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邂逅
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噂の女性ダンピールこと咲夜は、その日のシフトを終え夜の帰り道をてくてくと歩いていた。
勤務先のホテルは家から徒歩で通えてとても便利だ。
それにこの街は昔から貿易港として栄えており、観光地でもあるので色んな国の人が闊歩する。
咲夜の日本人の割りには彫りの深い美貌もそれほど目立ちはしない。
今日は身体から匂い立つ花の香りも、ルビーの首飾りで抑えらる程度に戻っており、今夜は何事もなく我が家に帰り着いた。
「ただいまー」
いつもの癖で挨拶しながら玄関の扉を開けると、中は電気が付いていて明るく、いい匂いが漂ってくる。
「おかえりなさーい」
エプロン姿の太一郎がキッチンから出てきて咲夜は目を丸くした。
「夜食作ったんですけど食べます?」
聞いてきた太一郎に、
「太郎、どうしちゃったの?」
と聞いてみる。
「いやーこの吸血鬼化ってすごいんですよ。今日はバイトで一回もドジらなかったし、大学の講義もすごい集中出来るんです。それにすごく早く走れるんですよ。なんか夜になると元気になっちゃって、お腹空いたんで夜食作ったんですけど一緒に食べませんか?」
吸血鬼は基本夜行性らしい。咲夜は睡眠さえ取れれば昼も夜もあまり影響受けないが、長年の習慣で夜は寝ることにしている。太郎の作った夜食を有り難く頂いて、夜食のお礼とおやすみのあいさつをし、お風呂に入った。
さあ寝ようと自分の部屋に入りながら、名付けで使役されて忠誠心が芽生えるとは言え、あの太郎のなじみ具合は元来の性格も影響してるんじゃあ、と思いながら部屋の電気を消そうとすると、家の門を誰かが開ける気配がした。
(こんな時間に訪問者?)と緊張した途端、彼の気配が玄関にした。
(えっ、昨日の男性(ひと)?)
急いで、パジャマの上に上着を羽織って玄関に降りていく、途中で太郎が何事か感じたらしく襖から顔を出したが、(大丈夫、心配ない。)と念話で伝えると大人しく部屋に戻った。
男性は大人しく玄関の扉をノックして外で待っている。咲夜が玄関の扉越しに、
「どなたですが?何の用があってここに?」
と尋ねると、彼の低いがはっきりとしたバリトンの声が答えた。
「夜分遅くに申し訳ありません。私はあなたと同じダンピールの春日光陽と申します。貴女とお話がしたくて訪ねてきました。少しお時間をいただけませんか。」
彼の声を聞いた途端、身体の細胞がざわざわするように感じる。
(ダンピール・・・やっぱりあの人も吸血鬼の血を引く人だったんだ。門の桜の結界を通ってこれたんだし、悪意はないみたいね。)
と思いながら玄関の扉を開けた。すると昨日見た彼が黒のジーンズにVネックのカットソーとブーツ姿で立っていた。
彼の姿を認めた途端、胸にぶら下がっているルビーが暖かく熱を持ち、抑えていた花の香りが匂い立つ。
(きゃー、どうして?)
