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樹海の怪異

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「光陽さん、よく門の守衛に止められませんでしたね。」
太郎は、大学内をバイクで移動しながら、こんな大きなバイクが大学の敷地内に入って来れた事を、今更ながら不思議に思って聞いてみる。
「ああ、この’ブローズ’にはブラインド・アイという効果が施されている。人の目に写ってそこにあると意識ではわかっていても、ないものとして無視されるんだ。だから車とか人は自然にこいつを避けるが、無視される。」
「でも、僕は光陽さんのバイクを認識しましたよ。」
「僕が、まあ言うなればブラインド・アイのスイッチをオフにしたからだ。君に見えて欲しかったからね。因みに今はオンになっているし、このバイクは決して物に当たらないから、大丈夫だ、そんなに怖がらなくても。」
さっきから、すごいスピードで人のいる道路を飛ばしているので、気が気でなかった太郎はホッと息をついた。
「あっ、次の道を右に行くとすぐ見えてきます。」
ラグビー場に着くと、まだ選手達が練習をしていたが、光陽が何か力を放つと皆、「休憩だー。」と言いながらラグビー場を後にする。
人の居なくなったラグビー場で、何をするのだろう、と太郎が思っていると、しばらくして、目の前に空から大きな白いクルーズシップ船が降りてきた。
「!こ、こ、光陽さん、なんか船がこっちに向かって降りてきてるんですけど!」
「大丈夫だ、僕が呼んだ僕の船’スキーズ’だ。さあ乗って。」
とタラップを上がって行く。そして、看板に出ると、光陽を出迎えた宙に浮いている二組の手首に、二度びっくりして太郎は腰が抜けそうになった。
「おかえりなさいませ、旦那様、聖水は届けておきました。」
と手首の手にタブレットが現れ、話しかけてくる。
光陽は構わず足早に船の中に向かいながら、
「ご苦労だった。太郎、僕に仕えてくれている、リチャードとアンマリーだ。こちらは、咲夜と使役関係にある太郎だ。」
と言いながら、階段を上がって行く。
「よろしく太郎さん。」
と電子音で挨拶されて、顔を引きつらせながら、なんとか挨拶を返した太郎は、そのまま、船長室のようなところに連れて行かれた。
光陽に、
「船を運転したことはあるか?」
と聞かれ、いまだに顔を引きつらせながら、
「ありませんよ、車ならオートマ免許を持ってますけど。」
と言うと、目の前にあった船の舵が、車のハンドルとギアに変わり、
「なら、これなら運転できるな。咲夜のいる所まで案内してくれ。」
と言われて、そんな無茶な、と思ったが、光陽は至って真剣だ。
仕方なく、ハンドルを握ってみるといつの間にか、後ろにドライバーシートが現れる。恐る恐るそれに腰掛けて足を延ばすと、アクセルとブレーキの感触が足から伝わった。
「えーと、一応、僕若葉マークなんで、うまく出来るかわからないですけど。」
と言ってから、はて、一体これを狭い道路で運転するのか?と疑問に思っていると、
「大丈夫だ、障害物などないくらいに高度を上げる。」
高度?高度って、確か高さのことだよな?と思っていると、目の前に雲があるのに気づいた。
「わあ! なんで雲?ってかここ何処ですか?」
大きな一面の窓には空と雲、遥か下に街が見える。いつの間にか船は空に浮いていた。
「さあ、出発してくれ、いまは説明している時間がない、運転は身体で覚えるんだ。」
どっかのスポ根アニメのようなことを言われて、仕方なく、さっきから引っ張られるような感覚の西の方向に、アクセルを踏みながらハンドルを回す。
すると目の前の窓の景色が合わせてぐんぐん変わってくる。
「飛ばしていいぞ、絶対に鳥やビルには当たらないから、大丈夫だ。」
と、光陽に力づけられ、アクセルを踏んでぐんぐんスピードを上げていく。目の前のスピード計は100kmを軽く超えているのに、体に全くGが掛からない。
(どういう物理法則なんだろう?)
と疑問で一杯の頭を太郎は一旦置いて、取り敢えず咲夜目指してひたすら真っ直ぐ飛ばす。そして10分程するとどうやら富士山に向かってまっすぐに向かっているのが窓に映る富士が近づくにつれはっきりしてくる。
光陽もこの事実にとうに気付いており、心中は穏やかではなかった。
(まさか、ポータルの出現と咲夜がいなくなったことが関係しているのか?)
