたないけど、ごめんなさい、と心の中で謝っておく。

「ローリーたら、酷い人ね、昨夜はあんなに激しくしておいて…今朝は記念に花を贈ってくれる約束を、もう忘れちゃったの?」

リナは拗ねたような顔で、サラリと髪をかきあげた。
その白い肌の首筋には、シンが残した噛み跡や赤い印がはっきりと浮かび上がっている。
それらをわざとこれ見よがしに、ちらりと仄めかし同時に隣に立つローリーから、何気に数歩離れた。

「あぁ~? よくもこの小娘! …じゃなかった、愛しいリナ、もちろんだよ、ほら、この花を受け取ってくれるよね?」

ローリーは歪ませた顔でこちらに無理やり笑いかけると、胸元の赤い花を差し出す、と見せかけてもう片方の手で短剣を振り回してきた。

(あのねえ、あんまりにも見え見えなんですけど……)

襟元から短剣を取り出すおぼつかない動作に、「動きが、ずさん過ぎるわ」と呆れて、軽々ひょいと一歩下がって避けきる。そして身体は迷わず反撃に出ていた。
短剣を振り回して体勢を崩したローリーの喉元に剣先が、ピタリ、とあてられる。
突きつけられたその付与付き剣は、見るからに切れ味が良さそうで鋭利にピカッと光った。

「一歩でも動いてごらんなさい、その綺麗な喉に穴が開くわよ」
「リ、リナ何をするんだい!」
「あなた、誰? ローリーじゃないわよね?」

剣を下げるどころか、問い詰めながら反対に半歩近づいて、剣先を心持ち肌に近づけた。
一歩も引かないリナの様子に、ちきしょう、と罵った男は、いきなり喚きだした。

「ちょっとーー、どうゆう事よっ! 絶対に見破られないはずじゃなかったのお? アル! サッサと出て来て、この女、始末して頂戴っ!」

完全な女性言葉で叫んだローリーの顔をした男は、自分の足元をドンドンと踏みならして癇癪を起こしている。

(なあに? これって、もしかして…)

ぞわり、と身体の毛先が蠢く嫌な感じがした途端、無意識に男から数歩、パッと遠ざかった。
甘い顔を歪ませたまま叫んでいる表情は、完全にローリのものではあり得ない。
男の足元から、ゾロリと黒い靄が吹き出ると肌が一斉にまた、ぞわりと寒気を覚える。
濃い霧がやがてうっすらと人型になり、小柄な男が一人、のそりとそこには現れた。
体にぴったりフィットする奇妙な服を纏った男は、短髪をツンツンと立てている。そしていかにも、ウンザリといったおざなりな態度でローリーに言い返した。

「何ですねん、もう見破られたんですか~? だから言いましたやろ? 無駄やって。ほんま懲りないお人ですなあ」
「うるさいわねぇ、いいからこの女、さっさと始末してよね! こいつ、私のローリーに手を出しやがったのよ、やっとメラニーから奪い返せると思ったのにぃ!」
「あんさん、一体いくつやと思ってますねん。それに殺しはわての専門外です、と何度も言いましたやろ?」

やっぱり悪魔憑きだ!

心底呆れたように言い募る小柄な男が、ポンと手を叩くと、癇癪を起こしている綺麗な男の姿が、パッと年増女に変化した。

「アイラ⁉︎ あなた一体…?」
「ほら、自分の歳も顧みずに若い男に熱を上げるなんて、ほんま見苦しいでっせ、いい加減諦めたらどないです~?」

髪を振り乱したアイラはかん高い声で、小柄な男に負けずに言い返している。

「なによお、あんたも悪魔の端くれなら、根性見せてちょっとは協力しなさいよぉ!」
「嫌です~。見返りもないのに、何でわてがそないな事……」

(あれ? なんか……)

自分を置いて内輪揉めを始めてしまったチグハグなコンビに、どう対応していいか分からない。
だが取り敢えず剣だけは、油断なく身構えておく。
小柄な男が出てきた途端、警戒するように祖父に結界を張って見守っていたテンが、祭壇の方から、ふわふわと飛んで近づいて来た。

(え、テン? 正体を隠さなくていいの?)

小柄な男は、悪魔だと呼ばれていたから問題外として、アイラの前で堂々とその姿を見せた事に戸惑いを隠せない。思っても見なかったテンの行動に、思わず声を出して呼びかけていた。

「テン? 大丈夫なの?」
「大丈夫です。この女狐は、どうやら現在いまは人の姿をしていますが、元は違うみたいですしね」
「へ? 元はって…」

(テンの言い方だと、アイラは、元は人ではない? アイラって一体……?)