急いで二重の結界を自分たちの周りに張り巡らせ、香りが外に漏れないようにした。
彼の方は拳を握り締め、香りの誘惑に耐えているようだったが、直ぐに立ち直り、咲夜に礼を言った。
「扉を開けてくれてありがとう。改めて僕は春日光陽といいます。貴女のお名前を伺っていいですか?」
金と緑の瞳は鮮やかでまっすぐ咲夜を見つめている。
柔らかそうなウェーヴ掛った漆黒の髪に鼻筋の通った高い鼻、形のいい唇。その整った造形に彼自身独特の凛とした空気を纏っており、やはりじっくり見ても、雰囲気のある超美青年で20代後半ぐらいに見える。
昨日は気づかなかったが、すらっとした姿は優雅で背も高い。均整の取れた顔と体と手足の長さはモデル張りで、普通のジーンズ姿なのに、彼はそのままテレビの宣伝にも出演できそうに着こなしている。
日本人の女性としては背が高く170センチある咲夜よりさらに高く、普段は男性を見下ろすことが多い咲夜でも顔を見上げるほどだった。
「桐ヶ谷咲夜よ。昨日は逃げちゃってごめんなさい。貴方が何者かわからなかったから、巻き込みたくなかったの。えっとほら、貴方も気付いてるわよね、この香り。今までこんな事なかったんだけど、今年の初めから抑えが効かなくなって来ちゃって。あら、私ったら初対面の人に何を言ってるんだか。兎も角、外で話すのもなんだから、どうぞ入って。」と言うと彼は
「いや、こんな時間に若い女性の家にお邪魔する訳には。ここから見えるあちらの縁側で話しませんか?」
と広い庭の向こうに見えている縁側を指して提案して来た。咲夜も同意し縁側に二人で座る。
「この家は上手に隠されていますね。見つけるのに苦労しました。門の桜も結界ですか?綺麗に組んであるのですね、通る時に何か試されてるような感覚がしましたよ。」
「あれが見えるの?凄いわね。そう、桜の結界は悪意のあるものをこの敷地には入れないよう張ってあるのよ。この家もここに家があると意識しないと外からは気付かれないようになっているわ。貴方はとても力があるのね。今までここに家があると知らずにたどり着けた人はいないわ。」
彼が笑って、意外と優しい笑顔に咲夜の心臓はどきっとなる。
「ところで確認なのですが、貴女はダンピールですよね?」
「ええそうよ、吸血鬼の血を引いてるわ。」
彼は、驚き半分、納得半分、やはり、といった様子で訪ねた。
「つかぬ事をお聞きしますが、ご両親はどちらに?すいません、図々しいのはわかっているのですが、この家からは、貴女と若い人間の気配しかしないものですから。」
「両親はいないわ、亡くなったの。5年前に事故で。」
「そうだったのですか、これは失礼しました。では他にご親族の方は?こちらには一人でお住まいなのですか?」
彼の顔には心配だという表情が現れていた。咲夜は感覚的に彼が本気で心配しているのがわかったので答えた。
「ええそうよ。親戚がいるという話は聞いたこともないし、お葬式にも現れなかったから、今は天涯孤独の身よ。家にいるのは昨日たまたま使役してしまった太郎と私だけだけど、心配ないわ。今まで魔物にここが襲われたことはないし。言ったでしょ、悪意のあるものは入れないって。」
少し彼は考えて、
「確かに僕でもこの家の前を何回か素通りしてしまった。どういう術が施されてるのか分からないが、ここが安全だというのは分かりました。僕は貴女の身の安全を確かめるために薔薇の連盟から代表として来ました。連盟をご存知ですか?」
と問うと少し緊張した感じで返事を待っている。咲夜は両親からそのような機関があるのは聞いていたが、両親とも関心がないようだったので、今まで彼に言われるまで存在さえ忘れていた。
「ごめんなさい、正直言って名前しか聞いた事しかなくて。」
「いや、いいのですよ。連盟は特にダンピールの数が多いのですが、主に人類に有害な魔物や危害を加える妖魔を狩るハンターのような仕事をしています。そしてこの世界に秩序を保つ事も目的としており、人類に友好な魔物やダンピール以外の魔物の血が混じった人たちも参加していますが、ダンピールに比べると数は少ないです。連盟の目的はもう一つ、自分たちの身を魔物や人間社会から守ることにも力を注いでいます。人類はその独特の文化がとても魅力的ですが、排他的でもありますから。ですから、貴女がもし何か困ったことがあるのなら、僕たちを頼って欲しいのです。」