考えたくはないが、光陽の探知が届かない所とは、もしかして、今回ポータルと繋がっているという黄泉なのだろうか?
(だとしたら、不味い。腹を空かした動物の前に餌をやるようなものだぞ。咲夜の身が危ない!)
『クリス、現場から何か連絡はあったか?』
携帯でクリスに状況説明を求める。
『エリック、お前今どの辺だ?現場では、やはり黄泉の外れにつながったことが中から出てきた妖魔で判明したよ。幸い街中ではないので、まだはぐれの妖魔程度で済んでるみたいだ。聖水も届いて全員装備も済んでいる。ただ、時間がもうすぐ逢魔が時になる。そうなると、大規模な妖魔や魔物の出現を免れない。出来るだけ早く現場に急行してくれないか。大物が出てくると、今の戦力では怪我人が多量に出る。』
確かにもう夕刻がすぐに迫っている。焦る心を落ち着かせ、クリスに報告をする。
『実は咲夜が昼すぎから行方不明だ。今足取りを追っているが、どうやら富士のエリアに向かっている。今回のポータルの件と何か関わりがあるのかも知れない。』
『咲夜ちゃんが? まさか彼女が狙われているのか?しかし、いくら咲夜ちゃんが力が強いとはいえ、ただのダンピールだぞ、それもまだ開花もしていない年頃の女性だ。ポータルを開けてまで奴らに狙われるとは思えんが、一応現場に注意を促してみるよ。』
『頼む、何かあれば直接僕に連絡をくれ。』
『了解。』
太郎は会話から咲夜の名前を拾って、聞いてみる。
「咲夜さんに何かありました?」
「いや、まだ分からない。君も無事だし、俺の結界も生きている。咲夜に危害は加えられてはいない。が、以前行方不明だ。君が頼みだ、咲夜を見つけてくれ。」
太郎はそんな大ごとになっているとは知らなかった為、ちょっと緊張しながら、
「はい、頑張ります。」
と答えた。

一方咲夜は、監禁状態の部屋でおやつを食べながら、部屋の外の状況を調べようと、光陽に教えられた索敵を放った結果、ここに味方がいない事にがっかりしていた。
索敵には3種類に分かれて相手が示される。簡単に言えば、緑が味方、黄色が不明、赤が敵だ。引っかかったのは全ていうなれば黄色と赤で緑はゼロだ。ただし時々この部屋のそばを赤が近づいても、咲夜に気づかずに通り過ぎてしまう。この部屋はいわば安全地帯になっているらしい。
お腹も満足し、少し冷静になると、ここがどこかも分からず、敵だらけかも知れないこの部屋を出て行くのは得策ではない、という結論に落ち着いた。相手は咲夜を傷つける気はないようだし、待っているしかないのだろう。と方針が決まると、寝不足だったこともあって、待っている間結界を張って昼寝することにした。そしてウトウト寝ていると、頭の中に何かノイズが聞こえ始めた。
(? 何かしら、誰かに呼ばれているような? もしかして光陽が異変に気付いて、探してくれているのかも。)
携帯の時間はまだ5時前だが、連絡がつかない咲夜を光陽が探してくれている、と思うとこんな状況でも、心が明るくなる。次第に、周波があってくるようなノイズに期待感を募らせていると、部屋のないはずのドアがノックされ、赤い髪の吸血鬼が現れる。
『ご主人様がお見えです。』と言ってすぐに消えた後に、今度は霧から背の高い30歳半ばに見える男性が現れた。
髪も目も漆黒のその男性は、物腰も優雅に軽く会釈して、低い声で咲夜に挨拶をした。
「初めまして、可愛いお嬢さん、私はミハールと申します。挨拶が遅れて申し訳ない、ちょっと非常事態が起こってね。対応に追われている。ところであなたのお名前をお伺いしてもよろしいかな?」
不思議なことに、このダンディーな男性が話しているのは、日本語ではないのに咲夜の頭に日本語として入ってくる。無理やり連れてこられた身としては、会ったら文句の一つも言ってやろうと思っていたのに、こんなに丁寧に対応されては、それも出来なかった。
「初めまして、咲夜と言います。あの、ここは一体何処ですか?」
取り敢えず、失礼にならない程度に、必要な情報を集める事にした。
「ここは黄泉にある私の城の一角です。あなたには強力な護衛が付いている、と聞き及んだので、邪魔の入らない所でゆっくりお話をと思ったのですが、その途中ちょっと事故がおきましてな。」