困惑気味なリナを他所よそに、脇見もふらず言い争いをしていた二人は、テンの声を聞いて、ハッと振り返った。小柄なアルと呼ばれた悪魔は、テンの姿を見た途端、ギョッとした様子でソロソロと後退りを始める。

「あ、あの、協定違反はしてませんがな。こいつには、等価交換の話を持ちかけられただけで…人殺しなんぞしてません!」
「だれよ、この女?」
「こ、これ、あんたは本当にものを知らなさ過ぎる、このお人は天界人ですがな」

テンの姿を見て震え上がるアルと、天界人が何様よ?と睨めつけるアイラ。
そんな二人を、ふむ?という様子で見ていたテンは、手をおもむろに前に差し出して前置きもせずいきなり濃厚な聖光をアイラに向けて放った。

(えっ? あれ……?)

マジですか……
思わず目を疑ってしまう。
アイラのいた場所に立っていたのは、一匹の狐だった。その尻尾は何故か二股に分かれている。
アイラのことは、初めて合った時からなぜかずっと『女狐だ』と思っていた。

(…けど、本当に狐だったんだ……って事は、彼女って元々は妖魔?!)

「妖狐でしたか、しかしたったの二股とは…」
「うっるさいわねっ、落ちこぼれで悪かったわねーーっ! これでも化け術はお手の物なのよ!」

テンの言葉に、血の気も多そうに自分でつっこんだ狐は、ドロンと一瞬でアイラの姿に変わった。
だが、あ、でも…とリナでも分かってしまうほど、この狐、魔力がまったく足りていない。
その姿は長持ちをせず、すでに氷が溶けるようにだんだんと手の先などがぼやけてきている。

(えっと…この狐、もしかして変化能力は、あのナメクジ妖魔以下なんじゃあ……?)

メラニーに憑いていたナメクジでさえ、一定の時間は余裕で人間に変化できていた……
それなのに、この妖狐の能力は、ハッキリ言ってそれ以下だ。
女狐アイラのあまりにも酷い落ちこぼれ度に、周りは呆れて言葉も出ない。
うわー、となんとも言えない、気まずい空気が辺りに流れだした。
「今日は、ちょっと調子が良くない日なのよぅ!」と、そんな空気を読み取って憤慨している狐を見かねたように、アルが説明を始めた。

「この狐、昔からこんな感じでしてねえ、なかなか世の中に溶け込めないってんで、私が人間にしてあげたんですがねえ」
「だって、妖魔でいても、ばかにされるし、いい事全然ないしぃ」

聞けば「この世界を見学に行く」と言う観光名目で、大金をはたいて転移させてもらい、そのままトンズラしてここで人間として生きていこう、と悪魔を呼び出したらしい。

「…で、等価交換で妖魔のステータスを捨てる代わりに、人間になったまではよかったんですがねえ……」

しばらくは物珍しさで平和に暮らしていたが、何年かするとここでの生活にも飽きてしまったらしい。
そこで、子供でも育ててみるか、とメラニーを孤児院から引き取ったそうな。

「結構楽しかったのよ、子育てって、だけどやっぱりちゃんと結婚していないと、子供も可哀想かなぁって思って」

そう考えたアイラは、またまた悪魔のアルを呼び出した。
今度はこの国で一番地位のある独身男と結婚したい、と願ったアイラに悪魔のアルは応えた。

「…と言っても、媚薬を渡して一晩でたらし込め、とアドバイスしただけですがな」

テンに、ジロッと睨まれたアルは、急いで言い足した。

「今時は、悪魔業に関する法律が益々厳しくなる一方ですよってに、相手の意思を無視して無理やり惚れさせる、そんな行為は全面禁止されましたんでねえ…」と残念そうに言いながら、「それでもまあ、子供のためだと言われたんで、この国の王弟と結婚させてやったんです」と言葉を続けてから言い淀む。

「ところがこいつが、今度は、この国では王女がいずれは女王になると聞いた途端、なんでうちの娘じゃダメなのよ、とか言い出しまして…」

悪魔のアルが、頭を抱えて、はあ~、と重い溜息をついている。

「止めたんですがねえ、暗殺やらなんやらと、大きくなった子供も巻き込んで二人で画策し始めまして、全く身の程知らずと言うか、何というかで…」

語る口調も憂慮深く「…この世界には、わてからは干渉できやしませんし、身の丈を知らなさ過ぎるってんで、こっちも、ほとほと困ってますねん……」と頭に手をやって困った様に眉を寄せる。