なるほど、そんな便利なものがあるとは知らなかった。どうして両親はそこに属していなかったのだろう。まあどちらも圧倒的な力があったから、頼る事などなかったかもしれないが。
「そうだったの、今のところ特に困ったことは、・・・あっそうだわ、太郎のこと忘れてた。今私の家に居候している人間なんだけど、吸血鬼化する人間について、何かそういった例とか知ってる?」
咲夜が尋ねると、彼は答えた。
「吸血鬼化する人間ですか。少ないですが前例がないわけではありません。その人間に毒を注いだマスターが生存していれば、命令に逆らうことができなくなる完全なパペットになります。マスターが死亡していれば、操られる絆が断ち切れるので己の自我で行動しますか、吸血鬼の能力を常時ではありませんが受け継いで普通の人間より、よりこちら側に近い人間になるはずです。ですが毒は次第に薄れてきますのでいずれは元の人間に戻るはずです。」
「じゃあ他の人間を襲ったりとかは、しないって事?」
「噛まれた側の人間の魂の質による筈です。凶暴な性格で人を殺すのも平気な人間なら殺人鬼になりますし、穏やかな性格の人なら、人を襲うことはしないでしょう。」
なら太郎はまず大丈夫だろう。まあ名付けしてしまったから、何とか解術の方法が分かれば元の平穏な生活の戻れる筈だ。
だが術に関しては吸血鬼には関係ないので咲夜が独自で調べなければならない。でも一応聞いてみても損はないだろう。
「ありがとう。それを聞いて安心したわ。ところで’名付け’の解術の方法なんて知らないわよね?」
「’名付け’ですか?それはどういった術なのでしょうか。」
彼は好奇心もあらわに不思議そうな顔をして聞いてきた。
「自分より下位の魔物を命名して使役する術なんだけど。」
「ああ、魔物使いの術ですね。ですが一度主従関係を結んだ魔物と関係を清算する方法など、聞いたことがないですね。彼らは双方納得して関係を結ぶのですから、絆は強いですし、いわば裏切り行為になってしまいますからね。」
「はあ~、やっぱりそうよね。いいの聞いてみただけだから。」
咲夜は予想通りの回答に、自分で解決するしかないと納得する。
そして彼が自分をじっと見つめているのを感じて、なんだかどぎまぎし、身体が火照ってくるような感じがして慌てて、
「私ったらお客様にお茶も出してなかったわね。あの、何か飲む?」
と聞いてみた。彼は優しく笑って、ゆっくり立ち上がった。
「お気遣いなく、もう時刻も遅いですし、今日はそろそろお暇(いとま)します。」
咲夜は無性にガッカリしながら、
「そう?残念だわ、もう少し話したかったのに。」
と言うと、咲夜の飾らない気落ちが伝わったのか、彼が咲夜の片手を優しく取って尋ねた。
「もし宜しければ、明日も伺っていいですか?」
咲夜は顔を輝かせて、返事をする。
「もちろんよ。いつでも訪ねてきて頂戴。」
彼も嬉しそうに咲夜の手を口元に引き寄せ、手の甲に軽く口づけして、
「では、また明日。」
と言って門から出ていった。
彼の親愛のジェスチャーに、咲夜は脈拍が速くなるのを意識しながら、今更ながら自分はパジャマに上着を羽織っただけの姿だった、と顔を赤くしながら彼の消えた門をしばらく見つめていた。
その夜、いつもより遅い時間に布団に入った咲夜の頭の中は、先ほど会ったばかりの彼のことを考えていた。
春日光陽と名乗った彼は、咲夜の身を本気で心配してくれていた。
物腰も優雅で、咲夜に気を使ってくれているのも分かり、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
明日も彼に会えると思うと自然に心が弾み、明日が待ち遠しくなる。早く明日の夜になればいい、と思いながら咲夜は眠りについた。
光陽は思ったよりスムーズに彼女と話が出来て、気分がよく夜の道を上機嫌で歩いていた。