と言って近づいてきて咲夜の手を取ろうとしたが、その時、咲夜の左手の指輪が光り、ピタと動きが止まる。
目を見開いて指輪を見つめ、信じられない、という風に咲夜に聞いてきた。
「もしや、その指輪はドラゴン・アイではないですかな?」
「? はい、そうですが?」
「その指輪は何処で手に入れられたのですか?もしかして貴女の強力な護衛というのは、エリックなのですか?」
と、いかにも否定してくれ、といった様子で聞いてくる。
「?? はい、エリックは私と一緒に居ますが? あの、お知り合いなのですか?」
と咲夜が言った途端、ぎゃーと頭を抱えて叫んで、
「不味い!まずい、まずいー、何であやつが日本に? これはポータルどころではない、何とか誤解を解かないと。リッチーの奴、何が強力な護衛だ!」
とパニック状態だ。
「あのーどうかしましたか?エリックが何か?」
「そうだ!ポータルを閉じてしまえば、奴にバレないかもしれない!こうなったら、それしかない。アーサー!いるか?」
赤髪がすぐに現れる。
「私は、なんとかポータルを閉じる方法を考えてみる。お前はちょっと外の連中を足止めしておいてくれ。」
「了解しました。」
「お嬢さん、すまないが君とは縁がなかった、と言う事で、これで失礼する。」
と言って、霧となって消えていく。後に残った咲夜は、何が起こったのか分からず呆然としていたが、
(どうやら、さっきのミハールさんは光陽に会いたくない?見たいね。過去に何かあったのかな。)
ということは朧げながら推測できた。しかし、ここに置いていかれては、いつまで経っても家に帰れない。
(はあー、また振り出しに戻っちゃった。)
と咲夜はがっくりしていた。

一方、空の船の上の光陽は、船が富士山に近付くほど、船の目的地がポータルのある樹海だと確信していた。目的地さえはっきりしていれば黄泉でも気配は探れる。さっきから何度かトライして見たが、ポータルの強力な磁場のせいか、うまく黄泉と繋がらない。このままでは埒が明かないと悟った光陽はさっさと現場に行って、片付ける事にした。
「太郎、このまま咲夜の気配を辿って、行けるところまで、行って見てくれ。リチャード、僕はこれから青木ヶ原樹海のポータルを調べてくる。もし太郎の目的地がポータル以外であった時は知らせてくれ。」
「わかりました、咲夜さんに呼びかけて見ます。」
「了解しました、旦那様。」
二人が頷いたのを確認すると、その場から適当に目視出来る遠くにに広がる山林に目標を定め、そのまま光陽の姿がそこから消える。
「えっ、あの、光陽さん?」
突然消えた光陽に、太郎が狼狽えて大声で呼びかけると、そばに居たリチャードと呼ばれた手首がタブレットから機械音で説明してくれた。
「大丈夫です、太郎さん。旦那様は下にテレポートされただけです。」
「光陽さんって、凄いんですね。」
太郎が素直に感心してそう述べると、機械音で自慢そうに返された。
「それはもう、旦那様ですから。」

森林に下りた光陽は日本支部の大島に連絡して、もうすぐ着くことを知らせる。
「現場の状況は如何ですか?」
「はい頂いた聖水の武器で、ポータルから出てくる、魔物や妖魔は始末できていたのですが、先ほどから何故か、今までと違って武装した妖魔や魔物が兵隊のようにポータル周りに配置されてるようで、向こうから攻撃はしてこないのですが迂闊に近づけません。」
「分かりました。僕はこれから取り残しの魔物を狩ってからすぐ現場に向かいますので、襲って来ないようであれば兵隊の方は無理せず、無視して結構です。」
「了解しました。」
光陽は’ブローズ’に跨り、索敵しながら、警備の輪をすり抜けた連中を片手で剣を振るって斬り捨てて行く。森林の木々は’ブローズ’を避け、敵には障害になっても光陽にはならない。あっという間に現場に着き、日本支部の幹部と合流する。
『エリック、いらっしゃい、雑魚はあらかた片付けたわよ。』
『エリック様、お待ちして下りました。』
『ご苦労、みんな怪我はないな。』