「だって、うちの娘が女王になれば、私だってもっといい暮らしできるじゃないのよお。小娘一人始末するくらい何なの、ほんとこの悪魔ってば融通が利かないったら」
「だから、何度も言いましたやろ、人殺しは専門外。悪魔が人殺しを引き受けたのは、太古の話で時代はとっくに変わってますねん!」

「今時、そんな野蛮な事、流行りませんのや!」と、またまた二人は言い争いを始めた。
だけど、何となく事の経過は分かった。さて、どうしよう? とテンの方を見てみると、こちらも呆れた顔で二人を見ている。

(あ、そうだ、一つだけ確認しておかなきゃ)

「ねえ、ちょっと、そこのアル? だっけ、ヨセフ叔父様の様子がなんか変わり始めたのって、あなた、何かしたの?」
「ああ、それはですねえ、この狐に頼まれて渡した媚薬は、少しばかり洗脳効果のあるものでして」
「なるほどね、大体わかったわ。その薬の洗脳って一体いつ解けるの?」
「一度の効果は本当弱いヤツで、ずっと続けて飲ませない限り、効き目は続きやしません」

つまりは、アイラから薬を奪って放っておけば、効果はきれる訳だ。
そんなことを考えていると、テンは遂に呆れ果てた様に「ああ、もう分かりました」と手を、ひらひらと振った。とりあえずは、狐の姿に戻ったアイラに光の輪を、ポイと無造作に投げて、妖魔を縛り上げている。
いつまでも口汚く罵ってうるさいので、ついでに口まで縛られた狐はまだ何か喚いているが、皆に完全に無視されていた。

「妖魔の不法滞在、悪魔の呼び出しに媚薬でのこの世界への関与。全く、この保護地区には悪魔召喚なんてくだらない知識の持ち込みは禁止だというのに…リナの暗殺計画には思う所がありますが、どれも杜撰なものでしたし…。これはもうシンに投げましょう。リナ、シンを呼んでもらっていいですか?」
「ええ、わかったわ」

付き合いきれない、といった様子のテンに頷くと、直ぐに頼もしい人の名を呼びかけてみる。

「シン、ちょっと来てもらえる?」
「どうした? 何があった?」

名前を呼ぶなり、いきなり頭上で美声が響いた。
見上げると、すぐ後ろにシンが立っていた。

「あのね、この…」
「ギョフっ! うわあぁぁぁっ! 協定違反はしてませんよってに、堪忍やーーっ、なんで王子がここに居てますねんーーーー!」

カエルを轢き殺してしまったような今日一番の悲痛な悲鳴が、いきなりアルの口から飛び出て、チャペル内に大きく響き渡った。

(へ? 王子って…?)

説明しようとアルとアイラを指差した手が、驚きのあまり途中で止まってしまった。
飛んで来た黒い針が逃げ腰のアルの影を、あっという間に縫い留める。

「リナ、こいつが何かしたのか? なんだ、アルじゃないか? 久しいな」
「お、王子も御機嫌よろしゅう。あの、なんでこないな世界ところに、王子がいてはりますねん?」

この二人はまさかの顔見知りらしい。
二人の挨拶を交わす様子に、またまたビックリだ……
アルは影を縫い付けられて動く事が出来ず、かちんこちんに固まったまま挨拶を交わしている。

「ああ、俺は仕事だ、お前もその呼び方は止めろ。当代、俺の一族は既に王族でも何でもないぞ」
「これはまた失礼を、それでしたら、何とお呼びすればよろしいんでっしゃろ? 若とかでっか?」
「シン、ただのシンだ」
「それはまた、えらい今風ですなあ」
「時代は変わった。ところで、お前は何でここにいる?」
「それは~、ええとですな」

アルはシンにしどろもどろ説明を始める。
一方リナの方は、アルの言葉に、物凄く引っかかりを覚えていた。

(待って待って、悪魔のアルが王子と呼ぶって事は……)