昼間に、彼女に出会った山の手の神社の辺りに見当を付け、仕事をさっさと済ませてから歩いて気配を探ってみたが、昼間は家に居ないのか、その辺りには気配をまるで感じられなかった。
ただ一ヶ所だけ、町内が清浄な空気に溢れて魔物の気配が全くない一区画があったのだ。
彼女の香りがいつも夜に漂ってきていたことから、もしかして仕事上帰りが遅くなる職種なのかも知れないと思って、昨日彼女に遭遇した時間帯に、空気が澄んでいる区画に戻ってみた。
香りは何故か嗅ぎ取れなかったが、清浄な空気の中心はどこから歩いても、ある一ヶ所を指して居た。
しかし、何度そこの前を歩いても何も感じられず気がつくとそこを通り過ぎてしまう。
何度か同じことを繰り返した後、もしかして何かの術で隠してあるのか、と思いつき、そこに何かあると確信してもう一度道を辿ると、一軒の古いが立派な家が現れた。
彼女の家は、純血種のハーフで強力な力を有する彼でも、見つけるのが困難の程、巧妙に隠されていた。
あれなら滅多に魔物や吸血鬼に見つかることはあるまい。家の周りは柵で囲ってあり、それ自体が魔物を寄せ付けない強力な結界となっていた。
門の脇の枝垂れ桜も、光陽の目にははっきりとそこから伸びる青く光る複雑な編み込みの入った結界が見えており、見事な出来だった。
薔薇は魔物が嫌う植物であり、薔薇科の木にはそれだけで魔物よけの効果がある。あの枝垂れ桜もそれ自体強力な魔除けになるだろう。
連盟が作り出す武器は薔薇科の木から作られるものが多く、次に銀製のものが多い。
どんな武器を扱うかは本人の好みと武器との相性によりけりだったが、昨日見たところ彼女は力が強く、具現させる武器を自在に用途によって変えて戦う、光陽と同じ臨機応変の戦闘スタイルをとっているように見えた。
彼女の身の安全のためにも、連盟に参加はしなくとも、せめて訓練だけは受けてほしい。
光陽は、彼女のパジャマの上に上着を羽織った可愛らしい姿を思い出して自然に笑顔になる。
彼女から漂う花の香りに、最初は自制心をかなり揺さぶられたが、慣れてきたのか、彼女の匂いだと思うと香り自体に惑わされる事はなくなり、ただ彼女の存在を示す愛しい香りとして楽しむことが出来た。
だが、彼は自制できても魔物や他のダンピールが出来るとは限らない。
日本支部に彼女を連れて行くことを提案するのはこの問題が解決出来てからだ、と彼女の柔らかそうな髪とあどけない大きな目を思い出しながら帰途についた。
勤務先のホテルは家から徒歩で通えてとても便利だ。
それにこの街は昔から貿易港として栄えており、観光地でもあるので色んな国の人が闊歩する。
咲夜の日本人の割りには彫りの深い美貌もそれほど目立ちはしない。
今日は身体から匂い立つ花の香りも、ルビーの首飾りで抑えらる程度に戻っており、今夜は何事もなく我が家に帰り着いた。
「ただいまー」
いつもの癖で挨拶しながら玄関の扉を開けると、中は電気が付いていて明るく、いい匂いが漂ってくる。
「おかえりなさーい」
エプロン姿の太一郎がキッチンから出てきて咲夜は目を丸くした。
「夜食作ったんですけど食べます?」
聞いてきた太一郎に、
「太郎、どうしちゃったの?」
と聞いてみる。
「いやーこの吸血鬼化ってすごいんですよ。今日はバイトで一回もドジらなかったし、大学の講義もすごい集中出来るんです。それにすごく早く走れるんですよ。なんか夜になると元気になっちゃって、お腹空いたんで夜食作ったんですけど一緒に食べませんか?」
吸血鬼は基本夜行性らしい。咲夜は睡眠さえ取れれば昼も夜もあまり影響受けないが、長年の習慣で夜は寝ることにしている。太郎の作った夜食を有り難く頂いて、夜食のお礼とおやすみのあいさつをし、お風呂に入った。
さあ寝ようと自分の部屋に入りながら、名付けで使役されて忠誠心が芽生えるとは言え、あの太郎のなじみ具合は元来の性格も影響してるんじゃあ、と思いながら部屋の電気を消そうとすると、家の門を誰かが開ける気配がした。
(こんな時間に訪問者?)と緊張した途端、彼の気配が玄関にした。
(えっ、昨日の男性(ひと)?)