『はい、ご指示通り、5人一組、もしくは3人で対戦しましたので、軽傷のものは多少いますが、重傷者は出て下りません。』
そして、問題のポータルの周りの状況が報告される。
『ある程度近付くと攻撃してくるので、今は距離を置いて睨み合いの状況です。配置されている兵隊は強く、こちらでも軽傷者が出ています。それとポータルに近づけないので、閉じる作業が難航しています。』
『わかった。僕が出る、君たちは危ないから近づくな。』
と言って、光陽はポータルに向かって’ブローズ’で駆けていく。そのまま兵隊の中に突っ込み、最前列の兵を瞬く間に始末すると、バイクから飛び降り、向かって来る敵に剣を向ける。光陽は一人だというのに彼のスピードと剣技の前に、襲い掛かる敵はあっという間に減っていく。遠くからでも、その様子は明らかで、日本支部と2名の光陽ファンは惚れ惚れと見とれるばかりだ。
『きゃーエリック、頑張って』
『エリック様、お見事です。』
『素晴らしい、さすがですな。』
光陽が来たからには大丈夫、と現場にはお茶まで配られ始めた。
とその時、敵方の動きが一瞬変わり、遠くからでも強い力を持つと感じられる、赤い髪の吸血鬼が現れた。
光陽は次々と敵を葬ってポータルに近づいていたが、強い力の接近を感じて、
「フレイヤ、解放。」
と万全に備えて身構える。光陽から溢れ出す力に相手の吸血鬼は戸惑って、動きを止め、
『もしや、エリック様?』
と声を掛ける。光陽も聞き覚えのあるその声に、構えを解き、
『アーサーか? なぜお前がここに?』
と首を傾げたが、ハッとしたように、
『まさか、この騒ぎはあいつが起こしたのか?』
とアーサーを睨みつけて問いかける。アーサーと呼ばれた赤髪吸血鬼は、しどろもどろに、
『あの、ご主人様はここにポータルを開く気はなかったのです。あくまで事故です。』
と答える。光陽はピンときて、
『まさか、咲夜を攫ったのもあいつか?』
と問いかけると、アーサーの目が泳ぎだした。その時、光陽の携帯が鳴って光陽がそれに応える。
『どうした、リチャード。』
『太郎さんが、ポータルの中に咲夜様がいらっしゃると言い出されまして。』
後ろから太郎が、「光陽さん、咲夜さんはこの変な大きな穴の中に居ます。ノイズがひどくて声は届きませんが、絶対です。僕の今月の食費代かけてもいいです。」
と叫んでいるのが聞こえた。
「わかった二人共ありがとう。ここは僕に任せて休憩してくれて構わない。」
と言って携帯を切る。光陽はアーサーを睨みつけて一言命令する。
『あいつを連れてこい。咲夜も一緒だ。今すぐ連れて来い。』
『はい、只今、お連れします。』
アーサーはその場から消えた。すぐに霧が現れて、何やら揉めている声がする。
『裏切ったな!アーサー!』
『ご主人様、観念して下さい。私もエリック様に消し炭にされるのは嫌です。』
『お前、主人の身が心配じゃないのか!』
『大丈夫ですよ、エリック様は優しい方ですから、精々100年正座ぐらいで許して下さいますって。』
『裏切り者ー!』
『とりあえず、エリック様のお連れ様をお返しして、機嫌を直してもらいましょう。ね。』
そこへ、光陽の待っていた咲夜が目の前に現れる。咲夜は光陽を見つけると、嬉しそうに微笑んで両手を広げて光陽の胸に飛び込んでくる。
「光陽!ありがとう。」
「咲夜、無事でよかった。」
しっかり咲夜を抱き締め、無事な姿にホッとする。
「咲夜、どこも怪我はないか?」
「大丈夫よ、何もされていないわ。光陽こそ、無理はしなかった?助けてくれてありがとう。なんだか知らない場所に連れて行かれてしまったから、帰り道が分からなくて。心配させてごめんなさい。」
「いいよ。僕は大丈夫だ。どうせこの連中に城にでも連れて行かれたんだろ。全く懲りないな。ミハール、さっさと観念して出て来い。」
と霧をじろっと見ると、霧から先ほどのダンディーな男性が顔を引きつらせながら出てくる。
『やあ、エリック、久し振り。元気でいたか?最愛の息子よ。』
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