聞いて良いですか?
妖魔や悪魔にも王族って、あるのかしら……?、とアルから事情聴取を始めているシンを、ジッと見つめて、こっそりテンに確認してしまう。

「ねえ、テン…悪魔に王族って、一体どういう事?」
「ああ、シンの一族は大昔から大変力の強い一族でしたのでねぇ、今でも崇拝する元配下や眷属妖魔がたくさんいるようです」
「…そうなんだ……」
「もともと、悪魔は、位がきっちり分かれている上下関係がはっきりしたピラミッド形構造の職業ですしね。ついでながら付け足しますと、悪魔という職業自体、もう廃業寸前の時代なんですがね。それぞれの派閥や組は解散させられましたし、この頃は規制が厳しいので、昔気質むかしかたぎの古株しか残っていないはずですよ」

テンがそう告げる傍らから、こんこんとしたお説教モードの、低い美声が聞こえてくる。

「何でまた、こんな馬鹿に付き合ってるんだ?」
「いやまあ、馬鹿な子ほど可愛いって言いますやろ? なんか、そないな感じで、オモロそうで、つい…」
「何だと? お前、あれほど仕事は選べと言っておいただろう。悪魔の呼び出しにはもう応じるな、転職しろ、まったく。罰としてメフィに引き渡しだ」
「ええっー⁈ あ、あのそれだけはっ!」
「お前、分かっているのか? リナは俺のつがいだぞ、怪我でも負わせていたら、俺自ら葬ってやるところだ。今回は未遂だが、立派な殺人幇助だ。それにこの世界は保護地区だろうが、忘れたか馬鹿者! 関与は一切禁止だ!」
「おおっ王子っ! ついに花嫁を見つけたんでっか? これはめでたい! おめでとうございます~…ちなみにあの……」
「ああ、メフィは健在だ。変わってないぞ、あいつ。相変わらずやることは支離滅裂だが、仕上がりは良い感じに纏まるんだから不思議だよなあ?」

アルは、固まったまま器用に肩を落として「そんな殺生な~」とげんなりしている。

「俺にも平気で『愛の鞭!』とか言って術をかけてくるような奴だぞ? 奴が上司だなんて、天魔界における七大不思議の一つだ」

ちょっと忌々しそうに、シンは苦い顔だ。
そして問答無用で女狐アイラを次元牢に、ぽいと放り投げ入れた。
そんな中、突如、ポンポンと肩を叩かれて、振り向けばそこには祖父がニコニコ顔で立っていた。

「リナや、ついに婿殿を見つけたのだな? このお方がお前のことを『番いだ』と仰っていたのを、この耳でしかと聞いたぞ?」
「あ! そうね、心配かけてごめんなさい、お祖父ちゃん。そうなの、ローリーの事はフリだけでちょっとね、バルドランにはびこってた狐掃除をしただけだから」

隣に立っている頼もしい姿を紹介しようして、改めてその雄姿を見つめてしまって、なんて幸せなんだろう、と自然に顔がほころびてしまう。
シンは祖父の方に向き直ると、にこやかに笑っている。

「ちゃんと紹介するわね、お祖父ちゃん、私の婚約者のシンよ、シン、私のお祖父ちゃんで教会の大司祭をやってるカロン司祭」
「お初にお目にかかります。シンディオン・ダイモーンです」
「おお! 婿殿、こちらこそお会い出来て嬉しいですよ。カロン・モイライと申します。孫のカトリアーナと一緒になって頂けるそうでこんなに嬉しいことはありません、本当に、こんな良いニュースは久し振りです」

シンの両手をがっしり握り込んで、感激で涙目の祖父に、「もうお祖父ちゃんたら大袈裟なんだから」と横で照れてしまった。
うわあ、好きな人を身内に紹介するのって、思ったよりずっと恥ずかしい~…と照れくさくてモジモジとしていると、「いやいや、これでひ孫の顔が拝める日ももうすぐじゃ」とカロンは大喜びの様子だ。

「リナ、よくやったっ! シン殿ほどのイケメン、これはひ孫が楽しみじゃ!」

横で小躍りしている祖父を見て、ちょっとどころか、大いに恥ずかしくなってきた。

「…ごめんね、お祖父ちゃんったら、ちょっと浮かれちゃって」
「いやいや、ご家族の期待には、しっかり応えないとな」

と言ってこちらも、嬉しそうに、ニヤリと笑いかけてくる。
紺碧の瞳がキラキラに輝いているのを見ていると、突如昨夜の様子が頭に浮かんで来た。

「家族って…もう二人とも気が早いっ! 結婚式が先でしょう?」

真っ赤になって言い返すと、祖父は、ポンと手を叩いた。

「そうじゃ、それならほれ、今すぐ挙げてしまえ、幸い書類はここにある。ええっとほら、立会人もテン殿とそこのほら、悪魔のアルさんとやらがおるじゃろ?」

(え? テンはともかく、悪魔さんって…あの、立会人が二人とも人外なんですけど、そんなんでいいのかしら…?)