急いで、パジャマの上に上着を羽織って玄関に降りていく、途中で太郎が何事か感じたらしく襖から顔を出したが、(大丈夫、心配ない。)と念話で伝えると大人しく部屋に戻った。
男性は大人しく玄関の扉をノックして外で待っている。咲夜が玄関の扉越しに、
「どなたですが?何の用があってここに?」
と尋ねると、彼の低いがはっきりとしたバリトンの声が答えた。
「夜分遅くに申し訳ありません。私はあなたと同じダンピールの春日光陽と申します。貴女とお話がしたくて訪ねてきました。少しお時間をいただけませんか。」
彼の声を聞いた途端、身体の細胞がざわざわするように感じる。
(ダンピール・・・やっぱりあの人も吸血鬼の血を引く人だったんだ。門の桜の結界を通ってこれたんだし、悪意はないみたいね。)
と思いながら玄関の扉を開けた。すると昨日見た彼が黒のジーンズにVネックのカットソーとブーツ姿で立っていた。
彼の姿を認めた途端、胸にぶら下がっているルビーが暖かく熱を持ち、抑えていた花の香りが匂い立つ。
(きゃー、どうして?)
急いで二重の結界を自分たちの周りに張り巡らせ、香りが外に漏れないようにした。
彼の方は拳を握り締め、香りの誘惑に耐えているようだったが、直ぐに立ち直り、咲夜に礼を言った。
「扉を開けてくれてありがとう。改めて僕は春日光陽といいます。貴女のお名前を伺っていいですか?」
金と緑の瞳は鮮やかでまっすぐ咲夜を見つめている。
柔らかそうなウェーヴ掛った漆黒の髪に鼻筋の通った高い鼻、形のいい唇。その整った造形に彼自身独特の凛とした空気を纏っており、やはりじっくり見ても、雰囲気のある超美青年で20代後半ぐらいに見える。
昨日は気づかなかったが、すらっとした姿は優雅で背も高い。均整の取れた顔と体と手足の長さはモデル張りで、普通のジーンズ姿なのに、彼はそのままテレビの宣伝にも出演できそうに着こなしている。
日本人の女性としては背が高く170センチある咲夜よりさらに高く、普段は男性を見下ろすことが多い咲夜でも顔を見上げるほどだった。
「桐ヶ谷咲夜よ。昨日は逃げちゃってごめんなさい。貴方が何者かわからなかったから、巻き込みたくなかったの。えっとほら、貴方も気付いてるわよね、この香り。今までこんな事なかったんだけど、今年の初めから抑えが効かなくなって来ちゃって。あら、私ったら初対面の人に何を言ってるんだか。兎も角、外で話すのもなんだから、どうぞ入って。」と言うと彼は
「いや、こんな時間に若い女性の家にお邪魔する訳には。ここから見えるあちらの縁側で話しませんか?」
と広い庭の向こうに見えている縁側を指して提案して来た。咲夜も同意し縁側に二人で座る。
「この家は上手に隠されていますね。見つけるのに苦労しました。門の桜も結界ですか?綺麗に組んであるのですね、通る時に何か試されてるような感覚がしましたよ。」
「あれが見えるの?凄いわね。そう、桜の結界は悪意のあるものをこの敷地には入れないよう張ってあるのよ。この家もここに家があると意識しないと外からは気付かれないようになっているわ。貴方はとても力があるのね。今までここに家があると知らずにたどり着けた人はいないわ。」
彼が笑って、意外と優しい笑顔に咲夜の心臓はどきっとなる。
「ところで確認なのですが、貴女はダンピールですよね?」
「ええそうよ、吸血鬼の血を引いてるわ。」
彼は、驚き半分、納得半分、やはり、といった様子で訪ねた。
「つかぬ事をお聞きしますが、ご両親はどちらに?すいません、図々しいのはわかっているのですが、この家からは、貴女と若い人間の気配しかしないものですから。」
「両親はいないわ、亡くなったの。5年前に事故で。」
「そうだったのですか、これは失礼しました。では他にご親族の方は?こちらには一人でお住まいなのですか?」
彼の顔には心配だという表情が現れていた。咲夜は感覚的に彼が本気で心配しているのがわかったので答えた。