教会の司祭であるからにも関わらず、悪魔を天界人のテンと同列に並べるあたり……
女神の司祭である筈の祖父の細かい事を一切無視した態度は、いっそ気持ちいいほどである。
もちろん、乙女の憧れの結婚式を今すぐ挙げてしまえ、という提案には、シンと結婚できるなら、とそれほど抵抗感はないのだが。
しかしまあ、水を差す様な真似はしたくないが、念の為にも本当のことを話しておいた方がいいのだろう。 

(っていうか、シンがこの世界の人じゃないって事も、さっきの会話を聞いていたのなら分かってるよね?)

「あのね、シンは異世界の天魔界から来た人なんだけど…」
「リナ、生まれた世界がちょっと違うからって、そんな度量の狭いことを言うでない、人類人外、みな兄弟じゃ」

無造作に手を振って、関係ない、とカロンは述べると目を輝かせて宣言した。

「それにわしは、月の女神のファンじゃからのう。天魔界の人なら、むしろ安心じゃ」

(…異世界人ってところは、やっぱり些細な事なんだ…)

祖父とは、顔や姿で似ているところはないが、自分もそうだっただけに、このあたりの考え方で血のつながりをひしひしと感じてしまう。
リナの心の声が聞こえたように、カロンは、何を今更心外だ、と言う顔をすると「そんなことより、シン殿は魔力も相当じゃろう、その上健康そうで、何よりじゃっ!」としきりに感心してシンの逞しい上腕をペタペタと触っている。

「よし、始めるゾッ!」
「へ? 今すぐってっ? ええぇーーっ」

(マジですか? 結婚するの? 今すぐ?)

「善は急げじゃ、ほら、ええと本日はこの良き日に…ああもう、以下略じゃっ!」
「は?」

(以下略って……)

シンの気が変わらぬうちに…とばかり、祖父は長々とした結婚の祝詞のりとを大司祭のくせに、あっさりと省略してしまった……
そんな祖父を、あっけにとられて見ている間にも、カロンは、「ほら、ここにですなあ、サインをして下され」とシンの前に早速、何やら結婚証明書、と書かれた巻物のような紙を広げている。
シンもいっそ潔く躊躇もせずに、よし、とペンを取り上げて、教会特別製の消えないインクをつけると、サラサラっと指名された箇所にアッサリと署名した。
この紙とインクは、火や水の中でも多少の事では消滅しない。

「ほれ、リナや、サインはここじゃぞ」
「え…? ぁ…はい……」

カロンにペンを持たされて、呆然としたまま署名を終えると、祖父はテンとアルを呼んで早速二人の署名ももらっている。
縛りを解かれたアルは、「王子の結婚の立会人になれるなんて、一生モノですがな!」とやたら感激しているし、テンはテンで「善は急げですか、非常に効率的です」と嬉々としてサインしていた……

「よし、これで後は、と…」

カロンは、祭壇に向かって恭しく礼ををすると、朗々と、結婚の儀式必須である、女神たちへの報告を始めた。

「これにて、太陽と月の女神の加護の下に、カトリアーナ・バルドランとシンディオン・ダイモーンはお互いを相敬い苦楽を共にし、明るく温かい生活を営み子孫繁栄のために勤めつつ、終生変わらぬ愛を貫く事をここに誓いましたのじゃ。偉大なる女神達よ、なにとぞ、この二人を幾久しくご守護下さいますようお願い申し上げまする。まる」

「よし終わったぞ、これで二人は晴れて夫婦じゃ、めでたいのう…」とのカロンの言葉が終わると同時に、シンにいきなり抱き寄せられて、顔中にキスの嵐が降ってきた。

「リナ、俺の生涯のつがい、愛してるよ」
「もう、シンったら、くすぐったいわ」

(うわあ、私ったら、今、シンと結婚したんだ! シンが私の旦那様!)