「ええそうよ。親戚がいるという話は聞いたこともないし、お葬式にも現れなかったから、今は天涯孤独の身よ。家にいるのは昨日たまたま使役してしまった太郎と私だけだけど、心配ないわ。今まで魔物にここが襲われたことはないし。言ったでしょ、悪意のあるものは入れないって。」
少し彼は考えて、
「確かに僕でもこの家の前を何回か素通りしてしまった。どういう術が施されてるのか分からないが、ここが安全だというのは分かりました。僕は貴女の身の安全を確かめるために薔薇の連盟から代表として来ました。連盟をご存知ですか?」
と問うと少し緊張した感じで返事を待っている。咲夜は両親からそのような機関があるのは聞いていたが、両親とも関心がないようだったので、今まで彼に言われるまで存在さえ忘れていた。
「ごめんなさい、正直言って名前しか聞いた事しかなくて。」
「いや、いいのですよ。連盟は特にダンピールの数が多いのですが、主に人類に有害な魔物や危害を加える妖魔を狩るハンターのような仕事をしています。そしてこの世界に秩序を保つ事も目的としており、人類に友好な魔物やダンピール以外の魔物の血が混じった人たちも参加していますが、ダンピールに比べると数は少ないです。連盟の目的はもう一つ、自分たちの身を魔物や人間社会から守ることにも力を注いでいます。人類はその独特の文化がとても魅力的ですが、排他的でもありますから。ですから、貴女がもし何か困ったことがあるのなら、僕たちを頼って欲しいのです。」
なるほど、そんな便利なものがあるとは知らなかった。どうして両親はそこに属していなかったのだろう。まあどちらも圧倒的な力があったから、頼る事などなかったかもしれないが。
「そうだったの、今のところ特に困ったことは、・・・あっそうだわ、太郎のこと忘れてた。今私の家に居候している人間なんだけど、吸血鬼化する人間について、何かそういった例とか知ってる?」
咲夜が尋ねると、彼は答えた。
「吸血鬼化する人間ですか。少ないですが前例がないわけではありません。その人間に毒を注いだマスターが生存していれば、命令に逆らうことができなくなる完全なパペットになります。マスターが死亡していれば、操られる絆が断ち切れるので己の自我で行動しますか、吸血鬼の能力を常時ではありませんが受け継いで普通の人間より、よりこちら側に近い人間になるはずです。ですが毒は次第に薄れてきますのでいずれは元の人間に戻るはずです。」
「じゃあ他の人間を襲ったりとかは、しないって事?」
「噛まれた側の人間の魂の質による筈です。凶暴な性格で人を殺すのも平気な人間なら殺人鬼になりますし、穏やかな性格の人なら、人を襲うことはしないでしょう。」
なら太郎はまず大丈夫だろう。まあ名付けしてしまったから、何とか解術の方法が分かれば元の平穏な生活の戻れる筈だ。
だが術に関しては吸血鬼には関係ないので咲夜が独自で調べなければならない。でも一応聞いてみても損はないだろう。
「ありがとう。それを聞いて安心したわ。ところで’名付け’の解術の方法なんて知らないわよね?」
「’名付け’ですか?それはどういった術なのでしょうか。」
彼は好奇心もあらわに不思議そうな顔をして聞いてきた。
「自分より下位の魔物を命名して使役する術なんだけど。」
「ああ、魔物使いの術ですね。ですが一度主従関係を結んだ魔物と関係を清算する方法など、聞いたことがないですね。彼らは双方納得して関係を結ぶのですから、絆は強いですし、いわば裏切り行為になってしまいますからね。」
「はあ~、やっぱりそうよね。いいの聞いてみただけだから。」
咲夜は予想通りの回答に、自分で解決するしかないと納得する。
そして彼が自分をじっと見つめているのを感じて、なんだかどぎまぎし、身体が火照ってくるような感じがして慌てて、
「私ったらお客様にお茶も出してなかったわね。あの、何か飲む?」