あまりに速いペースで運ばれた二人の結婚式に頭がついて行かず、これは現実に起こっていることなんだろうか…?とボーとしている間に全てが終了していた。
シンや皆の嬉しそうの笑顔に囲まれて、今更ながら胸が興奮でドキドキとしてきた。
髪や額や頬、鼻先にも落とされる唇に、思わず幸せ一杯で笑いながらも、その逞しい背中に手を回しその感触を確かめてしまう。

「ん、よし、この婚姻で、リナの方も上手くいくのだよな?」
「そうよ、晴れて夫を持った女王として、戴冠式に望めるわ!」
「その準備には、どれくらい掛かる?」

準備…それもそうだ、今まで教会で療養していたことになっていたのだから、色々とした準備がいる。
そもそも、先ずは、女狐の後始末から始めなければならない。
シンはすでにリナの夫として、女王誕生の補佐にも熱心な様だった。
祖父とテン、それにシンも加わって相談を始めるが、直ぐに人手が足りなさすぎることに気づいた。

「お祖父ちゃん、城に伝令を出して、ヨルンとヒルダを呼び出してもらっていいかしら?」
「アル、お前、今暇だよなぁ、ちょっと仕事を手伝え」
「へ? もちろんでっせ! 王子にお仕えすることができるなんて……」

感激のあまりキラキラ目で見上げてくるアルを見たシンは、ふむ、とまた頷いた。

「よし、さっきから感じているこの感じ、制約は全て解けたはずだ。フェン、出てこい」
「ほーい、お待たせ、飯の時間かい?」

シンの掛け声で、毛もツヤツヤの真っ黒な大型狼が魔力の交換なしで、ポンと目の前に現れる。

「いや、そこの妖魔は飯ではない」

光の輪に縛られた状態の女狐とアルを目を輝かせて見たフェンは、ちょっとガッカリした様子だった。
一方でフェンの姿を見たアイラとアルは、ひぃっと悲鳴を上げている。

「お、王子、まさか……この化けもんと仕事…」
「ああ、そのまさかだ。こいつと仕事だ、フェン、お前、ちょっと人型に変化しろ」
「え~? 人型~? 何でまた、そんな…」

本当~に、気が乗らないらしく、狼顔は渋々で鼻面にシワがよっている。

「大体、オイラにゃこの世界じゃ制限があったはずなのに、なんで解けてんだ?」
「ほら、コレをやるから、やる気を出せ。それに今回の仕事を成功させたら、フェンの欲しがっていたポナナ畑の栽培を、前向きに検討してやるぞ」

ところがシンが取り出したポナナの束を見ると、フェンの態度が、コロッと変わった。

「えっ⁇ …分かった、オイラ頑張る」

霧が晴れるとそこには、黒髪のワイルド系の整った顔をした筋骨逞しい男が立っていた。

「…このひとってまさか…」
「よお、嬢ちゃん、この姿は初めてか、ははは、オイラの勇姿にびっくりしたかい?」
「フェンって、人型にもなれたの?」
「いや、この世界ではなれなかったはずなんだがな、こいつの制限も全て解かれているみたいでな」

制限があったなんて、知らなかった。
それに魔力の交換もしていないのに、フェンは呼び出されて実体化している。
だがまあ、コレで取り敢えず、人手?が増えた事に違いない。
その増えた人手は、悪魔と妖魔ではあるのだが……

「リナ、飛龍たちを呼び出してもいいか?」
「クーちゃん達? もちろんよ」
「来い」

シンの瞳が金色に光ると瞬く間に、『はい、了解です。えっとお、この建物の外に着陸でいいですか?』とクーちゃんの声が聞こえた。

「あいつらには、他国との伝令に役に立ってもらう」
「あ、それもそうね」

戴冠式を派手にするつもりは無かったが、バルドランの外交を疎かにする訳にはいかない。
新女王の誕生通知は、他国にはタイムリーに届け出る必要があった。
やはり、シンは物凄く頼りになる……と、改めて自分の夫の有能さを認識してしまって、その事実を内心で喜びながら、皆で飛龍達と合流する為に教会の外に向かって歩き出す。
嬉しさをこらえ切れず、ふわふわと踊り出しそうな足運びで頼もしい腕に自分の腕を絡めた。
そして、甘えるように逞しい身体に心持ち寄り添う。

(シン、私の大事な旦那様……)

すると、任せておけ、とばかりに、ポンポンと腕を優しく叩かれた。
優しい夫の励ましに、ようし、と張り切って外に出ていく。
こうして、皆で話し合い、女狐によって長年この国にもたらされたダメージの修復に、皆で協力して取り掛かる事になったのだった。

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