と聞いてみた。彼は優しく笑って、ゆっくり立ち上がった。
「お気遣いなく、もう時刻も遅いですし、今日はそろそろお暇(いとま)します。」
咲夜は無性にガッカリしながら、
「そう?残念だわ、もう少し話したかったのに。」
と言うと、咲夜の飾らない気落ちが伝わったのか、彼が咲夜の片手を優しく取って尋ねた。
「もし宜しければ、明日も伺っていいですか?」
咲夜は顔を輝かせて、返事をする。
「もちろんよ。いつでも訪ねてきて頂戴。」
彼も嬉しそうに咲夜の手を口元に引き寄せ、手の甲に軽く口づけして、
「では、また明日。」
と言って門から出ていった。
彼の親愛のジェスチャーに、咲夜は脈拍が速くなるのを意識しながら、今更ながら自分はパジャマに上着を羽織っただけの姿だった、と顔を赤くしながら彼の消えた門をしばらく見つめていた。
その夜、いつもより遅い時間に布団に入った咲夜の頭の中は、先ほど会ったばかりの彼のことを考えていた。
春日光陽と名乗った彼は、咲夜の身を本気で心配してくれていた。
物腰も優雅で、咲夜に気を使ってくれているのも分かり、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
明日も彼に会えると思うと自然に心が弾み、明日が待ち遠しくなる。早く明日の夜になればいい、と思いながら咲夜は眠りについた。
光陽は思ったよりスムーズに彼女と話が出来て、気分がよく夜の道を上機嫌で歩いていた。
昼間に、彼女に出会った山の手の神社の辺りに見当を付け、仕事をさっさと済ませてから歩いて気配を探ってみたが、昼間は家に居ないのか、その辺りには気配をまるで感じられなかった。
ただ一ヶ所だけ、町内が清浄な空気に溢れて魔物の気配が全くない一区画があったのだ。
彼女の香りがいつも夜に漂ってきていたことから、もしかして仕事上帰りが遅くなる職種なのかも知れないと思って、昨日彼女に遭遇した時間帯に、空気が澄んでいる区画に戻ってみた。
香りは何故か嗅ぎ取れなかったが、清浄な空気の中心はどこから歩いても、ある一ヶ所を指して居た。
しかし、何度そこの前を歩いても何も感じられず気がつくとそこを通り過ぎてしまう。
何度か同じことを繰り返した後、もしかして何かの術で隠してあるのか、と思いつき、そこに何かあると確信してもう一度道を辿ると、一軒の古いが立派な家が現れた。
彼女の家は、純血種のハーフで強力な力を有する彼でも、見つけるのが困難の程、巧妙に隠されていた。
あれなら滅多に魔物や吸血鬼に見つかることはあるまい。家の周りは柵で囲ってあり、それ自体が魔物を寄せ付けない強力な結界となっていた。
門の脇の枝垂れ桜も、光陽の目にははっきりとそこから伸びる青く光る複雑な編み込みの入った結界が見えており、見事な出来だった。
薔薇は魔物が嫌う植物であり、薔薇科の木にはそれだけで魔物よけの効果がある。あの枝垂れ桜もそれ自体強力な魔除けになるだろう。
連盟が作り出す武器は薔薇科の木から作られるものが多く、次に銀製のものが多い。
どんな武器を扱うかは本人の好みと武器との相性によりけりだったが、昨日見たところ彼女は力が強く、具現させる武器を自在に用途によって変えて戦う、光陽と同じ臨機応変の戦闘スタイルをとっているように見えた。
彼女の身の安全のためにも、連盟に参加はしなくとも、せめて訓練だけは受けてほしい。
光陽は、彼女のパジャマの上に上着を羽織った可愛らしい姿を思い出して自然に笑顔になる。
彼女から漂う花の香りに、最初は自制心をかなり揺さぶられたが、慣れてきたのか、彼女の匂いだと思うと香り自体に惑わされる事はなくなり、ただ彼女の存在を示す愛しい香りとして楽しむことが出来た。
だが、彼は自制できても魔物や他のダンピールが出来るとは限らない。
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